道香サイド 7
ビクビクして会社に行ったけど、周りのみんなは特に変わった様子もなくいつも通り。
翔の言うように、瀬名くんは誰にもあの時のことを言わなかったようだった。
とはいえ、まだ瀬名くんと顔を合わせてない。
あの後、理人がどう納めたのかも聞いてない。
安心したような、不安なような気持ちのまま業務をこなしていた。
「あの……、道香先輩……?大丈夫ですか?」
沙良ちゃんの声にハッと我にかえる。
「あっ、ごめん!大丈夫!なんだっけ?」
「大丈夫じゃないですよぉー」
泣きそうな沙良ちゃんの目線をたどり、自分の手元を見ると認証印を押すべき書類に、会社の住所印を押していた。
なんだこれ?完全にサイズも違うのにどうしてこうなった?
「ご、ごめん……。もっかい営業から書類もらってくるね……」
ユラリと立ち上がった私を沙良ちゃんが引き留める。
「待った!待って下さい。ちょっとでいいから休憩しましょう。休憩」
そう言って、フロアの窓際にある休憩コーナーに私をズルズル引きずっていった。
誰もいないのを良いことに、沙良ちゃんはズバリと聞いてきた。
「どうしちゃったんですか?神沢さんと何かありました?それとも瀬名先輩ですか?」
飲んでたコーヒーのカップを取り落としそうになる。沙良ちゃん……。さすがすぎて気づいたことに疑問もわかないよ。
「あー、瀬名くんに……、告ラレマシタ」
「やっとか」
やっと!?
「道香先輩……。神沢さんが狙われてるように、道香先輩もかなり狙われてますからね」
「それは、あれよ。自分で言うのもなんだけど、私の見た目で寄ってくる場合もあるから……」
と、言いかけたら、ガックリ肩を落とされた。
「道香先輩……。まさか、今までずっと、そう思ってたんですか?あっ、瀬名先輩のことも……?」
「えっ!いやいや、瀬名くんは違ったよ!同期としての長い付き合いでもそんな目で見られたことないし!」
瀬名くんの名誉のためにも、あわてて否定した。
「それなら、いいですけど……。実は私、だいぶ前から瀬名先輩に相談されてたんですよね」
「えっ……」
「道香先輩、瀬名先輩から出張のお土産とか、誕生日プレゼントとか、どうでした?」
「どう、って……」
改めて言われて思い出してみる。
確かに、瀬名くんは出張に行ったりすると、お土産をくれる。それはいつもこちらが気を使わない程度のちょっとした感じでありながら、オシャレだったり、最新のスイーツだったりして、もらうのが楽しみになっていた。
「うん。センスいいなって思ってたわよ」
「あれ、物凄い気を使って選んでたんですよ……」
「……」
沙良ちゃんによると、出張が決まるとその土地の名産や最新のお土産を調べて、更に沙良ちゃんに私の好みに合うか聞いて、それで買ってきてくれてたらしい。
いつも、たまたま顔を合わせた時に適当に「ほらよ」と渡されていたので、そこまで考えてくれてたなんて思いもよらなかった。
「そ、そうだったんだ……」
顔が熱い。そんなにしてくれてたなんて、なんだか、申し訳なくなってきた。
ん?でも、そしたら……
「でも私、道香先輩を応援したいんです」
沙良ちゃんがハッキリ言った。
「神沢さんのこと知るよりも前に瀬名さんから相談されてました。でも道香先輩、全然瀬名先輩のこと眼中になくて、彼氏がいるのかな?って思ってたんですよ」
眼中にない、っていうか、そういう対象として見てなかったっていうか……。
「で、神沢さんを見て、わかっちゃったんです」
持っていたコーヒーはすっかり冷めてしまった。誰もいないからといって、あんまり長く休憩コーナーにいるのもマズイだろう……と、頭をよぎったとき、沙良ちゃんが真っ直ぐ私を見てることに気づいた。
「私もそうだったから」
「え?」
「昔の彼氏が、人気者タイプだったんですよ。かっこ良くて、気さくで、友達も多いし、誰とでもすぐ仲良くなって……」
沙良ちゃんの言おうとしてることが、私もわかってしまった。
「最初は気にしてなかったんです。彼の友人と一緒に遊びに行ったりもして。でも、男女かまわず仲良くなって沢山の友人と遊んでる彼を見てたら……」
「「私なんていらないんじゃないか?って思った」」
沙良ちゃんの言葉に私の言葉が重なる。
「やっぱり、思いました?神沢さん、多分私の元カレの比じゃなさそうだもん」
沙良ちゃんが、悲しそうな瞳で見てくる。
「彼は私のこと蔑ろにしてるわけでも、大事にされてないわけでもないから、言い出せなかった。多分、ちゃんと好きでいてくれたんだと思います。でも、私が耐えられなくなっちゃって……、別れました」
体の中央で、ずくん、と痛みが走る。
その時の、沙良ちゃんの気持ちが痛いほどわかる。沙良ちゃんも、今の私の気持ちを察して応援したいと言ってくれてるのだろう。
「あー、先輩、ごめんなさい。そんな顔をさせたかったわけじゃないんです」
今、自分がどんな顔をしてるのかわからない。
「先輩には、私みたいにあきらめて欲しくない気持ちと、もっとずっと一緒にいてくれる人がいるんじゃないか、って気持ちと……、両方あって……」
「うん、うん、沙良ちゃん、ありがとう。そんなに考えてくれて、ありがとう……」
沙良ちゃんの方が泣きそうな顔してる。その頭をポンポンと優しく撫でた。翔が私にしてくれるみたいに……。
二人でコーヒーのカップを片付けて、自分達のデスクに戻る。その途中で沙良ちゃんが言った。
「……でも、神沢さんは私の元カレとは違うかもです」
「違う?」
「元カレは私の気持ちに最後まで気づいてませんでした。でも、神沢さんはなんか気づいてそう」
「な、なんでそう思うの?」
「んー、ほぼ勘ですが、神沢さんってただの人たらしじゃなさそうで……」
じゃあ、どんな人たらし?
もんもんしながら業務をこなし、終業時間が過ぎた時、瀬名くんがやってきた。
「ちょっといいかな?」
動きがぎこちない。理人に何を言われたのよ。
さすがに終業時間を過ぎているので、休憩コーナーは誰もおらず、二人きりだった。
「こないだは……、ごめん」
「えっ……、と、ごめんって?」
「神沢さんと、付き合ってんだろ?それを隠してたのに知らなかったもんだから、俺……」
そういうことにしたのね、理人ー。
でも、ここで付き合ってない、なんて言ったらまたややこしいことになりそうだから、黙っていよう……。
「悪かったな。言いづらかったんだろ?」
「う、うん……。こっちこそ、ごめんね」
「あの……、悪あがきで一応聞くけど、俺に可能性はちょっともないの?」
「えっ……」
「あの人、すげーモテそうじゃん?」
昼間に沙良ちゃんと正にそういう話をしていた所だった。
「うん。学生の頃から、すごいモテてた」
「ツラく……ならないか?」
「……。うん。なる時ある。でも……、それでも、彼が好きなんだよね……」
自分で言って、妙にストンと府に落ちた。
そうなんだ。結局、私は翔のことが好きなんだ。
すごくシンプルなことなんだけど、いろんなことを考え過ぎてしまうこの性格のせいで素直になれない。
「そっか。わかった。じゃー、隙あらば狙うから!」
「えっ?!」
瀬名くんは、ニッコリ笑うとずいっと一歩近づいてきた。
「俺、あきらめ悪いんだよね。この先神沢さんと別れることもあるかもしれないだろ?」
そう言って、ちゅ、と頬にキスをしてスタスタ歩いていってしまった。
「ええええええ……」




