勇者の娘は何になる?
書き出し祭りでの没作品、供養です。
魔族の襲来によって人類は滅亡の危機に瀕した。そこで人類はある秘術を使った。
異界からの勇者の召喚。
神の加護を受けて異界から召喚された青年、勇者《カザキ・スフォーデン》はおぞましい魔族共を聖なる光によって切り伏せ、魔王と呼ばれる怪物共の頭領を封じ人類に平和をもたらした。
その後勇者は魔王を封じた巫女であり、王国の第四王女である美しき姫と結ばれ、王から下賜された領地で心優しい素晴らしき領主として腕を振るっていた。また、画期的な発明による発展を人類にもたらした。
「嫌だな」
暗闇で鼻を鳴らす青年は手に持つ光の板を床に置き、両足で乗ると青年は溶ける様に消えた。
闇には光の板だけが残っている。
***
「どうして……」
小鳥の囀りにも似た声で一人、下草が茂り捩れた根の横たわる月夜の森をひた走る。
不意に立ち止まって身を伏せ、草の影へと身を分け入れる。
その上を炎が行き過ぎ失せる。特に怪奇なことも無い。剣を佩く男が松明を掲げて居ただけの事だ。
その者が生まれてからの十五の年月に育まれた小さく柔らかな体躯と、母に胸元で確と留められた苔色の外套が森に良く馴染む。道中草の汁を吸い泥に塗れていたのも良かったのかも知れない。
しばしの時を置いてそろそろと起き上がりまた走る。
どれほど走っただろうか。
肺は擦り切れるほど絞られ、肩で喘ぎ口内には謎の風味が広がる。足は鉛の様になり、痛みの消失は感覚を道連れにした。
ふと振り向いてみれば闇夜の一部が昏い赤に染まっている。夜明け、では無い。おぞましい悪意を持った炎が空を焼いているのだ。視界を揺らし頬を伝い落ちる、記憶の断片。
炎に嬲られているその場所こそが、その少女の、温い、羽毛の様な世界だった。
「どうして……こんな」
「理由? 君があの領主の娘だったからだよ」
無意識の問いへ答えを返され大きく狼狽える。すぐに転げるように声から離れて相対する。母から授かった小さな宝剣を振るえた手に添えて。
「誰!」
「上だよ。こっち」
言われるがままに仰げば黒髪を後ろへ撫でつけた青年が、足を組みつつ樹に腰掛けている。
「やあ、こんばんは」
「……誰」
宝剣を突きつける。が、遠い。
「おや、物騒だね。まあ当然か。経験ないからスカスカだけど」
隙だらけだと。素人だと。そういう事だろう。
「っ……」
「まあ、いいか。君を殺すつもりは無い。どうこうする気はあるけども」
悠々と手を広げ話し出す。上着をはためかせ地に降りる。
少女は飛び込み着地を狙って首を一閃。秘めた金糸が闇夜に開く。
「へぇ、なかなかどうして……面白いね」
行動か。容貌か。形相か。
月夜の内でも尚、金に輝く長髪。浅瀬に溶ける月光を落とし込む様な薄水の瞳。薄色の張りのある唇。
髪を畏怖に震わせ、瞳を驚愕に見開き、口元を悔恨に歪ませる。
一瞬の停滞から後退へ移るが手応えの無い腕に引かれ人形の様にへたりと座り込む。
「おや、すまない。驚かせてしまった。本当に害意は無いんだ」
数歩下がって手を上げる青年は口元に苦笑を浮かべる。
それをどう取ったか少女は怯え絶望に瞳を濁らせる。
「なんで……なに……」
腰はしばらく抜けたままの様だ。
「ああ、そうだったね。色々と言い方はある。傍聴人だったり観測者だったり……適当にオブザーバーって呼んでくれ」
「……オブザーバー?」
「うん、そうだよ。こうやって話したりはするけど直接……」
そう言いながら少女へ手を伸ばす。少女は引き攣るがそれに構う様子はない。
「こうやって、干渉することは出来ない」
少女の手を横切らせて見せる。
「え……あ、え?」
眼を瞬かせて自らの手を凝視し、捻じって確かめてみている。
「はは、本当だよ。触れないって。だから君を殺すことは出来ない。」
「……幽霊」
その言葉に大袈裟に顔を仰け反らせる。
「むむ! 嫌だな、そんなんじゃないよ。」
気を悪くして見せているだけの様で怒気は無い。
「だって」
「いい? 僕はオブザーバー。観測者。ただ観るだけ」
「みる……だけ?」
「そう、観ているだけ。こうやって口を出すけど干渉することは出来ない」
オブザーバーは自分の胸に手を当てその後また少女の足へ手を沈める。
「こうやって発言は出来るでもこの手で変える事は出来ない」
手を口に遣りそれを目の前まで持ち上げ握る。それを見た少女の瞳には理解の色と光が灯る。
「……そんなあなたが、私に何しに来たの?」
その言葉にオブザーバーは待っていたとでも言う色を見せる。
青年は興奮に目を輝かせる。ただの子供のように。英雄譚をせがむ幼子のように。
「ああ、君に言いたいことがあって来たんだ!」
「……何?」
「ねえ、どうしてこうなったか気になるかい?」
「……ええ」
その答えに一層頬を上気させ教えるという甘美に身を震わせている。
「でしょ!! いいよ教えてあげる! 全部!」
「……お願い」
その様は玩具売り場に来てはしゃぐ子供で、内心腹立たしいものが在るが大事な予感がするのだ。
「うん! 最初はどうしよう。君のお父さんの事にしよう。君のお父さんはこの世界じゃない、チキュウって所から来た人なんだ」
「え?」
「ねえ、言ってみて。お父さんの名前」
「……カザキ・スフォーデン」
「はは、随分崩れてるね! なら仕方ないか。カズアキ・シホウデン。それがお父さんの名前だよ。まあ二ホンだと……それは良いか」
「……カズアキ、シホウデン」
すんなりと入ってくる。父はそんな名前だったのか。
村人も、鍛冶屋も、先生も、母も、父自身も、誰もが崩れた言い方をしていた。
「うん、すんなり言えたね。まあそうだろうさ」
腕を組み満足そうに頷くオブザーバー。
「何が……」
「うん? お父さんの名前をすんなり言えたのが、だよ。ここの人たちには言い難いらしい」
変なのだろうか。別に。
「いや、君が……と言うか彼の子供だからと言えば良いかな」
「それが……」
何だというのか。
「君の力さ」
「え?」
話についていけない。彼の中では筋が通っているようだがこちらには理解できない。
「いい? 君のお父さんは異界から遣わされた勇者なんだよ」
「勇者」
「そう、人々を脅かす化物を倒して平和を与えた勇者」
どこか知っているような話だ。本屋で並ぶ様な話。ある日、ファンタジーの世界へ呼び出され、救世を求められ仲間と共に戦い、悪を倒す。
「ははは、君は気付いてないんだね」
「……何を」
何がおかしいのか。
「ウマって知ってるかい?」
「知ってる」
「オオカミは?」
「分かる」
「イノシシは」
「……知ってる」
だからなんだ?
「マグロは」
「……うん」
「クジラとか」
「……まあ」
「ラクダとかどう?」
「……何の意味があるの? 動物なんて並べて」
その問いに笑みを深くするオブザーバー。腹が立つ。
「ふふ、うん。これ位で良いか……おかしいと思わない?」
「だから……何を」
増々口角が釣り上がっていく。
「ねぇ、この国には遠洋に出る舟なんてないし、砂漠なんてどこにも無いよ?」
「だからそれが……んぇ?」
そんなことは知っている。知っているが
「え、でも……え?」
少女の戸惑いにオブザーバーは笑う。
「そう、君は知らないものを知っているんだ。やっと封印が解けた?」
ラクダは砂漠にいる動物であることを。マグロ、クジラが海に泳ぐ大きな生物であることを。
「うん、それが君の力さ、お父さんの記憶。地球の記憶を持っている」
「地球の……記憶」
「ああ、僕が書き手だったらもっと巧く持って来れるんだろうなぁ」
「何を」
「ああ、気にしないで。ところでさ……」
得意気な笑みを張り付けて切り出す。
「何で英雄って必ず世界から去らなきゃいけないんだろうね?」
「……は?」
「ほら、毒殺なり謀殺なり相打ちだったり旅に出たりってあるじゃん?」
「……考えすぎでしょ。村娘と結ばれて村でひっそりとって話も多いわ。あと私の父みたいな」
「うん、まあそうかもね。でもさ、村娘とかの記号で適当に片付けてる感があるんだよねぇ」
「……で?」
納得がいかないと首を捻っている。
「ああ、難しい。怪物ってのは必ず倒される。世界から消え去るべき存在だね?」
「そうね」
「ねえ、怪物ってなんでそう言われるんだろうね」
「……まあ、人が勝てないからじゃないの?」
くるくる変わって分かり辛い。さっきから何が言いたいんだ。
「そう、人が勝てれば獣で終わり。じゃあそれに勝てる勇者って何だろうね」
「っ!! 馬鹿にするのか、私達を!! 私を!」
「ああ、僕はそう思ってない。思ってない」
「じゃあなんだ!」
「えぇ、うーん。人の深層意識って奴」
「は?」
「周りの人も書き手も、底ではそう思ってるからこうなったんじゃないかなって」
そう言ってオブザーバーは腕を広げる。
「……勇者も怪物だから世界から消えるべきだと?」
「うん、そんな感じな――」
「ふざけるな!! そんなことで私は! 私は!!」
――こんなことに
「そう、無責任な神はそうやって雑に処理しようとしている」
「私は何もしていない!!」
「うん、していない。まだ何も。そこでさ――」
オブザーバーは手を差し出す。
「この世界、君の設定変えてみない?」
少女はその時に《貴族の娘》から《復讐者》になった。




