7話
朝十時。学園のラウンジに置かれた古時計が年季の入った音を鳴らす。ノートを捲ってマイが教えてくれた「生徒と軍隊」についてのページを見直す。そもそも特殊部含め魔術学科の生徒は皆「シェリルム魔法魔術学園」の「魔法軍隊」の一員らしい。ちなみになぜ「魔術軍隊」ではなく「魔法軍隊」なのかというと、昔は魔法使い・超能力者と魔術師は全てひっくるめて「魔法士」と呼ばれていたから、だとか。
魔法軍隊の中でも大きく分かれていて上階から順に特殊部、A軍、B、C、D、Eとなっている。僕やタク、マイが所属している特殊部は生徒の枠組みから飛び出したエリート中のエリートが集まっている。ここまでくると先生の立場になることも多い。ただ特別な任務が多いので、やるとしたら非常勤教師が精一杯だとマイが言っていた。
AからE軍は学園の生徒が自身の力量でクラス付けされている。階級が上がるだけ人数も少なくなる。Aは確か、四十人くらいだったか。そのうちの九人と今日は行動を共にする。そろそろ昇降口へ向かうか。
――柔らかな素材でできたマントと指定の制服を思い思いのコーディネートで着る後輩たち。この子らは皆A軍の特殊部入隊希望者だ。三ヶ月後に控えた前期入隊試験に備えて毎年行われる特殊部体験会の中の一つ。それが今こうして集まっている合同パトロールと呼ばれるものだ。
「タク先輩、お久しぶりです!!」
「どうもっス、マイさん! 今日もよろしくお願いしまっス!!」
靴を履いて外へ出てきたマイとタク。いつもの私服で堂々登場。
「ハーイ、皆、今日はよろしくね。今回の担当は私たち特殊部三班よ」
「よぉっ! 待ってましたっ!!」
「ふふっ、もう知ってると思うけど私、マイとタク、そして最近他の都市から異動してきたユウよ」
視線が一気にこちらを向く。
「は、はい! 皆よろしくね」
「よろしくお願いします!」
「それじゃパトロール地域に向かいましょうか! 私たちに付いてきてねー!」
「はーい!」
意外と緩い感じなんだな。でもパトロール範囲も広いし、一応先輩なんだし、入隊して日が浅いけれど頑張らなきゃ。一人で意気込んで、皆の一番後ろを歩く。
改めてマイとタクを見ると人気者なんだなとつくづく思う。新しいカフェができたから一緒に行きたいとか、この魔法書が頼りになったとか、後輩の口から話題は途切れない。凄いな……尊敬されているんだな……僕も二人のようになれるのかな。
「ユー先輩!」
何の前触れもなく、女の子二人組が隣に立つ。
「どうしたの?」
「ユー先輩って遠くの都市から来たんですよね?」
「私たち、この国の観光地に興味があるんです。だからユー先輩が居たところのステキな場所とか教えてくれませんか?」
「え、観光地、素敵な、場所? え、えっと、ね……」
背中に冷たい感触が伝う。
「……僕の住んでいたところは田舎で何もなくて、だから、観光地って言えるほどの物はない、かな……」
「へー、田舎ですか、いいなぁ自然に囲まれて暮らせるんですよね!」
「一度でいいからそんな生活してみたいよねー」
「あはは……けっこう大変なことも多いけどね……」
一瞬息ができなくなった。じわじわ襲ってくる罪の意識。どうしようもない、分かってる。でも嘘をつくのは未来の僕の為なんだ。笑ってごまかす、何度も、何度も。大丈夫、何が大丈夫か分からないけれど、大丈夫。息を吸って、息を吐く。
「そろそろ着くよ、二人共並ぼうか!」
そして僕は微笑んだ。とある街中でマイは人の群れに声を上げる。
「はい、パトロール範囲に到着したわ! ここから三人ずつに分かれてもらえるかしら」
三人一組になってもらって計三グループ。そこからタク、マイ、僕が一つずつ対応する。僕が教える立場になる……気を引き締めなければ。
「せんぱーい、ここ四人じゃダメですかー」
「あ、ここも! 四人がいいです!」
「こらこら、言うこと聞きなさいね」
始まったとタクの呆れる声。
「えーでも、どうする?」
「私タクさんがいいし……」
「おい、やっとマイさんと話せるんだ、お前他行けよ」
この調子だといつまで経っても決まりそうにないな。二人の人気はさっきの様子と今までで充分分かっていたけれどさ。ショックを受けたりはしない。
「いいよ、四・四・一で行こう。マイとタクがよければだけど」
「問題ない」
タクは即答したがマイは眉を寄せる。
「でも……うん、分かったわ」
しかしこの現状、さすがに諦めたらしい。
「じゃ、各自行動しましょう! さぁ行きましょ!」
「やったー!!」
そして八人と二人は違う道を歩いていく。僕ともう一人の子を残して楽しそうに去っていく。なんともいえない空気の中、詰まる思考のまま笑った。
「よろしくね!」
「……よろしくお願いします」
その子の名札には『ルシナ』と書かれていた。くせっ毛のせいでボサボサに見えるショートの黒髪と、視界の邪魔にならない程度にピンで止めてある前髪。珍しい黒のロングコートを着ていて、指定の制服はほぼ中に隠れてしまっている。何より鋭く細い目が一匹狼のような雰囲気を醸し出していた。
「今日から二日間、一緒に頑張っていこう!」
頷いて先に行ってしまった。急いで後を追いかける。
「えーっと……あ、まずパトロールのコツっていうか、注意するべきところを教えるね!」
ルシナさんは何も言わない。
「パトロールって一度に色んなことを同時に行うんだよ!」
周りを見渡している。
「パトロールは周辺にゴーストがいるかだけを確認すればいいってわけじゃないんだ! ご近所さんへの声がけや植物の様子、空気の汚染も観察しなければいけない」
……ちゃんと伝えたいことが伝わっているんだろうか。説明しているけれど、うんともすんとも言わない。ただ周りを注意深く見ている。
「特に声がけは大切でカウンセリングっていって、魔法使いさんの精神の安定や社会の不安を取り除いたりとか」
「あの」
お、反応してくれた。
「どうしたの?」
「パトロールは何回もやったことあるので説明は不要です。あと、一人でできるので他のところお願いします」
え? え、ちょっと待って
「ルシナさん」
「ルシナでいいです」
「え、あ、じゃあ、ルシナ、A軍は原則パトロールに参加できないんだよね? だったらどうして?」
とびっきりの苦い顔をする。
「別になんだっていいでしょう。それじゃ行きますから」
「ま、まってまって!」
慌てて手を掴む。こっちだって決められたルールを遵守しなければならない。振り払おうとする手に力を込めた。
「だからと言って別行動は許可できないよ」
「二人で分担してしまった方が効率的だと思いますけど」
「でも見ていなきゃいけない決まりなんだ」
「見てもらう必要がないって言ってるんです!」
強い口調とより鋭く尖らせた目つきで威嚇するルシナに、頭の中の何かが引っかかる。
「……そうか、じゃあ完璧にできるんだよな?」
自分でも口が悪くなっているのが分かった。でも先輩としてここは引き下がれない。ほんの少しルシナの顔が崩れ、覇気が弱くなった。
「自信ないのか? でも自分の口から出た言葉すら守れないようじゃ、特殊部への道はまだまだ遠いな」
「っえぇ、分かりましたよ! 完璧にやってみせます‼」
その一言を聞いて、僕は握りしめたルシナの手を振りほどいた。
――二、三歩離れた場所でルシナを見守る。一人の若い男性とテンポよく会話を続けている。それにしても……なかなかできているじゃないか。自分が短期間で習得したポイントをほぼやってのけている。なによりも、あの仏頂面が見違えるほど良い笑顔で話すことに正直驚いている。
「ご協力ありがとうございました」
「あいよー、お疲れさん」
一礼して一息吐くと僕の方に近づいてきた。自信ありげな顔だ。
「どうです? うまくいったと思うんですけど」
「そうだね、とても良い。これほどできるとは思ってなかったよ」
でも僕は『ほぼ』と思ったんだ。『全部』ではない。
「ただ」
「ただ?」
「少し事務的じゃないかなって。話を抜かりなく進めるのは悪いことじゃないが、相手の話したいことに耳を貸しているか? どんなに順調に物事を終わらせていっても、これは対人だ。冷たさや素っ気なさを感じさせてしまったら駄目だろう?」
ルシナは目をぱちくりさせると一気に悪顔になった。
「事務的? あてつけは止めてくださいよ。人と話しているなんて、大前提のことでしょう? まるわかりなんですよ。悔しいならハ・ッ・キ・リ言えばいいのに」
ハッと吐き捨てるような笑い声で僕を煽る。ほお……言うじゃんか。君は一日で何度僕をイラつかせるつもりなんだい?
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ。見てな」
ちょうどいい、すぐそこで大きい封筒を持った中年の男性に聞いてみようか。マイのお墨付きをもらったんだ。充分に力を発揮するぞ。
「すみません、魔法軍隊の者なんですがちょっとお時間よろしいでしょうか?」
「おぉ、軍隊の方でしたか。大丈夫ですよ、何でしょうか」
「ありがとうございます! それじゃ……ここの地域で黒い煙とか、小型のゴーストを見つけたとかありませんでしたか?」
「いえ、何も」
なかなか情報は集まらない。今のところ全敗中だ。僕はバックの中のファイルを漁る。
「そうですか、最近物からゴーストが生まれたと報告がありましたので引き続き周辺の注意と何かあったら連絡の方、よろしくお願いいたします!」
電話番号が記載されたチラシを手渡し、昨日の事件を取り入れながら話す。最新の情報はしっかりとお伝えする、うん、完璧だ。しかし彼は、そうなんですね……と浮いたトーンで視線を漂わせていた。
「……もしかして何かお探しですか?」
「あぁ、ちょっとこの封筒の場所に書かれている会社に行きたいんですが……」
薄く印刷された文字を読む。確かここは魔法道具の件でお世話になっているところだ。
「ふむ、この会社ならあそこの集会所を右折して真っ直ぐ行くと左手の方にありますよ!」
「あ、そうなんですね、ありがとうございます!」
「いえいえ、ちょうどお世話になっているところだっただけです。お気をつけて!」
「はい! 失礼します」
礼を忘れずに、っと。さぁ、どうだ。ルシナは後ろで悔しさ満天の顔をしている。性格が悪いのを重々承知で自分はとても満足した。予想通り、いやその以上の出来栄えだったと確信する。
「ま、まぁさっきは新しい情報を踏まえた話し方や、相手に寄り添った姿勢じゃなかったのは認めます。事務的だって言った意味もよぉく分かりました。でも、こんなこと少し意識すればできますよ、見ててください」
勢いよく駆け出し若い女性二人組に近寄る。随分ムキになっているようで……だとすると。
「すみません、まほ「すみません魔法軍隊の者なんですが、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
「はい」
「今、後輩の研修中でして。数分で終わりますので、声掛けの練習にお手伝いいただいてもよろしいですか?」
「……別にいいですけど」
いきなり話に割り込んで何してくれる……と言いたげな顔で僕を見る。満面の笑みで返してやった。さっきまで数歩後ろで見ていた先輩が、今度は隣に立って自分の仕事をまじまじと見ているなんて、ルシナにとってはやりづらいことこの上ない状況だ。思っていた通り、引き攣った顔をしながら、早く終わらせたそうに会話を早口で捲し立てていく。
「――ありがとうございました」
「はあ、どうも」
ルシナはお辞儀をして女性二人を見送る。彼女らは訝しげな顔をして、この場を去っていった。ルシナはイレギュラー対応が苦手なタイプのようだ。僕が隣に来ただけでここまでできなくなってしまうなんて。でも、ラッキーだ。こんな弱点を見過ごすわけにはいかないな……。
「ま、まあ、これで終わりで」
「何言ってるの? 僕が良いと言うまで終わらせないけど?」
――結局その後、約一時間以上声掛けと指導をみっちり行った。総評として、ルシナはプレッシャーにかなり弱い。僕が隣にいるという圧があるだけで、できていたことができなくなってしまう。指導されたことに対しては注意するようになるが、今度は他の部分が疎かになる。ここが駄目だと指摘を受けるほど、ルシナの中で「自分は何ができて、何ができていないのか」が複雑化する。「どうすれば改善するのか」が分からなくなる。そして、混乱する。
「全然ダメ。早口すぎて何言ってんのか分からない」
「表情硬いよ。顔怖すぎ」
「それで僕が良いって言うと思ってるの?」
「はあ……次」
出会った当初は印象悪い感じだったけれど、ルシナはとても真面目な子だ。自分ができていないと理解したら、できるまで練習することを厭わない。課題に対して貪欲に突き進み、理解できる指導なら素直に受け取り、できるまで根気よく挑み続け、決して諦めない……。
「これは自分でもダメだと分かります」
「ぐうの音も出ないです」
「まだ、できます。やれます」
「俺は、どうすれば良くなるんでしょうか」
「混乱してますね、俺。はあ……、できない自分が憎いです」
ぽつり呟いたルシナの一言。それがなぜか、とても心に刺さった。そして途端に僕は、冷静になった。ルシナの眩しさに当てられて、自分が黒く汚れて見えた。僕の善の部分が、悲鳴を上げる。なんて、酷いことを言ってしまったのだろうと。自身が吐き出した憎まれ口を振り返る。増幅していく、己の醜さ。ああ、僕は……僕の想像以上に必死だったんだ。先輩としてのプライドと自己肯定、そして、激高したあのときの僕を超えたと思い込むために。