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空想のサクラ  作者: 秋山 楓花
第一章 彼女は何を想うのか
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6話

 瓦礫の山から黒い影。一つ、二つ……と数えられたらどんなにいいか。


「なに……この量……マイ、タクこれって……」

「知らない、知らないわ。こんなゴースト初めてよ……」


 僕の身長を優に超えた、人型のよう、はたまたロボットのような物体が辺り一面を埋め尽くす。しかし奴らは突っ立ったまま動かない、攻撃してこない。天も地も黒で染まる。不気味だ。


「チッ……魔力が吸い取れない。十体以上の群れなんて聞いたことがない、どうなっている」

「どうなっていようとやることは変わらないわ! 彩弓・花鳥風月!」


 マイの手元に艶やかな弓矢が現れる。大きく弓を引き、矢先を天に向ける。


「司令官マイが命ずる! 周辺の情報を一新せよ!」


 矢尻が青く光り、空高く弾き飛んだ。そこから青いカーテンがドーム状に広がっていく。マイは顔を引きつらせ、足を引きずりながら一歩下がった。


「うそでしょ……?」

「数は?」

「全、二百……」

「二百!?」

「と、とりあえず三人で一体を相手しましょう。何してくるか分からないから慎重にね!」

「わかった!」


 と言っても初めてのチーム戦だからどうすればいいのか……とりあえずマイの指示に従えばいいのかな。


「タクはシールド、私は後ろからの切込み。ユウは敵に攻撃しつつ狙われないように!」

「障壁展開」


 タクは右手を前に出し、黒い壁を出現させる。踏み潰す砂の音が張り詰めた空気に振動する。


「いくぞ」


 タクは走りだし、前の敵に大きな一発を食らわす。間髪入れず風が巻き起こり敵群を一気に飛ばした。三対一のリングができあがる。クールな顔からは想像できない、圧倒的なパワー。


「あぁもう、無理やり過ぎよ。敵が押し寄せてくるかもしれないじゃない。しょうがないわね」


 空を飛び、宙に浮きながら弓を横で構える。足で魔法陣をなぞり、矢は桃色の光を帯びる。彼女の瞳はリング外を一望していた。


「花の芽吹きのように。花緑戦歌!」


 目に止まらぬ速さでオーディエンスの足元に刺さる。マイが手を上げると光壁が地を裂き始める。桃色のドームができあがり、そして透明になる。奴らは歩を進めることさえ許されない。


「助かる」

「うまくいってよかったわ。長くは持たないからパパッと倒しちゃうわよ!」

「承知」


 彼は前線で攻撃を続ける。一定のリズムで繰り出す拳と蹴り。無駄と隙のないアタック。


「ハッ」


 気と足技でゴーストを見えない壁に叩きつける。タクは指先で宙に丸を描き、両手を広げる。すると分厚い本が出現した。勝手にページがめくれていく本の後ろに、彼は立つ。前に見たあの光景、下からの光に煽られる彼。


「マイ」

「はい!」


 もう弓を引いていたマイは敵の前に矢を放つ。敵は元の場所に戻ろうと動いていたが反応して留まる。その一瞬、奴の体を貫く一線。二本、三本、軽いステップと動作で打ち続ける。踊っているみたいだ。


「時間稼ぎ、もういいかしら?」

「充分だ。召喚術・忍、奴を殺せ」


 本から黒い煙が現れ、形成される。顔の無い、黒い頭巾の……あ、あれ、あのときの! そう、暗殺されるって思った時の! 顔や姿は分からなかったけれど、この独特のオーラ……間違いない。

 忍は一直線に敵へ向かい右手を振った。砂埃が立つ。


「……⁉ 倒せて……ないだと?」

「おかしい、おかしいわ! 幾ら何でも体力がありすぎる、他にも……っタク!」

「なんだ!」

「もうすぐ花緑戦歌の効果が切れる!」

「忍、攻撃を続けろ! くそっ……マイ、動けるか?」

「ムリ……」

「なぜ⁉」

「今ギリギリまでっ、壁に、魔力を……!」

「忍びの体力も底尽きる……はっ、ユウ!」

「ふぁっ、はい!」


 突然タクに呼ばれて、声が裏返った。


「忍が消えたらすぐに攻撃しろ! できるなら止めを刺せ!」

「わ、わかった!」


 エフゥティの準備、いや失敗したらどうする。じゃ、ゲシュウィン、ダメだ、隙が大きすぎる、下手したら魔力が後で足りなくなる! 迷う暇なんてない、ないのに! 二人はすぐに行動していたのに僕は‼


「ご、ごめん……」


 マイが崩れ落ちる。迫る黒壁。歪む顔。


 流れる汗。


 集中しろ。


 集中しろ。



 集中しろ。



「今だ‼」



 手足に力を込める。



 タクも走る。



 倒せ。



 倒せ!



 倒せ‼




「はあああっ!!」




 力いっぱい剣を振り下ろして……消えた。倒した。


 でも。


 やっと、一体。

 これを二百回繰り返すのか?


「どうしましょ……」

「読み間違えただと……」


 三人背中合わせで今いる光景に絶望する。マイがなんとか立ち上がるが、絶え絶えの息を吸う。タクは汗を拭い、厳しい顔で身構える。このまま呑み込まれるのだろうか。僕は……僕たちは……。


「……あれ?」

「あら?」


 積み上げられて乱雑に置かれた瓦礫。それだけが広がっている。奴らが、消えた……?


「マイ、ゴーストの反応は?」

「全くないわ……こんな短時間にどうして……」


 マイは弓を魔力の結晶にして体に戻すと、腕を組んで考え始めた。


「……マイ、やっぱりさっきのゴーストって」

「えぇ、全てが今まで見てきた物と違うわ。外見も体力も行動も。まず、あのロボットみたいな姿。普通ゴーストは生物の形になるのに、あれは違った。次に体力。あの大きさならタクの連続ダメージで倒せるはずなのに、まだ存在していた」


 人型以外は体が大きいほど含む魔力も多い。含む魔力が多ければ体力も多くある。一方、タクが前に作った『ドール』は人型のゴーストだが、体が小さくても魔力を込めれば込めるほど強くなる。感情がないものやあるものなど様々だが、原則は変わらない。


「そして、行動。あのドール、攻撃してこなかったのよね……」

「おい、これ見てみろ」


 タクが指差していた物はボロボロの鍋。持つと転々と黒くなった部分がある。でもこれ、コゲじゃない?


「これって……ゴーストのだよね?」

「それだけじゃない。浮いている黒の粒子、全部ゴースト化される前の魔力だ」

「でも人間しか魔力を溜め込めないんだよね? だったらどうして物から出てる? それに普通の魔力は透明で見えないはずなのに、なぜ黒く変色しているの? しかも物も全部じゃなくて限定して放出している。どうしてタク?」


 質問攻めを受けて彼は面倒くさそうな顔でマイを見る。彼女はただ微笑んでいるだけだ。分からないことがあったらすぐに聞けってタクが言ってきたのになぁ。もう一押しするか。


「実技のエキスパートだったら簡単に教えてくれますよね。()()()()?」


 ピクリと肩が動く。


「ユウ、お前、今何と言った?」

「教えてくれますよね、タ・ク・先・輩?」


 革手袋のシワを伸ばす。


「先輩という立場なら責任を持って後輩に教えなければならない。しょうがない……ユウ、一回で覚えろ」


 言葉の硬さの割にはいつもより口角が多めに上がっていますよ、タクさん。マイは後ろを向いて必死に笑いを噛み殺している。


「魔法使いで物を作る職に就いている人がいるだろう」

「あぁ、魔法職人と呼ばれる人たちのことだよね?」

「魔法職人は自分の魔力を使って物を生み出す。つまり生み出した物に職人の魔力がそのまま残っていることがある」


 ということは。


「放出している物は全て職人の手で作られたってことか……」


 でもそれだけじゃ変色している理由にならない。考えれば考えるほど疑問が湧き上がってくる。


「……物にそもそも魔力は備わってないし、ゴーストは仮定して人型」


 姿勢はそのままでマイが口を開いた。


「人間が作り出したのなら気持ちによってゴーストの力も上がるけど、それならあの数のゴーストは相当な魔力の使い手よ。黒くなっているのもドールみたいに、意図的に発生させているからじゃないかしら。魔法職人さんでこんなに強い方いたかしら……」

「とりあえずパトロールだ」

「そうね、ゴーストを生み出すほど感情が不安定になっているなら、すぐに対処しないとね。明日は職人さんにあってパトロールついでにカウンセリングね。報告書も書かなきゃいけないし……今日寝る時間あるかしら……あ、ねぇタク、前のメンテナンスの件で……」


 矢継ぎ早に放たれた二人の考察をなんとか飲み込む。頭の中で砕いた言葉の破片が喉につっかえる。二人から少し離れて、吐き出すように溜め息をついた。


「……違う」


 そう、明らかに違う。僕と彼らのレベルの差が。そんなの分かりきってる、あちらはベテランで僕はちょっと他の人よりもデキる新入りだ。でもそれだけで済ませられるか。例えば、二人は確かに読みは外れたが、何も迷わず自分で動き、僕に指示していた。それに引き換え僕はどうだ? 大切な場面でおもいっきり焦っていたじゃないか。このままでいたらマイとタクはどんどん先へ行って、僕を必要としなくなってしまう。


「二人はあんなに強いのに、僕は」


 この状況に満足していないか。ただ安心しきってないか。時間を浪費している暇なんてない。もっと、もっと強くならないと。


「ユウー! 今日は解散にしましょー!」

「っはーい!」


 背中を向けた彼らがずっと遠くにいるような気がした。

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