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空想のサクラ  作者: 秋山 楓花
第一章 彼女は何を想うのか
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5話「そして仲間を想う」

 あれから十日経った今、僕はノートを片手に木々の抜け道を歩いていた。少し肌寒い風と赤色の空が今日の終了を呼びかけている。草花の甘く淡い香りが、僕の側を柔らかく通り過ぎて行った。季節は少しずつ春めいていく。

 数日ばかりの間に僕の記憶は少しずつ回復していった。誕生日は八月二十一日、血液型はB型、歳は十七。表面的な部分、つまり生活する上で必要な個人情報は全て思い出した。しかし、親や故郷、ナナさんの家で目が覚めた以前の記憶は、未だ頭から抜け落ちたままだ。身の丈話は日常茶飯事、でも僕は何も答えられない。だから、騙すしかなくて。軍隊の新入りとして関係者からよく話しかけられるが、毎回僅かな胸の痛みを覚えている。これが生存できた一つの見返りなのだ、と軽くはない重しを抱えて、今をなんとか生きている。ノートの付箋が揺れた。


「復習しないと……魔法魔術のページっと」


 魔法と魔術について事細かに書かれたページを開く。やけに目立つ赤のシール、大切と印刷されたそれが嫌でも目にはいってくる。ノートに一文字の余白を許さないほど文字がびっしりと並んでいる。そして、その文字のほとんどが覚えるべき重要単語だ。これを全部頭に叩き込まないといけないのか……と、少し億劫な気持ちが滲む。ふと数時間前のことが頭を過った。

 マイが笑みを浮かべてホワイトボードの端から端まで黒文字を書き殴っていた。これくらい覚えてもらわないと困るわ~、なんて言いながら、貫かんばかりの眼光で僕を見下ろしていた。そもそも全く知識が無い人間が、いきなり魔法魔術のプロフェッショナルでエリートな部隊に投げこまれてしまったのだ。基礎知識から実戦で使うような高度なものまで、短期間で一気に覚えなければいけない。マイから発せられる、うだうだ考えている暇があるなら単語の一つや二つ覚えなさい、という圧を授業中はひしひしと感じていた。そして、今も僕の頭の中で彼女は目を光らせている。自然と背筋が伸びた。気合を入れるために長く息を吐いて、改めてノートを見る。


「……魔法は自分の近くにある物を操ったり、発生させたりする力のこと。超能力ともいう。応用で建築や家事などの仕事、日常生活で幅広く使われている。魔法を使える人のことを魔法使い、超能力者という。自治国シェリルムでは総人口のうち約四十パーセントが魔法使いと言われている」


 そういえばナナの家は大災害後に建築の魔法使いが建ててくれたって言ってたっけ。ここで繋がった、なるほどな。周りを気にしながらブツブツ唱える。


「一方魔術は戦う力、武器を扱うことが多い。剣なら剣術、銃なら銃術、武道なら武術と魔術の中で分けられている。武器だけでなく強化、妨害など様々な魔術を一人で持ち合わせていることもある。前者を主魔術、後者を副魔術という。魔術を使える人のことを魔術師といい、自治国シェリルムでは総人口の約十パーセントを占める」


 つまり僕は魔術師の剣術グループに入る。副魔術は剣術に付け加える力、付加魔術といえるだろう。マイから聞いたところ、副魔術を使える人は半数以下。しかも自分の魔力や体力を回復できる自己完結型の魔術師はほぼいないらしい。だからチームを組んで足りない部分を補い合うのだ。仲間は大切にしないとな。僕の数少ない理解者なのだから。

 ちなみにナナ、マイ、タクは僕と同い年。マイとタクの大人びた雰囲気は年齢からのものではないらしい。軍隊での経験が彼らの成長を促しているのかな。僕もいずれ……いや、無理な気がする。


「ただいまー」

「おかえりなさい! 寒かったよね、ホットミルクとココアどっちがいい?」

「そうだな……ココアにしようかな」

「はーい、ちょっと待っててね!」


 ナナはコップを持って迎えてくれた。毎度帰ってくると何かを手に抱えたまま玄関に駆け寄ってくる。菜箸、おたま、お皿、調味料……前に犬を抱き上げてきたときはさすがに笑った。今では楽しみの一つになっている。

 そういえば僕はもう軍隊の一員なのだから、ナナの家に住む理由がないな。少なからず迷惑をかけているのは軍人になったとしても変わらないし。マイとタクは学園の寮暮らしだし、僕も


「ユウどうしたの? 靴も脱がないで、忘れ物?」


玄関に置いてある、たった一足の靴――あぁ、そうだ。彼女は一人なんだ。


「う、ううん、なんでもない。ちょっと考え事」


 急いで玄関に上がる。足先に見えた彼女の靴がやけに小さく見えた。




――十日前、タクのドールと戦ったあの日から僕の生活はとても落ち着いていた。九時くらいに家を出て魔術の座学、実戦演習。市内のパトロールは市民の呼びかけと環境調査、小さいゴーストの魔力の吸い取り。夕方に帰ってきて時間があれば復興の手伝い、夕食の準備、後片付け、風呂掃除。意外と平坦な日々。良くも悪くも体が効率的にエネルギーを消費していくのを感じていた。

 でも僕は分かっている。こんな平凡な日々がいかに幸せなのか。普通こそ一番の贅沢なのだと。レモンの香りがする洗剤で皿を洗いながら近い過去を振り返る。まぁ、これも習慣の一つなんだけれども。


「想像したのと違った?」


 隣で食器を拭くナナが言う。


「大災害まで平和だったの。大きな事件もそんなになかった。こんなに非日常なのは、今ぐらいなんだよ。でも……私は今のほうが平和で幸せだな……不謹慎なのは分かってるけど」


 彼女は手を止めた。過去のことは僕には分からない。でも今が幸せなのは、僕にとっても嬉しいことで。


「……平和なのは、いいことだよ」


 僕は彼女の言葉を肯定する。彼女は顔を上げて、そっと皿を持ち上げる。


「そうだね、平和なのは、いいことだよね」


 ナナは口角を上げるが、瞳には憂いの色が混ざってる気がした。たまに彼女は悲しそうな顔をする。その悲しみの中に、小さいながらも底知れぬほど深い孤独が混ざっているように見える。それが、なんだか放っておけないような気持ちにさせてくるのだ。


「……そうだ! 明日学園の近くの丘で一緒にお昼食べようよ! お弁当持ってさ、どうかな?」

「え、でも邪魔じゃないかな」

「大丈夫だよ! 丘に良い場所があるんだ。あと昼はしっかり休憩時間とれるし、ね?」


 そのとき、小さく彼女の肩が動いた。


「あ、ちょっと待って誰か来たみたい。ユウ、手から水、垂れてるよ」


 え、やべっほんとだ。ティッシュ、ティッシュどこだ……あったあった。前から思っていたけれど、インターホンの鳴る前に気配に気付くの凄いな。前に聞いたら『人の気配に敏感で、遠くから自分を目標にして向かってくる人を見なくても分かる体質』って言っていたっけ。こんな世界だから、別におかしくないのかも。正直そう思ってないと生きていけない。

 ナナはゆっくりドアを開けて近所の女性と話し始める。今のうちに洗い物を終わらせなきゃ。水の跳ねる音が耳を包んでいく。


「……ユウ」


 ドアを閉じ、背を向けている。


「ん? どうしたの」


 くるりと回ってナナは笑った。


「明日お昼一緒に食べよう! 誘ってくれてありがとう! たくさん準備するね、楽しみだなぁ」


 軽い足取りでキッチンへ行き、冷蔵庫を覗いている。タコさんウィンナーを作れると喜んでいるナナ。楽しそうに鼻歌を歌う彼女を見て、僕は安心した。

 さっきの僕の名を呼んだ時の声、少し涙声だったような気がしたけれど聞き間違いだったみたいだ。




――ん……なんだ、このおと……もうあさか……。めざまし……めざまし……ん……むじゅうりょく……?


「いって! あたまうった……なに、なんのおと……」


 まだくらいし、なんなんだ。こっからきこえる、ぽけっとけいほう……ポケット警報!? 急いで発信機に触れる。


「ユウ! やっとか! 応答に時間がかかりすぎだ! 緊急事態なんだぞ!」

「ご、ごめんなさい!」


 タクの怒鳴り声で体が跳ねて垂直に立ち上がる。寝起きで頭が働かないと言っていられない状況らしい。


「あ、ユウ? マイよ、声聞こえてる?」

「うん、聞こえる」

「ちゃんと起きてくれて助かったわ。D区間でゴーストの群れを発見したの、どれくらいの規模かまだ把握できていないわ。私たちそっちに向かってるからユウは家の前で待ってて。お願いね!」


 そして発信機がプツッと音を立てた。D区間は復興廃棄物収容地域のはず。人通りの少ないそこにも湧くのか……神出鬼没だ。

 時間は一時過ぎ。部屋を出てリビングのテーブルの上に書き置きメモを残しておく。洗面台で顔を洗って、髪を整えて、戸棚に立て掛けてある剣を持つ。力を込めると体と剣が光を帯びながら魔法服へと変わる。スウェットからシャツ、ジャケット、ネクタイやズボン、ショートブーツ……見てくれが学生服に近い。

 外へ出ると冷たい風が全身にぶつかってきた。入隊してから初めての戦闘、本番。このときの為に備えてきたが、やっぱり緊張感が違う。心と思考が動きだす。今日は三日月か。


「おまたせ、ユウ」


 右からの声に振り向くと二人がそこにいた。軍服のワンピースにフリルをあしらったポニーテールのマイ。大きめの白衣にシャツと黒のネクタイ、スボン、革手袋を身につけたタク。これが二人の戦闘服……初めて見た。月光に照らされる彼らはとても格好が良い。


「行くぞ」


 タクの隣にいきなりスケートボードが現れた。青い魔方陣に乗る銀色ボディ。なんとタイヤがない。これはスケートボードより、ただの鉄板なのではないか。早速彼はさっきまで乗ってきた物で先へ行ってしまった。凄くスピードがでている気がするのだが。


「それ転移型超高速スケートボードで、これからお世話になる物よ。さぁ私たちも行きましょう!」

「え、ちょっと! 多分僕初めてスケボー乗るんだけど⁉」

「大丈夫よー! 魔術師皆乗れるからー!」


 えぇ……どうすれば……って、そんなこと言ってる場合じゃない! ど、どうにでもなれ‼


「――ほら、大丈夫でしょう?」

「えっ」


 目を開けるとタクとマイがいた。なんだ、戻ってきてくれたのか……違う、風景がありえない速さで変わっていく。つまり?


「これ、操縦者が思う方向とスピードで動いてくれるのよ。便利でしょ? さて、D区間まであと何分くらいかしら、タク」

「あと二分」


 きっと僕の顔は引きつっているだろう。しかも自分は止まっている感覚で酔うこともない。顔に当たる風が柔らかい。地を引っ掻く音も聞こえない、浮いているのか。またか。魔術師浮くの好きだな。


「そういえばユウ、私たちの戦闘服見るの初めてよね。どう? かっこいい?」


 マイは右手を腰に、左手を頭に置いて変なポーズをとる。たまに彼女は年相応の行動をすることがある。


「うん、二人ともかっこいいよ!」


 僕はグットサインをした。


「ユウは本当に思って言ってくれてそうだから少し照れるわね……あれ、でもタク、貴方ユウの実践練習に付き合っているのよね? 戦闘服着ていないの?」

「俺は指導している。戦う必要がないのにどうして着ねばならない?」

「あら、一緒に戦えば自ずと欠点が見えてくるはずだけど?」

「……別にいいだろう」


 彼はまた先へ走っていった。マイはくすくす笑っている。


「実はね、タク、先生とか先輩って立場が大好きなのよ。だから指導したくなるんだわ。今度『タク先輩』って呼んであげて、その日は優しくなると思うわ」


 あんな仏頂面でそんなことが好きなのか……だめだ、想像しただけで笑ってしまう。


「……よかった」

「え?」

「緊張しすぎてカチコチになっていないか心配だったのよ。ユウ真面目だから……前に言ったと思うけど、極度に気持ちが高ぶったり落ちたりすると、魔力を上手に扱えないことがあるから」


 それは覚えがある。ドールと戦った時、躍起になってボコボコにされたけれど、気持ちを入れ替えたら体がしっかり動いた。魔力は精神状態に左右されやすい、ということ。


「ありがとう、マイ。気を紛らしてくれたんだね」

「どういたしまして。さぁ、入隊後初戦闘のユウの為に派手にいくわよ!」

「オッケー!」


 D区間、復興廃棄物収容地域に三体のスケートボードが進入する。

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