4話
最後の一体はどんどん攻めてくる。
後衛に下がれば隙だらけだからだ。
今までと違った戦闘パターンもある。
五分五分の攻防戦。
これじゃずっと動き続けている僕が不利だ。
どうする。
「……そうだ、リィト!」
少し下がって左手でやつを指差す。
光の球が素早く接近する。
急に光が近づけば誰でも足を止める。
作戦成功、もう剣は僕の意思に従ってくれている、よかった。
小さな隙に大きな一撃。
よし、僕が有利だ。
もう少し、もう一ぱ
「なっ⁉」
高く挙げた手に痛みが走る。
やつは腹をおさえながら僕の手を打つ。
当たり所が悪かったのか力が抜ける。
不運は続く、その手は剣の持ち手だった。
「あ……」
スローモーションになる世界。ハイスピードで記憶が逆巻く。
『何か……対抗できる手段は。』
『君は、充分立派な人だ。』
『私には大切な人がいてね。あ、勿論君も大切な人さ。』
『はじめまして、私に何か用かい?』
『どうか……どうか……彼を、助けて、くれ』
赤く反射した凶器、鉄と夜の香り、火の粉と赤の汁が降る。僕じゃない声が脳に響いた後、砂嵐。なんだ、これは。背筋が凍る。体が、動かない。
「もういいわ!!」
我に返る。何かが一直線に飛んできて、黒い頭を貫通する。僕の目の前にいるドールはほろほろと崩れていった。奥に佇む人形の主は無表情で何かを見つめている。僕は振り返った。
「……マイさん」
彼女は弓を抱え、立っていた。あれは矢だったのか。ゆっくり歩いて僕の目の前に止まった。
「また私は貴方に謝らなければいけないわ。タクにお願いしたの、貴方を連れてきて戦わせてって。どうしても……助けたかったの。試すようなことをして、ごめんなさい」
深々と頭を下げる彼女。言葉一つ一つの重みがひしひしと伝わってくる。てっきりタクさんの怒りを買って個人的に襲われたのかと思ったが、本当は仕組まれた戦いだったのか。実際ボコボコにされたし、走馬灯が見えかけるほどボロボロになったけれど……ここまで陳謝されると怒る気も失せる。
「だ、大丈夫ですよ。僕こそ恥ずかしい姿を」
「違うの、それだけじゃなくて。この子が……」
ふわり揺れる髪と、小柄な身長。影から一歩踏み出し、マイさんの隣に立つ。
「ナナさん!」
彼女は泣いていた。
「私が脅すような言い方で連れてきたの。貴方を悪用しようと企んでいるのかと思って……。ユウさんが危ないと釣ったのよ。そうしたら本当に貴方のことを大切に考えていて……ナナさん、本当に申し訳ないわ」
マイさんがまた頭を下げる。まぁ、危なかったのは事実だけれども。ナナさんが涙を拭い、顔を上げてくださいと優しい声色で話す。マイさんは体を起こすが、表情はひたすら反省の色に染まっていた。
「ユウさん」
「ナナさん、心配かけたね。ごめんね」
「ううん……帰ってきてからユウさんがずっと上の空で苦しそうなのを、私気付いてたのに……何もできなかった。側にいるの私しかいなかったのに、ごめんなさい」
また涙が溢れ出した。
「それに私、全然ユウさんのこと考えられていなかった。分かっていたのに、何もしなかった……そんなので助けたつもりになっていたなんて……失礼だよね。本当にごめんなさい」
潤ませた瞳で僕を見る。前と変わらない、綺麗な黄色だ。
「ナナさんのおかげで二日間、僕は幸せだったんだ。謝るどころか僕が感謝するところだよ。今まで本当にありがとう」
彼女はよかったぁ……と優しい笑みを浮かべていた。その笑顔は海の中から波に揺らぐ月光を見ているかのような、そんな不思議な気持ちにさせた。
「……あと、何か言いたいことがあったとはいえ、ほぼ初戦闘なのにあんなに強いゴースト五体も出したタクも謝らなきゃいけないわよね? ちょっとこっち来なさい」
マイさんの鋭い声に反応して、僕のかなり後ろで本を読んでいた彼が渋々こちらに向かってくる。電気ついていないのによく本読めるな。体の方向を直して向かい合う。彼は少し離れて立ち止まるが目も合わせないし、口も開かない。不満げな顔もそのままだ。
「僕から一つだけ言わせてください」
彼の目線が動く。
「人は生活の基礎があるからこそ、幸せになれるとタクさん言いましたよね。確かに、生まれたときの状況下や生きている環境で幸福だと思えるときが変わるのも知っています。でも、やっぱりそれはその人次第だと思うんです。今をどう生きるか考えるかで良い方、悪い方へも変わる。しかも未来は誰も分からないんです。だから人生の目標にして毎日良い人であろうと努力し続けることができる……僕はそう思っています」
彼は両目を開いて僕を見ている。ハッとしたように右目だけ閉じ、顔を逸らした。
「別に、お前がそう思っても俺の考えは変わらない。好きにすればいい……すまん」
タクさんは驚いたとき右目を開けるクセがあるらしい。意外と分かりやすい人で少し笑ってしまった。彼は少し頬を染め、ツンとしている。不貞腐れながら僕の側を通り過ぎ、マイさんの隣へ並ぶ。
「ところでマイさん、試していたんですよね。僕は入隊できるほどの力は持ち合わせていますか?」
また回れ右をすれば彼女の手から弓が消えていた。そのかわり、にこやかな笑顔がそこにあった。
「それはもう余裕で。なんてたってあのタクが作ったドール五体ですもの」
「手加減したぞ」
「パワーと頭脳が組み合わさったあれを倒すには、同等以上のポテンシャルが必要不可欠よ」
そして彼女は手を伸ばす。あのときのように、でも違う面持ちで。晴れやかな想いで。雲一つ無い星夜に、月の導き。僕はシェリルムで生きていいんだ。
「貴方はこの力で市民を守ることができる。自分を信じて。私たち魔法軍隊特殊部三班は貴方の入隊を望むわ」
本当に晴れやかで、何より嬉しかった。
ナナさんが安堵の笑みで一杯なのも。
タクさんが少しだけ目を細めているのも。
マイさんの願いに応えられるのも。
前にいる大切な三人を繋ぎ止めたことも。
これこそ、幸福と言えるのだろう。
月光に包まれる彼らを失わないように、僕は彼女の手を握りしめた。
記憶の二人が僕の名を呼んだ気がした。