表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空想のサクラ  作者: 秋山 楓花
第二章 彼らは何を望むのか
35/35

13話

――議員たちは一切、私の話に耳を貸そうとしない。有り得ない、そんなことが実現できるわけがない、と一方的に跳ね除けるだけだ。私の想像以上に奴らの頭は陽尊陰卑思想に凝り固まっているらしい。でも、現状のままでは我が国は徐々に衰退していくのみ。変革を起こさねばならない。その足掛かりとして、王族内のみで子供を作る慣習の排除を推し進めたい。そもそもこの忌まわしい仕来りのせいで、私たち王族は虚弱体質の者が多い。実際に私の兄弟も若年で亡くなってしまったのだ。今は私とイグニアしかしない。もし私たちの身に何かあったら、国内の魔力バランスの崩壊が懸念される。そんな危うい状態を繰り返すのは、私たちだけではなく民も心痛だろう。もし、慣習を撤廃し、市民の間にも太陽の力を持つ者が増えることになれば。王族や上位市民だけが富を享受できる国が、国民同士が支え合える国へと変化し、様々な格差が埋まっていくことだろう。皆が皆を助け合える、そんな暖かい国に私はしていきたい。そして、いずれは愛するフランを城に迎え入れることになるだろう。堂々と陽光を浴びながら共に歩いていけたら、なんて幸せなことだろうか。


 議員どもの隠密力を侮っていた。もうフランの存在を知られているとは思わなかった。奴らは手下に数多のスパイや暗殺者を従えているらしい。まさか上の立場である私にも付けているとは……いや、奴らが私に嚙み付くことなど今に始まったことではないか。今日の会議で私と奴らの間に明確な亀裂が走った。まさかフランを人質に取り、イグニアとの間に子を設けろ、慣習を続行しろと言ってくるとは。私が変革を本気で取り組もうと分かったからか、奴らはなりふり構わず脅してくるようになったのだろう。腹立たしいことこの上ない。最愛の女性の命を脅かすことなど、許してはならない。でも、脅迫を跳ね除けることはできない。それだけ奴らの力は強大で、凶悪に膨れ上がってしまった。私はフランを守らねば。


 イグニアに慣習の件を相談した。同じ城に住んでいるはずなのに、数日顔を合わせないことも多い。私が多忙を極めていることもあるが、きっと彼女が私の姿を見ないように動いているからだろう。今日も私を鋭く睨め付けていた。相変わらず私は彼女に嫌われているようだ。しかし、彼女は子を成すことを了承した。即却下されると思っていたから驚いてしまった。彼女は淡々と、それが私の生きる意味なのだから、と言っていた。代々治癒能力を持たない王族は、家系を途絶えさせない為()()に存在する。それは彼女も同じだ。淡々としていても、彼女の瞳は苦しそうだった。巻き込んでしまって申し訳ない。こうならないようにしていたのに。だからこそ、ここが悪習の最後にしてみせる。諦めてはいけない。変革を起こさなければ。


 今日、ナナが生まれた。また泣きそうになってしまった。リイの誕生から約一ヶ月後にまたこの気持ちを享受できるなんて、私は本当に恵まれていると感じる。なんて、なんて可愛らしいのだろうか。二人の娘がとても愛おしくてたまらない。それにとても興味深い。同じ生まれたての赤ん坊のはずなのに、顔や雰囲気は全く異なっている。この子たちが将来どう大きくなっていくのか。今から楽しみで仕方がない。

 嬉しくて仕方がないので、娘たちの名付けについても書き記しておく。最近国民の間では母親が古代言語を用いて生まれた赤子に名前を付けることが流行っているらしい。せっかくなのでイグニアとフランに頼んだら、二人から素敵な名前が帰ってきた。イグニアは、彼女の好きな百合の花から取って『リイ』。百合のように気高く美しく育ってほしい、と言っていた。フランは、とても小さく生まれた我が子の姿が愛おしかったから、小さい人という意味を持つ『ナナ』と名付けた。小さくとも等身大な貴女のまま幸せに生きてほしい、と言っていた。どちらも個性が溢れた素敵な名前だ。頑張ってくれた二人に負けぬよう、そして子が母たちと共に生きていけるよう、私も気を引き締めねばならないな。


 今日は疲れた。精神が摩耗している。今は感情を引き出すのが面倒だ。それでも、いつかの日の為に、感情が複雑に絡んだ色濃い一日を記さねばならない。

 フランが、殺されてしまった。ナナが生まれたからだろう。ナナの誕生は限られた人間しか知らなかったはずなのに。もう誰も信用ならない。忌々しい。腸が煮えくり返す、なんてまだ生温いほどの怒りは、今でも私の胸に蠢いている。しかし、その後だ。私は彼女の死を知った時、直ぐに議員どもの息の根を止めようとした。今までの王族の無念、私の最愛の人を殺した恨み、全てを込めて殺そうとした。が、イグニアが私を止めた。天の神の手が、何よりも父親の手が、血に染まっていたら嫌だろう、と。私は思わず立ち止まった。あの唯我独尊、傍若無人な彼女が、子供のことを想って引き留めるとは思わなかった。冷静になれたのはイグニアの一言があったからだ。彼女に感謝を述べたが、まだ言い足りない。ここにも記しておこう、本当にありがとう。


 議員どもの処罰を実行した。重罪に対するこの粛清が、最善の選択だと信じている。禁忌の魔術という私の寿命を大きく削るものを、なぜあんな奴らに使わねばならないのか。そう思う気持ちがないとは言い切れない。しかし一連の事件は、奴らの悪しき行動を見過ごしてきた王族たちの責任でもあるのだ。我が国の将来が明るいものになるのなら、私は王族の罪を受け入れよう。それに、私の命が早く尽きたとしても、子供たちに顔向けできない父にはなりたくない。


 フランがいなくなってから七年か。フラン、ナナはすくすくと大きくなっているよ。今日はナナの七歳の誕生日だ。プレゼントは悩みに悩んで、娘たちにお揃いのネックレスにした。小さな拘りとして、成長しても身に付けられるようにチェーンの長さを調整できる物を選んだ。大きくなっても二人一緒に、そして幸せに生きていけるようにと祈りを込めた。きっとネックレスが二人を強く結び付けてくれるだろう。彼女たちはとても喜んでくれたみたいで嬉しかった。

 七歳になったとはいえ、ナナを国民の前に晒すのはまだ早い。せめて魔術を習って、自身の身を守れるくらいにならないと危険だ。彼女の見える世界は城内だけで、きっとリイよりも窮屈で寂しく感じていることだろう。それでも、できる限りのびのびと暮らしていけるように尽力しているつもりだ。二人はいつも仲良く遊び、勉学を学び、一緒に昼寝をしている。たまに喧嘩もするが、どちらも優しい子だから、すぐに泣いて謝り合っている。そんな二人の姿が、言葉では言い表せないほど、可愛らしく、愛おしいのだ。それに陰ながら心配していたイグニアは徐々にナナのことを受け入れ、今はリイと同じくらい愛してくれているみたいだ。あんなにナナのことを嫌っていたのに、愛の力とはとても偉大だと実感している。ああ、フラン、きっと愛情深い君のことだ、きっと天高くから見守ってくれているだろう。もう、君が心配することは何もない。そちらに逝くまで後少しだけ待っていてくれ。


 以て数日、と言ったところか。日に日に魔力が急速に衰えているのを感じている。もしかしたら、この日記を書けるのも今日までかもしれない。明日には寝たきりになっていてもおかしくはない。自分の体のことだ、自分が一番よく知っている。

 私は、変革を成しえなかった。結局何も変わらないまま、娘二人に重責を背負わすことになってしまった。いや、何も変わっていないことはない。二人は、二人だからこそ、成しえることができるだろう。ああ、これもきっと親のエゴなのだろうな。親の責務を継ぐなんてこと、二人の可能性を潰すようなこと、本当は。

 どうか、どうか。天の神よ。二人に光の道をお与えください。二人が幸せに生きていけるのであれば、それ以上は何も望みません。リイ、ナナ。側で守ってあげることのできぬ不甲斐ない父親でごめんよ。その代わりにもならないが、私は上でずっと見守っているからね。幸せになってくれ。愛しているよ。


――――ページを捲る。筆跡が、変わっている。


 兄さん。全てが、終わりました。兄さんの死後、議員どもの手下がナナを奪い去っていきました。私は止めることができませんでした。ナナを取り返すべく立ち向かった従者の中には死んでいった者もいます。上に立つ私はその人たちさえ守れませんでした。リイが悲痛に泣き叫びました。兄さん譲りの忍耐強さを持ったあの子が、子供らしく大声で泣き喚いていました。ナナ、ナナ、と。そして、私に縋るように訴えかけました。お母様、ナナはどこに行ったの、ナナに会いたいよ、と。私はその姿を見たら、咄嗟に駆け出し、いつの間にか、議員どもを皆殺しにしていました。気付いた時には、全てが終わっていました。

 私は国の王女としても、二人の娘の母としても、失格です。約七年前兄さんに言いましたよね。親の手が血に染まっていたら嫌だろう、と。今の私はリイにこの穢れた手を見せるなんて絶対にできません。娘一人碌に守れず、兄さんに言い放った一言すら責任を取ることができない。私は大馬鹿者です。この国は崩壊するでしょう。ナナは月影に消え、リイは星と共に去るのです。そして私は、終わらせた責任を抱える為に兄さんのもとへ向かいます。


 大事な、大事な娘たち。

 こんな情けない母で、本当にごめんね。

 貴女たちは私のせいで、傲慢な大人たちのせいで、心に深い傷を負うのでしょう。

 もし傷がとても痛み、貴女の人生が辛いものに感じる時は、全て私のせいにしてください。

 それで貴女の心が軽くなるのなら、私は貴女を傷つけた憎たらしい悪者になります。

 でも、これだけは知っていてほしい。

 貴女たちのことを、心の底から愛しています。


 どうしようもなかった私に愛を教えてくれて、本当にありがとう。


 どうか二人とも幸せに暮らしていけますように。


 上から兄さん、貴女たちのパパと共に、ずっと見守っています。




「あぁ……あ……うぅ、ぅあぁ……」


 泣く、泣く、泣く。私は震える腕で本を抱え、ひたすらに、泣く。今まで抑えていた涙が、とめどなく流れていく。声にならない声で、咽び泣く。私は愛を知らない子供だと思っていた。愛されるとは何かを不明確なままにして、愛することを知らない子供だと思っていた。でも、それは違ったみたいだ。この日記を読んでようやく足りないものが分かった。


 私は……幼い頃から父親を、生みの母を、育ての母を、そしてリイを愛していた。

 そして同様に、皆から愛されていたのだ。

 空っぽのまま置き去りにしていた心の器が、いっぱいの愛情で満たされていく。

 それが重くて、痛くて、苦しくて、でも、嬉しくて。

 溢れた愛が、私の涙になる。


「おと、う、さん……おかあ、さん……」


 ありがとう――声が掠れて、口をはくはくと動かした。窓に映る空を見上げる。月が出ている。月光が私を照らしている。その光が暖かくて、まるで、抱きしめられているみたいで。柔らかな温もりを感じながら、私は背中を丸めて、泣き続けた。



*



 散々泣きはらした。働かぬ頭を枕に預け、暗闇にぼんやりと形の見えるベッドの天蓋を見つめる。若干の頭痛とモーター音のような耳鳴り。体が自律神経の乱れを訴えている。右手で目を覆ってみる。腫れた瞼が熱を帯びている。私は溜息をついた。もう二十三時を過ぎている。日記を読み終わって涙が途切れるまで、かなりの時間がかかってしまった。落ち着いた後、のそのそとベッドに横になり、うだうだと寝つきを待つ。が、一向に睡眠はやってこない。困った。十七年生きてきた経験が嫌な予感を告げている。精神的に不安定な状態で眠気がやってこない場合、このまま眠らずに夜を越えることが多い。いつもの日常ならそれでも諦めがつくが、今回は許されない。明日は、とてもとても大事な日なのだ。このままではいけない。せめて少しでも頭を休めないと……。

 こんこん、とドアを叩く音が辺りを包む。なんだ、こんな時間に。壁の向こうの気配は……マイ? 私は体を起こしてベッドから降り、小さな間接照明を一つだけ付ける。彼女のことは気掛かりだった。ユウとタクとは会って話ができていたけれど、マイとはできていなかったから。でも、今来てくれた。心配と同時に、少しの安心が胸に広がる。私は、ゆっくりとドアを開ける。


「ナナ、こんばんは。こんな時間にごめんなさいね」


 彼女は謝罪の言葉の割に淡々と話す。彼女の両手が空いている。手持ち照明を持っていない。彼女は微笑みを浮かべ、私の前に立っている。私の頭に、彼女に対しての違和感が過る。


「こ、こんばんは。マイこそ……どうしたの?」


 彼女は微笑みを崩さない。


「少しだけ、ナナとお話ししたくて」


 遅い時間とあってか、彼女は低く掠れた小声で喋る。空間一帯が薄暗い。彼女の後ろに伸びる影が、廊下の暗黒に溶けている。


「ねえ、ナナ? 聞くまでもないと思うけど、ナナはシェリルムに帰りたいわよね?」

「……うん、私は皆と帰りたいよ」


 彼女は口角を吊り上げた。


「それはよかったわ」


 あ。分かった。違和感の正体。目が、笑っていない。


「だとすれば、もうナナは苦しむ必要はないの。こんな目を腫らすまで、ずっと泣き続けていたのね。この腐った国のせいで、今まで、そして今もずっと、ずっと……」


 彼女の瞳が少しずつ大きく開いていく。その瞳の色は、今まで見た中で一番、どす黒い。


「マイ……?」

「でももう大丈夫よ。明日になれば全て解決しているから。後のことは私に任せて? ナナは今まで苦しんだ分、ゆっくりと休んでいなさいな」


 途端、マイは魔力を開放する。そして、私とマイの間に一瞬黄緑色の光が走る。私はすぐに手を前に出すが、透明な壁が先を阻む。これはきっと彼女の得意な、空間把握の魔術。


「マイ、何をするつもり」

「全ては貴女を守る為、この国を壊す為。その為に、ナナには長く深い眠りについてもらうわね」


 彼女は懐から片手サイズの小さな瓶を取り出す。それは、魔術師用の睡眠薬。瓶に込められた香りを嗅ぐと、体内の魔力に作用し、使用後十秒以内に眠りに落ちる。しかも個人差はあるが、最低でも十時間は眠り続けるらしい。それほど即効性が高く、強力な物だったはず。睡眠が足りず疲れが溜まっているから、とマイがジュナルに貰っていた魔法グッズだ。背筋にひやりとした感覚が駆け抜ける。


「まって、まさかそれを」

「あら、うふふ……もう気付いちゃったのね。流石優秀な、私の大好きなナナだわ」


 彼女は瓶の蓋を開ける。ぽん、と場に似合わない小気味良い音が響く。


「優秀で、大好きな貴女だからこそ、寝てもらわないと困るわ」


 そして彼女は勢いよく右手を突き出し、自身が作った壁を貫通する。私のいる部屋にだけ、催眠作用のある香りが広がっていく。私は息を止める。どうしてこんなことをするのか、意味が分からない。彼女は右手を引っ込め、すぐさま瓶の蓋を閉じた。私と彼女の瞳がかち合う。


「どうしてこんなことするのって顔してるわね。ナナはこの国を陥れるのを躊躇って、両方救う道を探すでしょう? それではダメなの」


 そうだ、窓を開けて空気を入れ替えれば! 私は彼女に背を向ける、が、一歩踏み出した先、透明な壁に当たった。まさか、前方だけでなく四方囲まれていたなんて。私が魔力を使う為に必要なネックレスも今は届かない場所に置いてある。してやられた。


「それでは、私の憎しみが抑えられない。ソレルナを壊さないと、憎しみが晴れないの」


 私は振り返り、彼女を睨む。何回も見てきた、瞳に映る意志。彼女の意志は、並々ならぬ怨念に塗り固められている。タクとユウが悲願する()()()()()()ことが根本の意志なのであれば、マイは()()()()()()()ことが根本の意志。それは絶対に見逃せない。人の命を守る軍人が、人の命を望んで奪う側に回るなんて、絶対にあってはならない。私は力いっぱいに見えない壁を叩く。話せない分、彼女に目で訴えかけるしかない。


「あら、なんでそんな顔をするの? ナナを助けられて、この国も無くなるなんて、一石二鳥じゃない」


 彼女は左手を人差し指を振る。刹那、私の体が締め付けられる。


「はっ!?」


 衝撃で息を吸ってしまった。脳髄に甘い香りが突き刺さる。私の様子を見て、彼女はまた人差し指を振る。透明な壁が私から離れていくのを感じる。それが動くなんて想像もしなかった……。


「マ、イ……」


 くらくらと世界が回りだす。足の感覚が抜けて、私は床に倒れる。意識が……遠ざかって……マイが、何かを言って……


「さ……ゆ……おや……み……い」


 わ、たし……は――――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ