9話
――昔々、あるところに、太陽の民と月の民がいました。太陽の民は陽だまりように、周りの人々を明るく照らし、生き物全てを癒す力を持っていました。月の民は月の満ち欠けのように、光の形を自由自在に変えながら、暗闇の中で道に迷う人々を導く力を持っていました。
二つの民は宇宙に興味があり、そのことについてたくさん勉強してきました。あるとき、宇宙の勉強をしている民たちが、どんなことを学んできたのかを定期的に発表する会に、二つの民は呼ばれました。「私たちが好きなことを詳しく聞ける機会だ、これは行くしかない」と彼らは喜びました。訪れた発表会の日、月の民がこの日のために準備した面白い宇宙の話に、太陽の民は心を奪われました。発表の後、太陽の民は月の民に「とても素晴らしい発表だった。ぜひ色々な話を聞かせてほしい」と話しかけました。こうして二つの民は出会ったのです。いつしか、彼らは学んだことを一番最初に伝え合うほど、とても仲良しになりました。太陽の民は、難しいことは丁寧に教えてくれる、月の民の賢いところが好きでした。月の民は、分からないことは一緒に考えてくれる、太陽の民の優しいところが好きでした。自分たちが持っていないところを持っている相手のことを、お互いに大切にしていたのです。
少し経った頃、発表会に星の民が現れました。星の民は、最近生まれたばかりの少ない人数の一族ながら、とても頭が良い優秀な人たちでした。そんな星の民のことを、月の民は良く思っていませんでした。星の民とは反対に、月の民は長い歴史を持った一族で、それだけ宇宙についてたくさん勉強してきました。そして、その学びを人々に広め、時間をかけて宇宙の素晴らしさや興味深さを教えてきました。しかし最近は、生まれたばかりなのに賢い星の民の話に、周りの人々は影響され、惚れ込んでいたのです。月の民はその姿を見て、なんだか面白くないな、と感じていました。
発表会が始まりました。注目されている星の民は、自信を持って話します。その内容は、今までの考え方をひっくり返すような新しい話でした。しかしそれは、今まで伝えてきた月の民の話を、根本から否定するものでした。月の民はすぐに「それは違う」と言いました。「そのことについては今まで何度も話し合って決めてきた。この考え方が違うなんてありえない」と強く言いました。月の民の発言の後に、ほかの民たちも「そうだそうだ。今までが正しいのだ」と乗っかります。批判の声を受けながら、星の民は「この新しい考え方が正しい」と言いました。「なぜなら、この考え方をすると、今まで分からなかった部分の答えが見えてくるからだ」と自信を持って言い返しました。星の民は、反対の意見を気にせず、自分の話を続けます。その説得力のある話と、きっぱりとした態度に心を引っ張られたのでしょう。次第にほかの民たちは星の民の話を聞いて「そうかもしれない。今まで間違っていたのかもしれない」と彼の意見に賛成していきます。目の前でその様子を見る月の民の心は、悲しい気持ちと恥ずかしい気持ち、星の民に向けての怒りの気持ちでぐちゃぐちゃになりました。そしてだんだんと、ほかの気持ちよりも怒りの気持ちが強くなっていきました。月の民は、星の民のことを嫌いになってしまったのです。
発表会が終わって、月日が経ちました。月の民と星の民は、すごく仲が悪くなりました。お互いの話を否定するようになり、小さな喧嘩を起こすようになりました。それを見ていた太陽の民は、いつか彼らが大きな喧嘩を始めるのではないかと、とても心配しました。太陽の民は月の民に言いました。「仲良くしようよ。お互いに落ち着いて話し合えばきっと分かり合えるよ」と。しかし、月の民は聞く耳を持たずに、太陽の民を突き放しました。月の民はずっと太陽の民のことを大事に思っていました。だからこそ、この喧嘩に彼らを巻き込みたくなかったのです。
ある日、星の民は太陽の民に会いに行きました。星の民は「ぜひ太陽の民にも、宇宙についての新しい考え方の仲間になってほしい」と言いました。太陽の民は悩みました。ここで仲間になったら月の民が悲しむかもしれない。でも、星の民の新しい考え方は、私たちの研究に生かせるかもしれない。悩みに悩んで、太陽の民は一旦話の答えを延ばすことにしました。星の民は「分かった。また聞きに来る」と言って、帰っていきました。その様子を隠れて見ていた月の民は激しく怒りました。きっと星の民は、私たちの仲を引き裂こうとしたんだ、と思いました。大切な大切な仲間を奪われることを、月の民は許せませんでした。ついに堪忍袋の緒が切れてしまいました。そして、月の民は星の民に大きな喧嘩を吹っ掛けました。不満が溜まっていたのは、星の民も同じです。星の民はその喧嘩を買いました。結果、太陽の民の心配の通り、月の民と星の民は争い始めてしまったのです。
二つの民の争いに、太陽の民はとても心を痛めました。ずっと仲良しでいた月の民のこと、賢く勇気のある星の民のこと、太陽の民はどちらの民も大好きでした。だからこそ、彼らが争い、日に日に弱っていくところを、黙って見ているわけにはいきませんでした。太陽の民は全力で争いを止めようとします。しかし、そのとき、星の民は太陽の民の子供を誤って殺してしまいました。太陽の力も、月の力も、無限ではありません。人が亡くなったり、生きる希望を失うと、力は消えていってしまうのです。特に子どもは、人を思う力、思われる力が強い分、亡くなった時の反動が大きいのです。太陽の民はみるみるうちに弱っていきました。二つの民はそんな太陽の民の姿を見て、争いとは関係ない彼らを傷つけてしまった、私たちはなんてことをしてしまったんだ、と思いました。彼らは争いを一旦止めて、太陽の民に謝りに行きました。すると、太陽の民は責めるどころか、彼らの傷を癒し始めたのです。彼らは尋ねました。「弱っているのに、どうして傷を付けた私たちを癒してくれるのか」と。そして、太陽の民は答えました。
「確かに仲間が減るのはとても悲しい。でも、それよりも前に、君たちが争っていることがとても悲しかった。これで私たちも怒ったら、もっと悲しみが増えるだけだ。私たちも含め、お互いに傷付いた。もう失うものを増やしても、何もならない。仲直りして、これからは手を取り合っていこうじゃないか」
彼ら二つの民は、太陽の民の言葉と、深い慈悲の心に、とても感動しました。太陽の民の言うとおりに、月の民と星の民はようやく仲直りしました。そして、三つの民の間で、争いをしないこと、何があっても絶対に子供を殺さないことを約束しました。星の民は、太陽の民の子供を殺した償いとして、命をかけて彼らを守る従者になりました。
そして、数百年が経ちました。いつしか、太陽は全てを癒す慈愛の神、太陽の民は神の加護を受けた者として、人々の上に立つ王族となりました。王族は月の民を癒しの力で照らし続けました。月の民は皆、己を絶え間なく照らしてくれる王族を、心から愛しました。彼らは太陽の光を受けて輝き、迷える人々を正しい道へと導いて、太陽神の信仰を深めました。同志が集まり、大きな集団を形作って、今私たちの住むソレルナ・ステラ帝国ができたのです。
*
「――ここまでで何か質問はございますか?」
アイの話を聞いて思い出した。遠い昔にどこかで聞いた、とても曖昧な記憶の断片。私は同じ内容の話を前から知っていた。御伽噺だと思っていた。しかし架空のものではなく、ソレルナ・ステラ帝国建国の話だったとは。でも、おかしい。ソレルナの話なんてシェリルムでは絶対に見聞きしたことはないはずだ。タクが前に言っていた。ソレルナのスパイ騒動がきっかけでシェリルムは鎖国に踏み切った、と。シェリルム人はソレルナのことを嫌っている人も少なくない。多分、マイとタクも嫌っている側の人間だ。だから、シェリルム国内ではソレルナの話をしてはいけないという暗黙のルールがある。それか、本を読んで知った線……も限りなく少ないと思う。自治体がソレルナ関連の書物は全て廃棄したはずだから。じゃあ、なんで……?
「……話の大本から外れるかもしれないが」
思考に耽っていると、タクが口を開いた。足を組み、顎に手を添え、軽く俯いている。彼は頭の中を整理しながら話す時、決まってこのポーズをする。
「太陽と月の民については理解した。ただ、その二つの民と比べると星の民についての情報が少ないことが気になる。先ほど星と名乗っていたお前と関係あるのか?」
彼は頭を上げ、ストーリーテラーの顔を見る。彼女は数秒の間を開け、頷いた。
「確かに、私は星の民の血を継ぐ者。だから、この国の星なのです」
壁付けランプの灯が揺れる。
「星の民は王族の従者になってから、一族の詳しい情報を隠すようになりました。一族に属する人数、居住先、男女比まで徹底的に隠しています。先ほど申し上げた通り、元々人数の少ない集団です。仮に一人死んでしまうと、場合によっては一族全滅の危機に陥ることも考えられます。末代まで王族の従者であり続ける為、少しでも存続するべく、私たちのことは秘密にしているのです」
星の民、この国の従者を統べる人たち、か――
『お父様お母様にとって、勿論私にとっても、ナナ様は大切で愛おしい人なのですよ』
『だからどうか、独りだなんて言わないでください。皆、ナナ様のことが大好きですよ』
『全く仕方ないですね。今日だけですからね』
――ほんの一瞬、頭の中でフラッシュバックしたワンシーン。快晴の下、庭園のベンチに座って泣いていた幼い私。そんな私をあやす、執事服を着た男性。頭を撫でてとせがむ私に、困った顔をしながら大きな手で髪に触れる彼。その時の手の温もり。私は彼のことが大好きだった。いつも彼からは、穏やかさと優しさが混ざり合った香りがした。私はその香りが大好きだった。私は家族としての大きな愛情と、幼いながらにおしゃまな小さい恋心を彼に向けていた。それだけ私は、彼のことが大好きだった。
……そんなに大好きな人のことを私は忘れていた? さっきの国の話といい、私の頭のデータベースにない記憶ばかり思い出す。果たしてこれは本当に記憶なのか? じわり滲みだす一つの可能性をどうしても信じたくなくて、私は思い切り振り払う。そうだ、幻覚だ、幻覚に違いない。門の外で見せられた薄気味悪いまやかしと同じだ。私はまた幻覚を見せられているだけ。
「ナナ、大丈夫?」
ユウに肩を叩かれた。私は自己対話を強制終了する。駄目だ、今この切迫した状況に上の空なんて。集中しないと。タクとマイ、そしてアイは会話をしている。まだ質疑応答は続いていたみたいだ。
「大丈夫、少し考え事してただけ」
ユウに小声で返事をする。彼は首を縦に振り、会話の方向に目線を動かす。私は深く息を吐き出し、頭の中を切り替える。意識を外の世界にチェンジすると、自然と色々な感覚が繊細に反応する。その一つ、私を見る誰かの視線。ちらりとそちらを見やる。リイだ。視線が合う。オレンジ色の瞳、その奥に、小さな私がいる。途端、私の心臓が跳ねた。すぐに彼女から目を逸らす。動悸がする。なぜか分からないけれど、彼女に私の心を隅々まで見透かされているような、そんな恐ろしさが体を駆け抜けた。
「さて、ここまでは長い前置きです。まず一つ、皆様には落ち着いて聞いていただきたいことがあります。もうお察しかとは思いますが、改めてここに宣言いたします」
宣言、なんて大袈裟な言葉によって空気は一層に張り詰める。アイは聴衆の顔を一人一人見渡し、決意した面持ちで立ち上がる。そして、いつもより長く息を吸う。
「ナナ様は、我が国、ソレルナ・ステラ帝国の第二の姫でございます」
――しんと、静まり返る。今までで一番長い沈黙が部屋を包んでいる。正直薄々と感づいていた。話の流れから、そうなのではないかと。私に当てはまるキーワードやフレーズが、嫌になるほど多かった。私以外有り得ないだろうなと思っていた。一つの可能性を、認めたくなかった。私がこの国の姫だって? もしこんな状況ではなかったら、例えば四人で談笑している時であれば、絶対に信じなかった。文字通り、笑い飛ばしたかった。そんなウソ、誰も信じないよって。すぐ騙されるユウでも見抜けるって、言いたかった。押し潰されてしまいそうな重い空気で、言えるはずがなかった。私の頭の中、無意識に閉ざしていた古い記憶の芽が、少しずつ顔を出す。
「ナナ様は、今は亡き太陽王、リイ姫の父に当たる方の血を継いだ、紛れもなく太陽の民の一人でございます」
もうこれ以上何も言わないでほしい。三人の顔を見るのが怖い。突飛な話が続いたせいで、気付くのが遅れた。話が進むごとに明確になっていく。私のせいで彼らをこんな絶望的状況に陥れてしまったのだと。記憶の芽が着実に伸びていく。記憶は徐々に色付いていく。私は目の前のティーカップを呆然と眺める。顔を上げるのが怖い。視界の端から黒い闇が侵食していく。手の震えが止まらない。
「冗談よ……」
マイの声がする。
「信用できないわ。証拠は、あるんでしょうね」
彼女の声がゆらゆらと揺蕩う。
「ナナ様」
「……はい」
私は振り絞って返事をする。前方斜め左に立つアイの顔を見上げる。ああ、私、今、あのときの少年と同じ目をしているんだろうな。
「ナナ様が身に付けているネックレスを拝見したいのですが、よろしいですか?」
――薄暗い路地裏で地べたに座って、狭い青空をただ眺めていた――私の最古の記憶、だったもの。その頃から今までずっと身に付けてきた、金色に輝く菱形の籠のネックレス。この状況下、証明できる物を私が持っているとしたら、もうこれしかない。
私は意を決して、自分の首に手を回す。固い金属の感触を頼りに留め具を外し、右手の掌に置く。アイは私がそれを外したことを見届けると、指を鳴らした。すぐに一人のメイドが入室し、美しくも控えめな装飾の小物箱をアイに手渡す。彼女は箱を開いて中身を確認する。そして、退室の合図をメイドに送る。メイドは軽くお辞儀をして、部屋を去る。
「姫様、こちらを」
「ええ、ありがとう」
アイはリイにそれを手渡した。リイは皆が見えるように箱の口をこちらに向け、開く。
「っそれは……!」
見慣れた形に、マイは狼狽した声を上げる。私と同じ、金色に輝く菱形の籠のネックレス。そして、籠の中の赤い宝玉が眩い光を放つ。まさかと思い、すぐに私の物を見る。案の定、私の三日月形の宝石が黄色の光に包まれている。夜の旅路の時、ソレルナの関門を眺めた時、二つの思い出が一気に脳裏を過ぎていく。
「そちらはリイ姫が幼い時に王から賜った、形見のネックレスでございます。そしてそれは、ナナ様も同様。血の繋がりがあるからこそ、今こうして光り輝き、共鳴しているのです!」
マイはがたりと椅子を鳴らす。
「そんなまさか、冗談よ、信じないわよ私は」
「これが証拠以外の何物でもないでしょう」
「違うわ、きっとこれは仕組まれているのよ、そうよ、ナナは知らずのうちにどこからか手に入れたとか、たまたま誰かから貰ったとかなのよ! きっとそうだわ、だから私は」
「マイ、もういいだろ。本当は分かっているだろう、これが真実だ」
「嫌よ、嫌よ……私、認めないわ、認めたくなんか」
「マイ落ち着いて、一旦深呼吸しよう」
マイが取り乱す。ユウがマイの席に駆け寄っていった。私は、席から立ち上がれず、宝石の光をただ見つめる。見たくないのに、体が動かない。場の喧騒から隔離されているようだった。じわじわと実感が溢れてくる。光の先に姫がいる。彼女は私だけを見て、微笑んでいた。




