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空想のサクラ  作者: 秋山 楓花
第二章 彼らは何を望むのか
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6話

「……へ?」

 

 少しの間を空けて、彼女は素っ頓狂な声を出した。今まで見てきた中で一番大きな瞳でユウを見ている。そんなのありえない、と言いたげだ。

 

「ジュ、ジュナル頑張ってなんか! だって好きな事して生きてるんですよ! 今まで何回もお前は楽してるって言われたことか」

「好きなことをして生きていくためにしてきた努力とか、今必死に悩みを解決しようとしている姿を、どこから見れば頑張ってないって言えるの?」

 

 反論の言葉を詰まらせ、目を逸らした。意地でも認めたくない自分が彼女自身の奥底にいるのだろう。

 

「ちょっと悪い言い方したね、ごめんね。でも、今まで頑張ってきた自分のことを労わってほしいんだ」

「労る?」

 

 彼がジュナルの問に頷く。沈黙が流れ、徐々にアロマの香りに意識が揺らぎ始める。フローラルベリーだろうか……優しくて、甘い、まるで春を詰め込んだような心地の良いにおい。ようやく離れていた微睡みが近づいてきたみたいだ。

 

「人が何かを目標にしたり、志を持って生きている時って、例えるならトンネルの中にいて先の光を目指して歩き続けている、みたいな感じなんだと思うんだ。でもトンネルの中って暗いから周りが見えないし、ずっとその場所にいると不安になってくるでしょ? その気持ちを押し殺して前へ前へ進むことだけをひたすら考え続けていると、いずれ光さえも見えなくなってくる。そして、どこへ行けば、どうすればいいかも分からなくなる。これが今のジュナルの状態」

「……確かにお店を構えた時から、がむしゃらで今まで生きてきました。大好きなこの商品と店を無くしてしまわないように……必死で……」

「そして苦しいはずだ。真っ暗になった世界で一人ぼっちに感じるんだ」

「頼れる人もいなくて、だからと言って自分自身を信じられるわけでもなくて。寂しくて、悔しくて……胸がはち切れそうになる、この感覚」

 

 二人の間を割って話してしまった。ごめんなさい、と口が開く前に彼が私の頭を撫でる。たった三秒、離れていく手が名残惜しい。

 

「こういうとき、まず深呼吸するんだ。ゆっくり呼吸して落ち着いたら、目を閉じて、後ろを振り返る。今まで歩いてきた道を眺めてみるんだ」

 

 ジュナルは目を伏せる。私も瞼を閉じた。暗闇に、ひとつの温かな光が見える。

 

「今まであった辛い過去を乗り越えてきた自分と、本当に大好きな物たち。一から作り上げて、努力を積み上げてきたひとつの道があるでしょ? これがジュナルが大切にしてきた事や物、そして自信の欠片たちだ」

 

 十七年間、色々なことがあった。その全てが私を作っている。

 私を、生かしている。

 

「そして、それらを抱えて生きてきたことに誇りを持って。と言っても難しいかもしれないけれど、でも何かを愛し続けてきた君は、とってもかっこいいよ」

 

 明るさが戻ってくると、彼女の顔に目を奪われた。薄く目を開け、大粒の涙が静かに流れていく。淡いピンクの頬、唇と白い肌へ落ちていく雫たち。幻想的で不思議な美しさに、私は息を呑んだ。

 

「何でそんなこと分か」

「分からないよ。僕は占い師でも未来人でもない。だから君の見ている世界やこれから見る未来なんて、僕には分からない」

 

 彼は椅子に深く座り直し、少し俯きがちに自分の胸に手を当てる。

 

「それでも僕の心の中にある教えが、君の力になりたいと叫ぶんだ。自分に素直になること、本当の自分を受け入れること。それが幸せになれる近道なんだと思う」

 

 そして彼はまた、へにゃっと笑った。

 

「まぁこれはあくまで自論だ。えへへ……なんだかこうも沢山話すと恥ずかしくなってくるな……」

「ユウ、今更すぎるよ」

「ごもっともです!」

 

 私と彼の会話で和んだのか、ジュナルは涙を拭きながら微笑んだ。

 

「やっぱり敵わないなぁ……。ジュナル人前では絶対泣かないって決めてたのに」

「僕も人前で泣けないタイプ」

「だってメイクが落ちちゃうんですもん」

「あぁ……そういうこと……」

 

 私もユウには敵わない。誰に対しても真っ直ぐに向かい合って手を差し伸べる彼のことを、あのときからずっと尊敬している。『何かを愛し続けてきた』か。私にはそういう物があるのだろうか、いや、見当もつかない。そりゃそうだ。今まで色んな物や人を捨ててきた私に、あるわけないか……。

 

 本当に?

 

……出張からずっと変な胸騒ぎがする。心の中の私が何かを訴えてくる。でも記憶は全否定、これをひたすら繰り返している。どんなに思いを馳せても分からない、分からないよ。

 本当の自分なんて、分からない……。

 

 

*

 

 

「ふわぁ……おはよぉ……」

「ん……」

 

 朝七時、ユウとタクがリビングへ不規則な足音と共にやってきた。

 

「おはよう、ユウ、タク。今ちょっと手が離せなくて、席座って待ってて」

 

 フライパンの中のハムエッグを白いお皿に盛りつける。うん、良い感じの焼き加減だ。

 

「おぁよぉう……」

「おはよう、マイ。あ、そこにあるポットにお湯が入っているから、各自でコーンスープかオニオンスープ選んでください」

「「はぁい」」

 

 気の抜けた返事だ。くすっと笑みが溢れた。よし、全員分できた。今日の朝食はバターロールとハムエッグ、レタスサラダにスープ。シェリルム流いつもの朝ごはんの完成。もう冷蔵庫の中がすっからかんだ、後で買い出しに行かなきゃ。

 

「ナ、ナナ……?」

 

 若干震えた声を出したマイと口をぽかんと開けたユウが、料理皿を持った私を見ている。タクも両目をぱっちり開けている。

 

「「その赤い目、どうしたの!?」」

 

 


「――今日はブラッディムーンみたいだね」

 

 私はそう告げて、パンを一口頬張った。さっきまで眠そうだったあの顔はどこへやら、三人は私の瞳のせいで完璧に目が覚めたようだ。

 

「ブラッディムーン……? どういうこと……?」

 

 スープカップを持ったユウが心配そうに聞いてきた。

 

「私、月の影響を受けやすいみたいで。今日の夜の月がどんなのかで、目の色が変わったりすることがあるの。ブラッディムーン、つまり赤い月が昇る日は目が赤くなるんだよね」

「ほぇー……不思議ね」

「他にもスーパームーンの時はオレンジ色が強くなったり、ブルームーンの時は青くなったりするよ」

「ブルームーンは一月に二回満月が巡ることだろ。青い月が昇るわけではない」

「そうなんだけどね……私もよく分からないんだ……」

 

 的確なツッコミをもらって、私は苦笑する。まだタクと話すのに少し勇気がいる。ちょっとギクシャクした空気が流れた。マイとユウに申し訳ないな……。

 

「あ、そうだ、ジュナルはどうしたの?」

 

 ユウが軽く身を乗り出して私に問い掛ける。きっと空気の悪さに気付いたからだろう。彼の気遣いに心の中で敬礼した。

 

「部隊の臨時召集で外出したよ。何時に帰れるか分からないからって合鍵貰った」

「そうか……マイ、今日外へ出る予定は?」

「勿論あるわよ。午前中に事務作業と訓練。午後に探索。あら、このブルーベリージャム美味しいわ、どこのかしら」

 

 手で口を隠しながら、キラキラした目で深い青色の小瓶を見ている。彼女もかなりのマイペース人間だよね……()()だけに。なんてつまらない駄洒落をレタスと一緒に流し込んだ。

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