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空想のサクラ  作者: 秋山 楓花
第二章 彼らは何を望むのか
24/34

2話

「良い線いってたわよ、お嬢ちゃん」

 

 目を見開く。

 長い髪、肩に乗った兎の人形、フリフリのブラウスとスカート、天使の羽がついた大きいハートのハンマー。

 そして、眼前に飛び込んでくるピンク、ピンク、ピンク!

 

「後は任せて……うふっ、久しぶりのこの感じっ! ゾワゾワきちゃうわ!」

 

 突進攻撃をハンマーで受け流し、横からぶん殴る。吹っ飛んでいく黒の塊。

 

「あはっ、たまんないっ! 見てて、お嬢ちゃん。虫との戦い方、教えたげる」

 

 地面に激突したゴーストに向かって猛スピードで飛んでいく。そのままの勢いで羽の部分をぶっ叩く。頭の整理が追いつかないまま、私も後へ続いた。

 

「まずね、羽持ちゴーストは空中戦に滅法強いから必ず地上戦で挑むこと!」

 

 そしてもう一度羽根部分を殴る。黒から透明になり消えていく。

 

「そして虫は火力勝負! 弱点がないからねっ。ガンガン殴る! どんどんぶっ飛ばす! 羽持ちは動けなくする為に羽から消すのが定石っよん!」

 

 慣れた手捌きで次は角を思いっきり吹っ飛ばした。空中を切ったそれもさらさらと消えていく。

 

「攻撃の角も取りあげたらぁ、最後のお・た・の・し・み」

 

 天使の羽がぴょこぴょこ動き、彼女は腕を伸ばす。真上に振り上げたハンマーが魔力でさらに大きくなっていく。風で少し靡いた髪から少しだけ顔が見えた。

 彼女は心底楽しそうに笑っていた。

 

「ジュナルの愛、受け取りなさい!

 ドキ・ドキッ! リーベ・ハマー!」

 

 ゆっくりと降ろされるハートの影がゴーストの黒を飲み込む。嫌な予感が走り、私は耳を塞いだ。思った通りの衝撃と地鳴り音が手の皮一センチまで襲ってくる。砂が立ち目も開けられない中、悪魔みたいな高笑いも聞こえてきた。

 とりあえず……私は……考えることを止めた。


 

 

*

 

 

 

 三人に喝として一球入魂し、軽い説教をした後、問題のあの人の元に集まった。改めてその姿を見ると、シェリルムでは考えられないほど派手な格好で私たちは驚く。そんな彼女は鼻歌交じりに、もう跡形もない虫のゴーストの魔力を吸い取っていた。

 

「あ、あの、すみません……」

 

 マイが掠れた声で後ろから呼びかける。声を張るどころか歩くことすら精一杯の私たちは、背面の彼女に助けを求めることしかできない。これが、藁にも縋る思い……久しぶりだ、この感覚。

 

「ん? あれ? ジュナル、またやっちゃった!」

 

 魔力回収が終わった彼女は素っ頓狂な声を上げる。そして何かのスイッチが入ったかのように、さっきまでストレートだったピンクの髪の毛がくるくると自動で丸まっていく。

 

「はわわわっ! ごめんなさい、恥ずかしいところを見られちゃいましたっ!」

 

 少し大袈裟なターンをして、私たちと向き合う。まん丸ぱっちりな目と小さく結んだ唇、桃色の頬。そして先ほどまで戦闘していたとは思えない、この世の全ての「女の子らしい」が詰め込まれた彼女の雰囲気。一言で表すなら、可愛さの暴力。

 

「皆さん、特殊部隊三班の方々ですよね? おケガはありませんかっ⁉」

 

 そう言いながら私たちの周りをぐるぐる回る。もう、元気だな、としか思えなくなっている自分がいる。

 

「えっと……あなたは……?」

 

 引き攣り顔のマイが彼女に尋ねた。

 

「きゃる〜ん! 申し遅れましたっ! 私はシェリルム魔法魔術軍国内外自衛偵察部隊第五地域担当のジュナルですっ! あと、この子は相棒のミィミ! これから三日間、よろしくねっ!」

 

 きゃぴっ、とポーズを決めるジュナル。彼女の肩に乗っているうさぎの人形が揺れた。この子がミィミ……? 目的の人物に会えた嬉しさと安心感の中に一抹の不安が混ざり始める。

 

「よかったぁぁぁ! このまま目的地に辿り着けないかもって……ぐすっ……ありがとう……ありがとう……」

「休める……ようやく……休める……ようやく……」

 

 あ、駄目だ、男二人が疲れ果てて精神がおかしくなってる。

 

「ユウとタク! まだ着いたわけじゃないから! しっかりしなさい!」

 

 さすが司令官! 魔力少なくてヘロヘロなはずなのに

 

「目の前のおうちのインターホンを押すまでが楽しい遠足なんだからっ!」

 

 一番駄目なの幻覚見えてるマイだ!

 

「三人とも! 一回魔力キットで回復してっ!」

 

 私は懐から取り出した小さいシートを皆に押し付けた。万が一の時の為に持ってきておいてよかった……。まさか初日で使うとは思わなかったけれど。少し静かになったところで視界に映った、くるくるピンクの彼女に向き合う。

 

「ごめんなさい、ジュナルさん。バタバタしてて」

 

 彼女は笑みを浮かべず、ただ一点を見つめる。

 視線の先は、ユウ。

 

「あの、ジュナルさん?」

「――あっ」

 

 二秒遅れた反応、見開く瞳。

 

「やだジュナルったら、ボーッとしちゃってたっ! ジュナルも疲れちゃったみたい、てへ!」

 

 頭をこつんと叩いて、おどけた顔をする。

 

「それじゃあ皆さん! スケートボード用意しているので乗ってくださぁい! びゅびゅんと私のお店、めいぷる♡くらふとに行きますよん!」

 

――魔力を微量ながらも回復した三人は、なんとか正気を取り戻して気持ちよさそうに夜の風に吹かれている。一方私は、手の中にあるもう一つの小さなオアシスと睨み合いをする。魔力タンクと呼ばれる私でも、流石に不足して体が言うことを聞いてくれない。使ってしまおうか……いや、もう少しで宿泊先にありつける。そこまでの辛抱だ。節約魂と根性に火をつけて、コートの中の上着のポケットの中へ忍ばせた。

 

「はぁ……」

 

 誰にも聞こえないように溜息をついた。何か考えるだけで足が崩れてしまいそうだ。無心の精神でマイとジュナルの会話に耳を傾ける。

 

「――三班の皆様、最近私の職場で話題になってますよん! 国内で大活躍しているんでしょっ⁉」

 

 きゃっきゃと話すジュナルに誇らしげな顔をするマイ。さっきゴーストを目の前に痴話喧嘩をしていた人には見えないほど、カリスマ感が溢れている。もう一方の人は相も変わらず本を嗜んでおられる。こんなに暗いのによく読書できるな、なんてしょうもないことが頭を過ぎった。

 

「ふふふ……そうなのよ……今ノリに乗っている特殊部チームといえばこの私たちよ! 長らく私とタクの二人だけだったのに、約一ヶ月で新入りが二人も増えて! しかも運が良いことにチームバランスも最高だから、色々な仕事をこなせちゃうのよ!」

「そうそうっ! 討伐も調査も遠征、はたまた書類作業の事務系までなんでもできてすごいって言ってた!」

「おーっほっほっ! これも全て私たちのチームワークが為せる技よっ!」

 

 何十分か前に仲間割れしていたけどね! とまぁ、いい加減過去を引っ張るのもやめにして、前の二人が意気揚々と喋っているのを穏やかな気持ちで眺めた。ユウもにこにこ笑っていて嬉しそうだ。ふとジュナルが私たちの顔を見渡し、少し眉を八の字にして困った顔をする。

 

「えっと……さっきバタバタしていて皆さんのお名前伺うの忘れちゃっていましたっ!」

 

 そういえばそうだ、まだ名乗っていなかった。

 

「あらま、無礼なことをしてしまったわ。私はこのチームのリーダー、司令官のマイよ。そこの本読んでいるのは」

「タクだ」

 

 文庫本から目を離さずに答える。素っ気ない返事、私が仮入隊した時のこと思い出す。彼は初対面やあまり関わりのない人を前にすると、いつもの何倍も冷たく鋭い声を返す。それはどんなに印象が濃くても変わらないようだ。でも私とユウが初めてタクにあった時、名乗ることさえマイに投げていたから大分柔らかく……なった……かも?

 

「僕は新入りの一人、ユウです! これからよろしくお願いします!」

 

 少しお辞儀をするユウにジュナルは微笑む。

 

「うん、ユウさんよろしくねっ!

 新しい景色を見て何か思い出せるといいね」

 

 少しだけ低い声が、私の脳を震わせる。

 何かを、思い出せる?

 

「えへへ……だといいんですけ」

「待って、なんでユウの記憶喪失のこと知っているの?」

 

 こんなの噛みつくに決まっている。だっておかしいでしょ? ユウの記憶喪失のことは軍のトップシークレット。なぜ貴女が彼の核心に触れている?

 

「……貴女のお名前は?」

「もう一人の新入りのナナ。私のことはどうでもいいから、教えて」

 

 ユウに向かっての彼女の言動に対して、理由は分からないけれど嫌な気持ちになる。嫉妬とかヤキモチとかそういうのじゃない、何か裏がありそうなこの感じ。逆光の彼女の肩に乗るうさぎの人形と目が合った。

 

「え、えっと、その……」

 

 ジュナルはツンツンと自分の人差し指同士をつつく。

 

「ご、ごめんなさいですっ!」

「……えっ」

 

 大きく頭を振りかぶり、今度は彼女がお辞儀をする。

 

「皆様に会う前にパソコンで業績ファイル読んでたら、機密ファイルまですり抜けちゃってぇ……」

「あー……あそこのネットセキュリティまだ試作段階だったわね……バグもそりゃあるでしょうしねぇ……」

「ふえーん……まさかパスワード一個で開けるなんて、しかも権限設定ミスってるなんて思わなくてぇ! ごめんなさいぃぃぃ……」

 

 目にいっぱいの涙を貯めて私の手を掴んでくる。ここまでくると、責められない……。

 

「わ、私こそ疑って……ごめんなさい……」

「許してくれるんですかぁ! ありがとうございますっ!」

 

 次は満開の笑顔で思いっきり腕を振ってくる。立ち直り早すぎ……ついていけない……。

 

「タク、宿に着いたら情報セキュリティ部門に連絡してくれる? 私、上にメールしておくから」

「承知」

「二人とも出張の時でも仕事早いなぁ……ははは……」

 

 苦笑するユウをちらりと見やる。本当に彼は人を疑わない素直な人間だ。でもこの中で一番危ういのもユウ。秘密が公に広まったらどれだけシェリルムや、下手したら世界中にまで衝撃が走るか。

 

 そして彼が、国を一つ破壊する爆弾になってしまうのかもしれない。

 

 想像するだけで身の毛がよだつ。そんな彼を守れるのは、一番近くにいる私しかいない。私のことを救ってくれた救世主を、次は私が助ける番だ。

 

「みなさぁん! めいぷる♡くらふとに到着ですっ!」

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