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空想のサクラ  作者: 秋山 楓花
第二章 彼らは何を望むのか
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1話「月光の導き」

 日もとっくに暮れて、夜空に満開の星々が瞬く。月の光と足元にある小さなランプだけが、私たちが目指す目的地への道を示している。長く息を吐くと白い煙が浮かび上がり、瞬きの前に消えていく。肌寒い風に流され、少しだけ後ろを振り返った。今まで歩いてきたはずの歩道がなかったかのように、夕闇に溶けている。

 本当に、ずっとこの道を進んできたのだろうか。実は夢で、目覚めたらいつもと変わらない我が家で、リビングに飾った花がくすくすと笑うかもしれない。影がちらつく足元から、前にいる三人の背中を見る。大丈夫、ここまで皆と一緒に歩いてきたんだ。過去の私を肯定してくれる皆と。怖がらなくていい、側にいるから。そう信じたくて、私は何時間か前のことを振り返る。

――旅人が立ち寄る憩いの場所、宿町。住人が百人も満たない小さな町で、名の通り宿泊施設を経営し生計を立てる人々が暮らしている。温泉を売りにしたり、ガラス細工が特産物だったりと個性豊かな町を転々としてきた。中でも『ずんだだんご』はとても美味しかった。聞いたことの無い名前の豆が必要みたいだから、後で帰りに買って作ってみよう。

……シュリさん、元気にしているかな。ソレルナ・ステラ帝国へ偵察に行くと言ったらびっくりした顔して、ぎゅっと抱きしめてくれたっけ。なんだかほんの少しだけ、寂しいな。マントの中から優しくペンダントを握る。

 

「……あれ」

 

 私は思わず足を止めた。皆も気付いて、私へ視線を送る。

 

「どうしたの、ナナ」

 

 右手がほんのり、温かい。私は急いでそれを取り出し、握りしめた。ゆっくり開くと、菱形の籠の中の三日月の形をした宝石が微かに、黄色く光っていた。

 

「光ってる……」

「ナナ、これって」

 

 マイが私に言葉を投げかける。

 

「ううん……分からない。今までずっと持ち続けてきたけれど」

 

 この光を見ていると心が、ざわざわする。

 

「自ら光ったことなんて、一度もなかった」


 道端の雑草が大きく揺れる。莫大な魔力の気配が周りを包んだ。私たちは一斉に右横を向く。暗闇から何かが、いや、大型ゴーストが走ってくる。見えない恐怖と今ある状況から逃げようと足が動く。

 が。

 先を塞ぐ、巨大な影の用心棒。

 陰影の着いたリアルな羽、数メートルあるだろう角、細くなんかない六本の足。

 

「なんだ、これは……」

「あらまぁ……大変なことになっちゃったわねぇ」

 

 タクもマイも動揺するしかない、これは。

 シェリルムではお目にすることができない、虫のゴースト。

 目の前にいるのは、巨大カブトムシ。

 

「…………ム……シ……」

 

 隣にいるユウが固まっている。さすがにこれは驚いて、頭の処理が遅くなっても仕方がない。さて、これはどうするべ

 

「いやあああムシいやあああ!!」

 

……隣に()()何かが猛スピードで走っていった。

 

「え、ちょ、ユウ⁉」

 

 私が声をかけてもユウは逆方向に走っていく。

 

「無理無理無理! ムリはムシイイイ!!」

 

 えぇ……。

 人とはなんとも不思議なもので、自分より取り乱す人がいると急に冷静になったりする。ほら、私もマイもタクもどん引いた顔をしているよ。

 

「あっ、ユウ止まらないと」

 

 しかし取り乱す本人は原因を潰さないと狂ったままだ。

 

「うわあああ!! 来ないでえええ!!」

 

 さっきまで私たちの目の前にいたやつが、今度はユウの前に飛んでいった。なんだか、ゴーストがユウの反応を見て楽しんでいるようにも見えるのは私だけだろうか。

 

「なんかあのゴースト楽しそうだな」

 

 私だけではないみたいです。

 

「どうしましょ、虫のゴーストなんて戦ったことないし……。今だったら逃げれるけれど……」

「いやあああなんで僕だけ追いかけるのおおお!!」

 

 叫び続ける彼を見た後、私たちは目を合わせた。お互いの深い呼吸が合う。

 

「目標、大型ゴースト一体! ユウが囮に、代わりの前衛補佐をナナが担当! 陣形はスタンダードライ!」

「はい!」

 

 体にぴりりと緊張が走る。いつも囮か後衛補佐の私が、今日は前衛。ユウの姿を見てどんな立ち回りかは把握しているつもりだ。タクの邪魔にならないようにしないと……怒らせたら怖い。

 

「どうする、フィールド狭くするのか?」

 

 彼は革手袋を引っ張りながらマイに尋ねる。

 

「いや、花緑戦歌は使えない。正直疲労も溜まっているし、何よりマントのせいで大量の魔力消費ができないのよ」

 

 自らのオーラ、つまり自然に溢れる魔力を吸収する黒マント。それを着た状態で魔術行使の為に大量の魔力消費を行ったらどうなるか。エネルギーの変換のように魔力も全てが術に使われるわけではない。術にならなかった魔力はオーラとなって自分の体から出ていく。沢山の魔力消費をすればするほどオーラの量も増えていく。そしてそのオーラを黒マントが吸収し、規定量を超えれば。昨日の私が起こしたみたいに破裂する。もちろんマントの予備なんてないし、それに脱いだら身分がバレてしまう可能性だってある。ここはできる限り少ない魔力でユウを連れて逃げるが得策

 

「だからと言って長丁場になれば余計疲労が溜まるだけだろう。この時間でこの人通りの少なさならマントを脱いででも短期決戦で仕留める方が良いに決まっている。先のことも考えろ」

 

 不機嫌なタクは頭に手を持っていく。そこをマイが慌てて彼の腕を掴んだ。

 

「待って! 一番やってはいけない事が身バレなのよ⁉ ここは慎重に戦うべきところよ!」

「よく分からない敵と対峙しているのに悠長に構えていられるか! 奴がどれほどの強さか分からないんだぞ⁉」

「ちょっと……二人とも……!」

 

 駄目だ……完全に熱が入っちゃってる……。お互い必死なのは分かるけれど、時間が勿体ないよ……。

 どうやって二人を落ち着かせるか思考を巡らそうと目を瞑った時、辺りが暗くて重い空気に変わった。

 この感じ……!

 

「それが一番良いと言っているだろう!」

「だから何も解決してないって言っているじゃない!」

「二人ともいい加減にしてっ! 前から突っ込んでくるよっ!」

 

 私が言い放った瞬間、ぱっと闇から巨大な影が現れる。地面が揺らぎ、大きな角を振り回す。あれに当たっていたらどうなっていたことやら……。飛び上がった私たちはきっと同じことを考えていただろう。

 

「ワープ持ち、なんて厄介な……っもういい! このまま俺が奴を始末してやる!」

 

 空中浮遊のまま、彼の手に白く輝く本が形成される。パラパラと捲れる本を見て、彼の顔が歪む。

 

「ちっ、言わんこっちゃない……弱い術しか発動できないじゃないか……」

 

 右手を突き出し、本の光が彼の手元に集まる。白の一線を掴むと刀へと姿を変えた。

 

「召喚術・疾風刃。全てを……斬り裂く!」

 

 タクが思いっきり刀を振るい、閃光がゴーストに向かって飛び出す。命中するが、全く効いていない様子で一瞬消え、いきなり現われを繰り返し、真っ直ぐ彼に急接近する。

 

「おい! このままでは勝ち目がないと分かっただろう!」

 

 角攻撃を躱しながら苛立った声をマイにぶつける。大きく振りかぶった突進技も彼は避けきって地上に着陸した。私たちもふらふら動く物体に目を離さず地に足を着けた。

 

「タクができないなら、私が相手するまでよ!」

 

 奴はまたユウに向かって飛んでいく。相も変わらず彼の叫び声が聞こえてくる。一方こっちは二人がバチバチの睨み合い。私はどうすればいいの……。

 

「やっぱり特別な弓は使えないわね」

 

 彼女も苦い顔をする、でも口角を上げた。

 

「でもね、一発で決めようとするからいけないのよ。小さいダメージでもいっぱい稼ぐ! そこの火力馬鹿とは違うのよっ!」

「お前っ」

「連撃! 一矢入魂!」

 

 射た光の矢は一直線に黒影へ命中する。巨体だから技は当てやすい、しかし、何ともない。

 全くダメージが通らない!

 

「なんで⁉ 全部当てたのに⁉」

「ほら言わんこっちゃない! 朝までやるつもりか!」

「だって身バレが!」

「だーかーらー!!」

 

 子供の喧嘩と大差ない。さすがに呆れた。突進してきたゴーストを一人で飛び避ける。

 

「っていやぁ!」

「うわっ!」

 

 あの速度なら大して痛くないだろう、当分動けないと思うけど。少しその場で頭を冷やしていなさい。

 

「今度は私が相手だよ、ゴースト!」

 

 投げた球をちらつかせ、私に意識を誘う。さて、どうしたものか。タクとマイはあの有様、ユウは落ち着いた? いや、へろへろになりながらまだ走っている。そっちに敵はいないのに……。やはり一人でなんとかしないといけないみたいだ。一気に魔力消費はできないけれど、少しずつ使って相手の部位に確実に当てていこう。もしかしたら弱点が見つかるかもしれない。

 

「何事もやってみなくちゃ分からない、ってね! やっ!」

 

 黒の周りを囲う球。

 指を動かし、一個ずつ発射。

 角、足、頭、胴、羽。

 だめだ、びくともしない。

 突進攻撃、からの球発動。

 次は十個全て、同じ部位に当てる!

 

「早く突破口を見つけなきゃ!」

 

 じわり焦燥感が燃え始める。

 角攻撃を前に避けると、目の前の大きな羽が私の視界を染めた。

 

「そこに決めた!」

 

 両腕をめいっぱい広げる。

 玉を勢いよく飛ばした。

 今、精一杯の火力で、そして!

 

「ナイフも、おまけっ!」

 

 両手で持った月のナイフを一気に突き刺した。がくんと巨躯が揺れる。一呼吸の間、払い除けようと体を振り回し始める。

 

「いやっ、やっと突破口がっ、見つかったかもしれないのっ、きゃっ!」

 

 バランスを崩して、空中に投げ出された。なんとか立ち直すも、今までよりもありえない程のスピードで奴が突っ込んでくる。

 頭の中で危険信号が鳴り響く。

 しかし疲弊した体も悲鳴を上げる。

 

 明らかに殺気が増えている。

 これが本気、だったの?

 

 世界がスローモーションってこれのことか。

 

 たった一、二秒なのに。

 

 これに当たったら死んじゃうかも。

 

 

 色々な言葉がぐるぐる混ざり合う。

 

 

 でも四肢は一ミリも動かない。

 

 

――――無理、しすぎちゃった……。

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