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空想のサクラ  作者: 秋山 楓花
第二章 彼らは何を望むのか
22/34

0話 後編

 テーブル一面に敷かれた巨大な地図。ペンを立て、ゆっくりと線の道をなぞっていく。目を瞬かせながら、マイはルーズリーフを片手に経路を説明していた。

 

「この道、二十四号線をずっと歩いていって……」

 

 マイの声がいつもより低い。彼女の目の下の隈が寝不足だと訴えている。この会議が始まる前に彼女の体調を心配して声を掛けたが、大丈夫よ、と優しく笑うだけだった。

 最近マイとタクの様子がおかしい気がする。変に動揺したり、複雑な表情をしたり。そんなことない? 私の考えすぎ? どうしようもなくて窓の鳥を見ても、ちゅんちゅんと囀るだけだ。朝九時の太陽は全て知っている、でも、答えは何も教えてくれない。

 

「この道沿いにある家、ここに偵察部隊員が住んでいて、三日間お世話になる予定になっているわ」

 

 マイはくるりと家が描かれているところに赤い丸をつけた。

 

「その人から人型ドローン装置をもらってソレルナに接近。警戒範囲ギリギリまで近づき、そこにドローンを仕掛けて三日間監視し続けるわ。その間周辺を探って、監視終了後ドローンを回収し帰還。細かいことはその都度指示するわ」

 

 ユウはメモ帳にペンを走らせ、私は資料に目を通す。気になるところや重要な箇所は蛍光ペンで印を付けていく。腕を組んで聞いていたタクはふと口を開いた。

 

「バレたらどうする」

「身の安全の為、即帰還するわ」

 

 彼の瞳が動く。

 

「シェリルムだと気付かれないように国からの物は絶対に持ち帰る。そしてこれが国からの物、支給品よ」

 

 彼女は大きなバッグを地図の上に置く。中身を取り出すと大小様々な機械と真っ黒な衣服が顔を出す。

 

「これが腰に付ける通信機。特別任務用の物だから丁寧に扱ってね。こっちは小型携帯、肌身離さず持っていてね。そ、し、て、これが!」

 

 ばさりと黒布をはばたかせる。フード付きのローブマント。一般的な市販品にはない、上品で美しい光沢。見るだけで分かる、これは唯ならぬ高級品だ。

 

「すごい、黒マントだ、初めて見た……」

 

 ユウも感嘆の声を上げ、まじまじとそれを眺める。

 

「これは外部魔力吸収用護身服、通称黒マントと呼ばれる物よ。特殊な生地によって自分から漏れる魔力、つまりオーラを抑えてくれるの。私たちは一般人と違って皮膚上のバリアも厚いんだけど、これを身につけることで薄くすることもできるわ。ちなみに着ると相手からは黒マント自体見えなくなるわ」

「つまり、これを装備することによって一般人だと思わせることができて隠密行動がしやすくなる、ということだ」

「どうしても特殊部隊の名は国外にも知れ渡っているからね……。僕たちが外へ出ていると気付かれたら大変なことに……」

 

 そう言いながら三人は服に腕を通していく。皆ぴったりだと納得した顔で目を合わせた。

 私も着てみよう。ボタンを外して、こうやって、と。うん、いい感じ、サイズもおっけ

 

「……へ?」

 

 黒い布切れが舞う。三人が呆然とその場を見つめる。ひらひらと落ちる物、一つ一つが輝く。

 着た黒マントが、弾け飛んだ?

 

「え、うそ、え?」

 

 どうしよう、大切な備品を壊してしまった……。

 高級そうな……高い……弁償……。

 

「ナナ⁉ 大丈夫よナナ! 気を確かに!」

「べんしょう……おかね……」

「経費で払うから弁償はないわよ!」

 

 遠くなった意識をマイが肩を揺さぶってくれたおかげでなんとか引き留めた。それでも背中に嫌な汗が流れる。

 

「で、でも……これじゃ着れない……」

「もう一段階上の物を用意するから心配しないで」

 

 ね、と言いながら私の背中を優しく摩ってくれる。男性二人も頷いてくれている。本当に大丈夫みたいだ。

 

「よかった……」

 

 大きく息を吐く。パニックから落ち着いたところで掃除用具箱に足を向けた。まずは散乱した布たちを集めなければ。箒を掴んだところでいきなり左横から腕が伸びる。そこにはユウが立っていた。

 

「布集めるんでしょ? 手伝うよ」

「そんな私一人で」

 

 今度は後ろからビニール袋の擦れる音がした。

 

「二人とも! 布は再利用するからこの袋に入れておいて! ほら本読んでないで手伝うわよ!」

 

 無理矢理タクの手を引くマイの姿にユウは笑みを浮かべた。

 

「もっと頼って、僕たちのこと、ね?」

 

 穏やかな声とこの場の温かさに心がきゅんと鳴く。

 

「……うん! 皆ありがとう!」

「お礼を言われる程の事じゃないわ。ね、タク?」

 

 そう言いながら彼女は箒をタクに押しつけた。彼はふてぶてしい顔を逸らし鼻をならす。それでも箒をしっかりと握りしめて床を掃く。厳正な会議から一転、和やかな掃除の時間。どこからか聞こえるピアノの音色。ふと思い出す中級学校の清掃時間。音楽室から聞こえるグランドピアノの音とゴミを一緒に捨てたあのとき。長い長い廊下を一人で黙々と掃いたっけ。ひたすら寂しかった、でも今は狭いこの会議室を皆で綺麗にしている。ついでに隅々まで綺麗にしちゃおっか、なんて笑いながら。私にはもったいないくらい、温かくて。

 

「皆と一緒に働いてから、ずっと体の調子が良いの。精神も安定していて、薬の量も大分減った」

 

 言葉にして出さないと、涙が溢れてしまいそう。

 

「毎日大変だけど、楽しくて、私すっごく幸せだよ」

 

 あぁ、自然に笑えた。

 

「その、だから、本当にあり」

「礼を言うほどの事じゃないってば」

 

 彼女がお茶目な顔をすると、彼らもほっとしたように微笑むのだった。

 

 

 

*

 

 

 

 ついにここまで来た。魔法防御システム稼働部。

 鎖国前までは関所だったこの場所に黒い四つの影が立ち止まる。今ここにいる私たちの空気だけ違う物なのではないかと疑うくらいの緊張が走る。マイが深呼吸した後、固く握った拳で扉をノックする。そしてゆっくりとドアが開いていく。ユウより背の低い眼鏡をかけた男性が現れ、私たちを一瞥した後、柔らかく口を開いた。

 

「お待ちしておりました、特殊部隊三班殿。早速ですが、一人ずつ許可証の提示をお願いします」

 

 マイが男性に紙を手渡し小屋に入っていく。タク、ユウときて私も扉を潜る。中は三つの椅子とパーテーションが出迎える。

 

「これから検査を行います。まずはタクさんからこの仕切りの中へ。御三方はこの椅子に座って待っていてください」

 

 タクが一切顔色を変えず堂々と中へ足を踏み出す。見習いたい、その度胸。

 眼鏡の男性の声を聞き流しながらドアの向かいの窓に目を向けた。薄水色が広がっている、何もない、ただ色だけの世界。二つのガラスに挟まれた、あのドアから出ていくのだろうか。右の窓の手前には沢山の紙が積み上がった机。ペンも転がっている。左の窓から壁に伝って大きさもバラバラな機械たちがぎゅうぎゅうに詰められている。黄色の点滅、青色の常灯、動き続けて唸り声をあげる。私には分からないけれど、きっと一つでも欠けたらこのシステムも崩壊してしまうのだろう。そして私たちはそんな機械たちと向かい合って座っている。何も会話もしないまま、機械に挟まれた白幕からタクが出てきた。

 

「次、マイさんどうぞ」

 

 マイが座っていた右端の席に腰をかけ、彼は懐から本を取り出す。駄目だ、タクの反応から何をしたのか知りたかったけれど、いつもの無表情で何も分からない。ユウも同じことを思ったらしく首を傾げた。お互い顔を見合わせて頭を横に振る。

 

「え、まって、いやー!!」

 

 甲高い悲鳴が響き渡る。

 

「え、どうしても? どうしてもなの? お願い、これだけは苦手で」

「マイどうしたの⁉」

 

 ユウが立ち上がり歩を進めようとするのをタクが左手で制止した。溜め息を一つ、腕を戻して本のページを捲る。

 

「ほっとけ、あいつは血液が苦手なんだ」

「私見れないから、せめて、お願い……。目、つむってるから……もう抵抗しないから……」

「「……血⁉」」

 

 マイが少し落ち着いたのと同時に、私とユウはタクに聞き返した。血が必要? 採血でもしているのだろうか。

 

「次、ユウさんどうぞ」

「は、はい!」

 

 右手と右足が一緒に前へ出るユウと入れ替わり、げっそりしたマイがゆっくりとこっちに向かってくる。何ともないタクと何ともありすぎるマイの二人のせいで、私の頭はパンク寸前だ。

 

「あの検査のこと、すっかり忘れてたわ……。恥ずかしいところを見せたわね……」

 

 彼女の口元は上がっているが、目は笑っていない。怖い。

 

「もう! なんで先に言ってくれなかったの、タク!」

 

 マイは席に着くとぽかぽかと彼の肩を叩く。その手を煩わしそうに掴み、本を閉じた。

 

「お前がさっさと歩いていくからだ」

「でも、頑張れよ、とか、悲鳴は上げるなよ、とか何か一言は言えたじゃない! それだけでも大分違ったのに!」

「あのなぁ! そもそもあんなに僅かな血液の量なのに悲鳴を上げるお前が悪いんだろう⁉ お前のあれのせいでユウもナナも困惑していたぞ」

「っそれは、申し訳ないけど……でも苦手なものは苦手なのよ! 知ってるでしょ⁉ あのときの」

「あの」

 

 二人の口論に割って入る眼鏡の男性。隣にいるユウと同じく、苦笑いを浮かべ口角を引き攣らせた。

 

「お静かにお願いします」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 

 尻すぼみな謝罪とともにマイは小さくなった。一方のタクはツンとして本と向き合う。私もその光景に乾いた笑みがこぼれた。

 

「それでは、ナナさんどうぞ」

「は、はい!」

 

 遂に私の出番だ。立ち上がった瞬間、あのマイの悲痛な叫びが脳に木霊する。体が動かない。汗がたらりと流れる。

 

「ナナ、大丈夫だよ」

 

 すれ違うユウが私の背中を押す。

 

「怯えないで」

 

 彼の声が私の頭を上書きする。

 

「……うん」

 

 一歩、二歩、足が進む。そして、仕切りの中へ。

 人が四人入れるかどうかの狭い空間に、簡易な机と椅子がひとつ。彼が席を促し、バインダーに挟んだ紙を睨んでいる。私はただ何も言えず座ったまま顔色を伺う。ある物を探しているが見つからない、彼はそんな顔をしている。途端はっとして私と目を合わせた。

 

「すみません、貴女の情報が少ないなと思ったら最近配属された方だったんですね。失礼しました」

「い、いえ! 大丈夫です」

 

 よく癖で大丈夫と言ってしまうのだけれど、一体何が大丈夫なのだろうか。便利な言葉に頼りすぎるのもどうかと思うよ、私。

 

「それでは始めますね、リラックスしてください。これからお願いすることは帰還した際、自分自身の証明になる非常に大切なことです」

 

 淡々とした前置きの後、金属板の真ん中に針が埋め込まれたものを差し出してきた。鋭い光が私を見つめる。

 

「これに親指を当ててください。血液が少し出るくらいでいいです。で、この紙に血液をつければ終了です」

「針に、親指を?」

「はい」

 

 唾を飲み飲んだ。ゆっくり手を伸ばし、ほんの少し指先に触れる。

 痛みへの恐怖。

 だめだ、こんなのじゃ……こんなので、躊躇ったら。

 これよりも痛い思いなんて何度も、何度も味わってきたじゃないか。

 

「っい……た……」

 

 指を返すと、赤玉が輝きを帯びながら膨らんでいく。無意識に息を止めていたのか、深い呼吸と同時に肩の力が抜けた。紙を受け取り、赤色を押し付ける。あんな少量でもしっかり紙に赤い丸が描かれていた。

 

「ありがとうございました」

 

 彼は微笑む。私は立ち上がり、そっと指の腹を撫でた。いつもと変わらない感覚に驚き、すぐに目を向ける。あぁ、そうだ。今の私の体では、あんな数ミリの傷、一瞬で治るんだった。

 

「皆様お疲れ様でした。それではドアの前まで」

 

 もう、すぐそこまで近づいている外の足音に耳をすませた。ドアノブに手をかけた彼と私たちは対面する。

 

「これから先は皆様だけで行ってもらいます。約一分間歩き続けてください。そうしたらまた小屋へと転送されるので、そこから出てもらえれば国外となります。何かあったら大声で叫んでいただければ応答しますので」

 

 あ、と彼は呟き、不敵に笑う。

 

「ちなみに足を止めれば永久にこの中を彷徨うことになるので気をつけてくださいね」

 

……冷気が4人を包んだ気がした。

 

「では、良い旅を」

 

 ドアが開かれる。窓と同じ、ずっと続く一面の水色の世界。マイ、タクが先へ行く。ユウも一息、歩き出す。私も胸の前の両手を解き、一色の空間へ足を伸ばした。

 魔法と科学の国、自治国シェリルムが生み出した最高傑作。何億もの魔力パターンを分析し、計算し尽くしたことで完成した違法脱出不可能な完全城壁。その中を、私たちはただ、歩き続ける。皆、無言で歩を進め、目は何秒か先の未来を捉えている。少しずつ近づく光の柱に向かって。

 一歩、もう一歩。

 

 地を踏みしめた、そのとき。

 

 白い景色へと塗り変わる。

 

 

「……ついた」

 

 微かに目を開く。先程見た、茶色の部屋。

 大きく目を開く。小屋、小屋だ。中は何も無い。

 働かない頭で立ち尽くす私の横から、マイが強く大きく目の前のドアを開く。

 

 蒼い風が通り抜けた。

 

「外だ……」

 

 地平線まで続く青空と草原。一本道が空中まで駆けていく、ずっと、ずっと先まで。こんな景色、古びた本の文章にさえ描かれていなかった。今、私たちの目に映るこの世界が唯一残る映像。

 何も言えない。

 この広大で美麗な風景に似合う言葉が見つからない。

 

「お前たち、何で固まっている」

 

……感傷的な気持ちさえ破壊していくタクに一発魔球をお見舞いしたくなった。

 

「あら、やだわ。毎度この景色を見ると圧倒されちゃうのよね」

「僕も驚いて……えぇと、あぁ! マイ、地図!」

「そうだったわね! 地図は……」

 

 小さめのマップを広げ、指でなぞっていく。大げさに二回頷き、ビシッと人差し指で彼方を指した。

 

「とりあえずこの道を真っ直ぐよ!」

「そうだろうな」

 

 今のところ一本道しかないから当たり前だ。

 

「あらっ、少しかっこつけたかったのに……」

「マイ司令官! かっこつけなくても、僕たちはしっかりついて行きますよ!」

 

 ユウははにかみ、小屋から一歩、草を踏む。

 

「頼りにしてるよ、司令官!」

「ふん、しっかり役割は果たしてもらわないとな」

 

 私も一歩、タクも一歩。

 

「みんな……」

 

 そして、マイも大きく一歩、踏み出した。

 

「さぁ、特殊部三班、任務開始よっ!」

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