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空想のサクラ  作者: 秋山 楓花
第二章 彼らは何を望むのか
21/34

0話 前編

 シュリさん、ご近所の皆さん。

 私たち、とんでもないことを任されてしまったようです。

 

 私が仕事を辞め、軍隊に入って約二週間が経った。今までよりも良い環境の中、仲間の役に立てるよう必死に勉強している真っ最中。こんなに楽しくて、幸せな思いをしていいのか。足が地に着かずにふわふわと漂っているような、そんな心地で日々を生きている。それでもユウやマイ、タクはここが私の居場所だと肯定してくれる。優しく手を引っ張ってくれる彼らに私は助けられている。

 そんな彼らが鋭い緊張を走らせた顔で一点を見つめる。とある教室で教卓を囲うように並んだ私たちが見ているものは。

 

「――国外勤務通知」


 誰かも分からない声が小さく響く。重要任務と赤い印が押された薄緑色の封筒。そして筆ペンで『国外勤務通知』の文字。つまりこれは、『鎖国中の我が国の命令で法律を覆すことをしろ』と上が言っている証拠の代物だ。

 

「……」


 タクとユウがマイに目配せをする。私もマイに向かって頷いた。彼女が封筒を手に取り、封を切り、中の紙を開いた。ゆっくりと深く、息を吸う。

 

「魔法魔術軍隊特殊部三班殿。皆様の活躍は何度も耳にしております。そんな優秀な皆様に、一つ、特別任務が発動したことをここに報告させていただきます」


 一瞬、マイの瞳に動揺が走る。

 

「魔法魔術軍隊国内外自衛偵察部隊により、先日からソレルナ・ステラ帝国が不審な動きを見せているとの報告がありました。また十年前の悲劇を生むのは、我が国の民が一番恐れ、そして阻止すべきことでしょう。

 そこで三班殿が国外に赴き、より詳細な情報を聞き出すようにと自治団体、また軍隊上層部から指令が下りました。作戦内容は翌日司令官殿に通知致します。皆様の更なるご活躍を心からお祈り申し上げます」

 

 彼女の声から後に続く者はいない。必然的な沈黙が流れる。お互い言葉の意味を汲み取るのに精一杯なのだろう。私もそうだ、ソレルナ・ステラ帝国って、あの。


「ふざけんじゃないわよ……」


 低声がこの場を刺す。そして不格好な音が一瞬響く。何秒か前に彼女の目を見上げた紙が、無造作に折れ曲がり、手から教卓へ転がり落ちる。


「マイ……?」


 彼女に対する恐怖で声が若干上ずった。しかし応答せず、ドアに向かって歩き出す。背中だけでただならぬオーラを感じ、体が震えた。


「おい、どこへ行く」


 不穏を一蹴するタクの一声。彼の瞳はマイを真っ直ぐ捉え、腕を組み冷静に構えている。


「上に抗議しに行くわ」

「何を言っている。受け入れてもらえるわけないだろう」

「でも!」


 焦りと動揺が滲む顔で振り向いた彼女。その瞳を彼は強く睨んだ。明らかにマイの様子がおかしい。いつも優雅に身をこなす彼女ではない。


「お前の私情で任務を拒むな!」


 タクが苛立ちを含んだ声で言い放った。そして目を逸らし、少しだけ苦しそうな表情を浮かべる。ユウも悲しそうに目を瞑った。


「お前だけの仕事じゃない、四人の仕事だ」

 

 また静かな時間が動きだす。


「……そうね、ごめんなさい」


 彼女は無気力に微笑んだ。諦めのような脱力感と共に、ゆっくりと元いた場所に戻る。私はいつの間にか胸の前で押さえていた手を振りほどいた。


「ソレルナ・ステラ帝国って、あの……」


 ユウが私たちの顔を伺う。


「スパイ騒動を起こして、シェリルムを鎖国させた国だ。その国のせいでシェリルムは鎖国反対派と賛成派で内戦が起こり大混乱、賛成派が勝って軍隊と魔術、科学特化の自治国、つまり今の姿になった」


 タクはそう言いながら封筒を手に取り、中身を引き出す。折り畳まれた分厚い紙が四枚。開いてみれば、立派な装飾の国外許可書。ご丁寧に一人一人の名前が筆で書かれている。

 

「悪戯じゃないようだな」

 

 重い溜め息を漏らす。

 

「支給品は明日届くそうよ。出発は明後日、各々準備するように」

 

 彼女はいつもの笑顔でぽんと手を打った。


「よし! 今日は解散! お疲れさま」

「お疲れ様です!」


 ユウが元気よく返事をする。時計は夕方五時前、もうそんな時間なのか。自分の名前の許可書をショルダーバッグの中に入れる。今日の夕飯、何作ろうかな……。


「ナナは初めての遠征ね」


 そう言って私の頭を撫でる。かわいい、かわいいと上擦り声で呪文みたいに呟いている。


「えへへ……そうだね」

「心配しなくていいからね! ­私がしっかり守ってあげるから!」


 胸を張り、任せてとグットサインをだす。うん、いつもの優しいマイがここにいる。


「マイは……大丈夫?」

「ん、何が?」


 だから余計、さっきの取り乱し方が気になってしまう。


「その……さっき嫌そうだったから……もしかしてどこか悪いのかなって……」


 変な思いさせていないかな。聞かない方がよかったかもしれない。だって、もしこれがデリケートな問題だったら


「ははは! もうナナったら、敏感ね!」

「ふぇっ⁉」


 彼女は大きく笑い飛ばす。


「大丈夫、大丈夫! 確かに今回行く場所は問題大アリなんだけどね、タクの言っている通り私情だから心配しなくていいのよ!」

「えぇ……」


 問題、あるの……。


「そんな悲しそうな顔しないで、可愛いのに勿体ないわ! それに私だけじゃない、皆がいるわ! ナナの笑顔とお国の為にも司令官マイ、頑張らないとね!」


 自分の胸を叩き、にかっと笑う。ほら笑顔笑顔と言われ、私もにかっと笑ってみせた。いつもより二割増で撫でられた。

 嫌なことでもしっかり向き合うマイはかっこいい。何でもかんでも自分の思い通りになんて絶対できっこない人生だ。それでも折れずに今を受け入れるか、頑張れるか。私も力になりたい、皆のお手伝いをしたい。今できることを、精一杯やろう。

 

「まぁ……でも……」

 

 彼女はカバンのボタンを閉じ、手を止めた。少し低い声に反応して、顔を覗く。


「ひぇっ⁉」

 

 変な声が出た。なぜすぐに気づかなかったのだろう。

 マイの周りのドス黒いオーラに。


「当分上のやつら……許さない……」

 

 まさに鬼の形相で彼女は口角を上げて囁いた。




*




 くしゅん。

 肌寒い風をうけて、私は素直にくしゃみをする。少しずつ暖かい季節から暑い季節へ変わるというのに、まだまだ夕方の空は遠く感じる。それでも大災害から約一ヶ月、随分と過ごしやすくなったんだけどな。


「寒くない? 上着貸そうか?」


 隣を歩くユウが自分のジャンパーに手をかける。

 

「平気だよ! 風邪引いちゃうから着てて、ね?」

 

 彼はとても紳士的だ。隣を歩く時は絶対に車道側にいて、急な坂道は手を差し伸べてくれる。私の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩み寄ってくれるのだ。とても真っ直ぐで聡明な人。


「ん、どうしたの?」

「ううん、なんでもない」

 

 きっと彼は人に寄り添うことが得意なのだと思う。誰かの助けになったり、人を幸せにしたり。私が今こうやって笑っていられるのも彼のおかげだ。そんな魔術でもない、生まれつきの素敵な能力。少し、羨ましい。

 

「今、風邪引いてらんないもんな……大変なこと任されちゃったしね、はは……」

 

 苦笑し、手をひらひらさせるユウ。確かに想像の範囲を軽く超えてきた任務内容だ。もしもこれが他の場所の仕事ならお互い根を上げていただろう。しかしこれには人の命、いや、都市の命までかかっている。何としてでも成功させなければいけないプレッシャーが私たちの間で見え隠れする。


「そうだよね……国外なんて行くの初めてだよ、当たり前だけど。各々準備って言われても何持っていけばいいんだろ」


 着替えとか、お風呂セットとか? 旅行道具一式必要なのかな?


「あっ……丁度明後日、贔屓の本屋に気になっていた新刊が出るのに……。そんなぁ、お預け食らうなんて」

 

 彼らしい凹み方だ。

 

「他の本屋さんには売ってないの?」

「売ってるんだけど、もう予約しちゃったんだよ……今更店主のおじちゃんにキャンセルするの申し訳ないし……」

 

 彼は優しい、ありえない程優しい、そして真面目。だから予約という名の約束はしっかり守るのだ。欲と情に挟まれて、頭を押さえて唸っている。

 

「じゃ、お預けだね」

「うわぁー! ようやく主人公の真実が見えてきて面白くなってきたところなのに! ひどいよー……」

 

 表情が豊かな彼は見ているだけで楽しい気持ちになる。これも一種の才能……なのだろうか?

 

「そんなに面白いの?」

「面白いよ! SFなんだけどね、ぜひ読んで、み、て」

 

 何かの気配。

 吹き荒ぶ風。

 微弱な魔力。

 林が揺れる。

 

 私たちは左を向く。

 

「ねぇ、さっき」

 

 言葉を紡ごうとしたそのとき、バッグにつけた小型通信機が反応を示した。お互い自分の物を手に取り、信号に耳を傾ける。

 ツツー、トト、ツー、トン――

 どういうことだ、こんなの聞いたことがない。私たちがいつも使っている信号方式はスピツァル式。音が途切れないタイミングがあるはずなのに、これは毎回切れている。同じことを繰り返しているのは分かる、でも読み取れない。

 

「これ、ウニバ式第一遍の式列信号だ」

 

 ユウが小型ノートを開き、ページを指でなぞっていく。

 

「ウニバ式、普遍信号とも呼ばれる簡易的な式列信号だよ」

 

 彼が見るのは表で纏められた式列対応表。

 

「特徴は一番始めに入るトトの音。その後のツーはSで、トンは……Oか」

 

 私たちは目を合わせる。

 無言の肯定。

 そして走る。

 

「ナナ、魔力源の特定できる⁉」

 

 魔力を体に流し、周りに集中する。ユウより得意な探知技だけれど、走りながら気を掴むのは至難の業……それでも……

 

「……百メートル先に乱れた微弱魔力反応……」

「数は?」

 

 吐き気が押し寄せ、本能で胸を押さえる。

 

「……二つ、いや三つ」

「ありがとう、助かる!」

 

 魔法服を着ていないからか体の魔力の巡りが良くない。そのくせ運動音痴だから魔力を使わないと走ってもすぐに疲れてしまう。本当に……面倒くさい体を持ったものだ。

 

「生きててくれ……」

 

 私の状況もお構い無しに、彼は前を見続ける。それでいい、それが正しい判断。

 今、かなり危機的状態にいる。それは私たちではなく『簡易式列しか使えない子たち』が。簡易式列、ウニバ式はある程度のレベルになれば、より複雑で応用しやすいスピツァル式を習う。クラスだとB軍からだったはず、そこから普遍信号は使わなくなる。つまり、EからC軍のランクの低い子たちが戦っているということ。正直お遊びで悪戯する歳の子もいることは否定できない。だとしたら、どんなに嬉しいことか。真実は通信機が冷酷に告げている。

 

「もう少しだよ、ユウ!」

 

 対応表から導いた答えは。

 S・O・S・S・P。

 SOS、SP(重傷者)アリ!

 

「いたぞ!」

 

 ユウの大声と共に足を止める。そこにはボロボロの幼子三人がいた。涙を流し、土に塗れた顔でこちらを見る。リボンをつけた子が通信機を握りしめ、髪を結った子が杖で回復していた。もう一人は体を黒く染め地面に倒れている。私は気付けば杖の子を跳ね除けていた。

 

「どいて! その回復速度じゃ間に合わない!」

「っご……ごめんなさい……」

 

 ドライだと自覚しつつも目の前のことに向き合う。小さい男の子の顔に手を翳し、魔力を注ぐ。

 

「我に力を与える儚い導きの月よ。その光、全ての者に平等であれ! ルーメン・ルーナエ!」

 

 彼の体が明るく照らされ、ゆっくりと傷が塞がっていく。よかった、ちゃんと、回復できている。少しの安心感につけ込んで強い目眩が私を襲う。踏ん張ってなんとか持ちこたえた。今すぐ魔法服になりたい……でも手が離せない……。

 

「おぉ……すんごい回復量。流石ナナ」

「ありがとう、事情聞いてくれる?」

「あぁ、そうだな。僕たちは特殊部隊員だ」

 

 小さい二人は目を見開き、お互い顔を合わせた。杖の子は口をパクパクさせるが、リボンの子は疑心の色に染まっていく。低ランクの人たちは特殊部隊員と顔を合わせることがほとんどない。だからか、一部の人から神の使い、と呼ばれているとどこかで聞いたことがある。そんなわけないのだけれど。

 

「ほ、ほんとに、特殊部隊員様、なんですか……?」

「様なんて付けなくていいよ、信号を受信したから急いで来たんだ」 

「ただの通りすがりのAクラスさんじゃないの?」

「違うわ! 本物だよ!」

 

 リボンを付けたショート髪が揺れながら彼に近づいていく。じっくりと上から下まで舐めまわすように見つめられ、ユウは一歩下がった。

 

「あのお姉さんは回復すごいしオーラが違うけど、この人全然強そうに見えないよ!」

「し、失礼だよ、リューレちゃん……!」

「だってA軍の人が、実はオレ裏では特殊部のリーダーなんだぜって言ってたもん! この人もただの目立ちたがりなんでしょ、ね、そうでしょ!」

「そんなわけあるか!」

 

 よし回復終わりっと。

 女の子二人、かなり怪我をしている割には元気がある。この子ももう少しで起き上がるはず。何より無事で本当によかった。今度はバカにされているユウを助けないと。

 

「違うってほんとに!」

「ユウ、バッジ」

 

 私は彼の隣に立ち、自分のポケットの中を探る。掴んだ物を手の中に収め、ゆっくりと指を伸ばす。掌サイズの丸型に黄金の五芒星が存在感を放っている。特殊部隊員の数しかない、本物の金を使った正真正銘のレア物。小さいながらもずっしりとした重みの中に誇りと責任が詰まっている。ユウも胸を張って目の前に見せる。しかし彼女たちが私に近づいた。

 

「うわ、すっごーい! 本物だ! キラキラしてるー!」

「私たちのは緑色のプラスチックなのに……こんなに違うんだ……」

 

 この子たちはD軍か。

 

「ねぇ、ほら、僕もキラキラ! ほら、キラキラ!」

 

 リューレは一瞬冷めた目で彼を見た。そして金にも負けないくらい輝く瞳で私と向き合う。

 

「お姉さん、持ってみていい?」

「重いから気をつけてね」

 

 絶望し色々と真っ白なユウ。その様子を見て杖の子が困った顔で彼を覗く。

 

「お兄さん、私も持ってみてもいいですか……?」

 

 一気に色が戻る。

 

「君は優しいね……きっと将来ステキな回復さんになるよ……」

 

 嬉しさのあまり、杖の子の頭を優しく撫でている。 なんとか救われたみたい。どんなに酷い態度をとられても、相手を責めない姿勢が本当に彼らしい。そんなユウを白くさせた原因の子は今でも私のバッジをまじまじと眺めている。そんな彼女の前にしゃがむ。

 

「ねぇ、どうしてこうなったか教えてくれる?」

 

 瞳と瞳が刹那にぶつかった。しかし険しい表情で視線を逸らす。きゅっと結んだ唇が彼女の心境を表している。私のバッジを中に隠し力強く握りしめる手を両手で受け止めた。

 

「真実は月の下にあり。嘘は月光で消え失せる。

 今を信じ未来を生きる者たちに聖なる月の導きを」

 

 重ねた手が蛍のようにぼんやりと光り始める。小さな手が少しだけ緩んだ。

 

「お姉さん、これは?」

「小さい頃から忘れられない呪文みたいなもの。お月様は私たちを見ているし、本当のことを信じている人は守ってくれるって意味なんだよ。だからね、何があったか言ってごらん、怒ったりしないから」

 

 私が手を離すと、握っていたバッジをそっと両手の中に返した。涙で潤んだ瞳を擦り、下を向く。

 

「……三人で遊んでたの。そしたらちっちゃなうさぎのゴースト見つけて追いかけたの。ずっとずっと追いかけて、そして、うさぎが四つになってたの。逃げようとしたら囲まれて……。ごめんなさい……私たちまだお外で戦っちゃいけないのに……」

 

 服の裾をぎゅっと掴み、涙を必死に堪えていた。自分の非を認める素直さが私の心にじわりと痛みを残す。彼女もユウと同じ、まっすぐだ。

 

「……う、ん……あれ、ぼく、え……」

 

 後ろで起き上がる男の子の声で彼女はすぐさま後ろを振り向いた。そして真っ先に私の元から離れる。

 

「あ、あ、み、みっくん……みっくん!!」

 

 抱きついて、みっくん、みっくんと何度も名前を呼び、泣き声を漏らす。ようやく流すべき人の前で溢れる涙は、色々な感情の波に乗って彼の肩を濡らしていた。ユウと話していた女の子も彼の側に駆けていく。

 

「……なんとかなってよかったね」

 

 お互いあの三人の姿を目に映す。死ぬ一歩手前で助かり、ただ今は笑い合って、生きていることに喜んでいるようだった。保護できてよかったと心の中で天使が舞う。

 

「ここからの距離だと学園に連絡して引き継いだ方がいいか」

「そうだね、この時間だったらまだ本部も対応できるだろうし」

「よし、えっと本部の番号は、っと」

 

 彼がボタンに触れるそのとき、一瞬で空気が張り詰めた。真上からの莫大な魔力を感じて空を見上げる。鳥肌が立つ腕を抱きとめた――静かに地へ降りた、よく知る彼の魔力が、身震いする程の暗いオーラに包まれている。

 

「まって、タク……!」

 

 ユウの呼びかけにも答えず、三人の前に立つ。きょとんとした顔から一変、異常に気付き一歩後ずさる。

 嫌な考えが頭を過ぎる。

 そんなはずない、彼は、彼は。

 

「おまえら……」

 

 絶対に暴力なんて。

 

「何をやっている!!!!」

 

 気の一斉放射。一瞬の猛風と轟音が辺りを震わせた。私たちでなんとか立っていられる程の魔力の重さ。あの子たちでは、ぺしゃんこに……!

 

「……ルールを守れない者に生きる資格などない。しかし、お前たちの裁きを与える役は、俺では務まらないようだ」

 

 三人の前に大きな障壁が立ち塞がる。この障壁の術式はタクの、タクだけの物。彼の恐ろしいオーラはとっくに消えていた。今ではほんの少しの優しさが香り始めている。

 

「俺は後ろの奴らの仲間だ。お前たちの身柄を引き継ぎに来た。ついてきてもらう」

 

 バッジを手に、目の前の壁を解除する。三人が揃ってしょんぼりとした顔で立っていた。無邪気な少年少女たちも流石に事の重大さに気付いたのだろう。一方タクはさっきのことなど忘れたかのように飄々とした態度で私たちに向かって歩いてくる。

 

「すまん、驚かせた」

「大丈夫、助かったよ。よく気付いたね」

「式列は全て熟知しているし、微弱な反応も捉える訓練もしている。上に立つ者として当たり前だろう」

 

 そんなこと言いつつも少し得意げな顔をしている。

 

「さっすがー、えっと、僕たちが来た時に」

 

 ユウがタクに事の発端を話す。後ろに縮こまった三人はお互いを支えるように立っている。彼らは自らが起こした過ちを受け入れるのに精一杯で、悲しみで満たした瞳がゆらゆらと揺れている。そんな三人は何かを話した後、一人でしっかりと立ち、前を向いて、さっき喝をいれられた大きな大きな背中を見つめる。

 

「迷惑かけて、ごめんなさい!」

「ごめんなさいっ!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 バラバラな声を聞いてタクは振り返る。見下ろす瞳はいつもと変わらず冷淡で、そして少しだけ潤んでいるようだった。動揺か、それとも悲しいのか……彼が見せる初めての姿に私は感情を読み取れなかった。目を伏せ、一つ溜め息を零した後、タクは口を開く。

 

「謝ったからってお前たちの罪を隠してやろうなんて、俺はそんな甘い考えの人間ではないぞ」

「タク、そんな言い方!」

「それに、今ここで言う言葉はそんな安っぽいものじゃないだろう。先に見つけてくれた二人に言うべきこと、あるんじゃないのか?」

 

 三人ははっとした顔で私たちを見る。抗議しようとしたユウも緩く笑って、素直じゃないな、と呟く。彼らは目を合わせ、頷き合い、深く深くお辞儀をした。

 

「「「助けてくれて、ありがとうございました!」」」

 

 小花みたいな明るく高らかな声が周りを取り囲んだ。本人たちも驚いたようで頭を下げながら、そろった、そろった、と嬉しそうに話し始める。良くも悪くも本当に正直だ。

 

「こちらも礼を言う。本当に助かった」 

「どういたしましてだよ」

「後は任せた、タク」 

「あぁ。お前たち本部に戻るぞ」

「はーい」

 

 彼らは私たちに会釈し、タクの元へ歩いていく。三人と一人は森の中へ姿を隠していった。ようやく一騒動が終わったと鳥が鳴いている。空はもうすっかり赤く染まっていた。

 

「私」

 

 見えなくなった彼の姿を目で追い続ける。

 

「あんな瞳のタク、初めて見た。色んな気持ちが混ざっていて……分からなかった」

「僕も、始めて見たよ、タクのあんな顔」

 

 お互い分かっている、あの違和感。

 今まで見えてこなかった、彼の心情。

 ようやく触れた私たちの手は簡単に引っ込んでいく。

 臆病なのか、優しさなのか。

 今の私たちではその答えを導くことさえ、できなかった。

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