「しかし彼女は一人閉じこもる。」
「おかしいと思う、こんなの。間違っている」
ルシナはそう言い放った。
「だから、もう止めよう。俺は、俺の人生を生きていく」
彼女の瞳に困惑の色がなかったと言ったら嘘になる。それでも強く、声は通っていた。もう振り向かないと決断したのである。
「もう俺は悩みを乗り越えたんだ。これから先も沢山の壁にぶち当たっていくんだろう。でも覚悟はできている、だから」
『君は変わってしまったね。』
驚くほど冷えきった声がスピーカーから耳に届く。ぞくりと彼女の身が震えた。ルシナは声を張り上げる。
「あぁ、俺は変わった! でもあなたがやっていることはもっと変わっている! こんなの、誰も望まない、喜ばない!」
大きな溜め息が聞こえてきた。彼女の頭の中で構築された言葉たちが、いとも簡単に壊されていく。こめかみに冷や汗が流れた。
『じゃあ聞くが。ルシナはこれから先、死ぬまで人を信じていける? 何の証拠も残らない言葉たちを信用できる? 何度も何度も裏切られた君は知っているだろう? 人の欲深さ、執念、そして慈悲の無さを。』
ルシナは左手を握りしめる。感覚がなくなる程、強く。
「少人数でいい、その人たちだけずっと信用すれば」
『人には何かしら譲れないものがある。親や家族、物や人、はたまた概念。君だと、自身の魔術の誇りだろうか。人の数ほどそれは存在する。たった一回手を触れただけで侵害されたと思い、嫌われる。そんなサーカスごっこを君はしたいのかい? 君も嫌だろう、お前の使っているそれが弱者の魔術だと言われたら。そうしたら君は言ってきた奴のことを一生好きになれないだろう。私の言っていることはそういうことだよ。
つまり、君の今していることは、信用と友情愛という綺麗事に過信して愛でているだけなんだよ。分かるかい?』
電話から聞こえる彼の口調は丸く穏やかだが、声と言葉は非常に冷淡だ。ルシナにとって相手は命の恩人でもある。その感謝や敬意が邪魔をして何も喋れなくなっていた。
『覚悟とは一体なんだ? 裏切られても立ち上がることか? それとも好かれるように媚びへつらうことか? いずれ人には何かしら終わりが来るのに、そんな無意味なことで力を浪費するのか?』
「っでも!」
それでも彼女は力を振り絞って声を出した。あなたは分かってくれる、理解してくれると一途に。もっと自分たちの関係を良くしようと願って、必死に口を開いたのだ。誰じゃない、ルシナは電話越しのあなたを信じようと決めたのだ。恩人で心から慕う、あなたが、幸せになってほしい。
「一人でできないことも、仲間と一緒なら」
『もういい。君にはうんざりだ。』
しかし彼自身、今のルシナに興味がないのだ。
『奴の偵察を頼んだら、こんなことになってしまうなんて。非常に残念だよ、ルシナ。』
変わったルシナに興味がないのだ。
『前の君は鋭い目付きと孤独の強さを持っていて、とても魅力的だったのに。今では何も感じられない。』
「そんな君に、心は必要ないね」
彼女は後ろを振り返り、息を詰まらせた。
「いや……」
目は大きく開かれ、本能のまま一歩後ろに下がった。
「なんで……どうして……」
涙がこぼれ落ちる。
「そんな、いや、やめて、いや! お願い! わたしは、わたしはっ! いや……いやあぁぁぁ!!!」
――静寂の中、彼女が持っていた電話を拾い上げる。真顔でこつこつと足音を鳴らし、暗がりの廊下を一人で歩いていく。彼が開いた重厚な扉はゆっくりと閉まり、深い眠りへと落ちていくのであった。




