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ひとり、またひとりと消えていく。言葉も無く、足音も無く、全てが消えていく。証拠が存在しない不可思議な事件。それは某高等学校の女子生徒が、クラスメイトと会話中に突然行方不明になったことが始まりである。
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魔法魔術と科学の国、自治国シェリルム。隣国のスパイの大量侵入により鎖国してから約十年。平和の楽園と謳われたこの国の首都、シェリルム第一都市に最悪の事態が襲う。
「……なんでっ……なんで!! こんなに攻撃してもどうして倒せないのよっ……!!」
「A区間ゴーストの群れが来ます。数……二百です」
「いやぁぁぁ!! 死にたくないっ……助けて……」
「はぁ!? ありえない……C軍は!? ちっ……音声が繋がらねぇ……」
乱れた声、逃げ交う人々、火だるまになる家、全壊する建物。穏やかな住宅街は跡形もなく消え去り、今では煙塵に塗れた世界のみが存在している。その中、上空を見つめる少年少女たちがいた。目線の先には大きな翼と体を持った大鷲が地上の子供の群れを見下している。火の玉、毒矢、氷の槍を難なく避け、飛んできた方向へ急降下し、羽を投げナイフの如く地に突き刺す。砂の舞が落ち着き視界が開けると、数人が地に伏していた。それでも慈悲なく攻めてくる黒い物体から目を背けず、焦点の定まらない目で痛みと共に意識を失っていく。気絶した仲間たちに涙や悲しみの声を漏らさず、ただひたすら、戦う。灰になった愛しき町の上に立ち、彼ら魔術師は希望を望み続けていた。
ゴーストと呼ばれる魔獣が力無き者を蹴落としている最中、瓦礫の山に取り残された発信機からこんな声が流れてきた。
「E区間、虎のゴーストに勝利。はい、大型ゴーストは大鷲のみ、と。B区間の皆さん、特殊部隊がそちらに向かっています。皆さんは半分の人数に分かれ、防衛と戦闘不能者の救助と魔力回復をお願いします。あともう少しです。頑張りましょう」
分厚い雲の隙間から太陽の光が第一都市を照らし始めた。
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夜が明け、新しい太陽が昇る時間がやってきた。二十四時間で何が起こったのか、市民は改めて事態の重さに愕然としていた。大型ゴーストは大鷲・虎・馬・烏・獅子の五匹が散らばっての襲来となった。都市にいるだけ集めた魔術師の即席班が立ち向かったが、所詮弱者の集まり。全ての軍が敗北で終わりそうになった時、救世主が現れる。シェリルム魔術軍隊特殊部、泣く子も黙るエリート魔術師のチームである。通常のゴーストに比べて体力五十倍のバケモノ五体を、彼らは一日で全滅させた。日の光を浴びながら傷ついた体を闘士で燃やす彼らの姿を見て、市民たちは尊敬と畏怖の念を抱いた。
「結局このザマか。全てを倒したはずだが、これでは意味がない。ゴーストの群れは無能共が処理したみたいだが、誰ひとり死ななかったようだな」
黒く汚れた白衣を着た男は言う。
「ふふ、分かっているくせに。物じゃなくて人を助けられたのよ。大きな意味を持つじゃないの」
糸が綻んだ軍服を着た女は答える。
「はっ……尊敬だ感謝だとまた媚びてくるくせに、内心嫉妬で汚れている輩なぞ助けたって嬉しくない」
「またそう言って……。暴言が吐けるほど魔力が回復したみたいだし、早く寮に戻りましょう。皆が心配してるわ。復興の手伝いをしたいけど、きっと本格的な指導に明け暮れそうね」
朝早くから活動し始めた市民を尻目に、二人は町を離れていった。大通りを木々を持った人々、大声をかける男たちが闊歩している。公園では食材を持った小児が料理を作る母の側へ駆け寄る。死者がいないことを希望に、市民は生きることを諦めなかった。先々の不安を抱えながらも、新たな日常を歩み始めた。しかし、刻一刻と行方不明者は増えている。彼らは失踪した者たちに気付くことはなかった。気付くことなんて、できなかったのだ。
何故ならば、生存者の頭には消えた人々の存在すら消えていたからである。