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空想のサクラ  作者: 秋山 楓花
第一章 彼女は何を想うのか
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16話

 あの大木の場所だ。僕が初めて剣を持って魔術に出会った時の場所。なぜかこの木に惹かれて、時間がある時はついつい足繫く通っているこの場所。そこに黒い影が揺らめいている。


「あれ、間違いない。私の魔力だ。暴走した魔力の本体だ」


 ナナから抜け出した強大な魔力と昨日感じた殺気。彼女は決意を抱いた瞳をゆっくりと閉じ、菱形のペンダントを握りしめる。


「儚い導きの月よ。もう一度私に抗える力を」


 大きな魔法陣が足元にできあがり、大きな球体がナナを包む。月が消えると昨日見た彼女がいた。闇夜の悪戯ではなく残酷な現実なのだと改めて思わせるが、それ以上に美しい姿だ。


「皆さんを巻き込む訳にはいきません。私が責任を持って倒します」


 前に出て球体を四個作り出す。力強く地を踏みしめた。


「それなら支援する」


 タクが口を開き、白衣をなびかせる。


「大丈夫です、一人で」

「司令官として、一人の人間として見捨てる訳にはいかないわ」


 マイが胸元のリボンを整える。


「でも……」

「ナナ」


 僕は剣を引き抜いた。


「僕たちは君の味方だよ」


 二人とも頷く。ナナはその様子を見て、何か言いたそうにしている。その目には涙が浮かんでいた。


「皆、一つお願いがある! あの大木には攻撃しないように気をつけてくれ! 僕の大切な木なんだ。あとナナ、無理したら怒るからね」


 僕の顔を見て、自虐的に微笑んだ。彼女は言葉の真髄を汲み取ったようだ。


「……こんな状況でそんなことできないよ」


 大きく息を吐いた。


「協力ありがとうございます。私が一番動きを知っています。指示は任せてください。よろしくお願いします!」


 光を纏い、彼女は大きな一歩を踏み出した。



*



 私は黒影に向かって走る。

 気付いた瞬間を狙って


「っ今!」


 急に立ち止まり四つの球を高速で飛ばす。相手にぶつけるのではなく、怯ませる為。私にとってあれは影の存在、光に弱いのは世の定め。そして、光があれば必ずできあがる影も世の定め。


「攻撃の軸はマイさんに頼みます。私は補佐しつつ攻撃に加わります。タクさんは防御を固めること。ユウは速度低下を忘れずに!」


 私は歩を止め、光の壁を作る。その壁をナイフで切り裂き破片を作り出した。

 誰かと共に戦うことなんて初めてだ。自分の中に秘める魔力に全て委ねるしかない。もうそろそろ奴も動き出す。失敗は許されない。


「私が敵を引きつけます。タクさんは私と前衛交代後、広範囲の障壁を作ってください。ユウは後衛で妨害魔術の詠唱準備!」

「わかった!」


 奴の体がこちらを向く。


「剣術使いユウが命ずる! 汝の示す魔術に従い、秘めたる力を解放せよ!」

「……障壁準備」


 来た!

 

「はぁ!」


 破片を散らす。

 ナイフを準備。


「んっ⁉」


 速い⁉

 すぐに手が届いてしまう距離。

 まだ、いける!

 咄嗟に左手で球を作る、っ攻撃された!

 わっ、私、遅れてる!

 今思えば当たり前のことだ。

 私だけじゃない、敵だって手は読んでいる。

 今更気づいた大切のことに、一瞬体が怯んだ。


「くっ!」


 ワンテンポずれる体勢。

 敵の好機。

 ナイフが私の体を貫こうと風を切る。

 回避もできない。

 反射で目をつむる。


「はっ!」


 髪の毛を掠めた矢がちょうどナイフを持った黒い手に貫通した。


「大丈夫! 一人じゃないわ!」


 マイさんの声で頭の中から何かが抜け落ちる。

 敵の消えた右手。

 私の今いるこの場所。

 そう、私とゴーストだけじゃない。

 この場に、三人いる。


 信じてもいい仲間が、三人いる!


「タクさん、障壁展開!」


 弱った体に思いっきり球をぶつける。後ろに飛び上がったのを確認し、タクさんの場所まで下がった。敵はそのまま空中に浮かび上がる。そして左手を上げ、黒球を無数に作り上げていく。


「ユウ、妨害を!

「ドリーツァ・ヘル・ツィーウォン!」


 青い光がユウの周りを包んだ……しかし何も起こらない。


「ごめん、失敗した!」

「えっ⁉」


 もう奴は手を降ろそうとしている。


「この数、問題ない」

「タクさん⁉」

「任せろ。全て受けきる」


 両手を突き出し、一層強度を上げる。不安がよぎる。どうしよう、これで何かあったら、私、わたし


「何度も言っているだろう、大丈夫だ。お前は次の行動の指揮をしろ。支えるから、心配するな」


 五十個以上の弾丸に向かい合う背中を見る。頼もしい、大きな背中。

 大丈夫、大丈夫、本当に大丈夫……。負けるな、めげるな私。


「ユウはもう一回妨害を、今度は確実に成功する時でいいから!」

「ほんとごめん!」

「マイさんは攻撃特化の弓で三連撃の準備をお願いします!」

「っえ、えぇ、わかったわ」

「来るぞ、構えろ!」


 彼の一言で皆、空を見上げる。手を下げ、雨のように降り注ぐ。迫り来る黒い物体を睨めつけ、大きく息を吐いた。瞬時に音が消える。勢いよくぶつかる黒球の破裂音が耳を支配する。


「ぐっ……」


 一気にのしかかる魔力の重さに彼は歯を食いしばる。汗が一筋流れ、層は少しずつ薄くなっていく。私が傍らに何個か球を忍ばせた時、障壁が割れた。


「タクさん!」

「まだだ!」


 約十数個が彼に向かって落ちてくる。

 右手を伸ばそうと手を開く。


 もう近い!

 まにあわ


「はっ!!」


 ほんの一瞬、超低音と強風が吹き荒れる。体が持っていかれそうだった。

 すぐに風と音は止み、目を開くと黒球が全て消えていた。


「大丈夫と言っただろう」


 何食わぬ顔で砂を落とすかのように手を叩く彼はぴんぴんしている。あれは、衝撃波だったのか。すごい、手も使わずに、声だけで、すごい!


「ナナさん! 魔法陣が!」


 マイさんの声で空を見ると大きな陣ができていた。

 光線攻撃! あの大きさだと皆に当たる!!


「今度こそ! ドリーツァ・ヘル・ツィーウォンッ!!」


 ユウの剣が青色に帯び、一閃が飛んでいく。地上より不自由な空中では避けきれず、敵の体を青く包んだ。黒く戻ると、陣は静かに消えていった。


「よっしゃ! 成功!」

「ユウ、ナイスタイミングよ!」

「どぉんなもんだいっ!」

「一回で成功してから喜べ」

「あちゃっ」


 敵の姿に動揺が見える。これはチャンス!


「続けていきましょう、ナナさん!」

「はいっ!」

「鷹弓・勇猛果敢!」

「ルーナ・ラクリマ!」


 隠し持っていた球を涙型の小さな一粒に変える。マイさんは大きな羽のついた美しい弓を引き、標的の位置を定めている。


「私が囮になって、敵の周囲を明るくします。その隙に三連撃で確実に当てていってください!」

「了解、いくわよ! 三連撃・東樹風破!」


 彼女の左右に一張ずつ光の弓が出現する。その横に立ち、黄玉のように輝く涙を空へ掲げた。光は敵の頭上に広がり、そこから雨が降り始める。黄金の雨粒に気を取られるところに、弓が体を射抜いた。黒い四肢が消えつつある。


「まだまだ飛ばすわよ!」


 右手の人差し指を回すと、何本か束になった矢が現れた。一本取った勢いでもう一回矢を射って体に当てる。周囲を照らす効果でマイさんは随分楽そうに見定めている。

 雨が止むまで気を引き続けるこの技は、代償に雨自体の火力はなく、当たっても全く痛くない。まだ上手に魔力をコントロールできない時に知ったこの力、この魔術。そもそも私自身に備わっている力はすべて火力不足、一人だととても弱かった。だから私一人が使っても何の得にもならないこの魔力が大嫌いだった。自分だけでは何もできない、生きていけない。誰も信じず、頼れなくても結局誰かの迷惑になる。心底に眠らせていた偽りのない真実にずっと目を背けてきた。そして真正面に向き合えない自分はもっと嫌いだった。


 でも、こんな私でも受け入れてくれた人がいる。

 本音をぶつけてくれた人がいる。

 仲間だと言ってくれた人がいる。

 好きだと伝えてくれた人がいる。

 そんなことされたら、嫌でも生きたくなる。

 どうしようもない私でも、生きてもいいって、思ってしまうよ。


「それっ!」


 リング状の光を敵に投げつけ縛り上げる。涙の効力が切れて周りが少し暗くなる。でもリングが輝いているから、的確に狙えるはず。


「最後に一発、決めるわよ!」

「はい!」


 マイさんは左右の弓の光を一張の弓に注ぎ込む。私は魔方陣を描き、円の中心に力を込める。


 この攻撃で奴を倒す!


「「はあぁっ!!」」


 二人の声が地を鳴らす。

 光と矢が空を駆け上がる。

 消えた四肢と最後の一線。

 

 輝くリングと共に静かに消えていく。



「……おわった……」



 口から漏れた言葉は安直で。

 心の中で色々な思いが渦巻いて。

 でもたった一つ、言うなれば。


 本心を言うなれば。



 もっとこの人たちと生きて、笑って、いたかった。



 本当の意思が私の頬に伝っていく。

 やっと外へ、出られたんだね。




 と思っていた。違う、まだ。まだ終わっていない。まだ倒しきれてない。今まで見てきた瓦礫から出ていた、苦しみ、憎しみ。魔法職人の苦悩や憎悪が乗り移った物たちが。裏の私に力を与えていた負の感情が。まだ今の敵に力を与えると言うの?


「皆! まだ倒してない、今そこにいる。負の感情が小さく固まりあって、一つの心臓になりつつある。何をしでかすか分からない……警戒態勢を崩さないで!」


 目を拭い改めて見ると、またゴーストが人型になろうとしている。黒い物体はそこにいる。でも、攻撃したところでまたこうやって再製するのだろう。胸にある一番黒いところを突いて、感情のループを遮断すれば


「危ない!」

「っ!!」


 ナイフを持って私に斬りかかろうとしている。

 なんで、さっきまで、距離離れてたのに。


「ふっ!」


 タクさんが横から拳を入れ、吹っ飛ばした。間一髪、助かった。


「ナナさん大丈夫⁉」

「ごめんなさい、大丈夫です。タクさんありがとうございます」


 お礼の言葉を受け取らず、彼は眉をひそめた。


「今までの中で一番動きが遅かった。なのに、なぜ反応できなかった?」

「え、今一番動きが速かったですよ、ね?」

「いや、見た感じ一番遅かったと思うわ」

「うん、僕もそう思う」


 うそ、なんで。私、動くことすらできなかったのに。

 そして急に押し寄せてくる殺気の波。


「またくるっ!!」


 刃を立て目の前に現れる。

 動けない。

 硬直している私の前に矢が通り過ぎた。彼女は姿勢を崩した敵に回し蹴りを食らわせる。


「えぇ、やっぱり動きが遅いわね」


 服を整えながらマイさんは言う。


「……もしかして、敵はナナしか狙っていないんじゃない?」


 ユウが口を開いた。そして何かに気付いた顔をする。


「そうだ……だからナナにしか眼中に無い敵は、僕たちからは少ない魔力で動くドールにしか見えないんだ! だとすると、ナナは敵の妨害によって体が動かない状態になっているってことか!」


 そうだ、そういうことか! だから私と皆で認識の差があったのか。きっと敵はせめて裏切り者()を道連れにしようとしている。今までの全てを力にして。

 少しの希望でペンダントをかざしてみるが、反応を示さない。魔力は少ないとはいえ、吸い取れるほどの弱さではないらしい。それとも、ただの怨念の塊でそこにいるのか。どちらにせよ動けない私はどうすることもできない。ただ指示をするだけ。そんなこと三人は許してくれるのか。


「ナナっ!」


 いつの間にか迫ってきていた奴をユウが叩き切る。前よりも悶え苦しんでいるように見える。


「何度でも言うよ! 僕たちは仲間だ! ナナを信じている! だから、僕たちに突破口を教えてくれ!」


――あぁ、神様は非情だ。


「そして、ナナ自身、自分を信じてくれ!」


 最後の最後まで、試練を突きつけてくる。


「ナナさん!」

「ナナ!」


 こんな純粋な情景、疑いたくなる。


「――っ!!」



 でも、()で、()()で、本当の想いならば。


 答えてあげなきゃ、人間(わたし)じゃない!



「短期決戦……皆さんに託します!」

「よしきたぁ!」

「そうこなくっちゃね!」


 正直喉カラカラで手も震えている。


「策は――」


 これで本当に倒せるのか自信の欠片もない。それでも皆、私を信じてくれている。今ならプレッシャーも不安も情けなさも、全て力に変えられそうな気がする。

 だって皆、私を信じてくれているから!


「いけそうですか……?」

「問題ない」

「もちろんよ!」

「任せて!」


 三人は各々の準備に取り掛かる。私は必死に殺気の気配を探る。もうそろそろ体が再製し終わるところだろう。ここまできたら、引き下がれない。

 ()の私と()の私を切り離す!


「きますっ!」

「花の芽吹きのように。花緑戦歌!」


 ジャストタイミングで敵の足元に矢が刺さり、桃色の壁がドーム状に広がる。奴を隔離すると、声にならない音で騒ぎ散らし、私に目掛けて透明な壁を乱暴に叩き始めた。執念の塊を見て背筋が凍る。こんなものを私の心の中に宿していたのか……。


「醜いな」


 タクさんが呟くと分厚い本を作りだす。一瞬彼の顔を見た。顔を少し歪めている。その言葉は、私を侮辱しているのではない。きっと分かっているのだろう。そんな醜いものを自分も少なからず持っている、と。


「召喚術・薙刀」


 本から白い光が飛び出し、薙刀に変化する。それを持ってタクさんは奴へ向かって走る。大きく振り払うとドームの爆発音と悲鳴が響いた。武術で強い彼が召喚武器を持つと、格段とパワーが上がる。

 全ての記憶を引っ張り出して考えた、最期の指示。裏の私が夜の闇の中で息を殺して見ていたあのときの様子が鮮明に蘇る。沢山三人の戦闘術を脳に収めてきた。彼らはとてもかっこよくて美しい。


『まず、マイさん。花緑戦歌で奴を身動きができないように閉じ込めてください。でもあまり壁が厚くならないように調整をお願いします。』

『そして、タクさん。花緑戦歌後、召喚術・薙刀で思いっきり攻撃してください。壁を破壊して構いません、とにかく強くです。それで心臓部以外の魔力を一気に消してしまいましょう。』


 今、こうやって対峙する私自身の醜い姿。

 過去から()()してはいけない。

 社会から()()してはいけない。

 私にも仲間がいるから。

 分かり合える友がいるから。

 辛かったことも、苦しかったことも、全て受け止めてみせるから。

 初めて本心から前を向いて、そして、死んでいきたいの。


 目の前に迫る人の姿。体はもうほとんど消えかけ、漆黒のナイフと左胸の球体だけが目立つ。顔はないはずなのに必死さが伝わってきた。私の右の首筋を的確に狙って腕を振る。


 その距離、数十センチ。

 目を逸らさない。

 逸らしてたまるか。


 私は大きく、息を吸う。




『最後に私が合図を出した時、心臓を切って。』




「ユウ!!」


 緑色の光が闇を打ち消す。

 右から左へ一直線に駆け抜けた。


『ユウの真っ直ぐな心の一撃が、私を救ってくれたように、敵の感情も断ち切るから。』


 私の目の前で煙となって漂っている。


「……ナナは、たった一人のナナなんだ。疲れただろう、本当の居場所でゆっくりおやすみ」


 そう言って彼は剣を鞘にしまった。


 誰かに頼るのは自分が弱いからじゃないこと。

 一人じゃないこと。

 教えてくれたのもユウだから。


 私は、これで少しは強くなれるかな。

 


 前を、向けるかな。

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