14話
彼女は重い体を奮い立たせ、かなり遠くへ移動した。その間に球を配置し飛ばしてくるが、前よりも遅くなっている。避けるのも切るのも容易で、彼女の元へ走り続ける。近づけまいと何度も距離を取られるが、それも徐々に狭まっていく。少女はほんの少しだけ顔を歪めると、今までで最大の光を集める。さっきも見た魔法陣、光線攻撃だ!
「させるか! ゲシュウィン!」
魔力の消費が多いけれど、あの大きさでは回避スペースも狭くなってしまう!
勝たないと、生きれない。
名も知らぬ君に、殺されるわけにはいかない!!
「君は一体、何者なんだ!!」
距離一メートル。
空気を割く音。
剣の軌道は緩くなったお下げのゴムを掠めた。
はらり、半分の髪が元の形へ戻る。
僕は左手を伸ばす。
もう片方へ。
少女が気付く。
ナイフを向ける。
その手首を。
掴んだ。
「やめて!」
声が記憶と重なる。
息を呑む。
手を払い除けようとする。
ナイフが、もう片方のゴムを。
切った。
「――」
見慣れた髪形は黒から明るい茶色へと変わっていく。
瞳は美しい月の色。
そこから星は頬を撫でる。
何回も、何回も。
止まらず、流れていく。
解放されたのは髪だけではない。
彼女自身、闇から解かれた。
「ユウ」
その声はあまりにも綺麗で。
背面の月に向かって倒れていく。
今まで一番長く美しい、一秒間。
お互いに地面へ倒れこむ。彼女は尻餅をつき、僕は膝をつく。心臓が、バクバクしている。息が、しづらい。運動したからではない、気付いてしまったから。目の前にいる人が……
「ナ……ナナ……」
彼女なんだ。なんで、どうして。軽くパニックになった頭をなんとか落ち着かせ、僕はゆっくりと立ち上がる。彼女もふらふらとした足取りで地を踏む。彼女は下を向いていた顔を上げる。その表情が、ごめんなさい、と言っている。しかし、刃先は僕の腹を目掛けて飛んできた。
「うぐっ!」
避けられないっ……!
後方に押し出され、腹を抱える。
「ぁぁぁああああ!!!!」
彼女は叫ぶ。
また僕の懐に飛び込む。
速い!
なんとか剣で受ける。
力一杯ナイフで切りつけてくる。
既に妨害の効果は切れている。
だから速い、攻撃できない。
でも、でも!
「ナナ! 僕だ、ユウだ! 落ち着いて、ナナ!!」
止まらない。
「お願い! 手を止めて!」
終わらない。
「僕、ナナのこと傷つけたくない! さっきまで痛かったよね、苦しかったよね」
変わらない。
「ナナが僕のこと嫌っていても、僕はナナが好きなんだ! 友達だって、思ってる! かけがえのない人だって!!」
でも
「だから、君が、罪を背負うのは、見たくない!」
何度だって
「あぁ、そうさ、いい迷惑だよね、そうだよ! でも、僕はっ……ナナがっ……」
叫ぶ
「ちゃんと向き……合ってくれたっ……のに……。はぁっ……僕は、上辺だけしか……見てなくて」
自分自身、分からない
「嫌われても……はっ……しょうが、ないよ……」
何を言っているのか
「許して、なんて……言えないよ……」
ただ必死で
「でも、僕は……僕はっ……!」
必死で。
「ナナ……?」
ナナの動きが止まった。
右手のナイフが消え、腕がだらりと落ちて。
そして体が崩れた。
「ナナ!」
地面につかないように支える。ありえない程体重が軽い。呼びかけても返事が返ってこない。うそ、うそだ、そんな、まさか
「ユウ、その子は大丈夫よ。気を失っているだけ」
後ろからの声にすぐ反応する。ボロボロのマイとタクが立っている。座っていても力が抜けそうで、僕の目は二人の姿をぼやけさせた。
「まいぃ……たくぅ……ふたりとも、よかったぁ……」
極度に安心したのか、正直泣きそうでたまらない。
「なんて顔してるんだ。まずは学園に戻るぞ」
タクから手を差し出され、僕は力強く握り返した。革手袋から感じる熱のこもった手が余計涙腺を刺激し、鼻がツンと痛かった。
*
「――ウ、ユウ、ユウ」
鳥の鳴き声と、背中の暖かさ。腕の下の柔らかさと額の硬さを感じて、僕は顔を上げた。眠気と眩しさで目を細めるが、ナナが近くで微笑んでいるのを見て脳が活動し始める。そうだ、あの戦闘の後、学校の保健室で彼女を寝かせたんだった。マイとタクをおいて家に帰るわけにもいかなかったから。二人のワープ術を使って、ナナを運んで……そして……僕は見守っていて……。あぁ、それで丸椅子に座ってベッドに身体を預けて寝ていたのか。
「おはよう。喉乾いてるでしょ、そこにある水筒に水が入ってるから。マイさんが用意してくれて、どうぞって」
ベッドの隣の小さな棚の上に白い保温瓶と紙コップが二つ置いてある。マイの水筒、特訓の時に何度も見た物だ。貸してくれたのだろう。僕は自分の側のコップに水を注ぎ、一気に飲み干した。想像以上にカラカラだったみたいだ。
「……マイとタクは?」
「二人は書類漁りに行ってるみたい」
ずっと微笑のまま、告げる。
「実刑申請書、かな。私あんなことしちゃったから。今度こそ合法で死ねるんだね。もう痛い思いしなくていいんだ、嬉しいな」
「ナナ! それ本気でっ……」
ずっと笑っている。冗談を言うようなそんな笑みではない。瞳の輝きがいつもよりも眩しい。日光に反射した白い壁紙のせいだと、そう思いたかった。頭の中の言葉たちが彼女の表情でほぼ怯んでしまう。
「僕は――、僕はどうすればよかった?」
今の状況と昔の幸せな時間を比較してしまう弱い自分がいる。後悔と苦痛が滲み出た醜い一言だとも分かっている。でも過去は今更変えることはできない、どうしようもないことも僕は知っていた。
「ううん、今、僕はどうすればいい?」
「じゃあ、最期の前に私の過去、言いたかったこと聞いてくれる?」
頷いた。九時のチャイムが人数少ない校舎に響き渡る。




