13話
カーテンの音と同時に彼女は姿を現す。濃紺の下地に白の花柄のワンピース。いつも暖色系の服を着ているからすごく新鮮だ。
「えへへ……どうかな、似合ってる?」
少し恥ずかしそうにくるりと回る。後ろについたリボンが優しくなびいた。
「うん、とてもいいと思う。紺とか暗い色でも似合うんだね」
白い肌と印象的な黄色の瞳がよく映える。顔を赤らめ、頬に手を置く彼女。
「ほんと……⁉ 濃い色は挑戦したことなかったからドキドキしたけど、よかった! どうしよ、買っちゃおっかな……」
「買いなよ、さっきもそう言って買ってなかったじゃん」
僕は自分で購入したジーンズの袋を大きく揺らす。僕だけ欲しい物を手に入れて、彼女はいつものショルダーバックひとつだけ。背中を押さないとこのまま何も得ずに帰りそうだ。
「うーん……分かった、買う!」
「ついでにその気に入った靴も買っちゃいなよ」
「え、でも、それは……」
名残惜しそうに靴を見ていたのにまだ渋るか。しょうがない、こういうときは精神アタックだ。
「あーだったら僕がプレゼントで買おうかなー」
「あぁっ! それはダメ! これも買うよっ!」
慌てっぷりが想像した通り過ぎて僕は吹き出した。
「ははっ、もうっ、慌てすぎだよっ……ははは!」
「むぅ……笑いすぎだよー」
のせられたと知って、膨れっ面になる。どうしても靴を買って欲しかった。
今履いているたった一足のその靴は、ボロボロになってしまったから。
「さぁ行こう、ナナ」
また太陽のように笑顔で返事をして駆け寄る彼女を見て、僕は笑みがこぼれた。
「――自分の為にお金使ったの久しぶりだよー」
店を出て商店街の中を歩くと不意にナナが話し始めた。
「いつも生活に必要な最低限の分しか使ってないからね、なんかソワソワするの。ユウがくれた分のおかげで随分余裕ができたんだよ! 本当にありがとう!」
「当然のことだよ。ずっとナナのお金で住ませてもらうわけにはいかないからね。やっぱり貯金してるの?」
「もちろんそうだけど、半分位はシュリさんにお金渡してる。でも大体は受け取ってもらえないんだけどね」
歩道にいる鳩が飛び立つ。彼女はそれを目で追いかけ、何かを思い出したかのように、あ、と声を漏らした。
「あとね! ご近所さんにお菓子渡すための材料費もかな。皆に恩返ししたくてね、働き始めた時からずっと続けてるの」
「恩返し、か」
足が重くなる。
「だってね、優しい人ばかりだし、たくさん迷惑かけてきたし。孤児で中級学校までしかいけなかったバカな私を受け入れてくれた素敵な人たちなんだよ! お礼してもしきれない程だよ」
ナナは笑っている。でもバカって……そんなこと言ってはいけないと口が勝手に動く。
「ナナはバカじゃないよ! ナナがバカだったら……って、これは冗談か」
やってしまった、真正面に捉えすぎだ、僕。だからタクにそういうところだけ不器用だって
「……っナナ、どうしたの⁉」
彼女を見ると涙を流していた。笑みは変わらず、雫が頬を伝っていく。自分の異常に気付いたのか、歩みを止め空いている手で目を拭った。でも止まらない涙に少し困惑した表情を見せる。
「あれ、なんで、涙、止まらない」
「どうしたの、どこか具合悪い?」
「ううん、違うの」
違わない。
「ごめんなさい」
気付いてよ。
「大丈夫」
大丈夫じゃないって分からないの?
悲痛な叫びが心を刺す。彼女は何も言っていない、訴えてこない。ただ、笑うだけ。でも、無理やり作った笑顔が僕の胸を貫いた。やはり、何も知らなかったじゃないか。ナナの本当の気持ち、言いたいこと、本心。全て上辺だけで僕は満足していた。今やっと見え隠れした彼女のそれが、僕の悩みの中核だ。どうしたの、大丈夫じゃないよね、言ってごらん。たくさんの言葉が脳裏に浮かんだ。
でも、突然、怖くなって。
「落ち着くまで、近くの公園で休もうか」
在り来りな事しか言えなかった。
「うん、ごめんね、本当にごめん」
それでもナナは全てを受け入れる瞳で僕を見つめ続けた。
*
なぜ今まで気付かなかったのだろう。明らかにナナは自分のことを話したがらなかった。そして自分の本音も言ってこなかった。だから彼女が何を欲しているのか、どうして欲しいのかが分からなかった。それを上手に日々の他愛もない話や日常的な疑問で隠していただけだった。僕は慢心して全て知っていたかのように振舞って。本当は何も見てこなかったじゃないか。それでいざ彼女に向き合おうとしたら怖くなって……結局、今日も踏み込めなかった。何が人生に割いるのは醜い、だ。そんなの逃げる理由をこじつけただけじゃないか。
「それで何が大丈夫だよ!」
一段と自分に腹が立つ。スケボーがふらつき始めるが、思いっきり足を下ろして安定させた。ガゴンと大きな音と共に長い溜め息を吐く。
「――でも」
でも、僕が怖いと思ったのは。今の関係を崩したくないからであって。ナナに嫌われたくないからであって。
「僕だってナナが必要なんだってことなんだよな」
黒い空を見上げた。からかわれるのが嫌なだけで、彼女との関係をどうこう言われるのは別にどうでもよかった。社会の目がそう見えたとしても、僕はナナのことが好きだし、これからも仲良くしたいのが事実だ。僕に初めて幸せを感じさせてくれたかけがえのない人、代わりなんていない特別な人。そのことを見失って、言い訳にしていたのは完全な失態だけれど。
本当は……ナナと今まで通りに暮らしたい。一緒に夕飯食べて、掃除して、テレビ見て、話して。大切な人と過ごす時間がどれだけ大事で幸せなことなのか、僕は知っているから。
「僕自身、自分を見失っていたんだな……」
うまく頭で整理できないけれど、なんとなく今の心境を飲み込んだ。
明日、話し合おう、本当の気持ちで、もう一度。怖いけれど、もう逃げていられない。その前に
「いつもの任務、片付けるか!」
スケボーを降りてD区間に進む。
「マイ! タク!」
「ん」
「ユウ! 今日はまたいるわね」
ロボットの群れ。各々剣を引き抜き、手袋をはめ直し、弓を構えようと、した。
「えっ」
ロボットが……消えた?
いつもと違う初めての展開に僕は無意識に声が出る。またいるのだ、昨日の少女が。昨日と同じ場所に。険しい顔をしたマイが目の前に出る。
「私は魔法軍隊特殊部隊三班司令官よ。あなたがさっきのロボットを生み出したのね? 敵対するならば、市民の危険を脅かしたことで違法行為とみなすわよ!」
鋭い大きな声は、あの距離なら確実に少女へ届いたはずだ。しかし反応を示さない。タクもマイの隣に立つ。
「まだ続けるつもりなら力尽くで身柄を拘束する」
そう言い切ると、軽いステップで近づいてきた。雰囲気に似合わない高い足音をゆっくりと鳴らす。二つ結びのお下げが揺れる。相変わらず逆光でよく見えないが、二人の前に立ったようだ。マイとタクの後ろで僕は静かに剣を構えた。
「さぁ痛いことはしないわ、話を」
「あなたたちは、じゃま」
かすれた声がやけに響いた。次の瞬きで、マイとタクが目の前から消えた。爆発音が二つ、後ろの左右から聞こえる。
「っマイ! タク!」
後ろを振り向いても二人の姿が見えない。前の少女に飛ばされた……? うそだろ?
乾いた手拍子一回、砂埃舞う左右にロボット五体ずつ出現させる。意味が分からない、一気に計十体ドールを生み出すなんて。前を向く、やはりその子はいる。すぐそこに、じっと僕を見つめて。光のない黒の瞳の闇に飲まれてしまいそうで、一歩下がった。
「あなたに用があるの」
手に浮かべた月色の球をナイフに変える。背にある満月が怪しく光る。
「ユウ、あなたを」
皮肉にも前にいる彼女は、月がとても似合っている。
「殺す」
「っ!!」
いきなりナイフで切りかかってきたのを剣で受け止める。力を込めるのかと思えばそうではなく、大きく離れ距離をとった。腕を広げ、球を体の周りに生成する。体の動きに合わせ、球が色々な方向から僕を目がけ飛んできた!
「わっ!」
必死に避ける。
これでは彼女に近づけない。
だったら
「走って距離を詰める!」
マイとの特訓で学んだことだ。
僕の目の前に来る物だけ剣で切って消す。
相手は腕を動かしている。
よく見えない。
これは、魔法陣?
途端、僕に一閃が向かってくる。
「え、バ、バギア!」
白壁が僕を守る。
でもこれ二秒しかもたな
「くっ……!」
壁が壊れる。
飛び込み回転で回避。
が、その先にはきらめく破片の粒。
「うわっ!」
さすがに避けきれずに当たる。
そこまで火力はないが……痛い……。
球だけじゃないのか……。
だったら……!
「ゲシュウィン!」
彼女よりも速く接近する!
どうだ……っていない⁉
「どこ……うわぁ⁉」
空から光が降ってきて爆発する。上にいたのか……。相手の攻撃力が低いから何とかなるものも、これじゃ苦戦の一方だ。最高速度のゲシュウィンも見切ってしまうなんて……。やっぱり遠距離攻撃には相性が悪い。少女が静かに着地するのと同時に、僕は立ち上がった。思い出せ、マイとの特訓の時、何を学んだ?
『――遠距離攻撃型はトリッキーな技が多いわ。ユウのような王道的な攻撃じゃなくて、邪道。近距離で相性が悪いのなら、こちらも』
「トリッキーに仕掛ける、リィト!」
僕の周りに三つの光を出現させた。
彼女は手の動きを止める。
「どう? 僕も君と同じ技、使えるんだよ。それっ!」
僕は指差すと素早く光は目標に向かう。思ったよりも早く接近したみたいで、彼女はナイフに切り替える。無表情のまま切りつけると、異変に気付き目が大きく開く。
ただの光源に攻撃したって消えはしない。
「騙されてくれたね! 僕はここだよ!」
真上に顔を向ける。
僕が見下ろす。
闇一色の瞳にオレンジ色の光が指す。
「エフゥティ!!」
高い金属音が辺りを包む。オレンジと黄が混ざり合う。剣とナイフ、そもそも男と女なのだから力量差は明確だった。
僕は彼女を押しきり、体勢を整える。ふらついた足取りで右腕を掴み、変わらない表情でナイフを向けた。胸が痛い、少し無理をしたのだろうか。もしくは知らない女の子と戦っていることで精神的に苦しいのだろうか。どちらにせよ、今は殺す気でいる彼女を止めなければ。
僕が死ぬ、それだけだ。
「……っ僕を殺すなんて、どうして!」
大声で叫ぶが、彼女の手にはナイフが変わらず光っている。一歩、一歩近づいてくる度に心は悲鳴を上げる。震える手を必死に押さえた。じわじわと殺される恐怖が思考を蝕んでいく。対抗する力はあるのに、嫌なイメージは払拭されるどころか蓄積されていった。
「殺したって何の得にもならない! 罪が重なるだけだ! だから、どうか……止めてくれ。君は一体」
飛びかかってきた。
力強い斬込み。
「はんっ……げきっ!」
応戦、しかし当たらない。
近距離戦も、なかなかに強い!
今までの特訓は、こんなことしなかった。
全てが初めての動き。
脳が溶けてしまいそうだ。
「はっ!」
固く鋭い音が何度も響く。
避けて、攻撃、読んで、動く。
それでも頭が働くのは。
体が止まらないのは。
「そこだっ!!」
今までの努力の成果なんだ!!
「剣術使いユウが命ずる! 汝の示す魔術に従い、秘めたる力を解放せよ!」
隙を突いて動きを止まったのを尻目に、僕は少し距離をとる。足元には青く光る魔方陣が出現する。彼女はナイフを球に変える。剣を胸の前で水平に持つと、青く輝き始めた。新しい技、成功させる!!
「ドリーツァ・ヘル・ツィーウォン!!」
光は纏まり、閃光の一撃が少女に目掛けて飛んでいく。避けようとするが手に当たり、一瞬姿を青に染め、元に戻った。バランスを崩したのか転倒すると、あることに気付いたのか動きが止まる。
体が重い。
そう、僕の妨害魔術ドリーツァが効いている。前にマイが教えてくれた因子の話から、僕はずっと妨害系で習得できそうな技を探していた。簡単そうなものから色々試して、これが一番扱いやすかった。
『速度低下の魔術』。
いかにも初心者が習いそうなものだが、何回も練習して何回も失敗してきたのだ。正直今でも三割の確率で失敗するが……因子がいかに大切で重要な存在なのかが身に染みて分かった。それが今、妨害の相性バッチリな相手にかかっている。
制限時間は三分。ここで畳み掛ける!




