9話
あぁ、そうだ。夕飯まで時間もあるし、気になっていた本屋に行こう。魔法書も欲しいし、新しい小説も読みたい。あのシリーズの新刊、売っているといいのだけれど。そんなことを考えながら一人商店街を歩く。ルシナの件があってから数十分、正直心配で精神的にも疲れてしまった。だるさを彼女のせいにする気は全くない。でもこのままずっと考えていると余計落ち込んで悪循環を生みかねない。リフレッシュは大切、必要だ、これは自分の甘えではない。だから
「お願い、やめて……!」
聞き慣れた高い声が耳に届いた。
「ナナ?」
右を向くと細く暗い道にナナが三人の男性に囲まれていた。腕を掴まれ、振り解こうとしているのをぼんやりと捉える。会話は聞こえない。
「っ何をやっている!!」
だが嫌な空気なのは見てとれる。僕の足はすぐに強く地面を蹴った。
「――! あいつだ!」
「逃げるぞ!」
ただ彼らは僕を見た瞬間ナナから離れ、背を向け走っていった。光るバッジや整った髪、綺麗な服を着ていてどこかの御曹司のようだった。普通はこういうことって荒くれ者がやるイメージなんだけど……?
「ユウ、ありがとう……怖かった……」
彼女は体を震わせ怯えていた。
「大丈夫、ケガはない?」
「うん、腕掴まれただけだったから」
「よかった……」
感情が緩やかに戻り始める。胸を撫で下ろし、彼らが去った道を見つめているナナと同じ方向を見る。彼らが駆けていった先は光が届かず、早くも夜の闇が落ちていた。なんだか奥から不気味に手招いているみたいだ。
「彼ら、ナナの知っている人?」
彼女は目線を僕に変え、いつもの笑顔になる。
「ううん、知らない人たち」
「そうか……」
「あのね」
目を逸らし、申し訳なさそうな顔をする。
「その……怖かったからね……だからこれからは、一緒に夕ご飯の買い物来てくれると……助かるな……」
ふと同棲と言われたことを思い出した。
「あ、あの! ユウが帰ってきてヘトヘトなのも分かってるから無理なら無理でいいからね! あ、ごめん、上から目線になっちゃったかも……」
でも、それは――、いや、人命が優先だ。
「うん、いいよ、一緒に行こう」
「……ほんと……? いいの……?」
「うん」
ぱああっと花が開く。
「ありがとう! お礼に美味しいパン焼くからね!」
「お、やったぁ! そうだ、本屋寄りたいんだけどいいかな」
「わかった! 実は今日ね――」
今日も彼女の靴はいつも通りに磨かれ光っていた。
*
「おはよう」
「……おはようございます」
気まずい空気が広がる午前十時。昨日と変わらない時間なのに極端に遅く感じる。前日の夕方に起こったことがまた繰り返してしまいそうな雰囲気に息が詰まる。ただひたすら足を動かし、林の下の土を踏みしめる。
「……」
彼女は何も言わない。でも、きっと、助けを求めているのだろう。あの顔、あの瞳、伝えたがって叫んでいたあの声。
「何かあるなら、力になりたい。頼ってほしいんだ」
大きなお世話だろうか、そんなことを思う前に口走ってしまった。彼女は睨む。
「昨日言ったこと理解しているんですよね?」
煽りだと思わせない為に真剣な顔で返す。
「してるよ」
「じゃあ、なんなんですか。ユウさんも結局俺の弱みを握って上に出ようとしているんですか。それともまだ友情だ、仲間だって見せびらかしたいんですか」
前よりも強い言葉で煽ってくる。冷静でいなければ。
「やっぱり仲間のこと気にしているのか」
「な……気にしているだなんて一言も言ってないじゃないですか!」
「もしかして入隊試験のグループ実戦で心配してる?」
余計ルシナは顔を顰める。
「心配なんてしてませんよ! あんなの俺一人でなんとかできます。グループメンバーに頼らなくたって」
「グループ実戦はメンバーとどれだけ協力し、ノルマを達成できるかを見るんだよ」
昨日気になって夜遅くまで調べた情報だ。
「俺の砲術は一発で広範囲の敵を蹴散らす魔術です。一人で戦える力を神がもたらしてくれたんです。それなのにその力を否定しろと言うんですか?」
「それは違う、何かしらの長所と短所を持ち合わせているはずだ。だから仲間と足りない部分を補っていくんだろう? ルシナ自身、分かっているでしょ、自分の弱さを」
頑なに『自分は強い』と言っているようで少し腹が立つ。こっちはひたすら強くなろうと必死でいるのに。
……強くなろうと必死でいる?
「仲間なんて! 自分の寂しさを舐めあっているだけでしょう!! 弱いからそんなことしているんでしょう? 本当に強ければ一人でも何も怖くなくなる。ゴーストも異変もプレッシャーも目も心も! ユウさんも大切な仲間だと言いながら孤独を怖がって特殊部隊に入ったんですよね。どうせ、タクさんもマイさんも心が弱いんですよ、もちろん貴方も。今は違うかもしれないですけど、後から裏切られて仲間だった奴らを憎んで、陰口たたくんです。弱い奴らはそうやって自分を強く見せたがるんです。そういうの、もううんざりなんですよ。」
ぷつっと耳の中で音がした。
「マイとタクを悪く言うな!!」
鳥たちが羽ばたく。ルシナは弾かれたように体を身構えた。
「自分のことはどう言ってもいい。でも二人のことは悪く言うな」
今になって冷静でいようとしたことを思い出した。少しの後悔と大きな怒りが心臓を速く打ち鳴らす。モーター音のような嫌な耳鳴りが僕の思考を蝕む。
「……分からないでしょう、ユウさんには……。どこにでもいる剣術使いだから扱いやすいし、メンバーに組みやすいし。マイナーで扱いにくくて、一回の魔力消費も大きい砲術使いの俺の気持ちなんて貴方には、分からないでしょう?」
気迫も失くした彼女はただ言葉を並べていく。
「ほら、分かってるんですよ、自分の弱点」
乾いた笑い声を漏らす。
「ただ俺はひたすらその弱点を自分の力で直したいんだけなんです。仲間を作る弱さも暇もないから、こうやって一人でいるんですよ」
「直らないよ、その弱点はいくら頑張ったって直らない」
鼻がツンとした。悲しそうな顔をする、それは『知らなかった』ではなく『知っていた』と言いたげな表情で。答えは出かかっている、でも飲め込めずにいる。ルシナはもう一つの何かが、すんなり胸に落ちるための何かを欲している。今やっと、僕はそれに気付いた。
「ルシナは自分にも他人にも厳しくて、我も言葉も強いけれど、律儀で素直で優しくて。仲間と共にいたらお互い成長できるような素敵な人なのに、どうして人を信用できないの? 君の中でつっかえているものは、何?」
僕はこういうところだけ不器用だから真正面からぶつかるしかない。また否定されるかもしれない、でも、それでもいい。彼女が言いたいことを言って、苦しみを分かち合い、あわよくば道を示すこと……僕ができるのはたったこれだけだ。あとは自分の問題――
「ルシナ……?」
彼女の足元だけ雨が降る。顔を下に向けて、肩を震わせて。
「どうして……こんなに真摯になってくれるんですか……。ひどいことたくさん言ったのに……父も母も知らないふりだったのに……。やめてくださいよ……どうせ裏があるんでしょう、勘違いしちゃいますよ……。意味わかんないですよ……ユウさんも、私も……。なんで、私、涙がでてくるんだろ」
弱いなぁ。
顔を手で覆い隠し、そう囁いた。きっと彼女は分かっている。僕に裏なんてないことを。僕の情を過去に囚われて、上手に受け取れないだけ。
どうすればいいのか。
どうやったら前に進めるのか。
殻を破る方法を必死に模索している。
ルシナは今、頑張っている。
「ルシナ、君は」
「分かるわけないじゃないですか。自分の本心なんて、絶対に見えないもの。信用できない理由もさっき言ったのが本心じゃないなら、もう知りませんよ。逆に聞きますけど、相手に迷惑かけているって分かってても絶対に裏切られないって思えますか? 自分に非があって、ですよ」
涙を拭った彼女の、言いたげな瞳に隠れた最後の抵抗。ただ、それが、それが、大きく喉に刺さって。
何も言えなかった。
地を揺らし、林に交差する警報の音。あまりにも大きい高音が僕たちの意識を逸らさせる。さっきまでのことが一瞬で溶けてしまいそうな程、危機感と焦燥感が湧き出てくる。
「大型ゴーストの警音だ……」
ルシナが固まっている隣で特殊部隊用の通信機のスイッチをいれる。しかし、緊急事態により混雑して繋がらない。今あることをルシナと力を合わせて対処しなければ!
「ルシナ、気配だと北北西にいるはずだ! 僕たちは小型と中型を相手にっ、ルシナ!!」
ルシナは方角を知ると一目散に駆け出し行ってしまった。また一人で何とかしようとっ! 急いでルシナの後を追いかけ、必死で叫ぶ。
「待てルシナ! どう考えたって一人じゃ、あっ!」
僕の前に鹿のゴースト、十体。大型ゴーストの気配に釣られ、姿を現したのだろう。左手を前に出し魔力を吸い取ろうとしてみるが、体は黒の霧に戻らない。戦うしかないようだ。
「君たちの相手をする余裕なんてないけど、やるしかない!」
魔法服になり、剣を鞘から外す。小型のゴースト十体……いける!!
「はあああっ!!」
敵の動きが分かる。どう動けばいいか体が示している。軽やかな足のステップ、狂いのない剣の軌道。前よりも僕は、強くなっている!
「あと、半分!」
でもまだだ、まだ僕は戦える。あの二人に早く追いつかねば。もう足を引っ張ってはいられないんだ!
「……足を、引っ張って、いられない……」
体が止まった。僕、今までどうして必死で強くなろうとしたんだっけ。自分が弱いから? 二人に並びたいから?
自分が、迷惑をかけていることに気付いているから?
「――そうか」
襲いかかってきた二体を一気に消し去った。残り一体がただ立ち尽くしている。奴らの中にも仲間の意識があったのだろうか。
「ごめんね、そういうことだったんだね」
最後の一匹の魔力も狩りとる。
やっと分かった。
なぜ弱い僕を仲間に入れてくれたのか。
そして、お互い信じ合えているのか。
それは、とても温かいことで、大切なことで
「吸収オーケー、すぐ行くよ待ってて、ルシナ」
忘れやすいことだった。
――走る、走る、走る。遅れを取り戻すために、彼女を助けるために。大型ゴーストの場所も近いから、きっとルシナは遠くまで行っていないはず。どこにいるんだ。あ、そういえば、いざという時の連絡用に小型携帯を支給されていたんだった。ルシナにかけてと……繋がった!
「ルシナ! いまど」
「ごめんなさい」
彼女の声。呼吸が乱れ、めいっぱい空気を吸い込む音が聞こえる。
「ルシナ! ルシナ大丈夫か!!」
反応しない。もしかして携帯、地面に落ちているのか。たまたま落下した衝撃で受信ボタンが押されたのか。確かに大きなボタンだし、ありえなくはないけれど……って、今はそんなことどうでもいい!
「ハハ……これだから少ししか戦えない役立たずは嫌いなんだよ」
明らかに自虐の笑い声だ。どさっと何かが崩れる音が聞こえ、大砲の轟音も響かなくなった。携帯を押し当てる右耳と周りの音を捉える左耳がもう少しだと脳に伝える。
「皆に迷惑かけて、誰にも頼れない、頼られない自分は、生きている意味、なんて」
掠れた発声と一緒に、吸い込むような高い波長。ゴーストのビームの準備音だ!
危ない!
間に合え!!
「ルシナアアア!!」
障壁魔法バギア!
たのむ!
届いてくれ!!
左からの轟音でゆっくり目を開く。白い壁が、静かに目の前で溶けていく。
間に合ったんだ……!
「ユウ、さん……」
色んな感情で顔がぐしゃぐしゃになる。息も上がるし、汗も吹き出る。
でも今は、そんなことよりも。
よかった、だとか、なんで無茶したんだ、とか。
たくさんの言葉と思考と想いが交差して混ざって。
そして『一つ』になる。
「ルシナ!!」
深呼吸し、前にいる猪の中型ゴーストを睨む。ルシナの前に立って、彼女を守れるように剣を構える。僕の背中を見ているだろう彼女に、伝えるべきことがある。
「仲間になりたいから一緒に戦うんだ!!
そこに強さや気持ちは関係ない。
必要なのはお互いを思いやる心だ!
それだけでいい。
それだけで、分かり合えるんだ」
雲の隙間から太陽の光が降り始める。風が一陣、吹き抜けた。ゴーストはビーム攻撃のクールダウン中、今すぐ攻撃してくることはなさそうだ。座り込むルシナに顔を向けて、ポケットの中にあった魔力回復キットを投げる。
「友達や仲間でいたいから優しさを与えてくるだけで、迷惑だなんて思わないよ。悪いこと言ってくる奴は知らんぷりしちゃえばいい。相手なんてしなくていい、考えるだけ無駄さ」
――もっと単純で、いいんだよ。




