遭遇
2話
女の子の悲鳴が聞こえる。
「今日は、女の子関係の問題にかかわることが多いな」
嘆息しながらも助けに行く。人がいるのなら情報を得られるだろうし。
どこから声が聞こえてきたのかを声のした方向を思い出し予測する。
「あっちかな」
大体の方向を推測し終わったところで鬱蒼とした森の中を進んでいく。
「くっそ、歩きにくい」
特に人の進んでいる形跡がない道は舗装されている道路などとは違って歩きにくい。
木々は元の世界の木々と似ているが少し違った点があると思ったがそんな場合ではないと切り替える。
歩きなれない森の中を注意深く、しかし遅すぎない速度で進んでいく。
歩きなれない上に道なき道を進んだことで切り傷が少しできているが気にせずに向かっていく。
「――か――すけてっ!」
「聞こえた。もう少しか」
足音が聞こえる。人影らしきものも見えた。
大体近くまで来ることができたことに少し安心するが、これからが問題だ。
茂みの中から状況を確認するため素早くそれでいて静かに。近づきながら様子をうかがえる位置に移動する。
断片的にきこえてきたのが助けてって言っているのだとしたら動物なりなんなり何かがいるってことだろう。人に対して何かをすることのできる何かがな。
そんなものにどうしようもなければ意味はない。
はっきりと見える位置まで来た。
そこにいたのはやはり女の子だった、見えるのは特徴的な金色の髪、上等そうな服はところどころ汚れ、ほつれてちぎれているところもある。顔は良く見えない。木に手を付けて肩で息をしている。
がさがさと音が鳴りその後ろの茂みからもう一人、正確にはもう一人といっていいのかわからないが、人の形をした生き物がいた。
「うっ」
生理的な嫌悪感からか鳥肌が立ち吐き気がする。
口元を抑え何とか吐き気を抑え注視していく。
緑の肌に、つぶれた顔、黄ばんだ歯に、腰に動物の毛皮のようなものをつけ、武器と呼べるのかどうかよくわからないがこん棒のようなものを片手に持っている。
人間に似ているが明らかに違う様相は物語で言われるゴブリンなどと呼ばれているものに近い。
「ありがちなモンスターだな」
半分強がりながら落ち着くために言葉を吐く。
ゲームなど創作の世界では弱い位置にいる典型的なモンスターだ。
なぜこんな生き物がいるのかは、ここが異世界だと仮定している状況では説明がつく。だが理解はできていない。
女の子は息が乱れやっとの思いで逃げ出していたようだ。痩せてはいるが見た感じ運動していそうにない。逃げれていただけでも上出来だろう。
助けなきゃいけない、そんな感情が元の世界での社会性からか浮かんでくる。
だが、姿を見ただけで怯え吐き気などの不調をきたした情けない自分に何ができるだろうか助けに入って助けられずに死ぬのは論外だ。
そんな言い訳じみたことを考え続けていると手が何かに触った、それはなんとなく持っているもの。現在の状況を変化させられる可能性を秘めたもの。敵を退けるための武器が。
しかし、自分にはそのための力はあるのか、さっき、記憶の中ではほんとうについ先ほどのこと、女の子を助けられたのかもわからず、おそらく死んでしまった自分に。
「馬鹿なことはするな、俺なんかには無理だろ、あの子には悪いが」
自分に言い聞かせるように言いながら、気持ちが落ち込み、逃げるほうへマイナスに考えていってしまう。それではいけないことぐらい自分でもわかっている。だが、気持ちと体は別だった。
あの子がやられたら見つかった時点で次の標的は自分だろうと、どうやってこの場から離れようかと考えていると。
「あっ」
そんなことを考えているうちに動き出そうとした女の子は足がもつれて転んでしまう。
すぐそこまで来ていたモンスターは下卑た笑みを浮かべ這ってでも逃げようとしている女の子にゆっくりと近づいていく。
じらすように、恐怖心をかきたてるようにゆっくり、ゆっくりと確実に。
「助けてっ」
かすれた声で助けを呼ぶ。
カチリと自分の中の何かがかみ合った。
いつの日かにもあった感覚だ。
心臓の鼓動が速くなる。だが頭の中は冷静に物事に対処しようと考えていく。
「やってやる」
また自分に言い聞かせるように言葉を吐く、自分だけで逃げるという選択肢を頭の中からつぶしていく。
のろのろと考えている暇はない、なぜかクリアになっている頭で作戦をコンマ秒で考えていく。
大事なのはタイミングだ、敵はこちらに気付いている様子はない、自分の隠密行動なんてたかが知れている、だからこそ相手の死角から奇襲できるタイミングを計り剣による一撃を入れる、それで倒せればいいが倒せなくてもダメージは入るはず、逃げるチャンスはできるしうまくいけば倒せるかもしれない。
考えをまとめて、奇襲のタイミングに意識を切り替える。
タイミングを心の中ではかっていく。タイミングはモンスターが完全に女の子に集中し武器を振り上げる直前。
身長に移動し俺がモンスターの死角に入り剣を抜く。
しくじるなよ。
女の子は恐怖におびえるように目には涙をうかべ顔は引きつっている。
あと少し、あと少しだ。
・・3,2,1
茂みから飛び出し一撃を加えるために全力で敵に向かって走る。
出てきたときの音で気づかれてはいる動きが止まり茫然とこちらを見ている。近くで見るともっと怖い。だが気にする必要はないと恐怖心を押さえつける。
剣の振り方なんて知らない、とにかく当てろ。
「ふっ」
それだけを考えて全力で剣を振りぬく。
が、余計な力が入り剣の軌道がそれるそれに加えてモンスターは身をよじって致命傷を避けるが左腕に当たりちぎれ飛ぶ。
動物を解体した経験なんてない。精肉済みのスーパーの肉しか触ったことがない。
肉のちぎれる感触、骨を折る感覚、そんな初めての感覚に眉間にしわが寄り、酸っぱい味が少しだけ口の中に広がる、歯を食いしばって気持ちの悪い感触に耐える。
続いて蹴りを腹に食らわせ距離をとらせる。腕をうしなった痛みから反応は遅くなっていたので当てられた。俺の体重のほうが重いのもよかったことだろう。
「チッ、殺せなかったか」
悪態をつく。
どうする。ちぎれただけでも上出来だろうか。ふつうそんなに簡単じゃない、倒すことができればいいと思っていたが、相手の反応が思った以上に速い。そんな中で手傷を負わせたとはいえ簡単には逃げだせないかもしれない。足は残っているのだから。
「やってみるか…武器もあるし敵は片腕をなくしている、状況的に見れば勝てる見込みがないわけじゃない…」
自分の中で自問自答を繰り返していく。
「ギャギャァ!!」
モンスターはやっと追い詰めたと思ったのに邪魔が入ったことと自分の腕を切られたことに頭にきて、目を血走らせて怒りの声をあげる。
だがさすがに突っ込んでは来ないようでこちらを警戒している。
思考にふけりそうになったのを切り替えて敵を見すえ剣道の中段構えをイメージだよりで見様見真似の構えをとる。
敵との距離を詰めないようにゆっくりと女の子を背後にするように移動する。女の子の状態を確認するために敵を刺激しないように小声でかくにんをとっていく
「大丈夫ですか、動くことができますか」
「ハァ…ハァ…はい、大丈夫です」
明らかに大丈夫ではない様子だがそれを指摘する気はない。かすり傷以外の大きなけがをしている様子はない。
「なら、逃げてください。自分では時間稼ぎも難しいでしょう」
とりあえず逃げてもらうことにする。俺は時間稼ぎが精一杯だろうと予想している。いやそれすら無理かもしれない。そこに女の子を守りながら立ち向かっていくのは無理だ。それに、いなければ逃げるだけならどうにかなるかもしれない。他に何かがいないとも言い切れないがあくまでも見つかっているこいつからは逃げられる。あとはどうにでもしてもらうしかない。大丈夫だろうか、いや他人の心配をしている場合ではないか。
「で、でも…あなたは」
「今のあなたよりはどうにかなるでしょう」
かなりとげのある言い方なのは許してもらおう、話しているだけでも時間が無駄に過ぎていく。
敵が警戒して突っ込めないのを利用しているのだからいつ焦れてとびかかってくるのか分かったものではない。
悩んだ様子だったが結論が出たらしい。
「……わかりました、助けを呼んできますそれまで生きていてください」
「さっさと安全なところに逃げてほしいところですが、感謝します。それでは、早く行ってください」
モンスターが逃げ出したほうを追っていこうとするが剣を振って牽制して相手に抜かせないようにする。茂みに入っていった。これで、見失ってくれるだろう。
獲物に逃げられたことにさらに頭にきているようで、とうとう襲い掛かってきた。
普段なら無理だろうが、予想していた通りの行動だったため防御が間に合った。
「グギャアァァ!!」
うわ、めちゃくちゃ怒ってるよ。
ちぎれた腕から血を滴らせよだれを飛び散らせながら耳障りな声でさけぶ。獲物を取り逃がしてしまったことと腕を切られたことで怒りの沸点に達しているようだ。
こちらを殺そうとする意志が伝わってくる。
「ヤバいな・・」
予想以上の迫力に冷や汗を流しながら一撃で仕留められなかったことを後悔する。傷を負った獣には気を付けろとはよく言ったものだと、今になってその言葉の意味を体で理解する。
そんな、思考に至る俺に構うことなくモンスターは次の行動を起こしていく。
血の滴る腕に力を込めて握る、ぶちぶちと嫌な音が鳴り、肉がつぶれていく。
「今だ」
わざわざすきをつくるような行動にではじめたモンスターに対して攻撃を仕掛けに行く。
肉をつぶして血管を閉じることで左腕から流れ出る血の量がもともとに比べて明らかにに減っていた。
これで時間稼ぎして倒すという選択肢は難しくなった。
そしてモンスターに一撃が届くというところで防御される。
「クソッ」
また防がれたことに悪態をつく。反応速度が今の俺よりも高く防がれてしまう。
腕をうしなったことでバランスがうまく取れないのか防御のあと転んでいたがすぐに立ち上がった。
問題は相手の反応速度だろうと予想する。
相手は必ず反応するときでも目で見てから行動している。直感や、技術的なものでないのならば。
まずは相手の視界をつぶす。
近くの土を握り相手の目をめがけて投げつける。コントロールは、よくないほうだがうまくいった。
「ギャゥ」
目に土が入ったことで一時的にだが視界をつぶすことに成功する。俺を見失ったモンスターは、見えない目で首を動かしこちらを探す。
「これなら」
相手の背後にまわり確実な一撃になると確信して、攻撃を当てるため先ほどのミスを繰り返さないように無駄に力まず、けれども全力で剣を振る。
「とった!」
確信をもって相手に攻撃が届く姿が目に浮かぶ。
「グギャァァ!!」
が、突然こん棒をめちゃくちゃに振り回し始めた。
完全に攻撃の体制に入っていた俺は振り回していたこん棒に当たる。空いている腕で防御をしたがあっけなく吹き飛ばされる。
「ガハッ」
近くにある木にぶつかったことで肺の中の空気が追い出されるのと同時に内蔵が飛び出しそうになるほどの衝撃を受ける。その拍子に持っていた剣を落としてしまう。
剣を拾い立ち上がろうとするがあばらと腕に激痛がはしる。元の世界でも骨折なんて経験したこともかったが、こんな簡単になるとは思ってもいなかった。そのうえ経験したことのない痛みは精神的にも肉体的にもかなりのダメージをおってしまった。
そして、ゴブリンのようなモンスターは視界が回復してきており何度も面倒なことをしてくる俺に対して怒りの表情をさらに深めていく。
「ぐ…がっ」
また力を入れて立ち上がろうとするが痛みが強くまともに立ちあがれない。体制を崩してしまう。
痛みを頭の外に追いやろうとするが、そう簡単にはいかず思考の中にとどまっていく、そして考えれば考えるほど痛みを意識してしまい、集中力が切れる
そして手負いの俺を見たモンスターは女の子の時のように楽しもうとする様子もなく、確実に俺を殺すために何をされても対応する姿勢で警戒しながらふらふらと近づいてくる。
自分の中のかみ合っていた何かがズレていき離れていくような感覚がする。
突然、冷静さを失っていく。ただただ恐怖心が顔を出してくる。
そしてただがむしゃらに無事な足を動かして逃げ出そうとする。
そんな行動をする俺を見逃すはずもなく、簡単につかまってしまい逃げられないように右足を折られる。
「あ…が…」
意識が飛びそうになる。こんなに何度も痛みを経験して耐えられるわけもなく俺の意湿気が飛びそうになる。
そんなときにもう片方の足を折られる。
飛びそうになった意識が強制的に戻される。
自分のやってきたことは何だったのか、結局俺は死んでしまうのか。と、あきらめにも似た感情が死という終わりが近づいたことで湧き上がってくる。
だが一つだけふと思ったことがあった。
「あの女の子たちはどうなったのかね」
俺が助けに入った二人の女の子はどうなったのだろうか。俺の介入が意味を持ったのだろうか。
モンスターが武器を振り上げる、確実な終わりへと近づいていく。
そして
目の前のモンスターが頭から真っ二つになる。そして塵のような煙のような跡形もなく消え、変な色の石だけが残る。
「大丈夫ですか?」
剣を持って立つ人影がこちらに話しかけてきた。
そして息をすることを、痛みを忘れる。
やけに見覚えがあったとある人物の姿。一人目の女の子を助けに入った俺以外の人物がそこにはいた。
まだ本題に入っていないんですが
二話目ならこんなもんですかね
読んでくれた方ありがとうございます