難癖
抜き足差し足忍び足
――◇高等部一年Sクラス教室 水嶋 枢
入学式が無事に終了し、高等部校舎のSクラスの教室にて担任のグラス先生が自己紹介をし、諸注意事項と今後の流れを連絡してくれている。
諸注意事項に関しては基本的に元の世界と変わらず、予定としても今週いっぱいはガイダンスがメインの授業になるそうだ。
「説明は以上です。解散と言いたいところですが、新しく入った生徒やクラスアップによってSクラスになった生徒もいるので一人ずつ自己紹介をお願いします」
クラスアップは文字通りの意味で学院内でのSからFクラスある序列制度の中で上位のクラスへの異動のことだ。逆にクラスダウンという下位のクラスへの降格もある、今回は対象者がいたらしいが基本的にはどちらも行われづらいものらしい。それが節目節目で行われているそうだ。
先ほどの説明の中にもそれとなく混ぜていたし、すべてに目は通していないけれど学院規則にもしっかりと記載されている内容だった。
考え事をしているうちに自分の番が回ってきた。
「カナメ=ミズシマです。わからないことも多いですが皆様と切磋琢磨できればと思います。よろしくおねがいします。」
起立し簡潔にそれでいて丁寧に挨拶を行い着席する。
「カナメさんは編入という形ではありますが新入生とほぼ同様で今年から皆さんの仲間入りとなります。教えてあげられることは協力してあげてください」
グラス先生が言った言葉に数人だが反応を返している生徒がいたので頼りにさせてもらおう。もちろん今まで通りに、シュネーちゃんにも協力してもらう。
――――ん?
視線を感じたのでそちらに顔を向けるとこちらを見ていたであろう生徒がすぐに顔の向きをもとに戻した。
何だったのだろう。
疑問には思ったがそこから視線を感じることはなく、シュネーちゃんの自己紹介があり同じクラスなのでうれしく思っていたらそんなことは忘れていた。
そうしてつつがなくSクラス生の自己紹介が流れていった。
自己紹介が終了し先生から一言付け加えられることで本日は終了となった。
教員が去った後はもともと仲の良かったメンバーが集まって話をしたり、新しい友人をつくろうと話を振っていたり、一部の女子はある一部の男子の所に集まって質問をしていたりする。
「シュネーちゃん、一緒に帰らない?」
近くの席になったシュネーちゃんに声をかけ一緒に帰らないかと質問してみる。
「・・・分かった」
答えてくれたのがうれしくなり自然と笑みがこぼれる。
いろいろとこれまでに話をしてみたり一緒に外にでてみたり魔法について教えてもらいながら過ごしているうちに仲良くなることができたと思う。
ーーー私の勘違いでなければいいんだけどね
それほど多くもない荷物を整理してシュネーちゃんと一緒に教室の扉へと向かう
「おい、まてよ」
男の声がこちらに静止の言葉を投げる。
振り返るとこちらを睨んでいる金色交じりの茶髪をした小柄な男の子がいた。
「それって、私たちに言ってるのかな?」
人違いだったら申し訳ないと思い自分たちにたいしての言葉だったのか聞き返す。
「そうだ、お前だ、お前」
うーん、初対面で汚い言葉づかいには気をつけたほうがいいとおもうんだけどな。
「何か、あったかな。この後予定があるとは先生も言ってなかったし、私も聞いていないんだけど…」
「俺はお前が気に入らない!!」
えぇ…いきなりすごいこと行ってくるな~。この子
この後の返答がよくわからずに黙っていると
「ある日突然あらわれて、この学院での最高位に位置するSクラス配属だと?ふざけるな!俺は努力してこの学院での実力を認めてもらったんだ。なのにどういうことだ!聞いたことも、見たこともないただの一般人の中でいきなりSクラスへの編入など異例だ。挙句そこの英雄家の落ちこぼれと一緒に行動しているなどなめているにもほどがある」
まぁわかる、突然出てきた人間が自分と同じ位置もしくはそれより上にいる。
一種のプライド、自尊心。そういったものが苛立ちを生むこともわかっている。納得はできる。
少しうつむき加減にこちらの様子をうかがっているシュネーちゃんを視界の端にとらえる
―――でもさ、関係ない人を馬鹿にするのは違うよね
「まぁ君の言い分もわかるよ、でも私は君のこと知らないし誰のことかわからないけど英雄家の落ちこぼれさん?と行動していても君には関係ないよね」
誰のことかわからないというのは嘘だ、なんとなくわかっている。というか話のながれでわかる。
でも別に相手の話から驚く必要はないよね。
私にいろいろ教えてくれたのも彼女だから、そんなくだらないことは関係ない。
「関係あるな!俺たちSクラス、ひいては学院の沽券にかかわる!だから、そこの落ちこぼれは放っておいていいとしてもお前の実力を証明してみろ!!」
周囲の様子を伺うと、特に我関せずといった様子で帰り支度をしている人や、おおむね思っていることとしては一致しているのか誰も止めようとはせずにこちらを観察している人などがいた。
視線を戻し質問を投げかける
「どうやって証明させるつもりなの?」
「決闘だ。俺と試合をして実力を見せろ」
間髪入れずに返答がきた。
決闘ね、学院規定に記載されている項目がたしかあった気がする
決闘ー冒険者、騎士、魔法師などを目指す学院の生徒たちが実力を競う対人戦闘試合。外に出て魔物を狩ることも評価される対象ではあっても一番手っ取り早く学院の内外に実力を示す方法は観客のいる前で試合を行い勝利すること。そして魔物を狩ることとは異なる負けるくやしさ、勝つことの喜びなどを知ることでお互いの切磋琢磨を促すための制度。
決闘のルールは正式な試合を除きお互いの合意のもと行われる。ただし殺人に関する取り決めはしてはならず、正式な申請が必要。
まぁそれでも
「申し訳ないけれど受ける気はないよ。それに一つ言っておくとすれば、こうして私がSクラスに配属されたのは試験を受けたからだし、それを否定するならそれこそ学院の管理体制を否定することになると思うんだけど大丈夫?」
「ぐっ…」
私の話を聞いて言葉に詰まった。
頭に血が上っていそうでもしっかりと話を聞けるあたり彼はちゃんとしていそうだ。
そこからは言葉に詰まっているらしく唸り声をあげるだけで何も言ってこなかった。
「話がそれだけなら帰るね。シュネーちゃんごめんね。帰ろうか」
シュネーちゃんへの悪口に対していやな気持ちになったし特に話を続ける意味もなさそうなので教室のドアへ手をかける。
そういえば名前聞いてないや、まぁどうでもいいかな。
「ちょっと待ってくれないかな」
先ほど話しかけてきた声とは別の声が呼び止めるようなことを言ってきた
またかと、声のしたほうへ振り返るとかなり手入れの行われていそうな、くすみのない目元まで伸びている少し長めの金色の髪をした高身長の男の子がこちらに微笑を浮かべながら立ち上がっていた。
「私はもう帰ろうと思うのですが、まだ何かあるでしょうか」
先ほどの男の子のような失礼な態度とは異なった声色と態度だったためある程度ではあるが失礼のありすぎない対応を返す。
彼が話したのだと理解した周囲の人たちがザワザワと視線を向けながら騒がしくなってくる
先ほどの男の子も驚いたような表情を浮かべて「アルカ様」とつぶやく
「まぁ彼の言い方だったり、見る感じでは君のお友達を馬鹿にするような発言をしてしまったロッシュ君に対してどうこう言うつもりはないんだけどね」
そういいながら一度金茶色の髪の毛の彼に一瞥する
くぐもった声を上げるロッシュと呼ばれた少年
「それをおいておいて、私個人としても君の実力がどこまでか知っていたいと思うわけだよ。」
そういって近づいてきてそっと耳打ちをする
「彼がかなり大きな声を出したことで大事になってきてる。それに君に突っかかってくる人間が今後も出てくる可能性がある。ならある程度の人間には認められておくと今後が少しは楽になると思う」
ふと教室の外を見ると野次馬がかなり集まっている
あまり今の自分の実力というものに関して大っぴらに吹聴していきたいと思っていない。これは貰い物で私自身の経験からくる成長ではないのだから。
だが彼の言葉には一理あると思った。
「わかりました。彼との決闘を受けます、ですが一つ条件があります」
「何かな?」
「私が勝った時は彼にシュネーちゃんに謝罪してもらいます」
「何だと!?・・・ふざけるな!落ちこぼれに落ちこぼれと言って何が悪いんだ!」
それを聞いたロッシュと呼ばれた少年が大声を上げる
私は落ち着いている。大丈夫、大丈夫…うん、大丈夫だよ
だから心配そうにしなくて大丈夫だよ。シュネーちゃん
ほぼ無表情の中にうかがえる心配そうな雰囲気のシュネーちゃんに笑顔を向け、手をとり歩き出す
「そうですか、では今度こそ失礼します」
もうこれ以上ここにいる必要はなさそうだ。あまり気分のいいものではない。
後ろで何か叫んでいるが今度こそ足を止めることはないだろう
「ロッシュ君、少し静かにできないかい?彼女の友人を馬鹿にするのは君のいうところの学院の沽券と関係があるのかい?それ以上は…言わなくても伝わるよね」
周囲の空気感が一気に張り詰める。
さっさと立ち去ろうとしていた足が止まり振返る
彼の表情は顔のよさからくるさわやかな笑顔だ、だが声がどこまでも冷えており表情とは異なった感情がうかがえる。
スッと雰囲気が一変し表情通りの感情を浮かべながらこちらに声をかける
「すまない、私の方からも彼に謝罪させるように働きかけよう。今回はこちらの勝手な都合で巻き込んでしまうわけだからそちらへの要求はなしで進めるよ。…いいね」
最後の一言は赤茶の彼に向かって声をかける。
有無を言わさぬその言葉に彼は何も言わずうなずくだけだった。
「・・・はぁ。わかりました、やりましょうか。」
「本当に何度もすまない、感謝するよ。今日は式のあるだから空いている場所もあるだろうと思う。今日できる可能性もあるからここにいてくれ。どちらにしろまずは、先生のほうに申請をしなくちゃいけないから先生を探してくるよ、少し待っていてくれ」
そういって歩いていこうと私たちの横を通り過ぎようとする
「どういう流れなのか知りたいので私もついていきます」
「そうか、なら一緒に行こうか」
「シュネーちゃんはどうする?」
少し考える様子を見せた後
「…私もいく」
そういって一緒に行くことにした
人の群れを退けながら教室の外に出る
少し歩き教室から離れたところでふと速足になり私たちの前、正確には私の前に立ちこちらの顔を見て話しかけてくる
「改めて、私の名前はアルカ=クラルテ。父上から伺ったのだが、私の従妹を助けてくれてありがとう」
クラルテという家名から少し前の、一人の人物との出会いを思い出す
「ベル姫様の親族の方だったのですか。それに関しては偶然だったので気にしないでください。それにこうして学院にも通える状態にしてくださったのですから」
「それでもカナメ、君のおかげで肉親が生きていることに恩を感じているのは事実だ。何かあれば力を貸そう」
別に気にする必要はないのだが、感謝されることで気分が悪くなることはなく素直にうれしくなる。
誰かを助ければそれに関係する誰かも助けることができるのだ。
こんなに良いことはないと思う。
「時間をとらせてすまない。行こうか」
そういって、踵を返し先導を始める。
しばらく他愛のない話をしながら職員室のある場所まで向かい高等部の校舎塔を出る途中にグラス先生がこちらに向かってくるのが見えたためアルカ君―話をしているときに呼び捨てで構わないといわれたので「君」呼びするようにした―が声をかける。
グラス先生も何か騒ぎが起きていると聞いてSクラスの教室に向かっているところだったらしい、今までの流れをかいつまんで説明をして決闘の準備を進めた。
◇◆
―約1時間後、高等部用闘技場-S
入学前に支給された戦闘服に着替え、先生が急いで登録を済ませた妙に馴染む自分の刀を腰に帯刀する。
なぜ刀になっているのかは試験終了後の夜にさかのぼる
寝ようとしているところに声をかけられ起き上がってみると目の前になんだか不貞腐れた様子のネーヴェちゃんがいた。
驚いて声を上げそうになったが二段ベッドの下から、寝息が聞こえてきていることに気づき何とか抑え込む。
落ち着いた後に、あまり音を立てすぎないようにリビングでいろいろ話をしてみると妹の神様を怒らせてしまって自分のところに降りてきたらしい。
いつか会えるといっていたが思ったより早かった。
いろいろ他愛もない話をしている中で私の剣の話になった。
ざっと、ネーヴェちゃんが剣を矯めつ眇めつしているとふと「少し欠けてる」といった。
別に刃こぼれしている様子もないが神様的には何かが不足しているようだった。
すると、「直しちゃうね、あと少し改造するね。見ててあっちのほうがよさそうだから」そういって触れると淡く剣自体が光を帯び始め形が変わり刀の形になり。一つ息をつき「大丈夫そうだね」そういって形の変わった刀を手渡してまた少し話をしたら帰っていた。
そんな感じで自分の持っていた剣が刀に変わり、登録をお願いしていたのだった。
それが急遽とはいえ使用する機会がすぐに来た。
いつのまにか闘技場の観客席にはシュネーちゃん、アルカ君の他にも多くの人がおり舞台には戦闘服と左手に円形の小型の盾、腰に片手剣を帯びた金茶色の髪の少年、ロッシュ君だったかな、とグラス先生がいて待たせてしまったかと思い急いで舞台に上がった。
お互いが20メートルほど離れた位置に立ち、グラス先生が中間の位置に立っている。
こちらをにらんでくる彼の視線を無視して先生の動きを待つ。
先生は相手とこちらを見た後に声を上げる
「試合形式は一本先取、先に致命傷を与える一撃を加えたものの勝ちです。今回は負傷変換術式を使用しているので確実に当てても問題ないです。今回の条件としてアッシュ君が負けた場合、シュネーさんへの謝罪と今後、カナメさんに必要以上の因縁をかけないこと。カナメさんが負けた場合に関してはなしとする話だったのですが、本人からの申し出により閲覧可能状態での再度の試験の実施となります。お二人ともよろしいですか?」
私と彼が頷く。
「では、お互い構えてください」
そういって舞台から下がる。
頭はすでに切り替えている。
ザワザワと集まった人たちが何か言っているようだがもう頭から追い出している。
彼は盾を体の前に出した半身の体勢をとっている。
今回は、刀を抜かずに左足を引き、半身の前傾姿勢になり左手を鞘の鯉口付近を握り鍔に親指を添える。
弓の弦を引き絞るイメージで、全身を寄せる。
わからない人間が見れば、奇怪な挑発にもとれる武器を納刀状態にした上に頭をむき出しにした体勢。
日本で言う居合抜きの体勢をとったことにザワザワの音がより大きくなる。
中にはふざけているのかとヤジを飛ばす人間までいる。対戦相手の彼もその一人だがそれらは一切枢の耳には入っていない。
スッとグラス先生の腕が挙がる
ザワザワとしていた会場が静まり返る
―始めッ!!
引き絞った弦はそのままに足に力を入れると同時に足の裏に風の魔法を発動し推進力を得る。
20メートルの距離を埋めるのにおよそ4歩。
姿勢を低くし走る
1歩、彼は動きを見せない。
2歩、彼はまだ動きを見せない
3歩、彼はまだ動きを見せない
4歩、眼前に立つと彼は目を見開く
さらに姿勢を落とし一歩、背後に回り引き絞った弦を放つ。
鯉口を切り、刀を抜き放つと同時に風魔法で抜く際にも推進力を加える。
足から腰、腰から肩、肩から腕へと流す力の流れから生まれる神速の一撃
一閃「一」
抜き身の刀を鞘に戻すと同時に彼の体が崩れ落ちる。
姿勢を戻しグラス先生の方を見る
「―勝者、カナメ!!」
一瞬の出来事、勝利者の名が告げられる
はい。
あの...ごめんなさい
頑張ります