抱かれる感情
小さなこの作品はもろく純粋である。それを保つのはそれを理解できる純粋な心と良識の持ち主しか出来得ない。
「良し、りんが頑張った部分を壊す事なく終えられたよ」
「ありがとね、兄さん」
「先にリビングに向かってるから少しいじってみて…って実際に使ってみなきゃわからないか。まぁ適当に動作確認とかしたらリビングに来てくれ。話したいことがあるから」
「分かったよ。すぐに終わらせるから」
「マイクを終わらせたらダメだぞ」
「ふふふ、壊すわけないでしょ?」
僕は冗談交じりにそれを言い、凛は口に軽く手を当てながら笑ってくれる。
やっぱり凛にはどんなことでもいいから笑わせてあげて、楽しい人生を味わってほしい。
「兄さん〜パソコンは普通に動いたし、周辺機器との連携もとれてたから回線は何の問題もなーし!」
凛がそう告げてくれたので安堵する。
「それはよかった。ちょっとこっちに来てくれ、話さなきゃいけないことがあるんだ」
「う、うん」
湯呑みに注いである緑茶が載るテーブルに向かい合う形で座らせる。
凛は日常ではあることの無い、僕からる真剣で真面目で真摯な態度から凛もシビアな顔つきで、僕の発する言葉を耳に入れようとする。
「凛音…ネトゲってトラブルとか色々とあるのは知ってると思う。インターネットに繋いでゲームをやるって事は、それだけ人の感情や悪事にさらされる可能性が高くなるんだ。それもインターネットという直接的じゃないものを通じてるから、人は周りの目を気にすることなく大きな行動を取れてしまう。」
「うん、私も度々思うよ」
「そうだろう?これは知っていて当たり前のことなんだ。だけど人の悪事とかは僕らが未然に防ぐことなんてほぼできないんだ。ネトゲの運営じゃあるまいし。だからネトゲのやる回数を減らせとかそんな事は凛音の楽しみを奪ってしまうことになる。凛音を悲しませるなんてことをしたら絶対に僕は自分を許せない。」
「兄さん…兄さんが私のことを思ってくれてるんでしょ?だからそんなに思い詰めなくても良いんだよ」
凛を可愛がりたいという衝動を今は抑え、深呼吸をしてからもう一度口を開く。
「凛音が困って行き詰まっているのは見たく無い。それに凛音にはゲームで楽しんでほしい。だから…だから!困ったら絶対にすぐ兄さんに相談してくれ!
……今言った事を約束してくれないか?」
凛の目を見て頼みを乞う。
「うん、今まで相談とかしなくてごめんね。パソコンのこととかもっと兄さんから教えて貰えばよかった。約束するよ、絶対に守る」
「ありがとな、りん。それとさっきは本当にごめんな?さっきはそれどころじゃなかったから続きをしないか?」
浴室では凛が衝撃の事実を知り全く甘えさせてあげることができなかったし、今なら凛を凛として見ることができる。
「にぃさん…良いの?」
テーブルから身を離し手を広げる。
「あぁおいで、全部受け止めてやる」
凛が立ち上がりゆっくりとこちらに歩いてその体に見合わない力で、然しながら優しく包み込むように僕の体を抱きしめる。
「はぁ…にぃさん体おっきいね。
…あのね、昔兄さんがこうやってくれるのがとっても嬉しかったの。私を全部包み込んでくれるから安心するの。」
「そう、だったのか」
「だからねたまにで良いんだ。今もたまにこうやってくれない?私とも約束してくれる?」
「約束する。絶対に破ったりしない」
「よかったぁ」
凛は甘えたかったのもあるのだろうが、違う理由もあるのだろう。
僕と一緒でただ一人の家族とちぎれてしまう事を想像してしまい耐えられなくなることがあるから、精神が幼くなり自分の感情を吐露するのだろう。
お互いが同じ事を考えている今は、心身が通わなくなるなんて事はしないし、僕がさせない。
顔を傾けすぐ横にある凛の存在を触覚だけでなく視覚でも、凛の僕はそう決意した。
◎◉◎◉◎◉◎
「シーランっ支援お願い!」
「了解!周りの雑魚も倒しとくな」
早速ボイスチャットを利用してみると、情報伝達速度と正確性が格段に上がりコンビネーションがとてもとりやすい。
ボス戦において看過できない事があり片方がそれを取りこぼしてしまっても、もう片方が伝える事でので予測不能な事態に陥っても対策できるようになったのは大きな収穫だ。
「そろそろ大技くると思うからシールド張るよ」
「よろしく!」
この神霊術師のみ使えるこのスピリッツシールドは五回まであらゆる攻撃を防ぎ、その防いだ攻撃の何割かを跳ね返すことができるのだ。
これだけ聞くと職場バランスが崩壊しているように思えるが、MP消費を抑える装備をしてもごっそりMPをもっていかれ、尚且つこのスキルは一人にしか使うことができない。
そのため、使った後はボスから距離をとってMPポーションを飲むなりして回復をしなければならないので、味方の援護ができなくなってしまう。
MPの消費量がシーランのMP総容量を超えていたためスキル発動できなかったこともあり、それ以来MP管理を怠らないようにしている。
「じゃあ一回離れるからな」
「りょ〜かい!後は任せてね」
くまミーが刀を鞘に収め人型ボスの攻撃を躱し一瞬で懐へ入ると、ボスへ体を向け刀に手を添える。
スキル発動のモーションに入った。
そして刀を目にも留まらぬで抜きはなち、ありったけの力を込めた高速の斬撃がボスを襲う。
大きなダーメジを受け怯んだところへくまミーが駆け寄り、追い打ちを仕掛ける。
「今なら大丈夫っぽいから攻撃に参加するな」
「分かったよ、ボスの意識がそっちに向いたらすぐに逃げてね」
「OK」
僕はなけなしのMPを使いパーティーの攻撃速度を上げ杖から大剣に持ち替ると、本職には届かないがカンストしたレベルによる重い打撃にも見紛う斬撃を繰り出し続ける。
くまミーは高速連撃をあびせるスキルに攻撃速度上昇の支援で、莫大な量の体力を削り殺す。
「ヒャッハー!」
「死ね死ね死ね死ねぇぇ!」
GAAAAAAAAAAAA!
ボスの体力が消し飛び、悲鳴が聞こえ、エフェクトが散る。
「良し今回も倒せたな」
「うん!今回も上手くいったね!」
「MPもうちょっとでマックスになるから後ちょっと待ってね」
「はっやくぅ〜、はっやくぅ〜」
寝落ちするまで僕らの底なしのテンションであらゆるボスを狩り続けた。
カーテンの隙間から光が差し込み、椅子に座ったまま寝ている顔を照らす。
「ふわぁぁ…背中いたい。」
あちこちが軋む体を起こし、ぼんやりとした視界に映るパソコンの光。
「うわっやらかした、寝落ちしちゃったよ。楽しくて時間を忘れてたわ…てか今何時だ?」
少し焦りながら壁がけ時計を見ると6:30であった。
「ヤベッ!」
取り敢えず最初に着替えたら、朝の一連の行動を絶え間無くなくてきぱきとこなしていく。
「にぃさぁ〜ん、おはよぉぉ」
力尽きたかのように凛が倒れこむ。
「りん〜!よく一人で起きてくれた。少し経ったら朝ごはん食べちゃってくれよ!」
「うん」
今日は掃除をする時間がなかったから掃除機をかけていないが、凛がリビングに来てくれたのはすごく助かる。
多分忙しない動きから出る音で凛は起きたのだろう。
僕ら兄妹は三十分の遅れを取り戻し、いつも通りの生活を送る。
校門までの道、背後から腰に強い衝撃を受け思わずよろける。
「よっ、かい!昨日は本当にありがとな、めっちゃ楽しいぞあのゲーム!」
「よう大和。せめてタックルはやめてくれないか?もしかしたらそのまま路上にダイブして色々な意味で大変なことになってたところだったから」
「おう、スマンスマン。ところでよーちょっとわからないところがあるから、後で教えてくれよ〜」
「教室に行ったらね。僕が思う神サイトを見ながら説明してあげるから、取り敢えず今は腰に回したままの腕を離してくれ、重い」
「これが俺の友情っす」
「こんな重い友情表現なんて捨てちまえ」
腰を低くして背中が丸まらないように意識しながら、体でしっかりとぶつかる。