妹が大切だから
兄は決意する。妹を楽しませると
凛が興奮気味に走り去って行った数分後、風呂場への仕切りが開閉する音が聞こえてから数分。
ここで約束を守らないと凛を失望させ、僕の兄としての信頼を少なからず失ってしまうだろう。
僕らが不仲になってしまうのは二人の兄妹しかいない家庭に大きな亀裂が走り、この幸せな生活を営めなくなってしまうかもしれない。
それに、不仲になるのはただ単純に嫌だし凛と心が離れてしまうのはすごく怖い。
「よしっ」
意を決して絨毯から腰を上げ風呂場へと向かう。
自分が発した言葉の責任を取り、凛が一緒に入りたいという甘えをしっかりと兄として受け止めてあげよう。
衣服を脱ぐ際、緊張しているためか全身の筋肉が強張る。
あの時は浴室だろうと凛を一人にさせることが心配で、心に余裕がなかったからここまで焦ることはなかったんだろうな。
脱いだものを洗濯かごへ入れて恐る恐る仕切りへと手を伸ばす。
「本当に入るからな」
浴室からの返答はない。
仕切りを開けると、当たり前だが凛が生まれたままの姿で浴槽に浸かっていた。
今まで凛の裸をまじまじと見たことは一度もなかった……とても綺麗な肌だ
昔一緒に入った時に意識することが全くなかったのは、無意識のうちに兄として妹の尊厳を保とうとしていたからなのだろう。
「早く入ってきなよ、兄さん」
お湯に浸かっているからかそれ以外なのか顔を赤らめながらか細い声で言ってくる。
「お…おう、入るぞ」
仕切りを閉じるついでに凛から目をそらす。
凛がここまで美人だっだとは…
今のような相手を意識する状況だから気づけてしまったのだろう、可愛い妹の女性の部分から艶を感じ取ってしまったのだろう。
僕は兄、僕は兄、僕は兄、僕は兄、凛は妹、凛は妹、凛は妹、凛は妹…
数秒の間に僕は頭の中でそう唱えると僕の中の理性が、兄妹の関係なのに暴走する思考を抑えつける。
湯で体は濡れるが、絶対に濡れごとに発展することはない、絶対にない。
「りん…綺麗になったな」
とりあえずこちらが興奮してしまったのに相手が平然としているのは癪なので、仕返しに予想外であろう言葉をかける。
「ッ…もぅ…早くこっちにきなよ」
「分かってるよ、今体流すから」
シャワーで体を流し頭を洗ってから堂々たる仁王のように、浴槽の目の前に立つと凛は横に少し避ける。
浴槽はそこそこ広いので二人で入ることが出来てしまうことができるのは分かっているので焦らない。
足を上げ、片足、もう片足と湯に浸り凛と背中合わせになるよう体を落ち着けると、チラチラと目を細めて視線を向けてくる。
「兄さんはやっぱり優しいね」
その簡単な言葉ですら蛇のようにまとわりついて、理性と道徳心を揺さぶり続ける。
話をして気を紛らしてなければ僕の思考回路がショートしそうで大変危ういのだが、全く話題が浮かばない。
だが凛の方から話をふってくれる。
「兄さん、私ね昔からなんだけどまだ話していなかったことがあるんだ。パソコンでゲームをしているとね、新しいことも地味なことでも胸がとってもワクワクするの」
突然話しかけられたが、ゲームのことだったのですぐに受け答えができた。
「分かるよ、ゲームって新しい可能性みたいなのを感じるよな」
凛がゲームにはまっているという初耳の話をお湯ではない、凛の背中の温かさを感じながら耳を傾ける。
「そこでねシーランさんっていうゲームの上手い人に会ってね、ずっと一緒に映画に出てくる大きな怪獣みたいなモンスターを倒したりするんだ」
「ヘェ〜、シーラ…ん?ちょっと待て今シーランって言った?」
「うん言ったよ?」
不思議そうに目を開けて見つめてくる。僕は汗がダラダラ流れている。
「そのゲームの名前と、りんのプレイヤーネームを教えてくれないか?」
「インフィニットファンタジーっていうゲームで、私が使ってるキャラクターネームはくまミーだよ?」
「……」
脳が真実から遠ざかるように一瞬活動を停止する。
僕が知っていることを今伝えないと、なんで教えてくれなかったの!?と激怒される未来しか見えない。
凛の背中に先ほどよりも深く寄りかかり、上を見つめ上げ何かを達観した表情でそれを告げる。
「りん、偶然ってあるもんだな」
僕は体ごと凛の方を向き、凛の体もこちらに向くように回転させる。
今は全く興奮することはなく、心の隅々まで澄み渡っている。
「何が偶然なの?」
「僕もそのゲームをやってるわけなんだが、シーランってそれ、僕の使ってるキャラだ」
「ふぇっ?にい…さんが?」
「黙っていたわけじゃないんだ。さっき凛がゲームをしていると言っていた時にって、ちょ、なんで叩くのっ」
「兄さんのバカ、バカァァァァッ!兄さんに知られたくないこと沢山あるのに、沢山話し話しちゃったじゃん!隠してた意味ないじゃん!もぉぉぉ!」
物理的にはそこまで痛くないが、心が凄く痛む。
凛が僕に隠し事をしていたなんて。
「まぁ、色々と凛のことが知れて兄さんは嬉しいぞ」
「言わないでえええぇぇぇ!!」
今の凛はのぼせて顔が真っ赤ではなく、完全にげきおこだからトマトのように真っ赤なのだろう。
◎◉◎◉◎◉◎
最終的に凛がシャンプーの容器を僕に投げつけて逃げるように出て言った。
僕も湯船から出て体を洗い軽装の服へと着替えた後リビングへ向かうと、凛が絨毯の上にうつ伏せに横たわっていた。
「シーランさんが兄さん…シーランさんが兄さん…うぅ」
「そっかぁ〜、中学校の時からずっとりんとゲームしてたのか。りん、初心者の頃からパーティー組んでくれてありがとな」
感謝の意を本心から述べる。
「あ、うん…それよりもさチャットで言ったこととか全部忘れて、絶対に」
「りんに関係することを忘れるなんて絶対にするわけないだろ!」
「もぉ…兄さんったらぁ。私のことを大切にしてくれてるっていうのは一緒に暮らしてるからすっごく分かるよ。だけどそこまでしつこいとお喋りしてあげないよ?」
「凛〜ごめんよおおぉぉぉぼくが悪かったっ、だからお願いだから嫌いにならないでおくれええぇぇぇぇぇ!!」
凛に嫌われるなんて耐えられない。
嫌われたらもう僕はもう凛中心になってしまっているから凛に嫌われるなんて、生きる価値がなくなったも同然だ。
「そこまで言ってないから!私がゲームでチャットで伝えたことの話をしたりしなければいいだけだから!」
「う…うん。ありがとよぉ」
「もうこの話は終わりね、もうこんなに怒らせないでよ?」
ありがてぇ、ありがてぇ。
凛の目にはハイライトがともり、表情筋の力を抜いていつもの柔らかな凛に戻る。
つかの間リビングに静寂が訪れ、色々と興奮してしまったせいで溜まった熱が放たれ徐々に落ち着きを取り戻していくのが分かる。
ところで、
「今日もパーティー組むか?僕だから一緒は嫌だっていうなら、別に…」
「ううん、今日も一緒に組もっ!それといちいちチャットで会話するのもめんどくさいからどうする?すぐにパソコンを移動するって言っても、回線とかの問題があるからさ」
「あぁうん。それはずいぶん前だけどボイスチャット用マイクを2セット買っちゃったから、それを使えばいいよ」
「分かった!」
あの時の僕は何を血迷ったのか必要のないものを買ってしまったが、結果的に今使うことになった。
用意周到というわけではないが、凛を喜ばせることができたし良しとする。
凛と一緒にマイクを手に持ちコードが絡まらないようにしながら凛の自室へ行く。
途中、風呂に入る前にはなかったであろうダンボールのようなものが玄関に見えたがそれ以上は気にしなかった。
ガチャ
いつもは妹でも一人の女性の部屋だからまじまじと見ることが無い。
だから部屋の隅々まで意識して入っている今、ある事を察知する。
「りん〜、今気づいたんだけどパソコン周りのコードとかケーブルめっちゃ片付いてるな」
「うん、兄さんが掃除する時邪魔になっちゃうといけないでしょ?だから結構頑張ってまとめたんだ」
はぅっ、なんていい子なんだうちの妹は。
これだけじゃなく僕の目に入ることのないようなことも気遣ってくれているのだろうな。
知って恐ろし、知らずして愚かな死