妹の朝と僕の朝
大和さんにタックルされたいです
ピリリリ、ピリリリ
鼓膜を刺激する音。
手を伸ばして目覚まし時計を止め、
時計を手に持ち目の前へ持ってくる。
6:00
大きく口を開け欠伸を一つ。
懐かしいなにかを見ていたような気がする。素晴らしいなにかを。
うーむ、夢は起きると全く覚えていないものだよなぁ。
布団からナメクジのように抜け出し、その体勢から足に力を集中させ立ち上がりる。
「朝起きる時は、これに限るな」
「さっ、弁当作るか」
弁当は毎日、僕が自分と凛音の分を作る。
随分前のことだが凛音も、「わたしも手伝うよ?」と嬉しいことを言ってくれたが、どうやら朝は弱いらしく手伝ってもらうどころではなかった。
目を完全に閉じてしまっている凛音をリビングの絨毯の上まで誘導し、寝かせておいた。
40分くらい経つと目がさっぱりと覚めた凛音が、洗濯物を竿にかけている僕のところまで歩いてきて、
「ご、ごめんなさいッ」
と謝ってきたが、
「大丈夫だよ、ねっ?
僕はりんに無理して欲しくないんだ。だからぐっすり寝てていいんだよ?」
と優しく言い聞かせた。
「ははっ、可愛かったなぁ〜、りんの顔」
弁当を作りながら2年ほど前の凛音を思い出す。
今日のおかずは、肉詰めピーマン、昨日の残り物であるほうれん草と油揚げの炒め物、きゅうりの漬物、そして白だし入りの卵焼き。
お米半分、おかず半分くらいの割合でそれらを詰め合わせていく。
弁当箱の他に最近買った、水筒を半分に切ったような長さ容器に、わかめたっぷりの味噌汁を入れる。
「お米が冷めたら蓋をして完成!」
時計を見ると長針が大体半分回り終えた頃。
いつも通りの時間に作り終えられた。
次は、昨晩洗濯機で洗って部屋に掛けておいた洗濯物を外へと移す。
家事の最後に軽く掃除機で掃除を適当に済ましておく。
凛音はいつもこの掃除機の音で、むくむくっと布団から這い出て四つん這いでリビングへと向かう。
まだ寝ぼけているから、話しかけると面白い回答が返ってきて面白い。
「おはよう!昨日の夜ごはんは何食べたっけ?」
「…ぅ…ん?ごは…ん?おっきなかいじゅぅー……」
勿論そんなものは食べていない。
それにしてもやっぱり凛音はかわいいなぁ〜。
完全な兄馬鹿である。
7:15
朝ごはんはお弁当を作るついでに作ってしまう。
凛音はそれを口を小さく、ゆっくりと食べる。
そして食べ終えた頃にやっと夢の世界から覚める。
「ご馳走様でした!」
「お粗末様。あっ、最近暑くなってきたし水筒持ってく?」
「そうだね。兄さんあれだからね、1リットルのよろしくね」
「うん、りょーかい」
と言って自室へと向かっていく。
僕は弁当の蓋を閉じ、水筒を用意しておき、身なりを整える。
凛音は制服へと着替え終わり、お互いの弁当と水筒をカバンへと入れる。
玄関へ向かい、靴を先に履いていた凛音がドアノブにひねると、光が足元に差し込み夏の陽気が僕らを包み込む。
「「いってきまーす!」」
誰もいない家に、おっきな声で言う。
僕はこの凛音との朝の日常、凛音のために何かをこなす日常、それがとても幸せだ。
◎◉◎◉◎◉◎
僕は学校へ着くと、まずやることがある。
カバンから、家にあるデスクトップ型のPCとはまた別のノートパソコンを机に取り出す。
電源をつけ、ログインを済ませあるサイトにむかう。
インフィニットファンタジーのあらゆる情報をまとめた、神サイトだ。
インフィニットファンタジーのイニシャルからIFwikiと名付けられたこのサイト。
神サイト、何故神サイトなのか。
それは、類を見ないほどの圧倒的な情報量だからだ。
IFの面白さの一つとして、自由度の高さがある。
一つ目として、無数にあるスキル、キャラクターの運動性能から、バトルにおける必勝の定石と言うものが存在しないため、他のネトゲ以上にプレイヤースキルを強く問われる。
つまりプレイヤーの実力さえあれば、どんなキャラクターでも勝つことができたりする。
二つ目に、職業と呼ばれる大まかなプレイスタイルが決まるものの豊富さだ。
例えば最初期の職業、冒険者からの転職時。
その時点で、剣を使う生粋の攻撃職、盾職、魔法攻撃が主の魔法職、回復職、召喚士、行商人、釣り人、農民など他にもいくつかある。
大体の職業はあと二つほど転職すると最上位職となれるのだが、あと一つやあと三つで最上位職になる職もある。
職業の樹形図を作ると大きな樹になる。
その職業の枝から別の枝の職業へ転職、ということはできない。
例外にその樹に属していない職業があり、冒険者からでしか転職できない上、転職する前に受けなければいけないクエストが鬼畜仕様となっている。
そのため、かなりの上級者でしかクリアできない。
まぁ、僕はそのうちの一つの職業で、神霊術師というものだ。
神の霊から力を譲り受けそれをなんやかんやと設定はあったが、要約するとパテメンの移動速度を上げたりスキル発動のクールタイムを短くしたりできる。
それならば他の職業でも似たようことができる。
しかし他にない強みとして、一人にだけだが、一定回数あらゆる攻撃を跳ね返す結界を張ることができる。
もともと異常状態にかかっており、それで受けたダメージはその限りではないが。
このネトゲの面白さの三つ目。
これは、このサイトを見れば成功率が上がる。
漁業は船、林業、農業は土地、転売、卸売りなどを含めた商売は店さえあればあらゆることができてしまう。
僕はこれについて運営にいつも同じ思いを抱き続けている。
誰がお前らをかり立たせたんだ
やり込み要素多すぎるよ
ストーリーも体感的に十クール分のアニメを見るくらい長いんだよ
全部やり思うなんて自由度が高すぎて、1日に24時間パソコンに張り付いても全てに手をつけるなんてまず無理だ。
だからこそ、一つでもやり込み要素をやり込んでやろうと思い、このサイトで情報のチェックを欠かさず行う。
キーボードで僕の知っている情報の書き込みをしていると、手元を影がよぎりその場で止まった。
誰かな?と気になり手を止めて影の本体の方を見る。
「かい〜、朝からなに見てんだ?」
入学式後のクラスに戻る途中会話をしていたら意気投合したやつ。
名前は、秦野 大和。
かなりの長身の持ち主で、いかにもスポーツ男子系のシュッとした顔立ちである。本人曰く、スポーツはあまり好きではないそうだ。
「あぁこれは、インフィニットファンタジーっていうゲームの情報サイト」
「ヘェ〜、面白いのか?それ」
「一つ一つの質が高くて色々とやり込めるから飽きることが全くないね。大和も入学祝いにパソコン買ってもらったんでしょ?ならやってみない?」
「そうだなぁ〜。う〜ん。そのゲームって無料か?」
「うん、基本無料で課金しなければ金はかからない」
「よし!家に帰ったらやってみるか!」
そうこうしてこのゲームの深淵へと連れ込むことができ、初心者がまずやるべきことを一通り教えていく。
やるべきこととマナーを一から十中、六まで教え終わったところで、予鈴のチャイムが鳴ったので一旦区切りをつける。
「まだ教えきれなかったことがあるからさ、次の休憩時間の合間にまたここに来るように」
「分かった、ちゃんと全部教えてくれよ!」
大和が早足に自分の席に戻る
大和は僕が話している間、めっちゃ目を輝かせながら話を聞いてくれた。
物理的に輝いてしまうのではと思えるほど、キラキラしていた。
確かにIFの苦しみの部分を話さずに面白いところだけを話せば、誰だってやってみたいと思えるはずだ。
だが大和の眼にはゲームへの大きすぎる期待が僕には見て取れた。
他にゲームをやっていればああはならないだろう。
もしかして…ゲームをやったことがない?
こんなことを思案しているうちに、朝のHRは終わっていた。
こんな妹が欲しいだけの人生だった…