ペンでは綴れない想い
<プロフィール>
商業では粟生慧で執筆しています。
おもに電子書籍ではBL中心です。
内容はほぼエロです。
大学に合格した。家を出るために引っ越しの準備をしている。着ない服、使わないもの、そういったものを分別していく。受験勉強で何度も酷使してきた赤ペンも、もう使わない。ノックしなくても芯が自動的に出るシャーペンは大学に行っても世話になるだろう。
高校時代に撮ったプリクラや、写真の入った箱を取り出す。無造作に仕分けもしないで放り込んできた箱の中に、写真以外のものが混ざっている。
何の変哲も無いボールペン。きっとペンの入った箱やペン立てに混じると、一体いつ買って何に使った物かも分からなくなるような普通のペン。
僕はそれを手に取り、しげしげと眺める。
わずか十五センチほどの黒のボールペン。百五円で購入できる安物。ほかのペンと一緒にしなかったわけを、僕は思い出す。
教室で提出する用紙に必要事項を記入していた。記入欄には鉛筆じゃないもので書かないといけなかった。僕は筆箱をひっくり返したけれど、ボールペンやサインペンの類いは持ってなかった。しらを切って鉛筆書きで提出しようかと逡巡していたら、目の前にボールペンを差し出された。
「使えよ。俺もういらないし」
隣の席のクラスメイトが僕に話しかけてきた。
「ありがと……、佐藤」
佐藤なんて平凡な名前、平凡な容姿、だけど、僕にとっては特別な人。秘めた思いをずっと閉じ込めたまま、この一年を過ごした。一生の秘密。
ペンを受け取り、僕は用紙に書かれた文を清書した。返そうとしたら、「いいよ」と言われた。佐藤は僕がどんな気持ちを抱いてるか知らないはずだけど、何となく感づいているのか、極力関わってこない。だから、僕に貸したペンも受け取りたくないのかもしれない。
切ないけれど、仕方ない。嫌いなんだろうって聞けたら、気持ちも楽かもしれないけれど、答えなんか、一生知りたくない。だから、このまま何となく気のせいなのかも、で済ませたい。
僕は手に持ったペンをじっと見つめ、もう会うこともない佐藤を想う。叶うことのない淡い気持ちは使い切ることのないペンと同じで放置されたまま。いつか自然にインクが固まって、使えないペンになってしまうまで、僕はこのペンをそっと仕舞っておく。いったい何でこんなペンを取っておいたんだろう、と思える日まで。
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