二羽のウサギ(前編)
一日動き回り本当はとても疲れているはずなのにベットに入ってもどうにもこうにもさっぱり寝れない。気分転換に少し散歩でもしてこようと雨が止んで台風一過のように綺麗な星空が果てしなく広がるドアの外にスマホとiPodを手に、サンダルに足を差し込む。中々上手く体に力が入らず、体を押し付けけるようにしてドアに全体重をかけるようにして外に出た。近くの公園のベンチに座るとまるで暗闇に両手いっぱいのダイヤモンドの粒を落としたような星空が広がっていた。こんなにはっきり見えていてもどんなに手を伸ばしたって掴むどころか触れることすら許されない。どんなに遠くたって空はどこまでもどこまでも広がっている、同じ空の下に生きていてきっとこの空も見ているはずだと誰かの歌にあった歌詞を思い出して距離なんて関係ないように感じていた。付き合うときはそんな風に好きな気持ちさえあれば距離だってなんだって越えられるって自信を持って言えていたし、思っていた。要は気持ちだと、距離ではなくて二人の気持ちが繋がっていればなんら問題はないと。昔の顔や性格は知っていても今のことは何一つ知らなかった。もう戻れない過去の未来の優しい言葉や愛おしい笑顔を思い浮かべてはもう一度重なった二人の人生に運命を感じ、ただ画面上で話しているだけでなぜか大丈夫な気がしていた。その自信は一体どこからきていたんだろう。それは最も根本的かつ最も大事なものだと思う。でもそれだけではいつか壁にぶち当たり、二人のうちのどちらかが、またはお互いが辛くなってしまう。ドラマやマンガの恋愛のように美味しいところだけ集中的にやってそれ以外のところはチャチャっと二秒ぐらいの回想にまとめて飛ばすと言うわけにはもちろんいかない。ベンチに浅く座り、ボーとしていると右ポケットがブルブルする。スマホを取り出すとまだ返信もしていないのに澪からメールが来ている。
「起きてるか?」
とここだけ見たらおっさんのメールと遜色ないだろうとクスッと笑った。今時の高校生ならせめて絵文字くらいは使いこなしてくれよ、ともし目の前に澪がいたら軽くど突きながらそう言うだろう。
「澪は今、なにしてるん?」
と澪に合わせておっさんメールを返した。送信ボタンを押して、ふぅーと息を吐き出し、ベンチの背にもたれかかる。真っ暗闇に一人でいると青いタヌキの独裁スイッチとかいうアイテムを押したメガネの男の子の気待ちが痛いほど分かる。今度は握りしめていた右手の中でブルブルとスマホが身を揺する。眩しい光の中を目を細めて垣間見ると
「暇」
と白い閃光の中に神々しく一文字のくせに堂々と映し出される。新年の清水寺の今年の漢字の説明より理由がはっきりし過ぎて説明の必要すら感じない。なんか声が聞きたくて電話したくなったけれどこれ以上頼ったら抜け出せなくなると
「じゃあ大人しく寝ろ」
と自分らしくないなと思いつつ、数秒前の自分と澪を突き飛ばす。送信を確認した後、よっこいしょとベンチから立ち上がりベットに乗り換えることにした。段々眠くなってくるがベットどころか家が遠い。やっとのことで辿り着き、倒れこむように眠りにつく。他の家族は寝つき、最後の戸締りをしてきた海音の母親は海音の部屋の前を通ると海音の寝息が聞こえてきて
「あら!かわいい!録音しちゃおうかなあ〜」
と海音の顔に近づくと急にとっくに寝ているはずの声がする。
「ごめん…ごめんな…」
と消え入りそうな声が聞こえてくる。起きているのかと疑問に思うがもちろん熟睡している。
「…幻聴??いやまさか…」
と首を傾げながら部屋を後にする。今日の昼、母親が新しく変えたばかりのシーツにはくっきりと雨模様がついていた。
次の日は集めた材料を元に小道具を作ろうということを昨日の帰りに決めていたのでそのまま直接会議室に向かう。一番乗りで円卓の一番奥に席を陣取り、一度背伸びとあくびをする。今日はここ最近で一番寝起きでも頭がスッキリしていた。割と夜更かししてたのに不思議だなと首を傾げるが特に栄養ドリンクを飲んだとかマッサージをしたとか何か特別なことをした記憶はまったくないので散歩がよかったのかなと自分なりに仮説を立てた。
「おはよ!」
「おはようございまーす!」
「おぉーす!」
と莉乃を先頭に次々にメンバーが流れ込んでくる。一通り荷物を置き終わったメンバーに出欠を取ると、学校一のチャラ男との呼び声高い大雅以外は全員来ている。
「よし!じゃあ今日も分担してやってこー!!」
と朝から元気が溢れ出る海音は声を掛けると横から莉乃が付け加える。
「えーと…お墓作りと壁作り、恐怖写真の撮影、待合室に置くちょっとした小物、あと竹を使っての装飾…だけど竹はまだ取ってないからこれは無しで!」
「女子目線と男子目線があった方がいいものになるからそういう風にグループ作ろうよ!!」
と恵があらかじめ考えていたようなセリフをもちろん噛むことなく莉乃と目配せをした後に投げかける。しかしその流れをまったく読めなかった光流が
「…じゃあ…めんどいし、昨日のとかでいんじゃない??」
と流れを急に曲げさせてしまう。
「昨日のって??」
と水無さんこと麗奈さんは昨日、外回りではなかったのでもちろんわからないはずもない。
「いや…昨日、ホームセンターで…」
とそのまま昨日の話を光流が丁寧に答える。どこかいつもよりピチピチしてる生きがいい魚のように輝いている気がする。それを横から見ている莉乃と恵は二人の間で面白くない理由は違うものの双方面白くない顔をしてブスッとしている。
すると康が
「グループ出来てんならそのまんま、昨日のグループに居残り組を振り分ければいんでない?」
と見た目とは正反対の態度で言うと民衆の世論は傾く。そのまま代表者となった康が
「じゃあ墓作りは趣味悪いから…海音と澪のとこにそこの女子二人ね、んで…」
と全然求めていない私観を一グループずつ丁寧に添えながら決めてくれる。
「趣味悪くないわ!!」
とその批評に文句をつけるが一応話をまとめてくれた康に感謝をしつつ
「じゃあ今日はこれで!じゃあ昼にまたここに集合ね!じゃああ解散!」
と始まりの合図を鳴らした。
まず昨日、食堂から貰ってきた発泡スチロールの箱を屋上でたまたま体操着を持っていた澪と海音の二人が洗うことになった。中には元々イカが入っていたらしく箱から三メートル離れてもイカの臭いがする、というよりイカの匂いしかしない。残りのメンバーである岡島さんと佐藤さんの二人組はペンキを入れるためのバケツとペンキを塗るための刷毛を探しに行ってもらった。ホースを持った澪はゴシゴシと素手で洗っている海音の手元に向けて水を流す。
「昨日さ…」
と突然、澪が話しかけて来たので
「ん??」
と聞き返すと
「…んー…えっと…そうだ、LINEは返ってきたのか?」
と目も合わせずに水の落ちる数点をウロチョロさせて呟くように言った。誰から、とはどちらも言うことはしないがお互いに黙って察している。今だから分かることだが、この日を境に毎日二人になる時間があればこのセリフを聞くことになる。それが何を意味しているのか、分かるのは今すぐというわけではなく…もう少し時間がかかる海音であった。
「いや…なんでそー思ったん?」
と素直に思ったことを聞くと
「昨日のお前のメールは一杯一杯な感じがした。というより初めてメールしてやったのにあの返事はなかろうが!!」
ときっと始めから思っていた言葉を述べてくれる、全てが優しくならないようにおまけとして少しの不平を混ぜて。
「澪はさ…」
と今度は海音が呟くように言うと
「私がなんだ??」
と目敏く耳敏く言葉の欠片を拾い集める。
「お前はさ…強いな。澪の強さが羨ましい。俺はお前のそこが魅力的で初めて会ったときに話しかけてみようと思ったんだ。俺にないものを持ってるやつだと思ったから。」
と無意識に言葉が口からこぼれ出てしまう。
「お、おう」
と困ったような顔をした澪は頷き、続きを促す。
「でも俺はお前みたいになれない。弱くて寂しくて図体ばっかデカくて中身は小さなやつなんだ…」
と澪に言ったところで現実は何も変わらないと分かっているのに止まらない。スッと手を伸ばした澪は何を思ったかその手をしゃがみこんでいる海音の頭に乗せて
「よしよし!」
と短い髪を少々乱雑にゴシゴシと撫でる。
「な、なにやってんだ!!」
といきなり過ぎてびっくりした海音は手を押しやり澪の方を振り返る。
「何って?可哀想な犬をしつけてやってんだろ?」
と言うとホースを海音の顔に向けて勢いよく放水する。びしょ濡れになった海音は笑いながら仰向けに寝転がる。
「これもしつけか??」
と海音は言うと
「当然!」
と偉そうに腰に手を当てながら高笑いしている。海音は余分な汚れが落ちてさっぱり身綺麗になった気がした。身体も前より軽く感じ、やる気で満ち溢れている。
「なあ…」
と海音は澪に話しかけると
「ん?」
と横にしゃがみ込む。澪の手に握られていたホースを奪いとり、服に水玉模様が付くくらいかけてやった。
「あっもう!!海音のばか!変態!死ね!」
と言われるが海音はまた乾いた屋上のアスファルトに寝転ぶ。その後一人で発泡スチロールを洗い終えた服が少し濡れている澪は岡島さんたちが来るまでだし、と誰かに言い訳して何も言うことなく海音の隣に座る。そして寝ている海音を見つめ、自分も横になった。海音の目が開くまで…とビクつきながら顔を見つめ続けるが一向に起きる気配はない。試しに内心ドキドキしながら鼻をつついてみるが……死んでるかもしれないくらい爆睡している。このまま時間が止まればいいのにと心の中で呟き、果てしなく青く澄み切った空を見上げた。視界が青から次第に黒へと変わるとともに意識も消えていった。
「みーお!起きて!」
と澪からしたら贅沢な声で起こされると
黒い視界に白が飛び込んでくる。顔に被された布をとると海音に向かって放り投げ
「これはなんだ!!!」
とエイリアンを見ているように怪訝な顔で海音に問う。
「死んだみてぇーでおもしれーだろ??」
とククッと笑いを堪えながら言われると無性に腹が立つ。
「ふざけんな!ばか!」
と落ちている白いタオルを拾い上げ、もう一度投げつける。
「うーそ!嘘だって!!」
するとすぐに
「じゃあ、何のつもりだ??」
と食ってかかると
「いや…日焼けしないようにしてやっただけだよ…」
とボソッと答える。なんか変な空気になったので
「…め、飯食いに行くぞ」
と無理矢理話題を変える。日焼けはしてないはずなのに顔が赤くなっている澪はタオルでそれを隠しながら
「う、うん」
と相槌をうって屋上を後にする海音を追った。
お昼を早めに終わりにした四人は岡島さんたちが取ってきてくれた灰色のペンキを四本の刷毛で塗りたくる。乾くまである程度時間が必要だったので仁と光流と康と大雅を連れて、五人で頼まれていた竹を取りに近所の竹林へ向かった。澪も行きたいとブーブーうるさかったが女子だからダメだと却下し他の班の手伝いを頼んでおいた。その竹林の持ち主である地主さんの家までの道は男子しかいなかったせいかメンバーの女子の査定が始まる。
「やっぱさあ!水無さん可愛くね!!」
と康の言葉を皮切りに
「やっぱ!やっぱ!!だよね!」
「でも俺的には胸がちょっとね…物足りないね!」
「大雅は目線がエロ過ぎんだよ!あの顔だったらもうオールオッケーだろ!!」
「いやーでも身長があってスタイルもいいめぐみんもありじゃね!!」
「それはある!!てか言ったら莉乃もあり!」
「お前、守備範囲広すぎだから!」
と海音はそんなことを言ってる中にも澪は入ってこない方の女子なんだなあと意外に思うが、まあ確かにあんまり男子に話しかけるようなキャラでもないし、アイドルみたいなキャラでもないからそうなるなと思い直す。女子は女子でこんな話しているのかな?てかどんな話してるんだろう?とふと思った。そんなこんなで地主さんのお家に到着し、十五メートル級の竹を四本頂けることになり地主さんが切ってくれると思いきや、ノコギリを二本渡される。あー勝手に切れってことね…と文句を後ろの奴らに言わせる前にさっさと竹林へと向かわせる。竹を一本、切り倒すのだけでもそりぁ大変で
「もっとこっち!!」
「これ邪魔!どかすよ!いち、にの、さん!」
「てかこっちも支えて!!もっとしっかり!」
「いくよ!倒れるよ!!」
と大きな声がパンダの森に響き渡る。結果一人一本ずつ竹を持って学校へと向かうが校門前のラストスパートの坂はまるで箱根駅伝のゴール前のように這いつくばりそうになって門の中に滑り込む。筋肉バカの仁、野球部紳士の光流、真面目系チャラ男の康、そして俺がきて、モテる女好きの大雅の順番で校門をゴールにみたてゴールインする。門のところで体力切れから倒れこんでいると一足先に校舎の中に行ったはずの仁が戻ってきて
「ま、さ、かの、竹が大きすぎて階段とこ通らない!!」
とショッキングな報告が入るがそこで諦めたら男が廃ると……一階、二階、三階の窓に人を配置し少しずつ持ち上げてバトンパスして上へと運ぶ。今思えば単に切り分ければ良かっただけなのだか、大きいままの竹を女子に見せたい一心で、一同は必死に屋上へと運んだ。三十分かけて運び終えて女子もすごーい!!と拍手を送ってくれるが彼らにはその歓声に答える元気はもはやない。しかし体力バカどもは五分、冷房の効いている会議室で爆睡したらアンパンマンのように全快で帰ってくるだろう。軽くカップ麺並みの変わり身の早さである。そのままその日の作業を終えて明日の予定を話して解散する。海音はこの後、仁と美雪と屋上の屋上で花火をする約束があったので今から帰るみんなとは階段を逆に進む。屋上では準備万端の仁と美雪が早く早く!!と手招きをして急がせる。派手な花火もあっという間に仁がまとめて豪快に使い切り、地味な線香花火の勝負に差し掛かっていた。
「最近さあ…」
と未来との仲を繋げてくれた二人に自分の本音をぶちまける。その話を聞いてさっきまではしゃいでいた仁が急に真面目な顔になって何かいいことを言うのかと期待していると
「……俺にはわからん!!」
と少しの間を置いて少し情けない声色で言う。ガタッと椅子から転げ落ちそうになった海音と美雪は
「そりぁそーだろ!!」
と思わずツッコミを入れてしまう。すると仁は
「違うんだよ!俺は本当の意味で分かってやれないよってこと!!バカにすんな!」
とヘソを曲げそうになってきたので美雪が
「どういうこと?」
とテンポよく相槌をうつと
「俺はそんな海外との遠距離恋愛なんてしたことねーし、てか今の恋愛が初めてだし…だからお前の気持ちはリアルにはわかんないってことだよ。もちろん辛いってことはわかるけどそれがどのくらいかって言われたら俺からしたら未知数だよ」
なんか心にジワーッと染みた。とりあえず適当に大変だねとか同調することだって出来たはずなのに視点は違えどある意味しっかり考えてくれたんだと涙が出そうになる。
「てかお前さあ、澪のこと好きだろ?」
といきなり思ってみないようなことを聞かれ、飲んでいたジュースを吹き出す。
「…い、いや…」
ととりあえず誤魔化すと
「まあ、それはいいとしてあっちはお前のこと好きだろ??」
とさらに押し込んでくる。
「い、いや、そんなことねーだろ…」
と呟き、
「………正直、澪に救われてる部分はある…けどそれが恋かって言われたらそれはわからないよ」
とさっきのいや…の後の言葉を口にする。それまで何も言わなかった美雪が
「まあ澪ちゃんが好きかどうかはこの際いんじゃない?それよりまず自分の中の気持ちの整理をしなよ。」
とまたもぐさっと胸を貫かれる。
「…だよな。そーするよ」
と少し憔悴しきっていると
「じゃあ次は文化祭終わってお疲れさん会でまた進展あったら言えよな!!」
といつもの陽気な仁に戻り、そこからは仁と美雪で他愛のない馬鹿話をドンドン披露して意図的に海音を明るくしてくれる。二人のそんな素直じゃない優しさにありがとうと目で伝えたつもりになってそれが勝手に伝わっているだろうとベンチに横になる。空は日が落ち始めていて寝転んだ真上の空から黒、青、水色、白っぽい色から黄色、オレンジ、赤と綺麗なグラデーションが空を彩る。それを背景に記念に三人で写真を撮った。これから卒業しても就職しても結婚しても仲良くしていけたらなと思った。そんな未来の自分の横には誰がいるのだろう。誰と生きていく決心をして、どんな自分になっているのだろう。仁と美雪の顔はミライでも並んでいそうだと容易に想像が出来るのに自分の場合は全く出来ない。自分と自分の将来に一抹の不安を抱いた。