機内モード(前編)
寒いような温かいような中途半端な三月の天気と違い、普段風の強い橋の上では常に暖かい風がダラダラと流れた。橋の下を覗くと雪解け水だろうか。山のすべての水が絞り出されてしまったのではないかというくらい水量が増えている気がした。移ろいゆく季節の中で変わっていくのは自然ばかりではなく、変わったのは海音自身やその周りを取り巻く環境もだった。学年が一つ上がることでクラス替えもあるし、転勤した前任の先生に代わって担任が来るだろうという噂がどこからともなく聞こえてきているし、何より何かを共有出来る大切な存在が出来た。それは仁やその他の友達だって思い出や感情を共有しているとは思うがやはりそれとは違うのである。そういう存在がいるというのは前と同じことをしていてもまったく違うことをしている気分だ。特に二人で何かするわけではないが、なんとも言えぬこの充実感は確実に海音に活力を与えていた。この日も海音は少し早めに目を覚まし、家から学校までの登校時間を去年より格段に縮めて今日でおさらばするであろう去年までの教室に飛び込んだ。窓際の自らの席に少し乱暴に荷物をぶん投げ、それを確認したのちに屋上へと体の向きを変えた。塞がれてはいるが登れないことはない屋上の更に屋上とも言えるこの学校におけるてっぺんに登った海音は富士山にでも登り切ったような清々しさを身体全体で感じていた。そこには一昨日、仁と中庭から頂戴してきたベンチがあり、それに横になって空を見上げた。少しだけ朝の空気を吸い込み、携帯を取り出した。LINEがつい先ほどの時間で来ていたがあいつだろうと構わず電話をかけた。
「つー…つーぷるるるる…ぷるるるる…」
聞けば聞くほどこの電子音が耳にこだまする
、この時間を待つことがこんなにも辛くなったのは最近だなと再度認識する。付き合ったらそれなりの対応を自然と期待してしまうし、それが外れたときは少し寂しい気持ちになったりする。それが日々会えないからさらにだ。きっと出てくれるという願望といや出てくれなかったら…という恐怖とが交差する。二つが心の中を交差するからこそ悩むのだ。それは幸せゆえの悩みだった。
「はいは〜い。いきなりかけてくるからびっくりしちゃったよ〜」
とあっちは夜のはずなのに未来の元気な声が耳に流れ込む。
「わりわり。いつも通りだし大丈夫かなと…寝てたらごめんな!」
と少し悪びれて言うと
「いえいえ!ぜんぜ〜んだいじょ〜ぶで〜すよ!ところで今日の景色はど〜ですか?今日も写真撮って送ってよ〜」
「はいはい。ちょっと待って……うーん、やっぱ俺、天才だな!後で送るわ。」
「はっはっ残念なから天才はないかな~。調子乗りすぎるとヘッドロックかますよ〜」
なんて会話が続いているとはしごを登ってくる音がしてひょいと仁の日焼けで真っ黒な顔がこっちを覗き込んできた。そのまま力強く手すりを掴んで登り切り、振り返ってはしごの下へと手を伸ばした。仁の手よりも何倍も細い白い手はそれに捕まり、一気に上陸してきた。仁と美雪はニヤニヤしながらまるで目視による拷問のように近づいてくる。ベンチを立ち上がり、隅っこに逃げ込むがそのベンチに座ってもなお二人はニヤニヤしながらこちらをうかがっていた。若干急いで電話を終え、何事も無かったかのように二人の方に向き直ると
「やけに幸せそうじゃぁぁああーりませんか!」
と仁は例の謎の言語でイジりはじめ、
「あーりませんか!!」
とほんとに楽しそうにイジりに便乗してくる美雪、
この二人に仲を取り持ってもらったと言っても過言ではなかった。心の中ではありがとなと思いつつ、素直にはなりきれない海音は
「幸せですがっ??これ以上、この上なく幸せですが…なにかっ?」
と半ギレを装ってツッコミをかました。すると拗ねたな声で仁が
「すれ違いかけてた二人を救ってやったのってだーれかなー?」
と偉そうな顔との矛盾でウケを狙いにくる。
「だーれかなー?」
とまたケタケタ笑いながら美雪が乗っかる。
「……てかさ始業式始めるまで体育館でバスケしね?」
とあからさまに話題を転換したが二人とも単純なスポーツバカな一面も併せ持っていることも功を奏し、ピラニアのごとく瞬時に食いついた。早速三人は教室にボールを取りにいき体育館の重いドアを押しのけ、先生にバレないようにバスケを始めた。半年くらい前にはよく三人一緒に学校に来て朝バスケをしていた。だが仁と美雪がいい雰囲気になりかけてきたと察知した海音はそれ以来少し遅れて行くようになった。海音は海音なりに気を遣って二人だけの時間を作ってみたのだった。それからすぐに二人の距離が急接近した、言わば三人にとって思い出深い場所だった。そんな同じ体育館でも始業式は果てしなくつまらなく、このまんま話を聴き続けて死ぬんじゃないかと思うくらい時間の流れの遅さを感じた。そんな学校で必要のない時間ランキングがあったら確実に上位に食い込んでくるであろう時間に嫌気がさし忍耐力の限界まできた海音は仁と一緒に音を立てることなくかつ迅速に昇降口に目指し匍匐前進を開始した。そろそろ去年の経験からクラス替えの名簿を張り出しているはずだと体育館を飛び出そうとした、その瞬間出入り口で
「一ノ瀬!!伊藤!!」
と怒られ慣れているダミ声に動きを止められた。サッカー部の顧問で体育教師の星野が着慣れた様子がまるでないスーツに身を包み右手にはハリセンを握りしめ、仁王立ちしていた。片足だけで軽く一〇〇キロはあるのではないかというほど筋肉のついた両足を床にヒビが入るのではないかというくらいゆっくりとした速度でに一歩ずつ近づいてくる。無視して行ってしまおうかとも考えたが、星野の五月蝿いかつ粘着性のある説教は面倒すぎるので大人しく両手を上げて投降した。
「おめ〜ら!なんでまだ終わっちゃいね〜のにな〜にでてきてんだぁ??まだ出て来ちゃダメだろ~」
と逃げなかった分いくらかマシな怒り方を展開する星野に対して今度は海音は
「トイレ行きたいんですよー!もう限界なんすよ!!」
と星野も海音がクラス替えの張り出しを見たいという目的に気づかないのをいいことに名演技を繰り出す。
「そーなんすよ!!一生のお願いですから!!」
と仁も揃って援護射撃をかますと
「…それならまあいーか…ボサボサしてねーで早く行ってこいやぁ~」
とスーツという名の檻に入った少し大人しくなったゴリラはめんどくさそうな顔を浮かべ言った。また走り出して二階から一階へと降りて昇降口に上履きのまま飛び出すと事務の先生が模造紙みたいな紙をガムテープで使って器用に貼り付けていた。
「すいませーん!二年生ってどこですかー?」
と珍しく日本語…ではなく敬語を使った仁は尋ねつつ、自分たちの名前を探した。いつも不機嫌そうな顔をしている事務の先生はいつもよりさらに苦虫を潰したような顔で一番手前のガラスを指差した。二人ともお礼を言うのも忘れてその紙に飛びかかるような勢いで近づいた。自分たちの名前をG組の欄に発見すると他のクラスメートを探したがうちのクラスは他のクラスに類を見ないほど去年のクラスと同じやつが多かった。三分の一は同じだろうと思い、今年初めましてになる人の名前を上から順番に覚え始めた。仁いわく情報は速さで価値が決まるとネット回線の宣伝文句のようなことを海音に遺言のように言い残し、その情報を待ちわびているギャラリーの元へと走っていった。
今日の朝までとは違う教室で違うメンバーによるクラス、まだ慣れていないのか落ち着かない。まず新任の先生の挨拶があった後、新学期恒例の自己紹介をすることになった。名前はさっき仁とカンニングをしたから今、テストしたら少なくとも八割はとれるだろう。そんなわけで他人の自己紹介など聞かずに後ろの席の仁とウケる自己紹介を考えていた。みなさん、名前、部活、趣味くらいで終わるので予想よりもかなりのハイペースで回ってくる。
「一ノ瀬!!時間ねーから、はよしろ!」
と担任で電車マニアでソフト部顧問で専門は化学の谷繁先生が急かす。
「はーい!じゃあいきます!」
と仁と声を合わせて言うと目配せをしてタイミングを計り、
「せきつーーい…はずすーー」
と積水ハウスのCMのリズムで首元から脊椎を抜き取るフリをして前に剣のように掲げる。するとクラスは………一瞬、凍りついた気がした。どうしよう、スベったか…?
「………ぷっは」
「とりま名乗れや!!」
「てか一人ずつやれ!!」
とクラスの雰囲気は冷えついた一時から徐々に晴れ間の兆しを見せた。「よかったー」と胸を撫で下ろし、仁の方に次はお前だとハンドサインを送った。そんな二人を見た美雪は男子の脳内は理解出来ないというように呆れ顔で左右に首を振っていた。
自己紹介も終わり、議題が文化祭のクラス企画についてに切り替わると
「文化祭なにするー?」
「部活の方でも出し物あるから楽なのがいーなー」
「えー二年なんだから派手なのやろーよ」
「でも二年ってパフォーマンス大会も出なきゃだし…どーする?」
「でも来年は受験だからやりたいこと大して出来ないよね?」
「てか去年のクラス企画ランキング一位ってなんだっけ??」
「えっとね…ちょっと待ってね…こ、ここらへんにある…はずなんだけどな…」
「あっ確かお化け屋敷だよ!うちの部活の先輩がやってて来てねって宣伝された記憶あるもん」
「じゃー普通にそのまんまお化け屋敷はー?」
「それいい!!」
「いんじゃん?」
「そーしよーよ!」
と流れがある程度落ち着き、方向性が決まってきたあたりで
「お化け屋敷は倍率高いから無理。あたし、生徒会だから分かるし、希望出すだけ無駄だよ!」
と沙也加が有無を言わせぬ力強い声で駅の柱についているような赤い強制停止ボタンを発動した。顔立ちがはっきりしていて注目を集めやすいが元々強気な性格で歯に衣着せぬ物言いで敵を作りやすいやつ、と順也から聞いてはいたが新学期早々、こんな形でお目にかかるとは思っていなかった。その沙也加は強い口調で言ってしまってからしまったという顔になっていくが今更、発言を取り消せるはずも、時間を巻き戻せるわけもない。きっと感情的になりやすい質なのだろう。またやっちゃったよーと横で順也がニヤニヤして「やべーこえーなー」と順也なりに空気を和らげようとウケに走ってはみるものの、沙也加を知らないものは驚いたことを隠しきれず笑う余裕など全くもってないと言ってもいい。「まあまあ」と学級委員の…た…高砂くん?が間を取り持とうとするがそれを許すと沙也加がさらに加熱して止まらないかもしれない。そうなれば未来の友達候補を何人失うかわからない。すると自称同じ中学校出身だった光流が立ち上がり
「はい!じゃあ沙也加はなんだったら通ると思う〜?」
といつもニコニコしている顔をさらに穏やかにしてどこかヌケているような口調で沙也加自身に話を振る。するとさっきまでの顔から少しずつ赤みが抜けていくのが目に見えて分かる。光流は学校の先生向きだよなと隣の仁が話しかけてくる。それもそうだろうが…もしかしたら……いやなんとも言えない。
「……いや…別に…お化け屋敷でもいんだけど…でも他のクラスに負けてもう一度考え直すのやだと思ったから言っただけ!」
と最後まで無理してツンツンしてるものの表情とともに口調も鈍り始める。
「じゃあ他に意見あるやついるか〜?」
と今年入ってきたばかりでまだ慣れないことの方が多い谷繁先生はみんなに話を振り直す。一気に教室は静かになり、先生も不安な表情を隠せない。決して悪い奴ではないんだろうなと海音たちも再認識し緊急会議とじゃんけんの結果、海音が助け舟を出すことになった。そこで
「はい!」
となぜか仁が手を挙げ
「おお!伊藤か!いいぞ!」
と少しご機嫌になった先生は仁に発言を促す。するとその目線を受け流して
「一ノ瀬君からなにかあるそ〜で〜す」
といろんな視線と期待をかわす。仁ならやりかねないとは思っていたもののいざ来るとなかなか焦る。しかし話すことは元々みんなで考えたものを口から吐き出せばいいだけだからと自分に言い聞かせ、あまり深いことを考えることなく
「確かにこのままコンペというのも不安だから、例えばライバル減らすって言うのはどうですか??」
と視線は先生を向けつつ、クラス全体に向けて言った。クラスの大半は怪訝そうな面持ちで頭にハテナマークを浮かべていたのを見て先生が話の続きを促す。
「いやいや、他のクラスを妨害するとかではなくて…他クラスと合同で企画出してもいいわけじゃん?だから……」
そこまでの話を聞いただけで沙也加は理解した様な顔つきになり、早速、他クラスでお化け屋敷で出しているクラスをあぶり出しにかかっている。一度、仕事を任せたらきっと早さと完璧さの両方を求めるような人なのだろう。思ったことを口に出す、後に引けないそういうところもあるがその内、周りも慣れてくるといいなと思った。少なくとも海音は彼女に好感を持っていた。一通り海音の説明が終わると入れ替わりで先生は何か言いたげな沙也加を指した。
「C組とH組が同じくお化け屋敷をクラス企画として提出しているけどお化け屋敷の全校での枠は二つだからどちらかと合併するといいんじゃないかなと思います」
とさっきより控えめに言う。するとまだ顔は覚えてはいないがアクティブな男子の「そこは頭いい奴らにしとこーぜ!」の一言で合併候補が上位クラスのC組にと世論が傾く。まあやる気のまったくないH組よりはいいとは思う。
「じゃあC組と一緒に合同お化け屋敷ってことでいいですか??」
と最後に千尋が学級委員らしくクラスの意見をまとめ、次の予定を話しつつその日のホームルームは終わった。中間テストがクラス替え早々目の前に迫っており、珍しく自習するためにロッカーからタワーと化していた教科書をバック詰め込み、仁が美雪と騒いでいるうちに手を洗うためにトイレへと向かった。すると隣の隣の教室からH組から去年同じクラスだった大川が突進する勢いで突っ込んできて、
「こっちのクラス気まず過ぎて死ねる……ノリはわりぃーし、なんか陰険だし…そっちがよかったぁ…」
とこれが女だったら赤面するくらい近い距離で話してくる。やはりC組との合同は正解かもしれない。
「そのうちなんとかなんじゃねーの?まあ暇だったらこっち来なよ!」
とまったくそうは思えないが落ち込む大川をはげますと
「そーゆー海音大好き!でもそっちかわいい子多いから羨ましいわー」
といいつつ抱きついてくる。身長差があるため妙な気分になりつつ、
「お前にはゆいちゃんいんじゃん!」
とつっこむと
「そーなんだよ〜こないだな〜………」
と彼女の自慢からこないだデートで行った場所、そこでの思い出…海音にとって正直どうでもいい情報が次から次へと湧いて出てくる。なんというか…単純だ。男は単純だ。自分も気をつけようと心に誓い、
「……また明日な」
とそろりそろりと彼の包囲網から抜け出そうとする。大川から新たな話題が降って湧いてくる前に逃げようとトイレには寄らず、元の教室へと大股で足を踏み出す。チラッと振り返ると大川はトイレのドアの前でもう既に新たな獲物を捕らえては大川的に美味しそうに調理していた。この度は御愁傷様ですと被害者にお悔みを申し上げつつ、また捕まらないようにとパッと前を向いた瞬間にガラガラと勢いよく教室のドアが開いた。いきなり過ぎて驚いた海音はついその女の子をガン見してしまった。するとその見慣れない顔の女の子は今、流行りのショートというよりは単に長いのが面倒だと暗示させるようなショートの黒い髪で顔をふせて一瞬見えた奇麗に澄んでいるがどこか刺々しい目を覆い隠すと海音の横を間逆の方向へと早歩きして行った。反転した時にスカートがあまり浮かなかったのを見て、それなりに美人だったのにいまどきの高校生でスカート膝丈ってどんなやつなんだろ?もはや…生ける化石?面白そうなやつだったら今度機会があったら話してみようかな…と思いを巡らせつつ、教室のバックに手を伸ばした。十分間経ってもまだいちゃいちゃしている仁と美雪に
「そこのお二人さ〜ん?今年も同じクラスだからって夏来る前に二人の熱さでここ常夏にしないでくださいよ〜?」
と内心、物凄く羨ましいその反面、それゆえの悔しさから毒を吐きつつ、
「ここが熱帯になる前に早く帰るよ〜〜!」
と一応、その毒もフォローした。二人が降りるその後ろで階段を一段一段丁寧に踏みしめた。決して足が重いわけではなく、どこか浸りたい気分だった。前の二人を見て急にそんな気分になった。海音はまったく意識はしていなかっただろうが、その間、何度も時計を見直し昇降口へと向かっていった。
朝、目覚めると毎朝の格闘相手の緑のカエルの目覚まし時計はまだ試合開始の時刻の一時間前を指していた。確か…今日は、文化祭の企画会議を朝からすることになっている。本当は午後からだったのだが三年の先輩の最後の大会が近づいているとあってさすがに部活を堂々とサボることは出来ず、無理を言って朝にしてもらったのだった。一階のリビングに降りてケータイを覗き込むが何も届いている様子は無い。いつもは未来からメッセージが来ているはずなのになあ…と洗面台へと顔を押し出し、水を被るが勢い良くはねた水しぶきが部屋着のTシャツに新たな文様を刻み込む。ついてないなと思い、テレビをつけて星座占いを凝視するがいて座がきた時点で多分、かに座は下位にくると長年見続けている、いわば法則から予想がついてしまった。テレビの占いにおいてはいて座とかに座は表裏一体、光と影なのだ。キッチンにあった五つ入りのミニあんぱんのパックを手に取るがつぶあんなのを確認してもう一度元の場所に戻した。するとちょうどかに座のラッキーアイテムはキャラもののストラップと発表していて、隣のさそり座の緑のビニールホースじゃなくて良かったと少々テレビ局に感謝し、こないだの父親の出張のお土産で貰った黄色いブサイクなゆるキャラのキーホルダーをチョイスし、鞄への取り付け作業を終えた。家自体も寝ているような寝息を感じつつ、そっと「いってきます」とそっとつぶやき昇ってきたばかりの太陽を背に歩き出す。駅に着くまでに二、三回画面を見たがそこに見える景色は何も変わらなかった。それは学校に行くまでも同じでなぜだが分からないが重い気分になった。集合場所は行ったことも聞いたことすらない会議室Aだったが、とりあえず誰かしらいるかもしれない教室に顔を出してみることにして階段を二段とばしで上る。その頃には太陽も高い位置に陣取り、容赦なく紫外線を打ち付ける。C組の教室の前を通るとついていた明かりがぱっと消えた。ん?と自然にそちらの方向を覗き込むとドアが勢い良く開き、女の子が出てくる。視線が重なり、びくっと固まり空気の流れが長いがなぜか動けない。すると均衡を破ったその女の子が表情一つ変えず少し会釈をして通り過ぎる。この光景、昨日もあったな、てかあの膝丈スカート…あの子かな??その時、その子の左のポケットからなにかを取り出そうとした拍子にハンカチがゆらゆら落ちていく。そのこのイメージとは真逆の女の子らしいハンカチが海音の二歩ほど先に落ちた。拾ってあげようと手を伸ばすと反対側から白く細い手が伸びてきて二人の手が一瞬触れ合う。
「あっ……」
「あっ……ご、ごめん」
小さい手はさっと手を引き、海音はそのままハンカチを拾い上げ左手でほこりを払って彼女へと手渡す。
「…あ、ありがとう……」
と白い顔が少し赤くなったのを見てこちらまで赤くなっている気がする。「別になんか思ったわけじゃないし……恥ずかしすぎる。」と心の中で自分に対して事実確認が行われる。動揺したのが顔に出てしまったという認識は持っていたが
「こちらこそ!」
と出来るだけ平静を装った。
「…では、これから用事があるので…」
と先ほどまで少し垣間見えた隙をもうなかったことのようにさらっと言いのけ、階段へと早足で離れていく。
「ねえ!君ってC組だよね?会議する場所分からないから案内ついでに連れてってくれないかな??」
と問いかけると
「……分かっ…いや分かりました。」
とつれない返答と海音を残し、スタスタ歩いていく。置いていかれぬように急いで小さな背中を追った。階段を一気に駆け下りて横に並ぶとその子は露骨に顔を合わさないように前だけを見ている。三階から一階までの降りている間、その横顔をじっと眺めていた。すると
「…な、なんだ??」
「い、いや面白いなと思ってさ〜!」
「な、なんだそれ?バカにしてんのかっ??」
海音は笑いたい感情を必死に押し殺して
「してない、してない!てかその話し方も面白いのな!」
「ん〜〜〜〜。おまえ、失礼だ!初対面の人に対して非常に失礼だっ!」
「ごめんごめん!別にバカにしてるわけじゃなくて!じゃあさ、自己紹介するよ!俺、海の音って書いて海音。よろしくね!!」
「…そ、そういうことでは…まあ…いい。私は…C組の雛森澪。」
「意外とかわいい名前してんのね」
とにやにやして海音が返すと
「意外とって何だ!意外とって!!」
海音の肩が軽く外れる可能性がある威力を持つパンチを会議室に着くまでサンドバッグ代わりに食らい続ける。
「うちのクラスに知ってる人いる?」
と一応聞いてはみるが
「興味ない。てかそもそも友達なんて作る気はない。」
と足蹴にされてしまう。取り付く島がまったく見当たらない、どうしようか、と思ったその時
「…これ!知ってるのか?海音!」
と二歩後ろを歩いていた澪は興奮気味にバッグについている人形を引っ張る。
「ん〜!これはいい趣味だな!もしいらないならもらってやってもいい。」
急にテンションが上がった理由は分かったが一人で大騒ぎさせてる方が面白いと思って、じっくり観察に勤しんでみた。少なくともこのゆるキャラはハイセンスではないと主張はしたいがひたすら褒め称えてくる。必死に一人でそのゆるキャラについて長々とマシンガントークを続ける。海音はクスッと笑ってやっぱいろんな面白い子だったと自分の人を見る目に自信を持ち直した。そんなこんな掛け合い漫才もどきを繰り返しているうちに会議室Aが見えてくる。ドアのノブに先に触れ、「どうぞ!」と紳士っぽいことをしてみると下を向きながら
「あ、ありがとう。」
とぎこちなく答える。少し自分に心を開いてくれたかなと感じた海音は
「あ、もしかして照れてる??」
と下から澪の顔を覗き込みながらボケてみると澪は
「…っ…調子乗んなよ」
とつんつんした言葉をつぶやいて海音の足を思いっきり踏みつけて部屋に入っていく。気づけばもうタメ語になっている。それはそうとその後に続こうとすると
「あ〜ごめん!い〜れて!」
と莉乃と千尋が走ってドアと海音の間に飛び込んできてこの二人に先を譲ったので結果的に十あるパズルの残り一ピースとして用意してあった席に自分をはめ込んだ。もう少し澪と話してみたかったと席が二つズレてしまったを少し残念に思っていると隣に座った莉乃は海音と対照的に満面の笑みを浮かべて
「ふうぅ〜。危なかった〜遅刻するところだった〜海音ありがと!!」
「いえいえ!まあ俺、紳士だから〜!」
とお茶目に返した時に莉乃と千尋の隙間に覗き見えた澪と目が合った気がした。なんか胸がほっこりした気がした。