表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の世界に花が咲く  作者: 神月鳴
天蓋花
2/16

ワン モア チャンス!!(前編)

 明日の宿題を終えた海音(かいと)は大きく背伸びをしながら二階の自分の部屋から下のリビングへと降りてきた。グリーンのランプが点滅している液晶を取り上げると予想していた通り順也(じゅんや)からメッセージが届いていた。おそらく「Facebookに早く登録しろ!」といった内容だろう。一昨日順也がうるさかったので渋々インストールしたのである。見なれた緑のアイコンから青のアイコンに意識を移した。非常に面倒だがやらないで順也からの暴挙を受けるよりは何倍かマシだと瞬時に判断した。もっとも昨日に至っては、海音のスマホの四桁の暗証番号とは違う適当な番号を何十回と無く打ち込み、一日中使用不能にされたことも無関係ではなかっただろう。それから四苦八苦しながら初期設定を終了させ、一通り知り合いに友達申請を出したところでエネルギーが尽きた。一仕事終えたような何とも言えぬ清々しさと普通ならこんなことで感じ得ない生命的危機から脱したような安堵がより一層瞼を重くさせた。壁に引っ掛けられた両親が結婚した時にもらったという二人の名前が入っている時計も長い針と短い針が重なっては遠ざかり、そして丁度三十度を形成しつつもう一度重なろうとしていた。他の家族は飼っている犬も含めて寝てしまっていて、家中の明かりを消すといつもの家が他人の家のように思えた。かすかに残っているその明かりを便りに自分の家との共通点を探しつつ、暗闇の中に足を踏み入れていった。


 早朝から甲高い機械音が海音になんの遠慮もなく鳴り響き、叩き消しては起きあがり小帽子のごとく何度も復活しては鼓膜への直接攻撃を辞さない。数分の格闘の末、ようやく二本のエネルギー源を没収し相手の戦意喪失のためこの日も全面勝利と相成った次第である。他の家族を起こさないようにそろりそろりと出発の用意を整えた。丁度、制服のネクタイを結んでいるといつの間にか起き出した母親はよく眠れたのか機嫌よく

「おはよー。海音!朝ご飯は何にする??」

と軽快に聞かれたがお腹は全くと言っていいほど減っていないので

「アセロラジュースだけでいいやー」

というとさっきまでの顔が少し怪訝な顔へと変貌して、

「体調悪いの??食べたくなくても一応半分は食べなさい!!」

と珍しく普通の母親らしいことを言った。一ノ瀬家の母親は感情的な昭和の肝っ玉母ちゃん的な一面とと大抵のことは大目に見る面を併せ持っている。何より一ノ瀬家の家訓は他人様に迷惑はかけない、その一条のみにして絶対的なボーダーラインである。そこを越えたら怒りの鉄槌どころでは済まされない。それにしても表情に感情がストレートに出るタイプだなーと内心思いつつ、

「わかったよ!!でもご飯少なめでいいかんね!」

と注文をつけてマイ箸をチョイスした。客の注文より少し多めのご飯の入った茶碗を受け取り、そのまま昨日のおかずと一緒にバランス良く三角食べを展開する。最後の米粒を拾い集め、アセロラジュースで一気に流し込むと身体の中のエネルギーも満タンになった感じがして自然と元気が出てきた。ぱっと時計を見ていつもの電車に乗れるぎりぎりの時間であることに気付いた海音は教科書をバックに急いで突っ込み、

「いってきます!」

と叫びながら外に飛び出した。すると後ろから

「海音!!弁当!弁当忘れてるって!!」

と呼び止められ弁当を受け取りとリスタートする。表札の「一ノ(いちのせ)」という文字を横目に駅への道のりを急いだ。


 家の前の桜並木には一見すると本来ならあるはずの緑色や桃色の着色も施されておらず物寂しげだったが、小さなゴツゴツとした塊が今か今かときれいに咲けるように力を蓄えているようだった。そんな飾り気のないアーチをくぐり抜け郵便局を右に曲がり、幼稚園の脇を通って緑を基調としたコンビニの前の交差点でシグナルは赤に変わった。朝早いためか町のメインストリートであっても本来居るはずの車も人も影を潜めているようだった。少しの罪悪感を感じつつ左右を確認し、シグナルが再度変わる前に白と紺のストライプに足を踏み出した。目と鼻の先と言えるような距離にやっと駅が見えてきたと同時に緑とオレンジのラインの車両が風のように吹き抜けていき、次第にスピードを落としていく。それと反比例するようにして海音は全速力で階段を三段飛ばしで駆け上がり、改札も突破した。しかし前からは降りてきた人の群れが海音の進路を妨げる。すると発車ベルがけたたましく鳴り響き、

「一番線、ドアが閉まります。閉まるドアにお気をつけください。」

駅員のアナウンスとほぼ同時に扉は閉まり始め、

「ががーがーがしゃん」

と冷酷な機械音と共に

「…ぎーがーたーんごとんがたんごとん……」

と再度走り出していく。

電車の居なくなったホームには

「次の電車は……」

というアナウンスのみが響き渡り、それ以外の音は全くと言っていいほど聞こえてはこなかった。誰もいなくなったホームにはまだ暖かいとはお世辞にも言えない南風が吹いた。

 

「次はおやまー、小山ー。降り口は左側です。新幹線、両毛線、水戸線へお乗り換えのお客様は……」

話し声一つしないほぼ無音の空間が段々と立ち上がる音が増え、ドアの前には小さい列が形成されていた。海音はドアの前で反転しながら携帯をしまい、代わりに定期券を取り出した。Androidだとカバーの種類少なすぎて手帳型とかなさ過ぎてむかつく…絶対iPhoneの方が便利だっただろ…と目の前のiPhoneユーザーを見ながら思った。やがて列車は駅に近づき徐々に速度を落とす。完全に停車するとドアは自動で開き、ぱっと左の方を確認して階段に向かった。改札を出て今日のお昼を調達しようと駅前のコンビニに向かっていると

「おっはよー」

と眠気がダダ漏れしているようなやつが自転車に乗りながらやってくる。

「相変わらず眠そうだな〜」

と苦笑しながら言うと自転車を止めながらマッチョな比較的背の小さい青年は

「だってさ〜昨日の宿題マジ鬼畜じゃん?やる気でないじゃん?でもやるじゃん?んで死ぬジャーーーン」

と聞いてもいない言い訳を…というかそもそも言い訳と呼べるかも分からない言葉で語っている。入学してからこのかた日本語ではなく、日本語に似た独自の言語を派生させているとしか思えない言語しか聞いたことがないと言っても過言ではないだろう。(じん)には腹を抱えてピクピクしてる海音の生態が今ひとつ理解出来ずケツにキックをいれつつコンビニに入っていった。海音は適当にハムサンドとカルピスをチョイスし、それを片手にすでに三人ほど並んでいる列の後方に自分も並んだ。あらかじめさっきの手とは反対の手で三百円を握り、迅速に会計を終わらせた。仁はゆっくりと店内を歩き回っていたのでまだ列の後方に居たが海音は先に扉を開けて外で待つことにした。


 小山駅北口から徒歩で約十五分で、鬼怒川(きぬがわ)を越えた左手にある青葉高等学校は近年合格実績を伸ばしている県内有数の進学校であり県下では比較的新興勢力的な立ち位置の学校だった。一昔前までは部活に力を入れていてなかなか強かったらしいが、進学校として名を挙げるとともに消えていった。校長室も前のガラス戸の棚にはトロフィーや盾が並んでいたがそのどれもほこりを被って過去の栄光と化していた。そんな青葉の門をくぐってまもなく一年が経とうとしている。あの時より自分は成長出来…てるよなと半ば自分に言い聞かせるようにして今日も校門を入って左に曲がった。チャリ通の仁は

「チャリ停めてくるから先行ってても良いよー」

とやけにまともなことを言ったなと思ったが、よくよく考えてみると単にまだ閉まっている教室の鍵を取りに行くのが面倒なだけなのではないかと勘ぐってしまったが

「急いでこいよ」

と仁の企てにのってやった……あえてね。なんて思いつつA棟の二階にある職員室のボードから鍵を取り上げるともう一度一階に戻ってB棟に向かった。後からB棟を増築したからってなんでA棟からB棟に行くのにいちいち一階に行くの面倒すぎだろと内心文句を吐いたがため息一つに納め、三階の左奥の教室の方に目を向けた。バックを放り投げ、寝転んでいる仁を見つけるとあっちもこっちに気づいたらしく

「おせ〜よ〜。早く来いって言ったの誰だよ〜」

と毒づきながらもそれと対照的ないたずら顔を浮かべていた。まったく反省はしていないが、

「わりぃ。わりぃ。」

と一応謝っているポーズをして鍵をドアの隙間に差し込んだ。スイッチをひねることで薄暗く冷えきった部屋の中に光と熱を灯した。一年間、座り慣れた椅子に腰掛け、右のポケットに入っているスマホを取り出した。また緑のランプが付いては消え、付いては消えを繰り返したところまでは昨日と全く同じだなぁと思ったが何かが違う予感がした。ふと順也かなと思ったが電源をつけ小さな窓口を覗き込むとその考えが全く違うことに気づかされた。そこに出ていた名前はどう見ても見覚えのある名前だった。その名前を最後に目にしたのは…四年前だった様に思う。そこには「村瀬未来(むらせみく)さんから四件のメッセージ」

とまだ見慣れていない青いアイコンと共に映っていた。確か初めて会ったのは小学五年生のクラス替えの時だった気がする。前年のクラスとその年も同じ奴が少なく…というか仲の良かったメンバーは誰一人いなかった。人当たりはいいが実は超がつくほど人見知りな海音は誰と話すこともなく、一人で暇な時間の大半を過ごし、休み時間に隣のクラスに話し相手を求めた。しかしどのクラスもクラス替えの直後で部外者の自分を受け入れる余裕はないように見えた。確かあの時も仕方なく本を読みながら自分の世界に半ば強制的に入り込んでいた気がする。そこに横から声をかけてきたのが未来(みく)だった。その頃から明るくてまとめるキャラを持ちつつ、人懐こい性格で人の懐にスッと入り込み背は高くはないが大きい目が特徴的な上品な顔立ちも人気を後押しして誰とでもすぐ友達になってしまう、そんなやつだった。もう少し前から彼女の存在は知っていたが同じクラスや委員会、その他どんな集まりでも同じになったことがなかったので周りから漏れ出てくる僅かな話と外からの視覚的イメージしか情報らしい情報もない。つまり言ってしまえば特に詳しいことは何も知らないと言ってもよかった。そんないわゆる誰にでも好かれる人気者が誰と話すこともなくいわゆる「ボッチ化」している自分に話しかけてくるのか…理由も目的もまったく見当がつかなかった。というよりメリットが見当たらない。そういうマイナス面とかを確認せずにいつも気まぐれのような自称、直感で物事を決めてしまうやつだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ