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灰色の世界に花が咲く  作者: 神月鳴
天蓋花
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月下氷人(前編)

心って一体どこにあるんだろう

それはどんな色、形をしているんだろう

昔、おばあちゃんには左胸に手を当てて

「ここにね、こころっていうのはあるの。

大きくなって何か辛いことがあったとき、その右手をのせてごらんなさい。

そこで自分の素直な気持ちが聞ける、おばあちゃんはそう思うの。」

と僕の右手を掴んで僕の心の上にのせた。

「こころはね

嬉しいときは勝手に胸の中を飛び回る

緊張しているときは喉から出てきそうになる

悲しいときは冷え切ってズキズキする

寂しいときはぽっかり空いた穴から通り抜ける風を感じる、そういうもんなのよ。」

と今度は自分の心に右手をのせて言った。

「そのこころをね、通わせられる人を友達といい

もっと深いこと共有したり、穴を埋めあったりするのが恋人なんだと思う。

海音もいつかそんな人たちと出会うといいね。」

と言って頭を撫でてくれた。

心はある

僕の左胸にも

君の左胸にも

僕のは緑色かもしれない

君のは何色なんだろう

この先、いろんな経験をして

何色とも言えない複雑な色をしている人を

きっと魅力的と言うんだろう

僕のは次はどんな色になっていくのだろう

 ふと手元の原稿から顔を上げ、上から吊り下がっている豪華なシャンデリアが逆さに見えるほど身体を反らして凝り固まった身体を伸ばし、タキシードを着込んだ何人か準備に追われ動き回っている周りのテーブルをゆっくりと見渡す。動き回っている存在とは裏腹にそこにはゆっくりとした時間の流れが存在し、立ち話で盛り上がるものや席に座り静かに思い出に浸るもの、早々にシャッターをきるものとみな堅苦しい鎧を被っているものの顔はどことなくゆるんでいるように見える。視線を前方の一段高いところへと移すと二人分の席があり、その後ろの本来なら白く見えるであろう壁が室内の照明を少し落としているせいか映画館のスクリーンのようによく見慣れた顔が二つ、咲いては消えていく無数の花火のように画面を彩っていた。中には自分の姿も一緒に映っているものもあり、七年前がつい昨日のことのように感じる。まだ若いと思っていたのにこんなこと考えるとはもう歳なのかなと苦笑していると横から

「……懐かしすぎるね。あれは……体育祭だったかな?なんかあの頃に戻りたくなってきちゃった。」

と隣の女性がそっと呟く。いつもより大人びたことを言っているのは気のせいだろうか…いやそんなことはないだろう。元々外面が良い上に今日は彼氏の親友の晴れの門出となればファンデーションを厚く塗り、その上から日焼け止めを塗るくらいの念の入れようでツッコミ受けて天然な部分が露見して他人に笑われないように覆い隠しているつもりだろう。いつもはそんな鎧をはぐのも楽しいがこんなとき一度機嫌を損ねるとなかなか直らず、特効薬としては最近のお気に入りのケーキ屋の食べ放題ぐらいでやっと釣り合いがとれるといった具合である。よって最近のお財布事情も考え、ここはこちらも合わせることにした。

「ああ、懐かしいな。みんな本当に良い笑顔をしてるね」

と自分の知る優等生像にばっちりあった返しをすると、

海音(かいと)らしくないなあーー失格だよーー。谷繁(たにしげ)先生の頭がまだ黒いよなとかこの後、和彦(かずひこ)がトロフィー落としてみんなで弁償したよなぐらい言って頂かないと!」とせっかく気を使ったのに余計な注文を周りに聞こえないように耳元で言ってきたのでやれやれ慣れないことをするとダメだなと自身も少し反省し、うちに帰ったらお仕置きだな、何にしてやろうかと半ば八つ当たり的な感情の二つを心の中でかき混ぜつつ、前を見ると司会進行役のなんとか君が大きく息を吸ったので今は黙ってスピーチの台本に目を通しておくだけにした。


 おなじみの曲が突如ほぼ真っ暗になった部屋中に鳴り響き、ドアが勢い良く開いた。目映い閃光が暗闇を駆け巡り、海音の目にも飛び込んできて思わず目を細めた。次第に目が慣れてきて視界がはっきりとしてくるとあの美雪(みゆき)が見慣れない恰好でそれに映えるに相応しい笑顔を振りまきながら、絨毯の上を似てるところがまるで見当たらないが流れ的におそらく父親であろう人物と一歩一歩丁寧に踏み出す。「きれい……」と周りの出席者はもちろん隣のバカも息を呑んだ。まるでいつもテレビで見ている芸能人が目の前にいるみたいに釘付けなっているこいつを見て、こいつもあんな恰好をしたらどんな風に見えるだろうかと例のバカを見つめながら想像していたが目が合って「どうしたの?」と言っているように首を傾げられたのでなんだか変な想像をした時のように顔中真っ赤になった気がした。そんなこんなしているうちに(じん)と美雪が隣り合い、仁の方はやや緊張からか表情が目に見えて固かったが、二人とも幸せそうな顔を浮かべていた。大学の先生やらの挨拶が異様に長く、その間に料理が出てきていたが終わってから食べようと意味もなく自分に誓う。たぶん誰もがうらやましく思う二人の幸せの始まりとそれから続く今の両方を知っているのはきっと自分だけだろうと他人のスピーチを聞いて少し得意げになっている間に時計の針が異様な早さで進み、スピーチの時間が刻一刻と迫っていた。懐かしいなと一人しんみりとなってあの頃に今、戻れたら何をしようか、何をやり直そうかとあれこれ妄想してみる。確か結婚式の日に過去に戻って彼女を取り返すドラマがあったなと思い出すがさすがに美雪にそれは使わないなと妄想から暴走して段々と夢の世界に入りかけていこうとする自分の名前が司会者の声ですぅーと現実に呼び戻される。拍手が鳴り出すのと同時に立ち上がり、隣のバカに

「料理に手を出すんじゃないぞ!!」

と若干しつこく言い聞かせると拍手の鳴る方へ一礼する。まあなるようになるさとテスト前日の一夜漬けの時のような妙な自信がライトに照らされて光り輝いて神々しい一段高いステージへと足先を向けさせた。

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