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エレメンタルストーリー  作者: 西郷隆成
3/3

幸運の出会い

「ねぇ、ちょっといい?」

今、俺の目の前にはイタズラっぽい笑みを浮かべた女神がいる。

キリッとした眉、透き通る深いスカイブルーの瞳、奇跡的な黄金比で整った美貌。胸は女性らしく、全世界の女性が目標とするであろう細い腰、腕や足は折れそうなくらい細いが病気など頭に浮かばないような健康そのものの水々しい肌。

そして何より目を引くのが、職人が人生をかけて紡いだかような長く幻想的な輝きを放つ金髪だ。それが頭の横に二つ、後ろに一つ蒼いリボンでまとめている。彼女の美貌や白い素肌と合わさって髪自体が光を放っているかのような神々しさがあった。

肩までしかない白いシャツにこれも肩までしかない青いジャケットを羽織り、腕には翠のブレスレット型生活用万能端末ライフスプライトに、クリーム色のショートパンツにカーキーカラーのショートブーツを身につけている。

春先のこの季節では少し寒いのではないかというシンプルな服装だが、その露出の多い着こなしが彼女の肌と金髪をより一層目立たせ、際立たせている。

この女神なら公園の人達の目を釘付けにしたのも十分に頷ける。

しかし、魂を抜かれたように見とれていた進一はあるミスを犯していた。

今、進一はその女神に話しかけられていたのだ。しかも疑問形、つまり相手がこちらの返答を伺っている状態だ。

彼女の表情がイタズラっぽい笑みから怪訝そうなものになってからその事実に初めて気づき、進一は我に返った。

自分が彼女を短くない時間ほったらかしにしていたということに。

「な…なんでしゅか⁉︎」

噛んだ……。

待たせてしまった罪悪感から早く何か答えねば!という考えに取り憑かれた進一の頭は、赤ちゃん語を話すという失態をおかした。

失敗に継ぐ失敗と羞恥心で完全にオーバーヒートした進一は、力を失ったようにうつむいた。

そして沈黙からいきなり赤ちゃん語を話され、目を開いて驚いていた女神は項垂うなだれた進一を見てクスッと吹き出した。

(笑った?いや笑われたんだな…)

さっきから笑みを浮かべてはいたのだ。

声に出して笑ったのは進一のテンパり具合を見たからだろう。

笑っている彼女は本当の女神のようだ。

公園の人の目もさらに彼女に集まる。

彼女を笑わせたのが自分だと思うと誇らしいが、彼女に笑われているのが自分だと思うといたたまれなくなる。

彼女はゆっくりこちらに近づくと同じベンチに腰を下ろした。

こちらに緊張を与えないためか、ベンチの反対の端に座って。

よく見るとポニーテールのようにしてある美しい金髪が彼女の動きに合わせてふわりと揺れる。

衆人の目が今度は一斉に進一に集まる。

具体的には「何だテメェ、彼女の知り合いか?あ?」みたいな鋭い目だ。

しかし進一はその視線を特に気にしなかった。

この手の視線をいちいち気にしていたら、不良グループではやっていけない。

それより進一は彼女の話の方が重要だった。

彼女の気づかいのおかげで緊張や羞恥心はとれたのだが、今度は疑問が浮かんできた。

ざっと考えられるのは

1、何を見てたの、この変態

2、警察呼ぶわよ?

3、道を聞きたいんだけど…

4、デートして

…いや、4は妄想だ。忘れよう。

そうすると状況は極めてマズイ、1なら本気で謝ればどうにかなるだろう。

2は本気でマズイ。ニヤニヤ超人警部と夜、朝でケイドロなんて死んでも御免だ。

3は…うーん、可能性としてはあるだろう…あるはずだ!だって彼女は地図を見ていた!だったら道を聞いてくることも…。

そこまで考えたあたりで彼女がこちらに顔をむけてイタズラっぽい笑みで口を開いた。

「キミ、さっき何見てたのよ?もしかして変態?ヤッダ〜警察呼んでもいい?」

1と2のダブルパンチでしたか…。進一の頭は黒一色に染まった。

そして女神はイタズラっぽい笑みを全く崩さない。

「すいません!この辺じゃ見かけない人だったんでつい見てしまって…」

これはまぁ自分の中で一番良い言い訳だ。

彼女は見たことないというのは、間違いなく本当だ。

こんな美女に出会ったのなら嫌でも覚えているだろう。

この辺じゃ見かけないというのもあながち嘘でもない。

日本の少子高齢化対策に伴って外国人が増えたが、こんなに純度の高い金髪は全く見たことがないからだ。

そして敬語を使ったのは意識してのことだ。

立ち振る舞いなどから進一はこの人は年上だろうと推測していたし、何より今は自分は理不尽にも警察を呼ばれようとしているのだ。

(なんとしてもニヤニヤ超人警部が来るのだけは阻止しなければ…!)

進一の頭はズバリその決意だけである。

しかしその女神はこちらの反応を見てクスクスとまた笑った。

「ごめんごめん、あんまり真に受けるもんだから」

「え?じゃあ今のは?」

「もちろん、冗談よ。いくらなんでも少し見てたくらいで警察を呼ぶなんてことはしないわよ。」

唖然とする進一に当然と返す女神だった。

(良かった〜)

進一はとりあえず窮地を脱したのだ。

考えてみたらそうだよ…。ちょっと美女を見ただけで何罪に当たるんだよ。

そして彼女はこう続けた。

「それにこの辺じゃ見かけないっていうのも当然よね。だって私昨日日本に来たんだし」

「それじゃ海外から?」

「うん、ちょっと観光でね。前から日本には興味あったのよ」

大学の休日みたいなものか、と進一は適当に考えた。

「もしかしてお一人で来られたんですか?」

「そうよ?」

この疑問は妥当なものだ。

女性が一人で海外旅行なんてあまり聞く話ではない。

彼女の格好といい、暴漢などに襲われるなど微塵も考えていないのだろうか?

今の世の中では日本はかなり治安の良い方だと言われている。

それは素直に真実だと思う。

何しろイタズラ程度で警部がすっ飛んで来るのだ(まぁイタズラをした相手に銃をぶっ放すのだからあながち治安は良いとは言えないのかもしれないが…)。

とりあえず自分が気にするようなことでもないか、と納得した。

それに彼女に一瞬で肯定されてしまっては、進一には反論はできない。

「それで来たのは良いんだけど、ちょっと道に迷ってね」

まさかの選択肢3復活⁉︎

予想外のタイミングでの予想的中に少し驚いた進一だった。

「その万能端末スプライトには地図機能は無いんですか?」

生活用万能端末ライフスプライトには万能の名に相応しく、あらゆる日常生活のサポート機能がついている。

ナビゲーションシステムなどはその代表格のようなもので、ついていないなどということは通常ありえない。

この原則は海外でも同様のはずだ。

「あっ…うん、ちょっと今故障というか調子が悪くてね」

しかし彼女は少し戸惑ったような答えた。

ナビゲーションシステムの故障など端末そのものを修理に出さなければならないほど重要なことのはずだ。

それでも彼女の反応からこの話題はあまり触れて欲しくないと思った進一は、おそらく彼女に本題であろう話を進めることにした。

「そうですか、それは大変ですね。どこに行くつもりだったんですか?この辺の地形だったら近道も含めだいたい知っています」

まぁこの一年、町中駆けずり回ったからな〜、と進一は一応故障を気づかうセリフを言いながら思った。

「本当に?じゃあやっぱりキミに聞いて正解だったね。初めて行く国で最初に親切な人に巡り合うなんて本当にラッキーだわ」

進一が親切を買って出たのは、最初に謝罪を強要されたのがだいたいの理由なのだが…。

まぁ彼女の心底安心したという可憐な笑顔を見ると全て許せそうな気がする。

「えっと…トウキョウの総合管理役所って所に行きたいんだけど分かる?」

うん?あれ?

進一の疑問は別にその場所を知らないということから来るものではない。

その東京都総合管理役所は広い東京都の情報統制を主な仕事とする役所だ。

役所で管理された情報は種類に合わせて各種機関に振り分けされるという仕組みで、東京都の心臓とも言うべき場所だった。

知らない人の方が少ないのである。

しかし問題はそこではなく…。

「あの〜その総合管理役所のビルはあそこなんですけど…」

進一が躊躇いがちに指差したビルは自分達がいる公園からわずか3キロほどの所にあった。

「えっ?ウソ…今日の朝、私あのビルの隣を通ったのに…」

目的地がかなり近かったのに追い打ちをかけたのは、どうやら彼女自身の経験だったようだ。

「ま、まぁ分かって良かったじゃないですか」

苦しいがフォローにはなるだろう。

「そ、そうよね!日本で言う自業自得!ってやつよね!」

それだと自分を責めてることにならないか?と思ったがせっかく持ち直したのだ、余計なことは言うまい…。

「そういえば何故総合管理役所に?」

総合管理役所はあくまで情報の管理をしている所であって、それ以上のことはしていない。

観光に行くような施設ではないはずだ。

「うーん、野暮用ってやつかな。正直あまり行きたくないのよね」

「そうなんですか…」

彼女はめんどくさそうに言った。

彼女には彼女なりの理由があるのだろう。

そして彼女は唐突に立ち上がった。

よいしょ、というよりはすらっ、という立ち上がり方で会話で目を向けていなければ気づかないほど静かで上品な仕草だった。

黄金のポニーテールが彼女の行動と風でふわりとなびく。

「道を聞くだけだったのにすっかり時間とらせちゃったね。また今度会ったらこの借りは返すから」

そうか、そうなんだよな。

この女神は別に進一に会いに来たわけじゃない。

だから去って行くのが当たり前なのだ。

最初はガチガチだったのにいつの間にか自然に話せていた自分は、まるで友人のように彼女と会話している気になっていたのだった。

何か座っているのは彼女に悪いような気がして、進一もベンチから立ち上がった。

「いえ、俺もなんか色々関係ない質問とかしてしまって…、時間をとらせたのはむしろ俺かもしれませんから」

そんな自分が情けなくなって、何故か彼女に申し訳なくなって謝罪の言葉を口にした。

しかしそんな進一に彼女は文字通り女神のほほ笑みを浮かべた。

「ううん、一人の海外旅行で話し相手がいないのは少しさみしかったから話せて良かったわ。それに急いでるわけでもなかったしね」

俺を慰めているのだ。と頭では分かっていても、その笑顔と言葉で心はほぐれていくような感覚があった。

そして彼女は静かにそのビルへ足を向けた。

「じゃーね!色々と本当にありがとう!」

満面の笑みで手を大きく振って大声で言われるのは恥ずかしいかったが、これが外国流なのだろう。

進一も控えめに手を振って別れの挨拶に答えた。

彼女はその見た目通りに優雅に歩き出したが、数歩歩いた所でピタリと足を止めた。

何かを思い出したような仕草で、こちらを振り返る。

そして最初みたいなイタズラっぽい笑みで言った。

「キミ、敬語あんまり使ったことないでしょ?外国人わたしでも分かるくらいぎこちないわよ。もしまた会うことがあったら敬語はやめてね、それじゃ」

それだけ言い残して彼女は去って行った。

色々と疲れた進一はもう一度ベンチに座りこんだ。


不思議な人だったな。と進一は思った。

そして今まで会った中で一番綺麗な人だった、とも。

少し話しただけなのに胸にポッカリと穴が開いたような気がする。

(…また会えるだろうか?)

半分自分を元気付けるための疑問だったが、逆に寂しさが増した気がする。

会える可能性はゼロではないだろう。

しかし自分のような人間と彼女のような人間が出会うことは一世紀前に否定された奇跡そのものだ。

そして奇跡というのは二度は起きない。

そのことを進一は痛いほど知っていた、それだけの人生を歩んで来たから。

今まで幾度としてきたように一つ大きな深呼吸をして気持ちを切り替えた。

さっきの時間にしては本当に短い会話は運が良かったのだ。

そしてこれからまた始まる学校生活はきっと良い生活になるだろう。

だから進一はそのことを信じて学校への道をまた歩き出した。


希望を胸にした進一だったが、それは間違いだった。

もしかすると今の出会いで運を使い果たしだけなのかもしれない。

この会話を…、いや具体的には昨日から進一を監視している存在がいたのだ。

進一のいた公園から約5キロの所にある一般企業のビルの屋上に人影が三人。全員が黒いスーツを着ていた。

そして軍で支給されるような長距離監視用のサングラスをかけていた。

その中の一人。頭をスキンヘッドにした男がポツリと呟いた。

『まさか…奴が日本に来ているとはな…』

そこにはなんの感情もない。

ただ状況を確認するための無機質な声だった。

『奴?隊長は目的ターゲットと話していた女のことを知っておられるのですか?』

スキンヘッドの「隊長」と呼ばれた男に質問を投げるのは、彼の後ろにいた彼よりも一回り若い茶髪の男だった。

若い男の体は少々歪だった。

体の割りに腕が異様に太いのだ。

槍投げや砲丸投げの選手でもここまで太くはないだろう。

その剛腕は茶髪の男が人工系四元素エレメントの一つ、『体』によって身体強化を受けている証拠である。

『ああ…知っている。その道では世界でも五指に入る実力者だ…。気づかれてなければ良いのだが…』

『それはあり得ません。この距離を視覚拡張レンズではなく肉眼でとらえるのは、我々にもできないのですから』

隊長はやはり無機質な声だった。

そして若い男は隊長に対する補足情報を発言する。

すると二人がいる場所から一段下の場所から今まで沈黙していた一人が上がってきた。

階段や梯子を登って来たのでも、エレベーターを使ったわけでもない。

15mはある高度差をただ一回の跳躍によって詰めたのである。

この男は三人の中でも一番身長が高い。

それには理由があった。

茶髪の男に対してこの男は足が異様に発達しているのだ。

この三人は全員が『体』の四元素エレメントによって強化された人間だった。

長身の男は気軽そうに言った。

『へぇ〜あんな美しい女がね〜。綺麗な薔薇には棘があるってね〜。やっぱ人は見かけによらないもんですか〜』

『あまり舐めない方が良い…。今回の我々の目的と彼女の職業は相性が悪過ぎる…。下手をすると喰われるかもしれん…』

長身の男の油断を指摘したのは隊長だ。

長身の男は方をすくめた。

『しかし彼女は目的ターゲットと友人ではなさそうです』

『…知り合いではないはずだ。諜報部の報告にも彼女のことは一切書いていなかった…』

『知人じゃね〜なら警戒する必要もないんじゃないですか〜?もう別れちゃったし〜』

『そうだな…。無用な心配に意識割いてる場合ではない…。しかし…また機会を逃したな…、目的ターゲットが予定より早く出発したのを機だと思ったが…手をこまねいているうちに通行人が増えてしまった…』

隊長には感情が無いわけではない。

声は無機質でもわずかにいらだちの感情が込められていた。

『だから昨夜にやっときゃ〜良かったんですよ〜。たかが警官一人いくらでも揉み消せるでしょ〜に』

『フット、あの警官はただの警官ではありません。かの佐刀さとう家の人物です』

『ハンド〜ビビり過ぎじゃね〜か?この臆病者が〜』

『お前達…佐刀京介という男の実力を見くびっているな…。警察がその実力ゆえに上の役職につければ厄介だと判断し…ただの警察署に勤務させたのだ…。倒せぬとは言わんが組織きっての適合率を持つ我々三人でも無傷とはいかんだろう…』

またも隊長が二人の油断を無機質な声で指摘する。

『あの、同情したわけではなくただの興味なのですが、何故彼が目的ターゲットなのですか?どう見ても私達に影響を与える人物には見えません』

ハンドが先に否定を言葉を並べながら控え目に尋ねる。

『そ〜すよね〜、それにわざわざベスト3の俺らじゃなくても良いじゃね〜ですか?こんなの雑用の仕事と変わらない〜すよ〜』

そこにフットが自重のカケラもなく質問を重ねた。

隊長はしばらく沈黙していた。

そして重々しく口を開いた。

『……あの少年は「未知アンノウン」の可能性があるのだ…』

部下二人はしばらく沈黙していた。

絶句していたと表現しても間違いではない。

『可能性がある。まだその段階だ。…しかしだからこそ我々三人が担当することになったのだ…「未知アンノウン」の存在を知るのは…組織の中においても我々以外に数名しかいないのだからな…』

絶句していた二人の部下は隊長の言葉で緩めていた気を締めた。

『しかし…作戦開始からすでに12時間経過…。これ以上手をこまねいていては我々の手際が組織に疑われる…』

その言葉を聞いてフットとハンドがビクリと震える。

生唾を飲む音が聞こえそうだ。

それだけ彼らの組織は強大なのだった。

『学校内ではさすがに手は出せん…。よって今日の下校中…何があってもそこでケリをつける…』

隊長の宣言だった。

『『了解』』

そして二人の部下が全く同期した声で返事をする。

三人は右腕に巻かれた戦闘用万能端末バトルスプライトを起動させ、ビルの屋上からなんの躊躇いもなく飛び降りた。

あと数時間あるとしても決して油断をしない。

その決意を胸に秘めて。


少年の平和なる日常は既に蝕まれていた。

このままではやがてどうしようもなく崩壊するだろう。

しかし渦中の中心である少年は全く現状を把握していない。

自分に力があることも自分が誰かに狙われていることにすら気づいていない。


「やっぱりね」

そして女神はイタズラっぽく笑っていた。







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