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エレメンタルストーリー  作者: 西郷隆成
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四元素の歴史

翌朝、春になり少し暖かくなってきた太陽の日射しを浴び、進一は目を覚ました。

一つ大きく欠伸をする。

「眠い…」

不良グループの他のメンバーと違い、春休みに生活習慣が乱れるということはなかったが昨日の鬼ごっこ(ケイドロ?)のせいもあるのだろう。疲労が溜まっている気がする。

時計を見ると7時00分だった。

寝坊しなかったのは日頃の成果なのだろう。

さすがに新学期初日から遅刻するわけにはいかないからなとまだ覚めていない頭でボンヤリ考えた。

起き上がってリビングへ向かうとテーブルの上に置き手紙とご飯、目玉焼き、味噌汁の朝食が置いてあった。

その光景に進一は違和感を覚えた。

この時間なら母親がキッチンで朝食を作っているはずの時間帯だ。

もしかして今日が登校日だと伝えていなかったか、と思ったが息子のことになると凄い心配性を発揮するあの母親に限って登校日を知らないということはないだろう。

そしてテーブルの上の置き手紙に目を向ける。

今の時代、手紙という言葉は死語に近い。何かあるなら生活用万能端末ライフスプライトや通信チップで即座に連絡をとれるし、相手がすぐに連絡を取れない場合でも生活用万能端末ライフスプライトにメールなり音声メッセージなりを残すことができるからだ。

手紙は基本的には何か大きなイベントなどにしか使わない。

まぁあの母親なら息子を朝家に一人で置いてきぼりにすることに過剰な罪悪感を抱いてわざわざ置き手紙にしても何もおかしくはないのだが…。

いやむしろここは進一の方が朝食を作っておいてくれた母親に感謝するべき時なので母親が罪悪感を覚える必要はないと言える。

ともかく進一は置き手紙を手にとって見てみる。

『進一ちゃんへ

今日は新学年初日で進一ちゃんが晴れて高校二年生になるとても大事でおめでたい日なのだけど、残念ながらお母さんにはどうしても外せない、本当にどうしても外せない急な急な用事ができてしまって…。

突然出かけることになってしまいました。

進一ちゃんが帰ってくるまでには必ず戻りますから、火傷に気をつけてしっかりとご飯を食べて、怪我のないように無理しないように新しい学校生活を過ごして下さい。

お母さんより』

俺は戦争に行く病弱息子か‼︎とツッコミたくなるほど過剰…いや異常な心配だ。

これは息子思いの範疇を逸脱していると言っても過言ではないだろう。

しかし

「いつも通りか」

そう、これが俺の日常だ。いちいち気にしていたら神経がもたない。

半ば現実逃避気味に手紙を置いて朝食を食べる。

使用してる皿に一定の温度で熱を保ち、必要な場合に加熱する自動加熱保存装置ヒートキーパーが備え付けられているので料理は作りたての状態のままだった。

学校に行く準備は昨日のうちに済ませてある。

忘れ物をしていないかという疑問を食べ終えた食器を食器洗浄機に運びながら頭の中で確認する。

宿題を終わらせたのに忘れた、なんて台詞を言っても100%信じてもらえないのは今も昔も未来もきっと変わらない。とはいっても半分以上が学校用万能端末スクールスプライトの中にデータとして入ってるので紙媒体の宿題はほんの数冊しかない。

鞄の中を探ってみるが忘れ物はしていないようだ。

時計を見ると7時20分だった。

いつも8時に家を出ても間に合うので登校するには少し早い時間だ。

ただ8時まで特にすることもなかったので進一は登校することにした。

部屋に戻り、一ヶ月ぶりの制服を手にとってみる。

たった一年間しか着ていないのに随分と年季の入った雰囲気を醸し出している。

頭に(正確には脳内に)ニヤニヤとした警部とモヒカン頭の小物臭野郎とあいつの顔が浮かんだのは原因がその三人にあるからだろう。

あと二年間は耐えてくれ、と意思のない制服に切なる願いを込めながら袖を通す。

制服は一部の四元素エレメント専門学校などを除いて今も黒の学ランと白のワイシャツという伝統?を守り続けている。

変わったのは素材くらいだろうか、学ランは天然繊維を黒色に着色した特殊金属の粉でコーティングすることで布自体の強度を上げながら伸縮性や保温性を損なわず、塵や埃などの付着物が付きにくくするようになっている。さらに洗濯によって色落ちしたり、天然繊維が影響を受けることがないためわざわざクリーニングに出すという手間をおかさなくても良い利点もある。

ワイシャツは夏も使用するため通気性重視の傾向がある。熱を妨げる効果がないかわりに汗の蒸発や熱の発散を妨げることがないということだ。もちろんこちらにも金属コーティングの天然繊維が使われているため強度は高い。

もっともそんな制服がたった一年間で目に見えてボロボロになるという事実が彼の生活の特異性を物語っているとも認識できるのだが…。

慣れた手つきで手早く制服の着替えを済ませた進一は、机の上で充電してある学校用万能端末スクールスプライトを左腕の手首に巻いた。

右腕の生活用万能端末ライフスプライトよりも学校用万能端末スクールスプライトは長いので、一緒につけると不格好だが、制服の袖に隠れるので気にする必要はない。

それより問題は数冊の春休みの宿題をどう持って行くかである。

いつもなら必要な物は学校用万能端末スクールスプライトだけなので、この問題は生じない。

去年は鞄を使ったが、妙に疲れるし鞄の中が少なすぎて持ちにくかった。

かといってむき出しのまま持つといろんな意味で目立つ。

少し悩んだ後で進一は配達してもらうことに決めた。

家から学校まで物を配達してもらうのは何事か?と思うかもしれないが一部の会社員や公務員などは日常的に配達を利用している。

配達は全て機械によって管理され、送り間違いや時間に遅れることがないようにコンピュータで完璧に管理されている。

つまり盗難や紛失、破損などはなく、目的地まで荷物を運んでくれるというわけだ。

そのかわりしっかりとお金はとられる。

進一は生活用万能端末ライフスプライトから仮装型のタッチパネルを呼び出して配達に連絡した。


用意を済ませた進一は家を出て、ドアに指紋認証型の鍵をかけた。

生活用万能端末ライフスプライトは7時35分を表示していた。

やはり早い時間だ。

一年前とは違い、学校に行く足が重いというわけではないが今日くらいはゆっくり行こうと進一は思った。

そして久しぶりに通る通学路見る。

まだ学校まで距離があるので同じ学校の生徒は見当たらないが、違う学校の生徒は3、4人いる。

徹夜で宿題をやっていたのか目の下にくっきりとクマを作った者や部活動用のジャージでジョギングしている者もいる。

ふと緑の制服をきた少年が目に入った。自分のような黒の学ランではなく、いかにも高級感漂う服だ。

(人工系四元素エレメント専門学校の名門校の制服か…こんな所を歩いているの新入生だからか?)

昔の基本教育である国、数、英、理、社の五教科に四元素エレメントが加わり六教科になったのは最近のことだ。

150年前、ロシアにおいてアストランタ•ヘイルが秘匿状態にある四元素エレメントの存在を公開したのが現代における四元素エレメントの起源と言われている。

しかし四元素エレメント自体は遙か太古の昔から存在していた。

四元素エレメントを操る者達は「使い手」と万民から崇められ、称えられた。

人の身に余る力を持った使い手達は雨を降らせ、風を呼び、火を起こし、地震をとめた。

やがて彼らはこう呼ばれるようになった、「神」と。

しかし崇拝されることに慣れてしまった神達は自分と同じ力を持つ他の神の存在が邪魔になった。

自分だけが唯一無二の存在でありたいと強い邪心を抱くようになった。

そこまで邪悪でない神達も自分を慕ってくれる人々のため、敵対している神達に闘志を燃やすようになった。


そして始まったのが四元素の使い手同士の戦いだった。


その頃にはまだ爆弾はおろか、弓矢すら発明されていなかった。

そのため使い手が四元素エレメントの一撃を振るうたびに死体は山と溢れた。

やがて混乱は世界に広がり、第零次世界大戦と呼べる状態に陥った。

だが数年後、大戦は唐突に終わった。

当時、最強の使い手だった四人の神が互いに手を結び、各地の戦争を鎮圧していったのだ。

現代とは違い、この第零次世界大戦は個人の戦いが世界にまで影響を及ぼした戦いだ。

つまり原因の個人を止めてしまえば、即座に戦争は終わる。

鎮圧に一年もかからなかった。

自惚れた使い手達は最後まで自分が、最強だとのたまい、手を結ぶなどの対策を講じなかった。

いくら優れていようと最強の四神には全く歯が立たなかったのだ。

戦争は終わった。

血は流れた。

そして四神は聡明だった。

誰もが二度と悲劇を繰り返してはならないと感じていた。

これからは新たな武器も発明され、より人と人が争う時代が来るだろう。

その時代に、四元素エレメントを持ち出されてはならない。防ぐ手を施しておかねばならい。

四神はそれが自分達の使命だと悟っていた。

それから四神はもう一度世界を巡って、残った使い手に身を潜めるように説得していった。

さらに使い手ではない聡明な者を集め、使い手無き後の世界を託した。

ほとんどの使い手が承諾した。

彼らも戦争の爪痕を見て、自分達がどれだけ愚かだったのかをやっと自覚できた。

そして聡明な者も使い手の後を継ぐことを了承した。

まもなく世界から使い手達は姿を消した。

まるで全てが夢だったかのように。

もはや少なくなりすぎた使い手達には戦争後の混乱の中で姿を眩ませることなど、造作もないことだった。

四神が目をつけた聡明な者達は賢者として立派に各地をおさめた。


そして四元素エレメントの使い手は秘匿を掟として身を潜め、賢者は神々の争いを様々な神話として世に定着させ、「神の力を持つ人」などいないという事実を人々に信じさせた。

その後、第一次世界大戦、第二次世界大戦が起こったが四元素エレメントが使用されることはいずれもなかった。

歴史が繰り返されることがなかったのは、太古の偉人達の努力の結晶と言えるだろう。


(その偉人達には感謝するけど、アストランタ•ヘイルが四元素エレメントの秘匿を破って、再び世界が第三次世界大戦状態になったから歴史は繰り返したっていうべきかもな〜)

進一は一学期の四元素エレメントの授業内容を思い出しながらため息をついた。

もう学校への道は半分以上を消化していた。

今いるのは昨日も来た公園だ。そして昨日と同じベンチに座っている。

緑の制服の少年もさっさと自分の学校の行ってしまった。

(それより…ここまで来て学校の奴に一度も会わないなんて変だな。みんな寝坊か?…ん?)

最後の疑問符は目の前の光景を見て違和感を感じたことによるものだ。

同じ学校の奴はいなかったが、この公園には人がいないというわけではない。

その多くない人が皆同じ方向を見ている。

(俺?いや俺の左か?)

さすがに自分が世間の目を釘付けにしているなんて辰男のようなことは思わない。

しかし、皆がなぜ同じ方向を見ているのか気にはなる。

自分の左といえば、確か地図があったはずだ。

進一は好奇心に釣られて左を見た。


そこにいたのは人物だった。

そこにいたのは女性だった。

そこにいたのは女神だった。

彼女は手を後ろで組んで地図を食い入るように眺めていた。

進一は見とれていてしまった。

それが大きな失敗だった。

公園にいる人の視線は彼女にとっては背中、つまり死角から向けられているものになる。

しかし進一は彼女の左側、彼女にとってはギリギリ見える位置にいたのだ。

結果、彼女はこちらに顔を向けた。

あれっ?俺の心臓止まりました?という衝撃で何のアクションも起こせない進一に彼女はイタズラっぽい笑みを浮かべて言った。

「ねぇ、ちょっといい?」

終わったな…。何が、とは言わず、進一は素直にそう思った。






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