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夏と、君の花  作者: 御剣悠一
9/9

最終話 おかえり



電子音が響く白い部屋。

手足は愚か、首さえ動かせない。

僕はバスの中でトラックに轢かれた。

なんでバスに乗っていたんだ?

思い出せない。


僕は、尾上。

名前が出てこない。

苗字だけは覚えている。

私物は、爆発した際に燃えてしまった。

そう聞いた。


他は、大方覚えていた。

家族も来た。

その時に僕の名前が清彦だと知った。

初めて、体を動かしていいと言われた。

もうひとつ、知った。

右目が見えなかった。


ものを掴めなかった。

距離がわからなくなった。

視野が狭まった。

医師に、視力を治せるか訊ねた。

視力は戻って0.01あるかないかだそうだ。

片目の視力が悪いと、もう片目も悪くなる可能性があると聞いた。

次の日から、僕は眼帯を付けた。


リハビリを始める事になった。

僕はすぐ歩けるようになった。

腕も支障なく使えた。

距離感を覚えるのには時間がかかった。


距離感は掴めた。

事故から1ヶ月が過ぎていた。

仕事はクビになっていた。

僕は親の知り合いのもとで鍛冶を習った。

いつしか、ひとりでも鍛冶が出来るようになっていった。




親方がまともに仕事をくれるようになってから1年になる。

最初は、ハンマーをインゴットにぶつける事ですら外してしまうような状態だったが、今では一人で製作を出来る。

まぁ、出来るといっても流石に時間はかかるし、親方には所要時間も質も勝てはしない。

だが、作れる事が嬉しい。


ある日、親方から山奥の村にいた職人が引退するので、そこまで忙しい場所でもないのでそこで鍛治をやらないかと誘われた。

腕を買われたのが何より嬉しくて、僕はその地へ向かった。

長い坂道、Tシャツで来たのが間違いだったようで、汗を吸った服が重い。

日差しを遮る帽子を押さえて登っていくと、街灯が見えてきた。

街灯の下に、女性がいるのが見えた。

「あの、この近くの村の鍛治場に赴任した者なのですが、村の場所はわかりますか?」

女性は、突然話しかけられて面食らった様子だった。

「……案内するから、ついてきて」

僕はそう言って踵を返してわき道を歩く彼女に、腕がない事に気付いた。

そして、仄かに懐かしい感じがした。


ザクザクと砂利道を歩く。

僕らの間に会話はなかったが、彼女がふと口を開いた。

「前に、この村に来た男の人がいたんだ」

まるで古い思い出を語るように喋り出す。

「あたしの腕を見ても、普通の人と変わらない扱いをしてくれたんだ」

彼女は、柔らかい声で僕に語りかけてくる。

僕はただ聞いていた。

「あたしはその人に恋をしたんだけどね、その人は違う街に住んでいたから帰ってしまった」

村の人がぽつぽつと見え始めた。

彼女は続ける。

「あたしは、彼と約束した。いつか彼が、またこの村に来る時に街灯の下で待っているって」

ふと気付くと、彼女の案内は鍛治場への道をそれていた。

だが、いつの間にか彼女の話に魅入られていた僕は彼女に着いていった。

彼女は、店の前で足を止めた。

「あたしはずっとあなたを待っていた。だから今度はあなたが待つ番だよ」

彼女はそう言うと、店の中へと消えた。

僕がしばらく待っても、彼女は戻らない。

待ちくたびれて中へと入ると、彼女が舞台に立っていた。

あの日着ていた赤いドレスを纏って。

………あの日?

彼女は僕を見て、マイクを手に取った。



いま わたしの ねがいごとが

かなうならば 翼が ほしい

(翼をください/赤い鳥)



僕をあの甘い声が包む。

この声が懐かしい。



このせなかに とりのように

しろい翼 つけてください



………そこで歌は止まってしまった。

彼女がマイクを持ったまま、目に涙を浮かべて唇を噛んでいた。

彼女の嗚咽だけが場に流れる。


“彼女が泣いている”


僕の中に声が響く。

彼女の声が懐かしい。


“泣かないで”


泣いてほしくない。

君は笑顔な方がいい。


“笑って”


声は、僕を歩かせた。

腕が彼女を包む。


“思い出したか”


あぁ、全部。

もう大丈夫だ。


“後はわかるな”


わかるさ。

僕に言われるまでもない。


「お待たせ、百合」

「…遅いよ、ばかぁ」


百合が肩を預けてくる。

あの時のように、僕が体を支える。

小さな肩が、前より少し大きくなっている気がした。

僕の知らない時を歩んだ彼女の、成長の証なのだろうか。

僕もまた、あの時と違って変わった。

筋肉がついて、目を失った。

「清彦さんが、事故にあったって聞いて、もう……もう………、」

ぐいっと、僕の体に顔を押し付けてくる。

「もう……会えないっ、かと…思っ…、たんだからなぁ……!」

僕の服に、百合の涙が染みる。

百合に心配させていた。

しかも、1年間百合を忘れていた。

今思えば、何か抜け落ちた気がし続けてたこの1年間だった。

その1年間分の愛しさを込めて、百合を思い切り抱きしめる。

「百合を思い出せなかったのが、いつでも辛かった。百合を抱きしめて初めて満たされた気がするよ」

「あたしもだ…ばか…」

そうして、僕らを照らす夕陽は過ぎた。

夕陽は影をひとつだけ作って沈んだ。


-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-


僕は鍛治場に荷を置いた。

これからこの村で生きていく事にした僕の家だから、家の奥に向かってひとり「よろしく」と声をかけた。

荷を解いて、早めに仕舞う。

作業場が広く、居住スペースが狭すぎて、布団も敷けない。

あまり多くなかった事もあって、荷は早く解き終わった。

そこに鳴る足音。

振り返れば、百合だった。

「こんな所に住むのかぁ」

「やっと見つけたやりたい仕事だから、別に嫌じゃないよ」

百合が居間にあがる。

僕は彼女を見つめた。

何かを思いついた百合は、僕をニヤリと見てくる。

「問題です。あたしはどんな仕事をしてるでしょうか、どうぞ!」

そういう百合に、

「昼は家畜の世話、夜は歌手」

即答。

「んなっ!?」

「あの日、お父さんと話してる時にきいたよ。君が一番可愛がってる、犬の…ハンスだっけ?と一緒に撮られた写真も見た」

顔を紅くしていく百合。

やっぱり、彼女に惚れて良かった。

こんな可愛い子に惚れられて良かった。

そんなこんな、話をしていると、ふと会話が途切れた。

どちらが口を開くでもなく、鈴虫の鳴き声に包まれる居間。

顔をあげれば、こちらを期待した目で見つめる百合がいる。

「…あたし、眼帯してる清彦さんも好き」

「そうか。嬉しいよ、百合」

僕は、百合の唇をまた奪った。

唾液が入り混じり、百合の顔の熱が伝わってくる。

「百合、僕を清彦さんって呼ぶのはもうやめないか?」

「なら、なんて?」

「清彦」

「しっくりこないよ」

「なら、あなた?」

「…はずかしいよ」

「なら、」

開けたその口を、百合からの熱いキスで塞がれる。

「一番いいのを、これから一緒に見つけていこうよ。時間はもうあたし達を引き離さないんだから」

そうだな。と返して、また、キス。

キス、

キス、

キス。

僕は息も絶え絶えになって、そして期待し僕を待つ百合がいた。

僕は、百合の服の肩紐を解いた。



……………

………



キン、キン。

金床からは今日もいい音がする。

火を前に、鍬を打つ。

その音の中でもわたしには気付く。

「おう、おかえり」

「ただいまー」

夏の日差しが強い。

わたしは戸を引き、二階に荷物を放り出した。

一階に降りて冷蔵庫を開ける。

そこに、また足音。

「ただいま、お父さん」

「おかえり、百合」

注いだ麦茶を机にほうって、私は帰ってきたお母さんの方に行く。

「おかえりー!」

「ただいま、夏菜」

若々しいお母さんは、買い物をし終えてきた所だった。

「今日も早いのね。どっかに行くの?」

お茶を飲み干したお母さんが私に訊ねる。

「穂くんと遊ぶ約束してきたから、行ってくる!」

といいつつ、私は荷物を取りにいった。



「なぁ、百合」

「なに、お父さん」

「いい子に育ったな」

「何よ、これからでしょうが」

「俺も年食ったかなぁ」

「私からみれば、まだあの頃のままよ」

「そういう君は丸くなった」

「どこが」

「口調が変わった」

「そう?」

「昔なら、そうかなって言ってた」

「あー、確かに」

「まぁ、嫌いじゃないさ」

「私は今のあなたが一番好きよ」

「万年汗臭いぞ」

「働く男じゃない」

「眼帯だぞ」

「昔も、格好いいって言った」

「お父さんだぞ」

「お母さんだし」

「パパだぞ」

「パパって、あはははは」

「笑うなよ」

「だって、パパって…ふふ、あはははは」

「全く」

「ひーっ、ひーーっ」

「笑い過ぎだぞ」

「いいじゃない、パパ」

「百合…」

「もう、拗ねるな!とう!」

「あぶ…っ、ないなぁ」

「…あの子も、きっとお父さんみたいな人に出会うよ。きっと」

「そうだな」

「孫を見るまで死んだらダメだからね」

「曾孫まで見るつもりだぞ」

「まぁ、孫は早いかもね」

「えっ」「だって夏菜、穂くんと付き合ってるし」

「……」

「えっ、知らなかったの?」

「……じゃあさっきのは」

「いい子じゃない穂くん」

「……」

「あっ、健全な仲よ」

「……ならいい」

「キスはしたらしいけど」

「……」

「娘はやらんのタイミングはまだ先よ」

「……むう」

「やっぱり年食ったね、お父さん」



「あの、降りていい?」

おずおずと私は階段の上から顔を出した。

「ん?別に?」

「あとお母さんなんで穂くんの事言うかな全く……」

お母さんを見て言うと、お父さんがこちらを向いた。

「…嫁には」

「気が早いって」

お母さんにいなされるお父さんをよそに、靴を履く。

「夕飯には帰るのよ」

「はーい!」

叫んで、私は走りだす。

夏の、日差しの中に。

通り過ぎる道に咲く花が揺れる。

お母さんが持ってきて、お父さんが植えた百合の花。

両親の愛を受けて育ったた、花。

お父さんは、それを愛おしそうに呼ぶ。



「夏菜」と。




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