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夏と、君の花  作者: 御剣悠一
8/9

第8話 ひとつになって、夜を見上げて/Lily Marleneが咲き誇る

百合が10曲目を歌い出した。

彼女もああは言っていたが、あそこまで露骨な愛情表現をされていたのだ。

テンションが上がりまくっているのが、見ているだけでわかる。

百合のお父さんが、娘のその様子を見て僕に呟いた。

「あぁまで喜ぶ百合は久しぶりだ」

初対面の時、体のあまりの大きさに僕は密かに熊という一字を脳裏に浮かべていたものだった。

だが、さっきの宣言の答えからするに、僕は認めて貰えたのだろうと思う。

だがいまいちわからないのがこの鍵だ。

何故鍵を渡したのか。

その鍵を眺めていると百合のお父さんが僕を見て言った。

「百合の奴後で疲れ始めるから、軽ぅく酔った所を家に連れ帰っていてこますといい。清彦、お前の好きにしな」

思わず口に含んだピスタチオを吹き飛ばしてしまった。

「実の父親が何を言ってるんですか…」

「実の父親だから、あいつの考えてる事全てを理解出来るんだよ、坊主」

僕の反撃にも動じない熊の如き大男は、ニヤリとしてポケットを探った。

「おう、忘れる所だった。少し古いがまだ使えるだろう」

スッと僕の手に何かを握らせた大男は、そのまま歌いきった娘の所へ歩いて行きマイクを受け取って歌う曲を探し始めた。

握らされた手を開く。

そこにあったのはゴム製避妊具だった。

「……」

あのお父さんが何を考えているのかなど全くわからないが、これも一応認められたと言えるのだろうか。

「清彦さん!歌い疲れた!」

突然左側から声が聞こえて、振り返れば百合が倒れかかってくる所だった。

「おぉっ!?」

咄嗟に右足を地面に押し当てて、彼女のそれ程重くはないが充分に危ない体重を支え込んだ。

しっかりと抱えられたのを確認してから彼女を抱き起こすと、百合は僕の膝の上に乗ってきた。

「清彦さん…清彦さん」

「……なに、百合」

優しく髪を撫でる。

心底気持ち良さそうな顔をして、僕の胸の中で喉を鳴らす。

猫か何かか君は。

百合は完全に出来上がっている。

……どうするべきか。

「百合」

「なぁに?」

連れ帰るのはいいが彼女はもしかしたら嫌がるのではないか?

彼女を傷付けてしまえば、何もかも終わってしまうんだ。

「百合、そろそろ…」

「ん~?」

ダメだ。

それはダメなんだ。

「家に、連れてくよ」

「ん、行こう!」

ダメなのだ。

だが、逆らいきれない。

彼女を、僕色に染め上げてしまいたい。

彼女と繋がって、溶け合って、ひとつになってしまいたい。

そんな気持ちが僕を支配していた。


神崎家に辿り着いた僕らは、百合を抱きかかえて彼女の部屋に入った。

彼女は僕が座ると、リリーマルレーンをかけてから僕にもたれかかってきた。

僕を無理やり押し倒して、僕の上に寝そべった彼女を抱きしめてしまう。

肩と腰に手を回して、僕らの脚を絡めて組んず解れつと転がって、縁側に出た。

しばらく見つめ合って、僕らの間に流れるリリーマルレーンを二人で聴いた。

僕が彼女の肩を抱いた。

彼女は一瞬驚いていたが、僕に体を預けて目を瞑って唇を向けた。

僕は、愛おしい彼女の唇に軽く口付けをして、ゆっくり離した。

百合の口から、あっ…、という声が聞こえて、切なさを含んだ顔をしていた。

また、百合が期待する様に目を閉じる。

僕はその唇を貪るように接吻を続けた。

互いの唾液が混じり合って、何の味だかがわからなくなる程に唇を重ねた。

何度も、何度も。

何度も、何度も。

息継ぎの時間さえも惜しい。

少しでも彼女と唇を重ねていたい。

彼女が息を吸う時の声、舌を重ねる度に鳴る水の音、離した時に見える紅潮した顔。

全てが愛しい。

全て自分だけが知る、自分だけの百合。

お互い息切れして、はぁはぁと言いつつも僕に倒れかかる百合と、そんな彼女の体を抱きしめる僕。

愛らしいいつもの百合の顔はなくトロンとした顔を向ける彼女。

気付けば僕は百合を押し倒していた。

彼女を見つめて、手を出しそうになった。

「兵舎の前の大門に街灯がひとつ、ひっそりと立っていた」

彼女はぽつりと言った。

百合は続ける。

「そこには、女が待っていた。門を越えてくる彼を待って」

百合は目を閉じていた。

「兵舎からは、門の外に兵がひとり、出て行くのが見えた。兵士達はその兵が何をしているのかは見えなかった」

幸せそうな顔をした百合。

僕はその横に添って寝転んだ。

「街灯は影を映した。二つの影が街灯のもとに現れ、次第に影は一つになった」

百合は、少し目をあけて僕を見た。

「彼らが愛し合っていたのは、影を見ればわかった。やがて門限が来て、衛兵は叫んだ。早く入らないと3日営巣行きだ、と」

僕も彼女と向き合う形で彼女を見た。

「影は分かたれて、片方が門に消えた。また次が来るかはわからない。だが、女はそこで待つのだろう。帰りがいつと知れずとも」

少し切なさを見せて、百合は微笑んだ。

「彼が戻らねば、違う男と立つのだろうか。女にそう思う者もいた。だが、女は来る日も来る日もひとりで来て、街灯の下に立ち続けた」

目を閉じる百合。

百合の声が少し震えだす。

「また今夜も、兵舎からひとつ影がやってくる。街灯の下、待っている女のもとに」

百合は涙を流していた。

今のは、ドイツ語版のリリーマルレーンの歌詞を意訳したものだ。

愛し合ってずっとそばにいたいのに社会がそれを許さない。

引き裂かれて、でもまた引かれあう。

「清彦さん…あたしはあなたが帰ってからどうしたらいいかなぁ…」

百合は、精一杯の作り笑いで僕に訊ねる。

僕は明日、街に帰る。

彼女とは、いつまた会えるかわからない。

僕には仕事があるし、彼女がいなくなれば村も暗くなる気がする。

僕らは、明日をさかいに引き裂かれる。

「百合…」

「……村の外の道…」

呟いた彼女は泣き止んでいたが、目尻に涙が残っていた。

「あの街灯で、毎朝待っているから…」

「また来たら、そこに行こう」

泣き顔のままの百合を抱きしめる。

背中に温かい線が出来る。

涙を流す彼女と別れを告げて、僕は民宿に戻った。

夜のうちに、僕は村を出た。

彼女が、僕を引きずらないように。

夜行バスに乗り、街へと向かう。




僕が最後に見たのは、横から突っ込んで来る大型トラックのライトだった。



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