第6話 強引さは、駆け引きには必要か/Lily Marleneのポーカーフェイス
一連に屋根の並ぶ、小さな商店街の様な場所に案内された僕は、そこにいた人々に驚かされた。
ある人は野菜を量り売りして、またある人は蕎麦を目の前で打っていた。
「少し待ってて」
そう右から聞こえたかと思うと、既に百合さんは一軒の店に走りだしていた。
しばらくすると、戻ってきた百合さんの肩には、ゴムのベルトで装着されている義手があった。
彼女は、左の義手の開いた手を出して、
「はぐれるから、手ぇ繋ごう」
と言ってきたがよく考えると手を繋いで歩かないとはぐれるような人集りは無くまた彼女程の歩行速度なら僕でもまず追い抜かれる事はない。
「あれ、じゃあ要らない気が……」
すると、彼女が左腕をぐいと押し付け、
「はぐれないけど手を繋げ唐変木」
「えっ」
ムスッとした彼女は僕に手を繋ぐ事を強要してきて、仕方なしに僕は義手を掴んだ。
「もう、百合さんは我が儘だなぁ」
そういうと、更に顔を険しくしていく百合さんが口をぱくぱくと動かして何かを言おうとして、でも言えない、といった顔をしていた。
しばらく立ち止まって、動かずに俯いた百合さんと、手を握ったままの僕。
黙ったまま向かいあうふたりの間を風が吹き抜けた時に、彼女は口を開いた。
「百合」
「百合?」
「そう」
体を密着させてきた百合さんは、僕を見上げるように、胸に顔をうずめて喋りだした。
「百合」
「…百合」
「百合でいい」
百合でいい、というのが名前を呼び捨てしていい、という事だと気付く。
やはり、彼女は時々怒ったりからかってきたりするが、可愛い。
ちょっとだけ、調子に乗っても怒られないだろうか。
「じゃあ、行こうか。百合」
蹴りで怒られた。
…―…―…―…―…―…―…―…―…―…
しばらく色々な場所を歩いて回った。
わかったのは、素材や食材の持ち込みが非常に多い事。
特に魚は持ち込みが多い事。
というより魚を売っている店がない事。
魚は釣るものという認識である事。
………魚ばっかりだった。
歩き疲れた僕らは、百合の紹介で木造の蕎麦屋で蕎麦を食べる事になった。頼んでいた盛り蕎麦が届いてから、百合が蕎麦を箸を握らずに食べられない事に気がついた。
顔を上げると、百合の眼が、やっと気付いたか、と語っていた。
何となく察した僕は、百合を焦らす事にしてみた。
「……何をして欲しいの?」
「……」
無言で口を開ける百合。
その口の中に、わさびをほんのちょっと詰まんで投下した。
口に現れた、チョコベビー大の異物を舐めると、んうっ、という声を上げて頼んだ麦茶を1/4程飲む。
「わさび……っ、もう!口の中が痛くなったじゃないか!」
「ごめん、ついつい百合をからかってみたい衝動に駆られて」
むせて涙目の百合の口元に、蕎麦を運んでやると、口をひらく。
そして、口には入れない。
「あー……」
「……」
「……」
「……」
「……食べさせてよ!」
喉が渇いたのか、麦茶を飲む百合。
いい加減可哀想なのであげる事にした。
「じゃあ、あーん」
「あっ、あー…、ぁむ」
口に蕎麦をくわえたのを見て、箸を抜いた。
百合は蕎麦を美味しそうにくわえて、
「……」
「……」
くわえて………。
「……」
「……」
くわえたままになった。
「どうしたの、百合」
「……わかああい(わからない)」
もごもごと喋り出す百合。
もう一度訊くと、
「ほーひゅっはあひいほかはわかああい(どう吸ったらいいかわからない)」と言った。
後から訊いた話だが、百合さんは腕の関係で、蕎麦を食べた事がなかったのだそうだ。
だから、くわえたはいいが啜り方がわからず立ち尽くしてしまったのだ。
じわっとまた涙目になっていく百合に、別に無理して啜らなくてもいいよと助言してやったが、もぐもぐと咀嚼を始めるまでにかなりかかった。
…―…―…―…―…―…―…―…―…―…
家々の建ち並ぶ方へ行くと、百合がどれ程村の皆に愛されているかがわかった。
会う人片っ端から何かを渡されそうになって、時に貰い、時に遠慮して、通りすぎていく。
今日も酒場でよろしくね。
後で漬け物持ってっとくね。
デートかい?いいねぇ。
様々な人々が、彼女に会うとにこやかになるのだ。
彼女は恥ずかしがりつつしかし皆に平等に接していた。
僕はといえば、絶え間なく村の人と話をしている百合さんの姿を見て、村の人に軽い嫉妬心が湧き上がるのを感じていた。
彼女は、気付いているのかいないのか、僕を振り返る暇もなく話をしている。
ただ、何か意地の張り合いのようになってきてしまった為、こちらから声を掛けたら負けな気がしてくる。
「……」
負けるのは何か嫌だ。
「……」
負けてはならない。
「……」
負けない。
「……ゆ、百合」
負け。
「よし、勝った」
ガッツポーズを取る彼女。
こいつやっぱりわかっててやったな。
「ポーカーあんまり強くないんだけど、尾上さんには勝ちたかったからね」
僕は、してやられたという感情から、仕返しを思い付いた。
「百合」
「何さ?」
「清彦」
一瞬だけ理解出来なかった様子だが、見る見る顔を赤くしていく百合。
どうやら彼女は、僕と恋人ごっこの様な事をしたいようだが、こちらから彼女の想定外の設定を付け加えると慌てるのだ。
「いやあたしは尾上さ」
「清彦」
「…尾が」
「清彦ね」
「……清彦さん」
清彦さん、までしか呼べないようなので僕は諦めて清彦さんで妥協した。
「なんか……勝ったのに負けた気分だよ」
「負けたのに嬉しいよ」
「嬉しいってあんた…」
「清彦さん」
「清彦さんはズルい」
「ズルなんかしてない」
「むー…」
他愛もない話をしているうちに村は夜になり、僕らは甘奈処へ向かった。