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夏と、君の花  作者: 御剣悠一
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第4話 君の為の誓いと、できない約束/Lily Marleneを歌う君へ

外はやはり暑いが、とりあえず民宿までは行かなければならないので、僕は一度百合さんの家を出た。

実を言えば、半分は逃げ出てきたような感じになってしまったが。


…―…―…―…―…―…―…―…―…―…


あの後、ゆっくり百合さんの体を離した僕は、彼女が少し恥ずかしそうにしているのに気付いた。

「あ…、嫌だった?よね。ごめん……」

すると、やはり彼女はムスッとした顔で僕を見つめてきて、

「胡座かいたままの体勢じゃあ、抵抗出来ないよ……。というか腕ないからそんな強い抵抗とか出来ないし」

そうだった。

腕がない分小柄な彼女を抱きしめた時の雰囲気と彼女の髪の香りが残り、ふわふわとした僕の気分が少しずつ醒めていく。

また沈黙が場を制す。

暫くの静寂の後、先に口を開いたのは百合さんだった。

「……とりあえず、荷物とか宿に置いて来たほうがいいんじゃないか?」

テンパってしまった僕は、

「そうだな、じゃあ一旦置いてくるよ」

とだけ残して逃げるように出てきてしまったのだ。



とぼとぼと民宿への道を歩いていく中、彼女の事を思い出して少しだけ気分が軽くなったが、やはりあんな去り方では百合さんも気分を悪くしただろう。

そうこう考えていると、民宿にたどり着いていた。

「お邪魔しまーす」

ひと声かけてから、あがらせて貰う。

宿になる部屋は広く、民宿の方からもらった鍵で部屋に入った時に、部屋の外にある川の方からやってくる風を身に受けて心地よさを感じた。

これなら、きっと夜も涼しいだろう。

荷物を置いて、とりあえず上着を着替えて、汗で濡れた方は水洗いだけして忌々しい天日で干しておく。

新たに、持ってきた薄いTシャツを着ていると、メールが届いた。


受信先:神崎百合さん


本文:そっちからだと、さっきの甘奈処が近いから、そこで待ってます。

あまり店とかは無いけれど、一緒に村をまわりませんか?

もしよければ、案内します。



やはり、彼女はメールだと堅苦しい。

だが、それも彼女らしいものだと思いつつ、ポケットと太ももに付けたポーチに最低限の所持品を入れて、灼熱の外へ飛び出した。


…―…―…―…―…―…―…―…―…―…


結局出るのが遅くなって、すっかり日が傾いてきた村は、人通りも少なくなっていた。

甘奈処で待ち合わせをしている彼女に、待たせては悪いと走っていったが、ふと店の近くで歌声を聴いた僕は立ち止まって耳をすませた。



ガラス窓に灯がともり

今日も町に夜が来る

いつもの酒場で陽気に騒いでる

リリーリリーマルレーン

リリーリリーマルレーン

(リリー・マルレーン/加藤登紀子)



柔らかな歌声を追うと、結局甘奈処にたどり着いた。



男達にかこまれて

熱い胸を踊らせる

気ままな娘よみんなのあこがれ

リリーリリーマルレーン

リリーリリーマルレーン



中に入ると、村の男が全員集まっているのではないかという程、客席は男で埋め尽くされていた。

中にはどこにあったかパイプ椅子で座る者もいた。

そしてその真ん中に、百合さんはいた。



お前の赤い唇に

男達は夢を見た

夜明けがくるまですべてを忘れさせる

リリーリリーマルレーン

リリーリリーマルレーン



隣の大柄な男性が、黙って椅子とラム酒を差し出してきたのを、僕は受け取った。

まるで北欧のバーのようになった甘奈処には、レコードのメロディーと男達の酒の匂い、彼女の歌声で満たされていた。



ガラス窓に日が昇り

男達は戦に出る

酒場の片隅一人で眠ってる

リリーリリーマルレーン

リリーリリーマルレーン



酒に口を付け、甘さを楽しみながら聴く彼女のリ歌声に酔いしれる客の気持ちを今理解出来た。

甘いラムに、美しい声が似合う。

しみじみと聞き入る僕に、漸く気付いた百合さんは、こちらに歩いてきた。



月日は過ぎ人は去り

お前を愛した男達は

戦場の片隅静かに眠ってる

リリーリリーマルレーン

リリーリリーマルレーン



拍手喝采を浴びて僕の前へと現れた彼女の体は、真っ赤なドレスを身に纏っていた。

そしてゆっくりと近付き、僕の前の椅子に座った。



ンンン…

リリーリリーマルレーン

愛しのリリーマルレーン



歌いきった彼女の周りでは、男達が僕を面白いものを見たとばかりに見つめてくきて、歌姫は立ち上がって後ろを向き、肩越しにこちらを見て……。

そのままぐらりと、体を傾けてきた。

男達と比べて少ないが、女性の悲鳴と男達のどよめきが響いた。



「ありがとう、尾上さん」



しっかりと胸に百合さんを抱えた僕を見上げ、彼女は呟いた。

「よぉやったであんちゃんやぁ!」

「よっふたりともいいねー!」

「百合ちゃんを抱きしめて、いいなぁ!」

色々と飛んでくる声に恥じつつ、けれど抱きしめる腕を話さないままいると、近くの男性が声をかけてきた。

「そいつが百合ちゃんがいつも言ってたいい人かい?」

……いい人。

その言葉をきいた百合さんは、しまったという顔をしていたが、僕はむしろ満更でもない気分だった。


…―…―…―…―…―…―…―…―…―…


「ごめんな、案内するって言ったのに」

ひたすら冷やかされた後の帰り道、並んで歩いていると彼女が言った。

「いや、君はちゃんと僕を案内してくれたじゃないか」

「どこにさ。私の家だーなんて言ったら怒るよ?」

予想が凄くそれっぽいが、勿論違う。

「君は案内してくれたよ。甘いお酒と、綺麗な歌姫のいる酒場に」

これは、わざとからかって言っていた。

さっき、僕にもたれかかってきた罰だ。

途端に顔を真っ赤にして、僕から目線を逸らした。

「さ、さっきから何さ!もしかして私を口説いてるつもりかい?」

自分では、割と思った事を言っていただけだったが、相手からはそう聞こえていたのだという事に、この時初めて気がついた。

「えっ………と、違うかな?」

酒のせいで浮かれてもし不用意な回答をしてはいけないと、冷静に答えたつもりだったのだが、

「……そういう時は、嘘でもそうだって言うんだよ…唐変木」

怒られた。

つくづく百合さんはメールと実際の会話では性格が違うな。

「でも、可愛いとは思うよ。顔とかも、僕の好みだし」ふと、また思った事をそのまま口に出したら、今度こそ顔を真っ赤にしてずかずかと早足で置いてかれてしまった。

ゆっくり追いかけると、彼女は止まって僕の方へと向き直って待っていた。

彼女の唇が震えているのが見えた。

そして彼女は私に向かって体当たりしてポスンと私の胸に収まった。

上目遣いにこちらを見る彼女。

「なぁ、また明日も一緒に回ってくれ」

「いいよ、約束だ」

しかし彼女は、悲しそうな表情をした。

「私は指切りなんて出来ないよ、私には指がないんだから」

そういう彼女の両肩を掴み、立たせた。

僕は彼女の前に跪いて、こう言った。

「君が約束が出来ないと言うのなら、僕が誓うよ。また明日君と村を回るって」

彼女は、驚いた顔をした後、戸惑ってから、頬と言わず顔全体を真っ赤に染めて、立ち上がった僕に飛び込んできた。


小柄な彼女の体を抱きしめた時に、僕は自分の恋心に気付いた。

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