01:クラスメイトは全員男です。
4月上旬。桜の花が綺麗に咲き誇るその季節。私・秋月椎奈は深い溜め息を吐いた。そんな一挙一動にも、この空間は反応する。背中に集まる視線に振り向き、目が合えば顔を背けられるのだからさらにどうしろというのか。
(……やっぱり、これは厳しい……)
仕方がないことは分かっている。けれど、やはり私は選択を間違えたようだ。何て言ったって、このクラス――いや、この学科に在籍する450人の学生の中で、私はただ一人の女子生徒なのだから。学校全体では私を含めて五人いるらしいけど。
LATS操縦士科。そこが、私が入学した学科。
唯一の女子生徒――『LATS合格基準を満たした』、『世界唯一の女性操縦者』として。
「はいはーい。それじゃあ今からHRを始めますよー」
その言葉に、私に集まっていた視線の八割が教壇に向けられた。デジタル式出席簿を手に立つ小柄でおっとりしてそうな――もちろん男性――教師は、今にもずれ落ちそうな眼鏡をかけ直す。
「まずは自己紹介からですね。あ、僕は副担任の支倉直人といいます。これから一年間、よろしくお願いします」
一礼すると、眼鏡が落ちた。あわあわ言いながら眼鏡を拾い上げる先生。……なんだこの小動物。
なんとか眼鏡を拾い、かけ直して支倉先生は笑う。
「じゃ、じゃあ出席番号順でお願いしますね。えーっと……秋月椎奈さん」
「……はい」
出席番号が一番なことには慣れている。これまでの学校生活で大抵そうだったから。
にこにこ笑う先生が、教壇を譲る。その笑顔に逆らうことができず、私は誘導された通り教壇に立った。クラス中の顔という顔が私を見ている。もちろん、全員男子。多国籍なこの学校の例に洩れず、アジア系、欧米など様々な人種が集まっている。
(うっ……)
大勢の男子の前に立つなんて、3年振りだ。懐かしい云々より恐怖が先立つ。
「初めまして。あ、秋月椎奈です」
もういっそここで終わらせてもいいだろうか。……駄目か。ここで引き下がればよくて「大人しい」、悪くて「暗い」という印象を与えてしまうだろう。
そんな私の視界の端に、見覚えのある少年の姿が映った。その少年も私の視線に気づいて微笑む。
(あ……)
その微笑みに、安心感が広がった。……そうだよ。普通にすればいいんだから。
「えっと……趣味は読書と、あ、友達とカラオケに行くのも好きです。特技は家事全般ですけど……料理やお菓子作りの方が得意だったりします」
ちなみに、これは誇張でも何でもない。両親が死ぬ前からも、私は度々台所に立っていたのだから。
そんなことを思い出しながらも、私は満面の笑みを浮かべる。
「以上です。これから一年間、よろしくお願いします!」
言って上体を折れば、盛大な拍手が教室を埋め尽くした。ほうほうの態で席に戻ると、まるで計っていたようなタイミングでハイテク技術を駆使した自動ドアが開いた。その向こうから現れた――僅かな隙もなく鍛えられたその体にビジネス用のダークスーツを纏った男性に、私は大声を出しそうになり――なんとか止めた。
「あ、秋月先生」
支倉先生がその人物を呼ぶ。男性は一瞬こちらを見、支倉先生から状況を聞いている。
「あ、今は自己紹介を行ってます。まだ最初の……秋月椎奈さんが終わったところですけど」
「そうか」
頷いて、男性が教室を見渡した。威厳あるその姿に、クラスの若干名が「アーサー王」とか呟いている。その様子を気にも留めず、男性は教壇の中央に立った。
「俺は秋月統也。一年間、このクラスの担任を務めることになった」
その名前に誰かが反応した。……珍しい名字だからね。
「もしかしなくても、秋月さんって……」
ええ、そうですよ。クラス中の視線が突き刺さるのを感じながら、私は可能な限り身を縮めかけ――叩かれた。音もダメージも無いに等しいはずなのに、精神的に痛く感じる。
「秋月。今はホームルーム中だ。ちゃんと前を見ろ」
「……はい。秋月先生」
そんなことを思いつつも、私は背筋を伸ばす。目の前の教壇には、三ヵ月振りに会う兄――秋月統也が立っていた。
「俺の仕事はこの一年間でお前達を可能な限り鍛えることだ。出来ない者には出来るまで指導する。反抗するのは構わないが、俺の言うことは聞け。以上だ」
……言ってること無茶苦茶だよ……。内心でツッコミを入れている私とは反対に、クラスの大半が兄の言葉を魂に刻んでいるようだった。私への視線が減ったのが何よりの証拠。
「それと」
低く、冷たい声が教室中に反響する。そして空間に伝播する不穏の空気。
「見て分かると思うが、このクラスには操縦士科唯一の女子生徒がいる。別に部屋を用意しているとは言え、同じ寮棟で生活することになる。……言っておくが、彼女相手に問題を起こすな。そして起こそうとするな。社会的にも死にたくなければな」
全世界が注目し、日々そのスペックを競い合うLATと、『世界唯一の女性操縦者』である私。注目度はそんじょそこらのアイドルとは段違いらしい。……ある一時期は思い出したくもないけど。
とにかく、そんな状況で保護を名目に入学した私に対して問題が起これば――いや、相手が私でなくても問題を起こせば加害者側の国は大恥をかくことになる。そんなことになれば、加害者が無事でいられる確証はない。母国へ強制送還の後、二度と会うことはできないだろう。それは外国から来日した特待生『士官候補生』も、一般生徒も例外ではない。
視線と言葉と空気から、統也兄が威嚇していることを悟ったクラスメイト達は、更に気を引き締めたようだ。
過保護なのか、仕事だからか……判断はできないけれど、兄の存在が頼もしく思えた。
◇
LAT。それは「人命救助活動及び戦術活用」を目的としたマルチフォーム・パワードスーツの総称だ。今から20年以上前、頻発する自然災害から人々を守るために国連加盟国が協力して出資・開発した兵器の名前。
操縦補助AI、太陽光を利用する『コロナエンジン』、ナノマシンを組み合わせた特殊装甲US、360度視界・聴覚・戦闘情報補助システム『ハイパーセンサー』、空気汚染等から操縦者を守るエネルギーフィールド等々最新鋭のシステムを搭載したLATのスペックは、これまでの兵器のそれを大幅に上回っている。その上量子変換だかなんだかで少し大きめのアクセサリー程度の大きさで持ち運べるというのだから驚きだ。
が、その分一機を開発するのに莫大な資金が必要となる。コストダウンが可能な量産機ですら数千万近く必要なので、新型一機につき億単位が必要になる。また関連知識を持つ人材も不足している現状だ。
とはいえ、このLATにはいくつか欠陥が存在する。
第一に、配備数。
現時点での(現役)配備数は512機。研究開発機を含めても600機に満たない。これらは開発に必要な経費を余裕で出せる国が優先的に保有しており、先進国は10機以上保有しているが、そうでない国は数機しか保有していないこともある。
第二は、原則的に「男性しか操縦できないこと」。
そもそもLATは身体能力強化型のパワードスーツとして基本的に男性が運用するもの……というか、男性が運用することを前提に作られている。基礎体力や空間把握能力などの面から女性は男性に比べて劣るから。世界共通の操縦ランクで、女性はよくてD。この操縦ランクは最高SSS+からD-の合計27段階存在する。ちなみにLATSの合格基準はC。そのためLATは『男性にしか扱えない』ものとなり、一時期男女平等を通り越して女性優遇だった社会は、再び男性社会に戻ろうとしている真っ最中だ。
そんな欠陥を抱えたLATは、それでも事件・事故で活躍していた。いつしかLATを兵器として、それと最初の目的である人命救助活動に積極的に使用するための軍――LATFが創設されて、同時にLATの操縦者を育成するための学校――ここ、LATSが創設された。
そんなこともあり、未来の操縦者を育成するここ、LATSは協定参加国の指図を受けず、また共学校でありながらもほぼ男子校と化している。最近では整備士科を設置することで女子生徒を入学させてはいるけれど、操縦士科に入学する女子はいない。
――はずだった。少なくとも、これまでは。
事の発端は、去年の12月。クリスマスの少し前、私が通っていた桜ヶ丘学園中等部で行われた『LAT簡易操縦試験』――その名の通り、実際LATを装着して行う動作テスト。
移動、武器の展開と圧縮、そして飛行。その結果で操縦ランク(簡易版)を出し、資質のある人を探す試験として有名なそれを、私は受験した。
正直言うと、こんなことになるなんて思いもしなかった。それは試験後、連絡を受けて迎えに来た兄も同じだっただろう。
まるで自分の体のように動く、国産の訓練機『白菊』。
正常に作動したパワーアシストを通じて感じた、武器の重み。
ハイパーセンサーとリンクしたバイザーから見える、澄み切った青空。
見上げるだけだった空が、とてつもなく近く感じたあの瞬間。
肉体と意識、五感、神経すらも一体となったあの感覚。
その結果は、シングルA+。これまでは、女性はよくてDだった操縦ランク。男性でも中々出すことができないA+ランクを、未経験者の、それも女性である私が出してしまったのだ。
その出来事は瞬く間に世界的なニュースとなり、私は『LATSの合格基準を満たした少女』、そして『世界唯一の女性操縦者』の肩書を背負ってLATSに強制入学することになり……今に至っている。
ようやく一話目ができました。時間があるときにちょこちょこ書いていますが、まだまだ亀更新です……。