プロローグ:始まりの赤き日
絶対とは言い切れませんが、オリジナル小説です。誤字・脱字の報告大歓迎です。また、温いですが、「残酷な描写あり」にしています。よろしくお願いします。
助けて、と私は声にならない言葉を口にした。何度も、何度も。届かないと知りながら、それでも口にせざるを得なかった。その度に辺りに漂う硝煙と鉄の臭いが鼻をついて、気分が悪くなる。目の前には、瓦礫に押し潰された人々が折り重なるようにして倒れていた。身動ぎひとつしないその体は、どこかが欠損していた。腕や、足や、頭や、体が。
――逃げなきゃ。探さなきゃ。こんなの、嫌だ!
背中を預けていた壁に手をかけて、私は立ち上がる。纏っていた白いワンピースは返り血で汚れ、その裾は焼け焦げていた。ぽたぽたと水音がしたが、気に留めない。
「助けて……誰か、助けて……」
答える声はなく、ただ響いては消えていく。
「誰も……いないの……?」
そんなはずない。だってさっきまで、あんなにたくさんの人がいたのに。
「誰か……きゃっ!」
散乱する瓦礫に足を取られ、私は転んだ。立ち上がろうとするも、足に力が入らない。呼吸を整えようと息を吸った瞬間、肺へ入った硝煙にむせ返る。そして同時に、赤黒い血液が口から滴り落ちた。
目の前が、滲んだ。
「こんなのやだよ……帰りたいよぉ……」
あんなワガママを言うんじゃなかった。いつも通り、家で大人しく待っていればよかった。そうしたらこんな思いをせずに済んだかもしれないのに。
「……嫌……」
ピシリ、という音が響く。音の方向――自分の真上を見れば、頑丈なはずの天井に罅が入っていた。それは瞬く間に広がって、大きな塊となって地上へと降り注ぐ。
「嫌……」
脳裏に、先程見た光景が過る。自分も彼らと同じ様になるのだろうか。
そんなの、嫌だ。
「……い」
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
落ちてくる瓦礫が、重力に従って速度を増していた。逃げるだけの力は残っておらず、ただ奇跡を祈るしかできない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死ぬのは嫌……!
生きたい……っ!
――世界が揺れた。
瓦礫が、轟音を立てて床に激突する。ぼやけていた世界に、眩い光が映り込んだ。
暗い夜を切り裂く、白銀の光。そしてその光を纏った「人」だった。
その人の優しくて温かい、力強い腕に抱かれた私が見たのは視界一杯に広がる星空。ただ見上げるよりずっと近くに見えるそれは、私が空にいるという証拠だった。
赤く染まった世界にいた私を、連れ出してくれた白銀の光。懐かしさを感じるその腕に抱かれて見上げた星空はとても美しく、心を奪われた。
その時感じたのは、言い表しようのない高揚感。いつか……たとえどれだけの時間がかかっても、今度は自分の力でこの空を飛んでみせるという決意。
そう心に固く誓って、私は意識を手放した。
ごめんなさい。少女はその言葉を繰り返していた。眼前に広がる光景から目を逸らすことなく。
赤色一色で、少女の世界は彩られていた。
少女が冷静であれば、その赤が全て同じ色でないことに気づいていただろう。
……けれど、今の少女にそれを求めるのは非常に困難だった。
「……私の、せいだ……」
湿り気を帯びた声が響く。頬を伝った涙が、赤色に染まった大地へと落ちた。
それは、後に『血濡れた祝祭』と呼ばれたテロ事件の一幕である。