敬愛する母が毒で殺された。
人が死ぬ話を好まない方は読まれない方が良いかもしれません。
ありがちな父親が母親を殺して若い女を家に入れようとする話を瀬崎風に書いてみました。
ルビをふっていたのですが認識されなかったようで⋯⋯(^_^;)読みづらいとご指摘をいただきましてルビを外しました。
私が敬愛する母が毒を摂取してしまい亡くなった。
二週間も苦しんで苦しんで最後に大量の血、なのか? もしかしたら毒によって内臓が溶け出したものなのかもしれないものを吐き出して怨嗟の言葉を私に残して事切れた。
母の死に際には私しかいなくて、私は母の生への執着と殺されることへの恐怖を見せつけられた。
誰かを呼ばなくてはと思った。
けれどあまりにも惨たらしい母の死に様が恐ろしくて、立ち上がることも声を出すこともできなかった。
「だれか⋯⋯」
やっと声が出た。と思ったけれどその声はあまりにも細くてか弱くて、誰にも届かなかった。
私はそれ以上声が出せないまま何かが振り切れてしまい意識を失った。
どれくらいの時間が経ったのか、高かったはずの陽が部屋の中央を照らすほどの時間、私は意識を失っていたらしい。
それなのに母の寝室には私とまだ少し体温を残している母しか居ないままだった。
母は口元と胸元を赤く染め、目を見開いたままの姿で、私が意識を失う前と同じ場所に同じ態勢でそこにいた。
恐ろしい顔と姿の母を見ながら誰かが来てくれるのを私はただ震えて待つしかなかった。
私の次に母が死んだことに気がついたのは兄だった。
帰宅の挨拶に母の寝室を訪れた兄が亡くなっている母を見つけた。そのそばで声も出せずただ震えている私を見て兄は私を抱き上げ、母の居る部屋から連れ出してくれた。
兄が人を呼ぶために声を上げると父が一番に駆けつけた。
その姿は呼ばれるのを今か今かと待ち構えていたかのように感じた。
兄が父に母が亡くなっていると告げると既に準備がされていたかのように父はすぐに母の身支度を整え棺桶に母を入れた。
そして使用人に命じて家の玄関ホールに母を床に直に置いた。
次に父は母の死を国に届けると言った。
母が玄関ホールに置かれたそのすぐ後のことだった。
母の死は毒によるものなのに父は国に届けるつもりはないと言い、実際に自然死として届け出た。
そしてそのまま母を埋葬すると言い出した。
兄と私が母の葬儀は教会でしなければならないと訴えた。
けれど父には聞き入れてもらえず玄関ホールで棺桶の蓋に釘を打ち、神父様を呼ぶこともなく名前すら知らない使用人たちが棺桶を馬車に乗せ、墓地へと運ばれた。
母が死んだその日に既に墓穴は掘られていて、使用人たちがロープを使って棺桶を墓穴に納棺した。
余計なお金を使うことを嫌ったのか、母の死因を調べられたくなかったのか、母が息を引き取って多分半日では母は土に埋められてしまった。
父はそこまで頭が回っていなかったのか惜しんだのかはわからないけれど、花の一輪も用意されていなかった。
見も知らない使用人がシャベルで棺桶に土をかけているのを兄と私は手を繋いでただ見つめているしかなかった。
父に花を添えたいと願うと使用人が百合の花が三本だけの花束を買ってきて手渡された。
兄と私は山に盛られた土の上に三本の百合の花を供えて母の葬儀は終わってしまった。
その日はもう何も考えられなくて意識を失うように眠った。
翌朝目覚めて食堂に行くと席に座る間もなく父が母の部屋を処分すると言った。
兄がそれは絶対に許さないと父に言い、父は言い負けるような形で母の部屋は兄と私が片付けることになった。
兄と私で母の部屋で遺品の整理をする。
兄が母の思い出の品をいくつかを欲しがったので私も欲しいものを兄に告げると、母の持ち物はすべて私が管理するようにと言われた。
「ただ衣服は触らずこのままにしておいてくれ」
「? かまいませんけど⋯⋯お母様のお友だちの方々にお譲りしなくていいのですか?」
普通は亡くなった人の衣装は仕立て直すか故人の友人、長く仕えてくれている使用人などに下げ渡すものだ。
「ちょっとな。叔母様も欲しがるかもしれないから先に叔母上が来てからにしよう。それまではこのままにしておいてほしい。絶対に触るな」
「? わかりました。⋯⋯そうですね。叔母様もお母様の衣装を⋯⋯。
⋯⋯叔母様とお母様の話がしたいです」
「そうだな。皆に連絡を取らなくてはならないしな⋯⋯」
親族たちは母の死を、葬儀もなく土に返ったことをどう思うのだろうかとぼんやりと考えた。
「とにかく衣装は触らないようにな」
ハッとして兄に言われたことに頷いた。
どうしてお母様の衣装に触ってはいけないのだろうと首を傾げた。
兄はその場でクローゼットを開けられないように封印した。
何をしているのだろう? と思いながらも他の遺品を片付けるために手を動かした。
アクセサリーなどはそのまま使うか石を外して新しい金具に付け替えてもいいからと母の遺品の殆どを私の部屋に持ち込むことになった。
そして兄が母の部屋の暖炉の前に私を呼んだ。
「ここに隠しウォールセーフ(隠し収納)があるんだ」
兄が手順に沿って開けていくさまを私は黙って見守っていた。
カチ、カチと何度か鳴って正しい順序で開けられた三十cm四方のウォールセーフから出てきたのはこの家の印章とこの家のすべてを開けることができる鍵束、そして国王陛下の押印があるこの家の跡継ぎの名前が書かれた特許状と父、兄、私への遺言状と財産分与が書かれた書状が出てきた。
この財産分与の書状には母、祖父母、教会、王国裁判所の印があるものだった。
この書類が作成されたのが母が亡くなる半月ほど前のことで、母は父に殺されるかもしれないと準備していたのだと思うと悲しくて仕方なかった。
兄はこれらのものに目を通すように言い読み終わると又ウォールセーフへと収めた。
開けたときとは反対の手順でウォールセーフを閉じた。
そこには何もないようにしか見えなかった。
母がなぜ毒で殺されなければならなかったのか父と母の間に何があったのか私は知らなかった。
その理由を知ったのは母が死んでたった二週間で若い女を「妻として迎える」と言ったことでその女のせいで母が死んだのだと私は理解した。
母の死に際のことを父と兄に話した。
「お母様は亡くなる前、『お父様に毒を盛られ殺されるのよ。この家に新たな女を入れることを許さない!!』と仰っていました」
兄が「本当か?」と聞いてきて、父は「意識が朦朧としたときの言葉に価値はない!!」と私を怒鳴った。
兄が「もうまともに口も聞けなかっただろう?」と父の存在など無視して私に聞いた。
「ええ。ですが死に際の最後の言葉だけは詰まることもなくはっきりと仰ったの。そして私に伝えたことで満足したのかそれっきり⋯⋯」
「そうか。母上は余程に悔しかったのだろうな⋯⋯」
「当たり前だわ!! お父様に毒を盛られて死んでいったのですもの」
父が「私が毒を盛ったなどとそんな言いがかりは許さんぞっ!!」と私たちを脅すように言った。
「言いがかりではないとすぐにはっきりすると思いますよ」
兄が父に冷たい声で告げた。
「なんだと?!」
「あなたには内緒で母の墓を掘り返しました。そして母の死因を調べてもらいました。
国の検視官に調べていただき、治安官に毒の入手先や誰がその毒を手にして、毒を盛ったのか調べていただきました」
私も初めて聞いたことなのでとても驚いた。
「貴様!! なぜそんなことをした?!」
「なぜ? と仰る? 母が毒で殺されたことははっきりしているのにそれを調べない父親を不審に思うのは当たり前のことではないですか? それに母から父上のことを調べるように言われてかなり前から調べていたのは私ですからね」
「なんだと?!」
「あー!! そうそう。父上の息が掛かった使用人は全員辞めてもらいました。母に毒を飲ませようとした者や、母の具合が良くないときに見回る気遣いもできないような者はこの家に必要ありませんから。
父上が辞めさせた母と我が家に忠誠を誓っていた者たちを戻しました」
「なんの権限もないお前が勝手なことをするなっ!!」
兄は小馬鹿にするように笑った。
「父上、この家の跡継ぎは誰だと思ってらっしゃるのですか?」
父が兄の言葉に不審がる。
「なに?」
「母上の死後、この家の跡継ぎは私ですよ。
万が一私に何かあれば妹に、そしてその妹に何かあれば母上の妹である叔母様の子供がこの家を継ぐことになっています。
この家は母上の家ですからね。
父上がこの家に関われるのは母上が生きていたからです。
母上が亡くなってしまったので父上がこの家に残ることはできません。
母上の遺言状にそう書かれていますから」
「遺言状だと?!」
「お父様。その遺言状は私も確認しました。国王陛下の押印のある書状でした」
私がそう告げると父は唇を震わせた。
「だが二人ともまだ未成年ではないかっ!! 跡など継げん!! 後見人は私だろう!!」
「ええ。未成年ですからね。後見人は必要になります。でもね。母上を殺したあなたが私の後見人になれると思わないでいただきたい」
「わ、私が殺した証拠などどこにもないだろう!!」
「墓を掘り返したとお伝えしましたよね?
まぁ、この話は後にしましょう。
この家の跡継ぎはこの家の嫡男である私です。
叔母上が第一後見人で曽祖父様が第二後見人と指定されています。
お祖父様が近くにいればお祖父様の後見だけで良かったのですが、あいにくとお祖父様は外国のどこにいらっしゃるかわからないので叔母様と曽祖父の後見で私がこの家を継ぐことになっております」
「そんな馬鹿な⋯⋯」
「既に手続きも終わっておりますのであなたは今月中にこの家から出ていってくださいね。
あぁ、もしかしたらそんな余裕はないかもしれませんが」
「ならん! そんなことは許さんぞ!!」
「ぅん⋯⋯。ご自分で片付けないのなら残念なことにあなたの子供である私たちが片付けることになりますね。私たちは触りたくもないので使用人たちにお願いすることになりそうです。
あなたはこの家から籍が抜けたと確認できれば早々に治安官に捕まりますからね」
「?はっ? 私が捕まるだと?! 貴様は父親が捕まってもなんとも思わないのか?!」
「不思議ですね? いえ、不思議でもなんでもないですね。なんとも思いません。寧ろ喜ばしいですね」
「私もお父様が捕まったら嬉しいです!!」
ここぞとばかりに私も発言しておく。
父が目を見開くが何に驚くことがあるのだろう? 私は思わず首を傾げる。
「父上の籍は二〜三日中に抜ける手筈になっておりますから我が家にそれほどの被害はないかと。
まぁ、暫くは他家の方々を楽しませることになりますがそれは仕方ありません。父親が人殺しなのですから」
そこに我が家に古くからいた執事が「旦那様の妻だと仰る方が玄関前でみっともなく|喚≪わめ≫いておりますがどのように処分いたしましょうか?」と物騒なことを言った。
「ああ。治安官から立ち寄ったら捕まえておくように言われているから地下牢にでも入れておいてくれるかな?」
「かしこまりました」
父が真っ赤な顔をして「待てっ!! 許さんぞ!!」と執事の後を追いかけた。
執事に手が届く前に我が家の護衛騎士に腕を捕まれ背へと捻り上げられていた。
父の姿は貴族として見られたものではなかった。
父は何かを喚いていたが兄に聞く必要はないと言われ、私は兄に背を押されるようにソーラールーム(サンルーム)へと連れて行かれた。
執事見習いがお茶を入れてくれたので一口口に含む。
私の中で強張っていた何かがゆっくりとほぐれていく気がする。
「お兄様はお母様に言われて色々調べていたのですか?」
父との会話で気になったことを聞いた。
「ああ。あの男が二年ほど前から浮気をし始めてな。
私のちょうど良い経験になるからと人の使い方や対応の仕方、先手を打つ方法等を教えていただいていた」
「そうなのですね⋯⋯。わかっていたのならなぜお母様は毒に口をつけてしまったのですか?」
「いや。口をつけては居ない」
「えっ? ではどうして?!」
「母上が最初に毒を盛られたのは半年ほど前だった」
「うそっ!」
そんな前から?
「いや、本当だ。母上の寝室の水差しに入っていた」
「それもお父様なのですか?」
「そうだ。母上は匂いを嗅いだ瞬間に毒だとわかったそうだ。その時は毒入りの水差しを国の調査機関に調べるようにお願いした。
それからも食事や飲み物に毒が入っていることが何度もあった。
それらはすべて回避できていたんだ。
だが母上と我が家に忠誠を誓ってくれている使用人があの男に辞めさせられて、母上の守りが薄くなってしまった。
とは言ってもあの男に使用人を辞めさせる権限はなかったんだけどな」
「えっ? そうだったのですか?」
「ああ。『ちょっとしたバカンスだと思って休みを堪能してちょうだい』と父上が辞めさせようとした者たちに母上は伝えていた」
「知りませんでした⋯⋯」
「そうだろうな。お前には知られないようにしていたからな」
「酷いですよ。お兄様!!」
「上手に隠すことも必要なことだと母上に言われたからな」
「お母様⋯⋯。気をつけていても毒を口にしてしまったのですか?」
「いや。口にはしていない」
「だったらどうして?」
「肌から吸収してしまったんだ」
「肌から?」
「ああ。衣装に毒を染み込まされていたんだ」
「衣装に?」
「一日では肌が痛痒い程度にしか感じられない。二日目には肌が荒れる。その間にも肌から吸収しているんだ。三日目には肌が腫れて母上は衣装に毒が染み込んでいるのだと気がついた。
だがすべての衣装に毒が染み込んでいた。⋯⋯寝間着にすら毒にまみれていたんだ」
「そんなっ!!
⋯⋯だから!! お母様の衣装だけはお母様の部屋に残すように言ったのですね?」
「そうだよ。それに母上の衣装はお前にはまだ早いだろう?」
「そうですけど⋯⋯!」
色気がないと言われているのか悩むところね。
「残念だが、母上の衣装はすべて処分する」
「えっ⋯⋯」
「毒を取り除くことは難しい。触れただけで毒にさらされることになるかもしれん。使用人たちに毒を取り除けと命じることはできない」
「あっ⋯⋯、そうですね⋯⋯。失念していました」
「調査官から燃やせば問題ないと言われているのですべて燃やすことになる」
「お母様のお気に入りのドレスもあるのに残念です」
「そうだな。私も残念だと思うよ。母上にお似合いの衣装もあった」
悲しみが喉元まできた時、執事に声を掛けられた。
「失礼いたします」
「ああ。かまわない」
「女は地下牢に入れてございます。男の方もじたばたと|足掻≪あが≫くものですからおとなしくなるまでと思いまして別の牢に入れてございます」
「そうか」
「あまりにも煩いので地下は閉ざしております」
「空気が流れないだろう?」
「そうでございますね。成人二人でおおよそ二十四時間で空気が薄くなったと感じるようになると聞かされております」
「灯りは点けているのか?」
「いえ。真の闇になっております」
「ま、殺さないように気をつけてくれ」
「承知いたしました」
「地下牢ってそんなに怖いところなのですか?」
「普通に牢屋ってだけでも怖いだろ?」
「それは、そう⋯⋯ですね」
「その上真の闇で、あの男は地下牢の扉が閉められ闇に包まれると空気が入ってこないことを知っている。いつ開くのかわからず、闇の中では時間の感覚も狂う。十分が一時間に感じられるかもしれん」
「⋯⋯怖いですね」
父が地下牢に入ってから暫くすると調べは終わったからと母の遺体が戻ってきた。
今度は兄が主となり教会で葬儀を執り行うことができることになった。
残念なことに棺の蓋を開けることはできない。冬といえども遺体は傷んでいく。
それに穏やかな顔ではない。
葬儀には沢山の人が来てくださった。
祖父母にも知らせが届いたのか葬儀に間に合った。
母が亡くなったことに肩を落としていて見ていられなかった。
枯れたと思っていた涙がまた溢れて止まらなくなる。
祖父が「あんな男を選んで悪かった」と母の棺に取り縋って泣いていた。
父が用意した棺桶は飾りもなく一番安い物をと注文したような品だったが、今母が眠っている棺は母が好きだった芍薬の花が彫られ彩られたとても美しい棺だった。
母の棺を近親者で馬車に乗せ、近親者で墓穴の中へと下ろした。
沢山の花と母を思って泣いてくれる沢山の人に囲まれて兄が一つかみの土を棺にかけた。
皆が墓地から居なくなると葬儀社の人たちがシャベルで土に埋めた。
母の眠る場所を沢山の花で飾ってくれたのを見て「また来ます」と母に伝えてから兄と私は屋敷へと戻った。
沢山の人が母を思って母の話をしてくれる。
その話を聞いて涙する者、笑う者、反応は人様々だけれど母を思ってくれているのは間違いない。
二時間ほど経った頃一人が暇を乞うとまた一人、また一人と別れの挨拶をすることになった。
最後の一人と抱き合って「また会いましょう」と別れを告げると家の中は静かになった。
それでも祖父母、曾祖父母、叔母様一家は残ってくれている。
今日は皆泊まってくれるのだそうだ。
私が居ないところで話し合ったのか祖父母と曾祖父母は暫くこの家で生活してくれるのだと兄が教えてくれた。
叔母様たち一家は一週間滞在してくれて、「困ったことがあったらすぐに連絡するのよ」と言って帰っていった。
祖父母と曽祖父母が居る家は母が居たときよりも賑やかだった。
それから暫くは私にはなんの報告もなかった。
父がまだ地下牢にいるのか、それともどこかに行ったのかもわからなかった。
ただ父の部屋を使用人たちが片付けているのを何度か見かけた。悲しいとはまったく思わなかった。
祖父に呼ばれてソーラールームへ行くと私以外の全員が揃っていた。
「明日、あの男と女の裁判がある」
と兄が言った。
「私も行ってもいいのですか?」
「もちろんだ。行きたくないのなら行かなくてもかまわない」
「いえ。行きます。行きたいです」
「わかった。朝食が終わったら外出の準備をしておくように」
「はい。
あの、お父様たちはいつ地下牢から出されたのですか? 私、何も聞いていなかったのですが⋯⋯」
「母上の葬儀の前にあの男の実家へと引き渡そうとしたのだが断られた。我が家から籍が抜けた後だったので治安官に任せることになった」
「そうだったのですね」
「明日、色々と衝撃を受けることになるかもしれないが、お前が気に病む必要はないからな」
「当然です」
お祖母様に抱きしめられてちょっと胸が詰まった。
翌日、裁判所に一家揃って赴いた。
一番前の席に並んで座った。
次から次に人がやってきて傍聴席がいっぱいになると扉が閉められた。
私たちの前の奥にある扉から入ってきた人を見て一瞬誰だかわからなかった。
祖父母よりも髪が真っ白な男女が後ろ手に縛られていて、足も同じように縛られていた。
「あの男の人がお父様なの?」
誰に聞くともなしに言葉が溢れていた。
「人はあまりにも恐ろしい思いをすると一晩で髪が真っ白になることがあるもんだ」
祖父が小さな声で教えてくれた。
「たった半月ほどのことなのに、あんなに体格の良かった人が⋯⋯。見る影もありませんね」
「そうだな。取り調べも厳しかったのだろう」
「あの女性がお父様の妻だと騒いでいた方なのですね」
そこには痩せてガリガリで真っ白な長い髪を後ろで一つに束ねているけれど色艶がない。目は落ち窪んでいるのにやたらとギラギラしている。決して美しい人ではなかった。
「そうだな」
「お母様を殺してまで手に入れたいと思うほどの人ではないと思ってしまいます⋯⋯」
「本当にな」
二人の罪状が述べられ自白もあることから父は死罪が言い渡された。
その途端「死罪など私の子供たちが許すはずがない!!」と父が言い出した。
裁判官が「そなたの子供たちからは最も重い罪で裁いてほしいと言われている」と告げると父は私たちの方へ向かって来ようとした。
縛られているので当然私たちのところまで来ることはできないのだけれど、一瞬ひやりとした。
「嘘だろう? 父親を殺すと言うのか?!」
「声はお父様のままなのですね⋯⋯」
姿が変わっているので声まで変わっているような気がしていた。
裁判官が私たち家族に「罪一等減じるか?」と聞いてきたので兄が代表して「最も重い罪を望みます」と答えた。
父は兄の言葉を聞いて膝をついて泣き出した。
煩いからと部屋から引き摺られて出された。
この裁判で初めて知ったのだけれど母を殺してしまえと唆したのはこの女だった。
毒を手に入れたのもこの女で飲食物で殺せないのなら衣装に毒を塗布するように言ったのもこの女だったそうだ。
その上我が家を乗っ取るつもりだった事もあって軽減できないと裁判官が言った。
判決は父と同じ死罪だった。
父とこの女は母と同じ毒を衣装に染み込ませたものを着衣させるのだそうだ。
そしてその様子を晒すのだそうだ。
父とこの女の間には女児と男児がいた。
この子供たちは戸籍を抹消され、国の一番西の端にある孤児院と一番東の端にある孤児院に入れられることになった。
なんの罪もない子供たちのことは可哀想だと思った。
裁判官の話を聞いていると父方の親族も母方の親族も引き取りを断ったので引き離して育てることになったのだと告げられた。
親族が断る以上私達にできることはない。
異母きょうだいではあるけれど父とは縁を切っている。
母を殺せと唆した女の子どもの面倒を見る気にはなれない。
私はこの子供たちのことを忘れることにした。
一週間後。
王都の北側の城壁の外に二つの檻が設置された。
父と女の衣装に毒が染み込ませた衣装を着せられた。
そして檻に入れられた。
父はすぐに上着を脱いだ。
けれどズボンにも下着にも毒は染み込んでいる。
その次の日も毒の塗られた衣装を着せられた。
その又次の日も同じように。
私たち家族は一度も見に行くことはなかった。
聞いた噂では父と女を見たい人で溢れているのだそうだ。
人とは残酷になれるものだと思った。
それから十七日間女は苦しみ、父は十九日苦しんで亡くなった。
母より長く苦しんだ理由は教えられていない。
父と女はその場で荼毘に付された。
焼け残った骨はその場で砕かれその場に放置された。
風が吹き東西へと吹き飛ばされていった。
お知らせです。
本日10月25日電子書籍が発売されることになりました。
『火刑にされて目覚めたら五歳になっていた。両親を信じられないわたくしはとっととこの家を出ていきます。 ~令嬢たちは犠牲のループから逃れたい~』 (リブラノベル)が発売されることになりました。
元は四歳でしたがしれっと五歳に変更に。
約10万字くらいのお話となっております。
短編の『火刑四歳』とは少し話が変わっております。
もしよろしければページを覗いていただけたら嬉しく思います。
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素晴らしいイラストをつけていただきました。自分の書いた物語にイラストが付くことは本当に嬉しいです。
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よろしくお願いいたします。




