8.死という懲罰
オークテリシア大帝国の婚約パーティー参席者であるナリア伯爵やイリアン子爵(ハル第二皇子)他一行は、リアンナ王国王宮に到着していた。
リアンナ王国の執事に各自の部屋に案内してもらっている最中、城の使用人たちがいたるところに大勢集まって騒然としている。
イリアン子爵ことハル第二皇子は、皆が騒がしくしている理由が気になった。
「何かあったのか?」
「ちょっとそこのメイド達に聞いてまいります」
ナリア伯爵は近くにいたメイド集団に事情を聞く。
メイドは慌てて、伯爵に挨拶を述べた。
「ナリア伯爵に御挨拶申し上げます。先程、婚約者リリーシャ嬢が、アクア王子殿下の命じた御者への懲罰を帳消しにして救ったのです」
「御者を?」
伯爵は事の経緯を聞いて、イリアン子爵(ハル皇子)に伝えた。
「へぇ、興味深いな。美談ではあるが、逆にアクア王子はリリーシャ嬢に恥をかかされて激昂しなかったのか?」
「それが王子はそんなことよりも指で何か練習したり、歌を歌い出したりしているそうです」
「指? 歌?」
ますます意味がわからない。
イリアン子爵(ハル皇子)は、早々に今のリリーシャに会ってみたくなった。
「リリーシャ嬢に挨拶してこようか。事前に許可がいるだろうが、なんとかならないかな?」
※ ※ ※
『はぁ……カッコ良かったなぁ……』
友香は、リリーシャ本人と意識内で会話しながら、アクア王子との対面に思いを馳せ、ベッドの中でうっとりとしていた。
『彼の本性を知らないというのは、すごい勇気を生みますのね』
リリーシャは、思わず感嘆した。
あの後も、彼女は客室のベッドで安静にしてるようアクアに指示された。
その時、リリーシャの中の友香は、アクア王子にぜひ婚約パーティーでは歌を歌って欲しいと、お願いしてみた。
疾風君と同じ声だから、絶対上手なはずだ!
なんて狭いライブ会場!
友香は、一人ニヤニヤしていた。
その時、部屋にノック音が響き、あの御者がたずねてきた。
「リリーシャ様、体調はいかがですか? 私が至らないせいで……」
「まあ! 悪いのは、私が疾風君の顔面に耐性がないだけであって、決してあなたのせいではありません。あなたの運転は素晴らしかったですよ。寝てしまいましたもの!」
「あ、あ、ありがとうございます! 一生、誠心誠意お仕えいたします!」
「そんな大袈裟な……あなたも大変でしたね。お疲れ様。ゆっくりしてね」
「はい、ありがとうございます、ありがとうございます!」
御者は涙を流し、見守っていた使用人、護衛、リリーシャの侍女も目頭を押さえていた。
(うーん……この世界はパワハラで溢れている……)
友香は、なんとも言えない切ない気持ちになった。
少し間をおいて、リリーシャが意識下で友香に話しかける。
『今回の事件は……過去にはなかったこと。友香様が倒れたから起こったことなので。未来も少しずつ影響を受けるとは思いますが……。 婚約パーティー数日前にある事件が起こりました。これはお伝えしておかなければ。アクアが初めて「罰」と称して使用人の命を奪います。その場で庭師を切り捨ててしまいます。』
友香は、一気に青ざめた。
『え? この婚約パーティー準備中にそんなことがあったの?』
『はい。王城の庭には「ラランカ」という薄ピンク色の花が咲きます。建国以来、お祝い行事には飾られる花です。しかし、育てにくいので、貴重な花となっています。婚約パーティーに飾るため剪定を庭師が行っていたのですが、間違って花の根元から切ってしまったのです。』
一瞬、二人の会話が止まった。
『まさか……その責任で庭師の命を……?』
友香は言葉を続けることができなかった。
『……アクアはその事件をきっかけに人の命を奪うことにためらいがなくなったような気がします。「規律」「秩序」の名の元に何人亡くなったのか……。』
友香は、まだこれから起こりうる事件だと思うと身震いした。
『そういう性格に育て上げたのはビチリヤ宰相だったっけ? 』
※ ※ ※
翌日、リリーシャは侍女にお願いして、園庭を散歩したいと願い出た。
元々、体調に問題はないので、医師から許可が出た。
園庭に護衛や使用人を引き連れて散策する。
そして、部屋の外でアクア以外との時間は、体はリリーシャ本人が動かしていた。
今も、もちろん心も身体もリリーシャ本人。
メイド数名と騎士一人を伴っている。
すると、道の向こうから、見知らぬ貴族とその使用人数名がリリーシャ一行に近づいてきた。
「リリーシャ嬢に御挨拶申し上げます。オークテリシア大帝国ナリア伯爵にございます」
「ナリア伯爵……名前は聞いたことがあります。先月ご子息がお生まれになりましたよね? おめでとうございます」
リリーシャは即座に彼の近況を口にした。
「は、はい。よくご存じで。リアンナ王国はもとより隣国の伯爵家の家名まで……」
「ふふ……こんなことしか取り柄がございませんのよ」
リリーシャは、ふと後ろの護衛が目に入った。
「あなたは……?」
「は、はい! 私はイリアン子爵でございます! ナリア伯爵専属騎士でございます!」
「……そう……私とは初対面ですわよね?」
「は、はい、もちろん……」
「皆さん、一週間後の婚約パーティーに急遽参席されることになったのですよね?」
「はい、おめでとうございます」
リリーシャは一瞬、間をおいて言葉を発した。
「皆様のお顔は覚えましたわ。大帝国とは隣国ですので、助け合って参りましょう。では、失礼いたしますわ」
リリーシャ一行とオークテリシア大帝国面々は、お互いに会釈して、その場を通りすぎた。
「偶然を装ってリリーシャ嬢と対面できましたね」
ナリア伯爵が小声で、イリアン子爵ことハル第二皇子に伝えた。
「うちのスパイは優秀だからな」
「しかし、リリーシャ嬢は素晴らしいですね。隣国の伯爵まで把握してるとは。さすがに子爵の家名までは記憶されてなかったようで、命拾いしましたね。イリアン子爵?」
ナリア伯爵が少しおどけて言った。
「嫌味のない受け答え、堂々とした立ち振舞い、美しい容姿……リアンナ王国にはもったいないな。しかし、王子に反論するような少女にも見えなかったな」
イリアン子爵(ハル皇子)は、にこやかに令嬢を分析する。
「……と言いますと?」
「彼女は、波風たたないようにやり過ごすのが上手いような気がする。お嬢様とはそういうものだ。本当に彼女が御者を助けたのかな?」
※ ※ ※
アクア王子は、自室で婚約者パーティー出席者のリストに目を通していた。
それにビチリヤ宰相が付き合っていた。
そして、アクア王子は素朴な疑問を口にする。
「このオークテリシア大帝国ナリア伯爵が気にかかる。何故急に参席することを決めたのだろうか?」
「どうせ王太子と次期王太子妃の顔を拝みにきただけでしょう。あれだけの大国だと伯爵一人が出席するぐらいです。他国は王族や大公家の出席者ばかりなのに」
「それにしては護衛の数が多い。ナリア伯爵はそんなに権力があるのか?」
「さあ……どうでしょう。一回私が探りを入れておきましょうか?」
「ああ、よろしく頼む。両陛下は頼りにならないからな」
アクア王子は、おもむろに発声の教本を取り出した。
「なんですか? それは?」
「婚約パーティーで披露するのだ。明日から講師にもきてもらう」
「……歌ですか?」
「そうだ。あと、これは何に見える?」
アクアは、親指と人差し指を交差させて、ビチリア宰相に得意げに見せた。
「……ハサミですか?」
「ダメだなぁ……お前は。『指ハート』と言うものだ」




