40.美女の直談判
「前世とか……じゃないですか?」
友香が正解をそのまま口にする。
自分は嘘が苦手だし、その方が疾風もスッキリするかもしれないと、とっさに思ったのだ。
「わー、やっぱり女の子はそういうの好きだよね!」
疾風は何万人もの人間を幸福に陥れる笑顔を友香に向ける。
(は、早く事務所に着いて……殺される)
友香は息も絶え絶えに、前席のシートをつかんで願っていた。そんな彼女に疾風は声をかける。
「今日はね、江口美聡さんが友香さんにお話があるんだって」
「はい?」
初めて聞く人名に友香は思わず聞き返す。
「〇〇エンタ社長のお嬢さんだよ」
「そんなすごい方が私に何のご用でしょうか?」
「この前、事務所に来てくれたでしょ? その時に一目見て、ぜひ直接スカウトしたいから、呼んでほしいって頼まれたんだ」
「なんのスカウトでしょう?」
「モデルだったかなぁ」
ーーぜ っ た い 、 う そ だ !
「友香さんと同じ事務所になったら嬉しいなあ! 橘さん絶対喜ぶと思うよ」
ーーああ……そうだった……アクア君も素直な人でした。人の言葉を真に受ける人でした……。あなたの前世で間違いありません。
疾風の純粋さに友香は一人、車内でうなだれているとスマホが振動する。
光輝からのラインだった。
『あと5分ぐらいで着くかな? 初対面の人に会うと思うけど、僕がちゃんと見守ってるから、遠慮なく言いたいこと言ってね』
そして、『がんばれ!』とかわいい犬のスタンプが押された。
ーー 光輝さんが見守ってる? どうやって? とにかく、ハル皇子のようにサポートしてくれるのだろうか? でも何故、私が大手芸能事務所の社長令嬢に呼び出されるの?
いろんな疑問がわいてくるが、どこかで光輝さんが見ていてくれる、と友香は自身を励ました。
プレゼントの紙袋をしっかり抱きしめながら、友香は車を降りた。
※ ※ ※
友香は疾風と共に事務所の応接室に入る。
とりあえず、二人はソファに向かい合わせに座った。
疾風は緊張した面持ちの友香に話しかける。
「僕は美聡さんが来たら、席を外さなきゃならないんだ。それまで少し話をしようか」
「は、はい」
その間、男性秘書らしき人が、紅茶と焼き菓子をテーブルに並べる。
「今日、橘さんと会うんでしょ?」
疾風が話を切り出した。
「はい、その予定です」
「だから、今日かわいくしてるんだね。僕達と会った時の何倍もかわいいよ。メイク変えたとか?」
「と、特に何も……」
「じゃあ、恋愛してるからだよ! いいなーー!」
ーー キレイになってる? 私が? そうかな?
友香は急に体温が上昇した気がしたので、頬を手で包んで体温を下げようと試みた。
疾風はそんな友香の様子を見ながら、テーブルの裏側を触る。
すると、疾風のスマホにラインの通知が入った。その画面を確認して、彼は微笑んだ。
ーーガチャッ
そして、応接室の扉は開かれた。
「初めまして。私は〇〇エンタの企画部総括マネージャー江口美聡と申します。あなたが野岸友香さんですか?」
グレーのニットと黒のフレアスカートをスラリと着こなし、一瞬モデルが入ってきたのかと目を疑った。
切れ長で品のある目元、厚い艶のある唇、豊かな少し巻いた長い黒髪。
アジアンビューティーの代名詞のような女性だった。
(はあーー、美男美女しかいないのかしら、この会社は……)
友香は社長令嬢の美貌に圧倒され、ため息がもれる。
(本当にこんな美人が近くにいて、橘さんは何とも思わないの? 本当に?)
すると、江口美聡は呆然としている友香に声をかけた。
「友香さん? どうされましたか? 体調が優れませんか?」
「い、いえ、いたって健康です」
友香はとりあえず気をしっかり持つよう自分に喝を入れる。
「じゃあ、少し二人でお話しましょうか。私、本当に友香さんに会いたかったんですよ」
「は、はい。ありがとうございます」
「じゃあ、僕はこれで失礼します。ごゆっくりどうぞ」
疾風は美聡にソファの席を譲り、立ち上がって退室した。
「では、本題に入る前に少し軽くお話しましょうか」
江口美聡はにこやかに笑いながら、お茶とスイーツを勧めてくる。
友香はまだ警戒心は解けないが、おもむろに個包装の焼き菓子に手を伸ばした。
※ ※ ※
「どう? 聞こえる?」
会議室で疾風はイヤホンをつけている光輝にたずねる。
「ああ、ばっちりだ。ありがとう」
「僕も役者になったよー」
疾風は、さっき友香と応接室で何気ない会話をしている最中に、テーブル下に盗聴器を仕掛けた。
そして、ちゃんと機能してることを確認した光輝は、会議室から疾風にそのことをラインで送ったのだ。
先日、番組のリハーサルで疾風は江口美聡に呼び出され、野岸友香をたまたま見かけてスカウトしたいので協力してほしい、と頼まれた。もちろん、橘光輝にはこの件は秘密にしてほしい、と念もおされていた。
しかし、それを疾風は早々に光輝に密告した。
彼にとって、光輝は美聡より遥かに大切な存在であるからだ。
その時、光輝は美聡に2年間も言い寄られていたので、友香に諦めるよう直談判をするのだろう、とすぐに感づいた。
しかし、疾風は、
「友香さんがスカウトされて同じ事務所になったら、ほぼ毎日会えるようになるね」
と、彼女の言葉をそのまま信じていた。
「君は変わらないねーー……」
橘は、アクア王子の素直さと危うさをそのまま受け継いでいる疾風の頭を優しく撫でた。




