33.現代のハル第ニ皇子様
あれから、ハル皇子……橘光輝に自宅まで車で送ってもらって、友香はまだ夢心地だった。
『ちょっと! 何、あのスーツイケメン』
『彼氏できたとか聞いてないわよ! 裏切り者め!』
『今度、いろいろ白状しなさいよ!』
スマホにはライブ仲間の大量のラインが届いている。
そして、その件数にため息をつく。
(人の恋愛は楽しいよね。それは理解する。)
しかし、友香にとって、まだあの異世界の出来事は数ヶ月しか経っていない。しかも、1週間だけあの世界に飛ばされただけだったから。
でも彼は……とてつもない年月を生きてきたのだ。
ハル皇子の人生だけでなく、何回か転生してるはず。
また詳しく聞いてみるけど……どんなに辛く険しい道のりだったのだろうか。
とたんに罪悪感がわく。
ーー私にそんな価値があると言うの?
ただ、大学生でバイトしてライブ行ってるどこにでもいる一般市民なんだけど……
ハル皇子からもらった名刺を取り出す。
「橘……光輝さん」
紛れもない日本人だ。
その名刺に、ぽたりと水滴が落ちる。
友香は涙を流していた。何故泣いてるかもわからない。
彼は何も変わってなかった。
いろんなことがあったはずなのに。
優しくて優しい……。
友香のスマホが鳴る。橘光輝からだ。
「橘さん……? どうしたんですか?」
「いえ、特に用事はないんですが」
彼は、少し間があいて言葉を探しているようだ。
「こうやってスマホで友香さんと話してるんだと思うと、現実じゃないみたいで……すみません」
「い、いえ、大丈夫です。おうちからですか?」
「はい、さっき着きました」
「明日もお仕事ですか?」
「はい、明日もREDWINDのライブかありますし、マーケティング会社と打ち合わせする予定です」
ーー 大陸随一の大帝国の皇帝だった人が、マーケティング会社と打ち合わせ……。
その予定を聞いて、友香は少し吹き出すように笑った。
「何かおかしなこと言いましたか?」
電話向こうの皇子様は、少しすねたような声を出した。
「いいえ、頑張ってください」
クスクス笑って、友香は答える。
「まあ、いいです。やっと笑ってくれたから」
そのことを指摘されて、彼女は気づく。
再会してから、最初は誰かわからず怖気づいたり、正体が判明してからも驚くばかりで。
会話を楽しむ余裕はなかったかもしれない。
「ご、ごめんなさい。」
「無理もないです。僕も強引に連れ出したから。明日また連絡しますね。お休みなさい」
「お……お休みなさい」
友香は入浴を終えたが、まだハル……いや橘光輝にキスされた手の甲に熱が帯びている気がする。
自分がこんな状態なのに、ハル皇子として生きた橘のことを思うと、胸がしめつけられる。
ーー 私は、彼を好き……なのかな。好き……なんだよね?
友香は自分で自分の気持ちに自信がない。
なにせ「恋愛」というものに縁がない18年。
しかも重い。重すぎる。一体、人生何回分生きてこの世界にたどり着いたのか。
絶対に拒絶できない。甘やかされっぱなしだし。
(疾風君、私、どうしたらいい?)
スマホの中にいる笑顔の疾風にいつものように問いかける。
そして、突然彼女は思い出した。
(き、今日、ライブ参戦したんだった!)
ハル皇子に会えた衝撃と甘い雰囲気に、ライブの興奮が吹っ飛んでしまった。
(歌声に感動し相変わらずのイケメンぶりに陶酔したってのに、私ったら!)
疾風のうちわに大きなペンライト。
タオルにTシャツに……。
戦利品を一つ一つ眺めては、ライブ自体が遠い過去のようだ。
友香は情報過多で脳が追いつかず、歯を磨いて寝ることにした。
「お休みなさい、疾風君」
友香は疾風のぬいぐるみと共にベッドにもぐりこみ、忙しい明日のために無理やり目をつぶった。
※ ※ ※
(やばい、野岸友香さんかわいい……)
橘光輝は東京の夜景が一望できる贅沢なマンションに帰宅した。
性格はわかってた。それで好きになったんだから。
外見もあの異世界で出会った中の人ならば、こだわりはなかったのに、普通にかわいい。
リリーシャと比べるとか彼女は心配してたけど、僕がおかしいのかな?
あの業界にいるからか世間一般の「美人」を見ても、正直なんとも思わない。 綺麗かもしれないが絶対好きになれない。
光輝は、ペットボトルの水を一口飲んで、手でぬぐう。
顔が熱くなっていることを自覚する。
友香の慌てた表情を思い出しては、にやけてしまう。
(どこに行こうかな……恋人同士が行くところ全部行こう)
光輝は、初めて好きな女の子とデートする男子中高生のように、心臓がうるさく騒ぎ、スーツのままベッドにダイブするのだった。




