3.女子大生と伯爵令嬢
ーー ここは一体どこ? ーー
リリーシャは、時が止まったような世界に降り立った。
確かに、私は老衰でさっき息を引き取ったはず。
すると、突然この世界に放り出された。
夜の窓に映った自分の姿は、20代の頃に戻っているようだ。
ここは、とても時間の流れがゆったりしている……というより止まっている。
誰も私の姿も見えず、声も聞こえないかのよう。
忙しなく人々が行き交っている食堂に見える。
私は老いて寝たきりになってから……いやリアンナ王国の王であり夫であったアクアが処刑され、国がオークリテシア大帝国に領地を没収されてから、ずっと後悔し続けた。
アクア王陛下がもっと国民に寄り添った政治をしていれば。
私が彼に積極的に助言していれば。
不義理を働き続けたビチリア宰相を更迭していれば。
しかし、それも全て後の祭り。
リアンナ王国が滅んでからは、自分自身精神的な病にかかり、あまり記憶にない。
支配されたオークテリシア大帝国の皇子の側妃になったような気がする。
自分が正常ではないことは自覚していた。
後悔するばかりで自分を責める毎日。
生き地獄であった。
そして、実際自分が死ぬとこの奇妙な世界で、さ迷っている。
ーー 一体、私にどこに行けと? 天国でもなく地獄でもなく、行き着いた先がこんな場所なんてーー
「ん? みんな何してるの?」
野岸友香は、今の今までファミリーレストランで動き回っていた。
今もレストランの制服でトレイとふきんを持ち、立ちすくんでいる。
レストラン内は時間が止まっていた。
子供がドリンクバーで機械のボタンを押していたり、学生達がタブレットで注文するために操作している。
料理を楽しみながらお喋りする家族連れ。
料理を運ぶキャラクターロボット。
その全ての動きが静止画と化している。
「……どういうこと?」
友香がとまどっていると、しくしく泣く声が遠くから聞こえてくる。
「誰? 誰かいるの?」
この一枚の画像のような空間に誰かいるのだろうか?
友香は辺りを見回すと、薄いワンピースを着た外国人が膝を抱えて泣いている。
「どうかしましたか?」
友香は近寄って話しかけた。
すると、彼女は一瞬肩を震わせ顔をあげた途端、思わず友香はわぁっと感嘆の声を上げた。
まるで、アニメの絶世たる美女としてデザインされた容姿だった。
( こんなことある? 実在してる女性だよね? )
金髪で深い翠の瞳に薄いピンク色の唇。
なめらかな肌に丸くて愛らしい目の形。
神様は不平等って事実なのだわ……。
「あの……」
その美女はあまりにも友香が凝視するので、涙も止まったようだった。
「あ、ああ、ごめんなさいね。どうして泣いてるの? これは一体……?」
とりあえず、友香は今のこの状況を彼女にたずねてみた。
日本語は通じるのだろうか。
「わからないの。私もさっきこの世界に放り出されたから」
言葉は通じているが、足は裸足だし薄着だし日本のファミレスを背景としているが、ものすごく似つかわない格好をしている。
「どこの国の人?」
「オークテリシア大帝国のリアンナ人。以前、リアンナ王国だった……」
友香が耳にしたことのない国名だった。
「ちょっと待ってて」
彼女はマネキンと化した客やバイト仲間を避けて通り抜け、控え室のロッカーから自分のスマホを取り出す。
その外国人の前に座ると、もう一度国名を教えてもらって検索してみた。
「オークテ……リ……シア」
検索すると、大帝国ようだ。
(ん……何これ。「異世界の過去の大国」って。今のヨーロッパではないの? この世界でも現代でもなく、異世界の過去の人なの? )
もう少し詳細に調べてみた。
「リ……アンナ王国」
オークテリシア大帝国は、リアンナ王国と戦争をして、滅ぼし支配したようだ。
それからは、リアンナ王国は一つの地方名になっている。
( 当時のリアンナ王国の王様が悪政を行い、戦争になって処刑されたのか……でも、国民にとっては良かったみたいね。オークテリシア大帝国は、善政で長く栄えたみたいだから )
友香はふとこの状況に立ち返った。
ーーいやいやいや、おかしいでしょ。何故「過去の異世界の人」が、日本のファミレスで泣いてるのよ。私達以外、時も止まってるし! ーー
「あなたは名前は?」
「私は……リリーシャ……リリーシャ リアンナ」
「り……リー……リアンナ」
試しに検索してみる。
すると、驚きの結果が表示された。
「リアンナ王国の第4代リアンナ王アクアの王妃リリーシャ……?」
リリーシャは、自分の素性まで詳しく表記するこの未知の機械に目を丸くする。
「こ、これは……何という物体なのですか? 百科事典……すぐ回答が表示される……なんて事!」
さっきまで泣いていた美女は目を輝かせて興奮していた。
友香は、彼女の経歴を読み上げた。
「彼女は歴代まれに見る『悪の王妃』の一人だ。使用人や家来をささいな失態で、身体的にも経済的にも罰を与えた。しかし、アクア王はそれ以上に残酷で、実際に使用人を何人も惨殺している。彼は歴史上最も悪政を働いた暴君だ……」
友香がここまで読むと、リリーシャの目からは再度涙がぽつりぽつりとこぼれた。
「……誤解です。私……私は怖かったのです。アクアが私に異常に執着して……彼は人を疑うことしかしらないから。私が他の殿方に目移りしないよう部屋に閉じ込め、使用人には身分の差を思いしらすため、厳しく接しました。恐怖で皆を支配しようとしたのです」
彼女は身の潔白を力説していたが、歴史の真実なんてどの世界でも闇の中だろう。
( どちらにしても、私には関係のない話だわ )
「今では、私は『悪の王妃』として名を残しているなんて……絶対に汚名をはらしたいです」
リリーシャは唇をかみ、悔しそうに手を握る。
友香は、彼女のそんな様子をよそに何かを検索し始めた。




