28.都合の良い夢
「アクア王子、どうか頭を上げてください」
ホール上段で頭を下げているアクア王子は、下のホール会場にいるハル皇子の優しい声に少し震えが止まった。
リアンナ王と王妃は相変わらず何もできず、事態を見守るだけの人形だ。
この国の未来は14歳の幼い王子と令嬢にかかっているのだ。
「いかにも私はオークテリシア大帝国ハル第二皇子です。この度は、アクア王子とリリーシャ嬢のご婚約心からお祝い申し上げます」
ハル皇子は、自ら素性を明かしても敬語をやめなかった。
その後、ホールの上段に立ち尽くしている幼い二人に向かって頭を下げる。
「イリアン子爵!」
オークテリシア大帝国の面々が、ハル皇子自ら正体を明かしたのでとまどった。
「もうイリアン子爵はここまでだ。本名で呼ぶように」
「ハル皇子……」
ナリア伯爵も観念し彼の名をつぶやいた。
会場では、貴族達や隣国の王族、貴族達が一斉にざわつく。
「ハル皇子だって?」
「オークテリシア大帝国の心臓そのものじゃないか」
「普段は仮面かぶってらっしゃるから、わからなかったわ」
「言われてみれば、あの冷静な対応と威厳に満ちた態度をご覧になって」
「容姿も素敵だわ。涼しげな目元にあのスタイル。これは仮面で隠さないと大騒ぎになるわね」
口々に招待客は小声で噂をし始める。
ハル皇子は、そんな貴賓達に言葉をかける。
「驚かせて申し訳ない。ただ、興味本位でこのパーティーに参席しただけだ。しかも、ひっそりと。どうかあまり意識しないで私に接してほしい」
そうは言っても、大陸一の領土をもつ次世代皇帝候補が側にいるのだ。騒がない理由がない。
「それよりも、私の正体をオーディエンスの前で勝手に明かしましたね。あなたも、それ相応の勇気が必要だったでしょう。どんなお話でしょうか?」
リリーシャは、自国と比べ物にならない大国の皇子と対峙している自覚はあった。手足の震えが止まらない。
ーー でも、私が変わらなければ、アクア、友香様……この国の未来はない! やらなければ! ハル皇子の器量と懐の大きさを信じます!
「折り入って、ハル皇子にお願いがあります」
リリーシャは、淑女の礼でハル皇子に頭を下げた。
「何でしょう?」
「このままではリアンナ王国の未来は変わりません。なぜなら、私の中にはまだ彼女がいます」
「やはり……」
ハル皇子は予想はしていたが、まだリリーシャの中には、あの人はいるのだ。
悲しいことだが、ハル皇子はまだ彼女と話ができると喜びもあった。
「最後に話をさせてくれますか?」
「ええ、その代わり条件があります」
「……ただではないということですね?」
「はい……もう背に腹はかえられないので」
ハル皇子は大体その要望さえも予想できるが、リリーシャにたずねた。
「どうぞ、おっしゃって下さい」
リリーシャは体中の勇気を振り絞って、前代未聞の要求を口にする。
「リアンナ王国と平和条約を結んで下さい。無条件で」
再び会場がどよめいた。
「はは……14歳のまだ婚約者でしかないお嬢さんが、これまた大それた発言ですなー」
「外交をよくご存じで」
「大帝国の戦力ならリアンナ王国とか即刻滅亡するのに」
リリーシャに対して、嘲笑と失笑があちこちで起こった。
ハル皇子は、その喧騒の中リリーシャに返答する。
「それで、彼女と話ができるのですね」
「は、はい」
ハル皇子は、一息ついて返答する。
「いいでしょう。無条件でリアンナ王国と平和条約を結びましょう」
会場全体が無音になった。
そこにいる全員が聞き間違いかと困惑していた。
リアンナ王、王妃……アクア王子はあまりのことに呆然としていた。
「あのオークテリシア大帝国が無条件で……?」
アクア王子は、あんな大国が自国みたいな小国と平和条約を無条件で締結したなんて、歴史上でも聞いたことがない。
何かしら、小国に経済的人員的な負担を押し付けて、条約を結ぶのが常だった。それでも小国にとってはありがたい話だ。
それを無条件とは!
まるで都合の良い夢を見ているようだ。
「き……気は確かですか? ハル皇子」
ナリア伯爵は、ハル皇子の独断とも言える発言に躊躇した。
伯爵にとっては、昨日話は聞いていたが、あまりにも急な展開。しかも、無条件とか大帝国側には何もメリットがない。
「遅かれ早かれ考えていたことだ。私の考えは昨日伝えただろう。『スポンジ』だよ」
「は、はい……かしこまりました」
ハル皇子はナリア伯爵達の大国のプライドも思いやり、小声で策略であることを伝えた。
実は、最初からハル皇子はリアンナ王国と平和条約をどう結ぶか悩んでいた。
ビチリア宰相を断罪してリアンナ王国が存続するなら、それで解決したのだが、異世界の彼女が自分の世界に帰れなかったのだから、もう平和条約しかない。
昨日、その予防線としてナリア伯爵に平和条約の話を切り出していたのだった。
しかし、さすがに「無条件」は皇帝陛下にお叱りを受けるだろう。
でも、戦争しなくてすむなら、なんだっていい。
どうせ死ぬまで、自分がリアンナ王国の世話も焼かなくてはならないのだから。
「それでは、簡単に書面に一筆書いて下さい。それを家臣が帝国に持ち帰り、1ヶ月後に平和条約の使者を送るよう手配をお願いいたします」
リリーシャは、ハル皇子に誓約書を書かせ、期限が1ヶ月という短い期間まで要求した。
「リ、リリーシャ……何もそこまで慌てなくとも……」
さすがのアクア王子もオークテリシア大帝国側に気を使う態度を示した。
「いえ、これだけではありません」




