25.推しに会いたいだけ
2曲目はピアノ伴奏での歌唱だ。
これは、平和の祈りを壮大なスケールで歌い上げた。
皆、心に響くものがあるのだろう。
厳粛な雰囲気が漂う。
歌い終わると、自然と拍手がわき起こった。
きっと、貴族の中にも平和というテーマには思うところがあるのだろう。
アクア王子もきっとこの歌を選んで練習するうちに、周りの人間への愛情が芽生え、彼を変化させたかもしれない。
リリーシャはそう思い巡らせた。
いよいよ3曲目はオーケストラやコーラス隊との競演の歌唱になる。リリーシャは友香と体を交代した。
(アクア君をちゃんと補充して帰らなきゃ。もうたぶんアクア君の歌を聴くのは最後だろうし)
友香はこの世界に来て戸惑うことも多かったが、やはりアクア王子には救われていた。
ーー国の滅亡を阻止するとか、そんな大それたことが可能かどうかわからないが、アクア君とリリーシャさんには幸せになってもらいたい。
友香は心の底から願っていた。
ーーそして、私は帰るんだ⋯⋯!
静かにオーケストラ演奏が始まった。
それに合わせて、アクア王子がゆっくりと歌い始める。
友香はアクアを眺めながら、瀬田疾風に思いを馳せていた。
ーーどちらも素晴らしい歌手だ。
顔はそっくりだけど、やっぱり歌声は微妙に違う。
いや、歌っている曲のカテゴリー自体が違うけど……。確かにこの曲はリリーシャさんに向けたもので、私はその人の体の中にいて……推し激似の美声王子様がこっちを見て歌ってくれている。彼は私だけに向けて指ハートもしてくれる。
とたんに、友香の目からは、一筋の涙がつたう。
ーー疾風君にとって、私なんてステージから見ればペンライトの小さな灯り一つに過ぎない。
1万、いや5万の中の一つ。ライブ中の「指ハート」だって、私の周辺の100人くらいにしているのだろう。私なんて認知されることなんて一生ない。
それでも……
「疾風君に会いたい」
友香は涙を流しながら、つぶやいていた。
拍手喝采がなりやまない中、アクア王子の歌唱のイベントは終わった。
皆、余韻に浸りながら、口々に王子への賛辞を送っている。
友香はこの休憩時間に少しドレスルームへ退席した。
※ ※ ※
『大丈夫? 泣いていらっしゃったけど……』
リリーシャは心配そうに脳内で声をかけてくれる。
『うん、大丈夫。気持ちが高ぶっちゃって』
『そう……いよいよ、あと2つ後のプログラムに花束贈呈がありますからね。スマホ? でしたかしら? 準備しておいて下さいませ』
『うん、わかった』
ここで、友香はリリーシャと意識を交代して、花束贈呈まで休ませてもらうことにした。
リリーシャが会場に戻ると、オークテリシア大帝国面々が挨拶にきた。
「もうすぐ花束贈呈ですね」
ナリア伯爵がリリーシャに話しかけた。
「そうですね。緊張します」
「私がサポートしますから、大丈夫ですよ」
イリアン子爵ことハル皇子が励ました。
「ところで、今はリリーシャ嬢ですか? もう一人の方と代わってもらえませんか?」
彼はリリーシャにしかわからない会話をした。
大帝国の面々は、この会話が全く理解できない表情をしている。
「いいでしょう。あなたも必死でございますのね、彼女に」
リリーシャはクスクス笑って、友香と意識を代わった。
また意識を入れ替わった途端、イリアン子爵(ハル皇子)が目の前にいるので、友香は慌てふためいた。
「は、は、ハル……イリアン子爵っっ!」
「大丈夫ですか? あと2つプログラム消化したら、いよいよ私たちの出番ですよ」
ニコニコ笑って、彼は彼女に話しかける。
「これが最後かもしれないから何度でも言いますね。私はあなたの世界で必ずあなたに会いに行きます」
リリーシャ(友香)は鼓動が波打ち、顔が燃え盛るように真っ赤になった。
「で、でも私なんて! 普通のオタク女子で、リリーシャみたいな超絶美女ではないですよ!」
「僕だって、そこでは超絶美形ではないと思いますよ。それに君は絶対かわいいはずです、僕にとっては」
「あ、あ、あの……私は、疾風君が好きですし」
「その疾風君を好きな君が好きなんですよ……ああ、そろそろ戻らなきゃ。じゃあ、また花束贈呈でね」
イリアン子爵(ハル皇子)は、そのまま大帝国の護衛達の元に戻っていった。
友香も心臓が落ち着かないので、即座にリリーシャに体を代わってもらった。
「あらあら、ハル皇子はすっかり友香様にご執心でございますこと」
そうつぶやいて、リリーシャはにっこり笑った。




