22.断罪カードを切る準備
「念のため持参したものが役に立ちそうだな」
ハル皇子は、ナリア伯爵他主要な護衛達と会議を重ねていた。
「皇帝陛下にお伝えせず、外交を進めても良いのですか?」
ナリア伯爵はハル皇子に進言する。
「どうせ陛下の答えは分かっている。『リアンナ王国征服』を望まれるだろう。しかし、それでは土地を手に入れても、人心は手に入らない」
「……と言いますと?」
「これからの征服というのは、自治はその国に任すんだよ。防衛ほど面倒なものはないからな。リアンナ王国の隣には、また違う国が立ちはだかっている。きりがない。結局、経済的に属国にすればいいのだから」
「リアンナ王国に他国の脅威の盾になってもらうということですか?」
「そう、スポンジみたいな役目だな」
「……さすがハル皇子です。先を見越しての平和条約を結ばれるのですね」
ハル皇子は家来達を納得させるために、リアンナ王国を統治しない理由を最もらしく述べた。
ビチリア宰相を糾弾しても、リアンナ王国滅亡の未来が変わらなければ、平和条約を結ぶしかない。
しかし、ある程度リアンナ王国に不平等になるような条約にしなければ、大帝国にはメリットがないので、父の皇帝陛下はもちろん国民も納得しないだろう。
そこに問題があるので、ビチリア宰相断罪だけで未来が変わってくれることをハル皇子は願っていた。
善政を行うならば、リアンナ王国は存在するべきだ。
過去にリアンナ王国を手に入れても大きな反乱がなかったのは、若いアクア王が国政も経済も分からず、恐怖政治を国民に強いていたからだ。
あの時は、リアンナ国民が我が国に助けを求めたようなものだった。
征服しなければ、戦死者より餓死者が何十倍も出ていたはず。
ーー それに、リリーシャの中の異世界の人のためだな。僕がリアンナ王国を陰ながら守り続けれる条約を結べば、彼女は自分の世界に帰れる。彼女にとって、この世界は辛いだろう。だから、僕が君に会いに行けばいい
ハル皇子は、リアンナ王国を末長く面倒見なくてはならない未来が予想できた。
※ ※ ※
『ねえ、リリーシャさん、さすがに明日の婚約パーティーはアクア君と話さないとダメだと思うよ』
自室なので、今は友香がリリーシャの体を動かしていた。
そして、意識の中でリリーシャに話しかけている。
『で、でも……まだ怖いのです……』
リリーシャの声は震えていた。
リリーシャに執着し、自由を奪い、人格まで変えるよう強制した人物に対してのトラウマがそう易々と消えることはない。
しかし、明日ビチリア宰相を失脚させたら、歴史が変わるかもしれない。
そうなったら、友香は自分の世界に帰ることになるだろう。
いや、そうならないと困る。
『リリーシャさん、徐々にアクア君に慣れないと。もうただのリリーシャ大好き王子様に変わっちゃってるから。使用人とかにも、めっちゃ優しいんだよ。ちゃんと彼と話してあげて』
リリーシャは少しとまどっているようだ。
『アクア君のこと、好きなんでしょ?』
『……も、もちろん……』
『じゃあ、優しい彼と話してあげて。きっと何かがアクア君の中で変化したんだと思うよ』
リリーシャは、一呼吸おいて友香に答えた。
『わかりました。明日はアクアと話してみますわ』
『無理そうだったら、その時点で、身体代わってあげるから』
『……あと一つだけ、友香様にお願いがあります』
『何?』
リリーシャは、少し間をおいて話を続けた。
『リアンナ王国はオークテリシア大帝国と、渡り合えるだけの交渉カードが必要になります。それは、リアンナ王国がある程度財力をつけ、小国ながらも安定した時代が到来するまで続きます』
『……なんだか大変そうなのは、わかる』
『あなたが元の世界に帰られてからも、あなたを利用してもよろしいですか?』
『よくわからないけど、リリーシャさんのためならいいよ。もう私は自分の生活に戻ってからの話でしょ?』
『はい……もちろんです』
『じゃあ、いいよ。』
『……友香様、改めてこの一週間ありがとうございました。アクアが良い方向に変わったのなら、全てあなたのおかげでございます。』
リリーシャの声は、急に感傷的な声色に変わった。
友香も少し切なくなり胸が痛む。
『明日、お別れだね……今度は必ずアクア君と長生きしてね』
二人は頭の中で、感謝と別れの言葉をかけあった。
※ ※ ※
婚約パーティー当日。
リリーシャはスマホをカバンの中に隠して、会場へ向かった。
すると、会場にはラランカの花の代わりに、色とりどりの花々が、所狭しと並んでいた。
一際大きな花束は、脇のスタンドに飾られていた。
その花束は、ダンスや歌唱が終った後に、リリーシャ(友香)が会場の中央でイリアン子爵(ハル皇子)に花束を贈呈するプログラムで使われる。
ラランカ事件の当事者との和解、オークテリシア帝国との友好を印象付けるためだった。
実は、この花束贈呈でイリアン子爵(ハル皇子)が、リリーシャ(友香)の手元を花束で隠しながら、彼女がスマホを操作する予定なのだ。
もちろん、その花束贈呈以外は、リリーシャ本人が体を動かすことになっていた。
パーティー前、リリーシャの姿を見つけた貴族達が口々に祝いの言葉をかけるために彼女を取り囲む。
そして、リリーシャは久しぶりに自分の家族とも再会していた。
「美しいよ、リリーシャ。おめでとう。」
「アクア王子殿下とは仲良くしてるの?」
「お父様、お母様……」
一週間前、登城前に家族水入らずの夕食の時間を設けたが、それ以来の再会で思わず瞳を潤ませた。
「リリーシャ、ここにいたのか」
リリーシャはその声に体が硬直した。
今はもちろん、リリーシャ本人の意識のままだ。
振り向くと、アクア王子が穏やかな表情で見つめていた。
「アクア王子殿下に御挨拶申し上げます」
リリーシャの実父母である伯爵夫妻は、深く頭を下げた。
「どうぞ楽にして。近い将来、私の義父母になられるのだから。」
伯爵夫妻はもちろん、リリーシャもアクア王子の柔らかい雰囲気を感じとっていた。
(アクア……別人みたい。穏やかな表情に穏やかな声色……昔のアクアみたいだわ)
リリーシャは目の前の光景が夢のようで、呆然と立ち尽くしていた。
アクアはそんな彼女に声をかける。
「リリーシャ、ちょっとバルコニーで話そうか」




