17.君は誰なの?
イリアン子爵(ハル皇子)は、リリーシャ(友香)の問いに動揺する素振りを一切見せなかった。
しかし、内心これ以上ない衝撃を受けていた。
ーー何故、私の正体を? 大帝国では、3年間も公の場では仮面をかぶっているし、ここでも厳重に見張りを立てている。部屋も家臣の合同部屋を使って、徹底しているのに
「どうしてそう思われたのですか?」
「それはスマホで……いやいや……女の勘というものです」
リリーシャ(友香)は、言葉を濁しながら返答した。
イリアン子爵ことハル皇子は、しばらく思考を巡らせてから意を決して口を開く。
「あなたの言う通り、私はオークテリシア大帝国の第二皇子ハル オークテリシアです。リリーシャ嬢には敵いませんね」
正体がばれたイリアン子爵⋯⋯、ハル第二皇子はため息をついた。
「じゃあ、私もあなたの秘密を当ててもいいですか?」
ハル皇子はリリーシャ(友香)に、にこやかに問いかける。
「あなたは過去にもどったのではないですか? そうですよね、一度老衰で命を失ってから」
その言葉を聞いて、リリーシャの中の友香は即答した。
「そうみたいですよ。でも、あなたもですよね?」
なんのためらいもなく彼女は秘密を暴露し、逆に即切り返されるとは思ってなかったハル皇子は、大声で笑いだした。
「君は本当に面白い! なんだか全てが楽しく思えてくる」
「それは褒めてますか?」
「もちろん! 過去に戻ったことも楽しいよ!」
「周りに相談できなくって辛くなかったですか? 寂しかったでしょう……これからは相談しあいましょうね」
リリーシャ(友香)は思わず彼の両手を握る。ハル皇子は別に寂しいとか思ったことはないが、孤独でした、と言って辛そうな表情をした。
すると彼女は純粋に、これからは私が仲間です、と勇気づけてくれる。ハル皇子は、素直であどけなくて一生懸命な彼女の行動が、可愛く思えて仕方がなかった。
目の前のリリーシャは、別の女性が話していると確信をもった。自分が知っている伯爵令嬢とは、あまりにもかけ離れている。
「何故、私たちは過去に戻ったと思いますか?」
ハル皇子は、リリーシャ(友香)に問いかける。
「それは……リリーシャさんが過去を変えたがってるの。だから、あなたも私も歴史を変える必要なアイテムだから、ここに飛ばされたのかなぁ……とにかくリアンナ王国の滅亡を避けたいの」
ハル皇子はだまって、彼女の発言を聞いていた。
(「リリーシャが過去を変えたがっている」か……。君は気づいているだろうか? まるで「リリーシャ」が別人のような口ぶりだ。リリーシャの姿をしているのに)
「……カヌレ食べましたか? 美味しいですよ」
彼は微笑んみながらリリーシャ(友香)に差し出す。
彼女はスイーツを前にして子供のようにはしゃぎだした。
ハル皇子は彼女を見つめながら、ささやかな幸せを感じていた。
(ヤバい……本当にかわいくて、かわいい。こんな感情初めてだ)
ハル皇子はドキドキしながら、表情豊かな少女を見つめながらも、自分の顔が熱を帯びているような気がしていた。
(このまま……君のことを何も知らないままは嫌だ。方法としては少し乱暴だが……時間もないし、しょうがない)
思い切って、ハル皇子はカヌレを頬張っている伯爵令嬢にたずねる。
「ところで、君は誰なの? 今、目の前のあなたの心はリリーシャ嬢本人じゃないでしょ?」
その一瞬、少女の全ての動きが止まった。
(どうして? どうやって⋯⋯っ!!)
友香の緊張の糸はぷつんと音を立てて切れた。
すると、はらはらと彼女の瞳から涙が幾筋もつたう。
ハル皇子は慌てて、ごめん泣かせるつもりはなかったんだと、一生懸命謝っていた。
ーーこの世界にリリーシャさん以外で、私を知る人がいる⋯⋯話ができる人がいる。
それだけで、友香は救われた思いが体中を駆け巡った。
ハル皇子はどうしたら良いのか困ったあげく、友香に近づいて、そっとイスに座ったままの彼女を抱きしめた。
「ねえ、君はどこから来たの?」
「名前は?」
「年齢は?」
矢継ぎ早に、抱きしめたまま質問される。涙が後から後から流れてくる。ハルは抱きしめている腕を緩め、彼女にハンカチを差し出した。
とりあえず、彼女は今の状況を説明する。
「わ、私は⋯⋯この世界の人間ではありません。気がついた時には、リリーシャさんの身体になってました。リリーシャさんとは体を共有しています。リアンナ王国の危機を救えば、私は自分の世界に帰れます。」
「⋯⋯なんとも不思議な話ですが、点と点が線でつながりました。リリーシャ嬢が一度目の人生で命を落とした時、リアンナ王国復興を願ったのでしょう。それには私とあなたの力が必要だった。だから、私は17歳に戻り、あなたはこの世界に飛ばされたのでしょうね」
ハル皇子は、この奇怪な現象の見解を述べた。そして、まだ涙を流し続ける少女の頭をなでる。
ーーかわいそうに、まるで違う惑星に飛ばされたようなもんだ。常識自体が違うだろうに。
ハル皇子は憐れみの感情と同時に甘い感情もわいてくる。
すると、ドアがノックする音が響いた。
慌ててハル皇子はドアに駆け寄り、扉を少し開けて、護衛騎士から何やら報告を受けていた。扉が再び閉められ、ハル皇子は席につく。
「もう少し、君のこと知りたかったけど、ちょっと時間がなくなってしまいました」
「どうしましたか?」
友香は泣いて少し赤くなった目で、王子にたずねた。
ハル皇子は少し考えてから、彼女に答えた。
「そうですね。あなたを同士として、情報を共有しましょう。今日の夜9時にビチリヤ宰相が、急に大帝国のナリア伯爵との密談を提案してきました。以前はアクア王子成婚後に、大帝国に接触してきたのに……展開が早すぎる。ちょっと、ナリア伯爵と打ち合わせしてきますね。」
「は、はい……お気をつけて」
そして、ハル第二皇子は友香の手を取って、手にキスをおとす。急に真っ赤になっている彼女を見て、くすくす笑った。
「さすがに、アクア王子の時とは違って、倒れはしませんね」
微笑みながら彼はスイーツ全部食べていいですよ、と言って退出した。
※ ※ ※
イリアン子爵(ハル皇子)とのお茶の後、友香はリリーシャの深層世界でうずくまっていた。
今、リリーシャは婚約パーティーのリハーサルで大忙しだ。
しかし、友香の感情はそれどころではなかった。
ーー泣いてしまった、号泣してしまった、恥ずかしい……どうやって、これからハル皇子に会えばいいのか…… 私をリリーシャさんではないことを見抜く人間がいるなんて! ネットを使わずに! あの人すごくない? 本当に人間??
※ ※ ※
友香、リリーシャ、ハル第二皇子が様々な形で過去を動かしている中、アクア王子はそんなことを知る由もなく、今日も公務のスキマ時間に歌を口ずさむ。
鼻歌さえ聞き惚れる美声だ。すると、使用人の働く手が止まってしまうのだった。ふと、周りを見渡すと若いメイド達が顔を赤くして王子を見ていた。
一人の幼いメイドが王子に近づいてくる。
「殿下、最近私たちは幸せです。殿下の歌を聴けば、辛いこともすぐに消え去るのです。ありがとうございます!」
それだけを伝えて、彼女は大量の洗濯物を担いで、他のメイドの元へ走って行った。そこで、また彼女達はキャアキャアはしゃいでいた。護衛達もその様子を見て、若いから大胆だ、怖いもの知らずだな、と言いながら笑っている。
王子は歌うようになってから、自分の生活の変化に気づく。
ーー自分も歌を歌うことが好きだし、周りも笑ってくれる方が、「規制」や「秩序」を厳格にするよりも大切なんじゃないか?
アクアは、そんな考えがよぎる。ビチリヤ宰相の帝王学より、大切なものをリリーシャから教えてもらったような気がしていた。
そして、婚約パーティーは明後日に迫っていた。




