16.どうしても二人きりになりたくて
翌日、リリーシャ(友香)は、オークテリシア大帝国の護衛に付き添われ、ナリア伯爵の部屋に足を運んでいた。
昨夜、ナリア伯爵から「護衛騎士を救ったお礼」として誘われたお茶会に参加するためだ。
リリーシャ本人は、昨日の敗戦日の件で、イリアン子爵(ハル皇子)に会いたくないのか意識を深く沈め存在を消している。友香は仕方なく、今はリリーシャの身体を任されていた。
「それでは、こちらでお待ちください」
大帝国側の護衛騎士がナリア伯爵の部屋の扉を開け、リリーシャ(友香)を室内へ誘導する。
部屋に入ると、もう紅茶のカップとポット等がセッティングされていた。
4名で歓談するようだ。
すると、すぐに扉が開く音が聞こえた。
振り向くと、イリアン子爵(ハル皇子)が一人で入ってきた。
扉越しから外の護衛に注意深く見張るように指示している。
そして、彼は後ろ手に鍵をかけた。
「リリーシャ嬢に御挨拶申し上げます。昨日は改めてありがとうございました。九死に一生を得ました」
「は、はい」
「じゃあ、お茶入れますね。スイーツもどうぞ」
「あの……ナリア伯爵やビチリヤ宰相は……」
イリアン子爵(ハル皇子)は、リリーシャ(友香)の問いにあっけらかんと答える。
「私と二人きりは嫌ですか?」
「……ふ、ふたりだけなのですか?」
「騙してすみません。どうしても二人きりになりたくて」
彼は急に眉を下げ子犬が反省したような表情になる。
リリーシャ(友香)は途端に心臓が波打った。
(あざとい! 異世界にも自分の顔面を最大限に利用するイケメンが……! )
「い、いえ……ただ緊張します。人見知りなので」
「昨日助けていただいたお礼と、もう一つ……貴国の建国記念日を間違えてしまって。気分を害されたのではないでしょうか?」
イリアン子爵(ハル皇子)は、じっと見つめて相手の表情を観察する。微妙な変化も見逃さないような鋭い眼差しだ。
「ああ……そうですね。でも、日にちを間違うこともあるでしょう。気にしないで下さいね」
友香としては、全く思い入れのない日にちなので、淡々とした態度を取ってしまった。
イリアン子爵(ハル皇子)は、昨日は身体が支えていられないほどショックを受けていたのに、このリリーシャはあまり気にしていない。
本当に別人が一人の身体を交代してるのではないか。
イリアン子爵(ハル皇子)は、ここで数回カマをかけてみようと計画する。
しばらく二人はスイーツを食べながら、その感想を言い合ったり、好きな食べ物の話をして、和やかな時間を過ごす。
リリーシャ(友香)は、イリアン子爵(ハル皇子)の顔もかなり整っていることに驚いた。
(昨日はただただ必死だったからなあ……アクア君もいたし)
少しつり目の涼しげな瞳。
つり目だけど下がり眉なので、笑うとかわいらしい少年のようで。
グレーの瞳にグレーの髪。
端正な顔立ちに少し厚い唇。
アクア王子とは違うタイプの美形……。
まじまじと凝視していると、イリアン子爵(ハル皇子)はにっこり微笑んだ。
「ところで、昨日私が質問した問いの答えは、わかりましたか?」
「昨日?」
「『アイドル』と『愛嬌』の意味です。ご自分の口から出た単語なのに、意味がわからないとおっしゃってたので」
(昨日はリリーシャさん本人だったから……わからないはずだわ)
友香はリリーシャの姿で、興奮しながら饒舌に話し出す。
「『アイドル』とは、幸せを与える存在です。私の「推し」は、『REDWIND』の瀬田疾風君です! 5人組グループでメインボーカルです。中性的な歌声は間違いなく天使です。私は毎日あの歌声を聴いて、充電しています。尊くて尊くて、尊い尊い存在です! それから『愛嬌』とは自分を可愛く見せる仕草といいましょうか。アイドルはよく『愛嬌』を見せてくれますよ! 疾風君は、指ハート作りながら、ウィンクする愛嬌が得意です!」
イリアン子爵(ハル皇子)は、ニコニコ微笑みながら、必死に布教活動するリリーシャ(友香)を見つめていた。
オタクというものは、愛しいものを語る時、一方的に饒舌になりがちだ。
今、リリーシャ(友香)もその状況に陥っていた。
ふと、彼女は空気を察して口をつぐむ。
「……えーーっと……」
彼女はここで一呼吸おいた。
「面白いですか? 私の話」
「楽しいですよ。人が好きなものを一生懸命に好きだと語る姿を見るのは大好きです。」
「……へ?」
ーー今、好きなものを好き? 大好き? ……とか言った? どういうこと? 文法が追い付かない!
「昨日は全くこの二つの単語がわからない様子だったのに、一日で上手に説明できるようになりましたね」
リリーシャ(友香)は、イリアン子爵(ハル皇子)の指摘にぎくりとした。
「おほほほ……勉強いたしましたのよ!」
慌てて笑いながら場を取り繕う。
「あ、そうだ! 私、あなたに聞きたいことがあったんです」
彼女は、彼に真顔で向き直った。
「何でしょう? 改まって」
「イリアン子爵さん、あなたはオークテリシア大帝国のハル第二皇子なのでしょう?」




