15.イリアン子爵の正体
イリアン子爵ことハル第二皇子は、護衛部屋から出て、いつも通り夜風に当たっていた。
そして、亡国となったリアンナ王国に思いを馳せる。
ーー もう戦争はこりごりだ。
自分が人間であることを忘れそうになる。
せっかく過去に戻ったのだから、悲しい歴史を変えたい
結局、リリーシャはハル第二皇子の側妃として、33年も生きた。
しかし、彼の顔さえ認識してないだろう。彼女には「アクア」と呼ばれ続け、部屋からも出ようとしなかった。涙を流したり、陽気だったり……。彼女にとって、アクアと過ごした2年間の王妃としての生活が全てだった。
ーー彼女こそ過去を幸せなものに変えたいだろう。私だって同じだ。とにかく「戦争」をしたくないのだ。それには、あの悪の宰相をアクア王子から離さないと……。
実際、ハル皇子にとってビチリヤ宰相を失脚させるなんて、わけないことだった。オークテリシア大帝国は、そのカードを持っている。一回目の過去では、そのカードは切らなかった。ビチリア宰相から情報をもらって、リアンナ王国を手に入れるためだ。
あれを使えば、ビチリア宰相は罪人となり、リアンナ王国はオークテリシア大帝国と戦争せずにすむ。
しかし、それは短期的に戦争を回避する方法にすぎない。長期的には、アクア王子が善王になる素質があるかどうか。リリーシャ嬢がただ従順に王子を支えるだけでなく実行力があるかどうか。
そして、ハル皇子も簡単にビチリア宰相を断罪できるカードを簡単に切るつもりはなかった。
( さあ、どうしますか? リリーシャ嬢……と、もう一人の勇敢な中の人? )
ハル皇子は満天の星空を眺めながら、リリーシャの中に本人と別の誰かがいる。
そんな憶測を立てていた。
過去に戻るということが起きている世界だ、そんな非現実な状況もあり得るだろうと、柔軟にものごとをとらえていた。
※ ※ ※
1時間後、 リリーシャの意識も落ち着いてきたので、お茶を飲みながら二人は脳内で会話する。とりあえず、自室にいるのでリリーシャの体は友香が動かしていた。友香は頭の中でリリーシャを励ます。
『イリアン子爵さんがリリーシャさんと同じように、もし過去に戻った人なら、良かったじゃない。ポジティブに考えようよ。彼も突然過去に戻されて、とまどってるかもよ』
『友香様は良い性格でございますこと。私は帝国側の人間が、リアンナ王国存続の方向に過去を変えるなんて思えませんわ』
『そうかなぁ……いろいろ相談できる人は多い方がいいよ。どっちにしても、ビチリヤ宰相ってのが、アクア君の教育係なのが諸悪の根元じゃない! あれ、なんとかならないの?』
リリーシャはなかなか難しいと答えた。
まず、彼は現リアンナ王妃の実兄であること。
宰相がかなりの実権を握っていて、現リアンナ国王は宰相の言いなりで、裸の王様状態であること。
アクア王もビチリヤ宰相の教えを忠実に守っていること。
友香は考えを巡らせる。
ドラマや漫画からの知識を応用する。
ーー悪者退治には証拠をつかむのが一番有効だけど……現場をおさえないとなぁ。あとは物的証拠か証言か
とりあえず、「イリアン子爵」をスマホで検索してみる。すると、あまりの驚愕の検索結果に、友香は言葉を失くす。
(この情報は……本当?!)
その時。
ドアがノックされ、侍女が伝言を伝えに来た。
「明日10時より1時間程度、オークテリシア大帝国ナリア伯爵が、今回のイリアン子爵の件で改めてお礼の席を設けたいそうです。ビチリヤ宰相も同席されるので、心配されないようにと。」
「わかりました」
扉が閉まった後、もう一度スマホを取り出し、イリアン子爵の検索結果を読む。
『 イリアン子爵
オークランド大帝国ハル第二皇子の仮の姿である。リアンナ王国の婚約パーティーに出席するため、架空の人物イリアン子爵として王国に入国した。』
ーー私がラランカ事件で救ったのは、ハル第二皇子だったっていうの? リリーシャの再婚の相手? はぁ??
友香は混乱した。
ーー 以前「ハル皇子」の方をを検索したらこの情報はなかった。私が過去を変えてるから、情報も更新されてるのか。リアンナ王国が救われている方向に更新されていれば良いけど⋯⋯。明日、ナリア伯爵の招待を受けたので、イリアン子爵さんに直接聞くことにしよう。また、リリーシャさんに『良い性格』だと呆れられそうだ。でも、悪い人には見えなかったけどなぁ。
話をつなげると、イリアン子爵の正体はハル第二皇子で、リリーシャ同様、過去に回帰したことになる。
しかも、リリーシャの再婚相手だ。
友香は、ハル第二皇子が過去に戻った人ならば仲良くすればいいじゃん、と前向きにとらえていた。
※ ※ ※
その頃、アクア王子は今日のラランカ事件を回想していた。リリーシャが自分と目が合うと、明らかに顔を赤らめる。全身で告白されているような錯覚に陥ってしまう。
(あんなに感情が表に出る令嬢だったかな。かわいらしいから嬉しいけど)
アクア王子は、自分自身も照れくさくなって、心臓がうるさく騒ぎだした。就寝前にお茶をメイドが運んできた時、アクアは機嫌がよく軽く歌を口ずさんでいた。すると、そのメイドは顔を赤らめて彼に振り返る。
「どうした?」
「い、いえ! 本当に歌がお上手で……聞き惚れてしまって。失礼しました」
メイドは慌てて、お茶をテーブルに配膳して退出した。最近、アクアは自分も歌を歌うと幸せな気分になるが、聴いている人達も微笑んでくれているような気がする。なんだか胸の奥がくすぐったく感じた。
そこにビチリヤ宰相がアクア王子をたずねてきた。
「殿下、お休み前に失礼します」
「なんだ? 明日のスケジュールなら把握しているが」
「いいえ、今日のラランカの騒ぎについてですが……」
「ああ、あれは私も反省している。大帝国に対しては、もう少し柔軟に接するべきであった」
ビチリヤ宰相は一瞬驚いたが、平静をなんとか装う。
「わかっていらっしゃるなら、もう申し上げません。あとは最近使用人に対して、規律が甘くなったのでは? 彼らがミスをしても、何も罰を課さなくなったような気がします」
「そうかな? それは気がつかなかったな」
「秩序を保たなければ国の運営にも影響します。おそらく、殿下は成人後すぐ戴冠されます。今から、帝王学をしっかり身に付けなければ」
「……わかった……もういいかな? 明日もあるし」
「就寝前に失礼しました。お休みなさいませ」
ビチリヤ宰相はそそくさと退出し、アクア王子の微妙な変化に気づいていた。すぐに自分の非を認めるようになり、使用人に対しても柔和な態度に変化している。何かが王子の中で変わりつつあるのだ。
ーーリリーシャ嬢……あれが入城してから、まだ一週間も経っていないのに、こんなにアクア王子の人間性が変わるのか? 私が二年もかけて、アクア王子に恐怖政治を叩き込んでいるのに……忌々しいガキめ!
ビチリヤ宰相は、やはり次の策略に切り替える必要性を感じていた。




