13.伯爵令嬢の中に誰かいる
イリアン子爵ことハル第二皇子は、城内の鍛練場外周を走りながら、くすくす笑っていた。
しまいには、途中で立ち止まって汗だくになりながら大声で笑い出した。
見守っているナリア伯爵やビチリヤ宰相は、心配そうに見守っていた。
ーーなんだ? あの令嬢は。本当に僕の側妃だった人か? 全く別人じゃないか! 絶対何かある。確信に近い。僕と同じ罪をおかしてる可能性がある。御者の話なんて聞いたことない! 過去を動かしてるんだ。楽しい、実に愉快だ! 絶対あの令嬢に近づかなければ! ーー
あと一周で30周というところで、リリーシャ嬢が水筒を持って現れた。
もちろん、今はアクア王子がいないのでリリーシャ本人の意識で行動していた。
疲れたのか友香の意識は彼女の中で眠っていた。
「いかがでございますか? 30周は体にきついでしょう。イリアン子爵は休みながら走られてますか?」
リリーシャ嬢は、心配そうにナリア伯爵にたずねた。
「いえ、もう少しで終わりますよ」
「それは良かったですわ。先ほどは、アクア王子殿下が失礼いたしました。私が代わりに謝罪いたします」
「いえ、リリーシャ嬢の機転で大ごとにならずにすみました。感謝いたします」
30周走り終えたイリアン子爵ことハル皇子は、息を切らしながらリリーシャ嬢に挨拶する。
「リリーシャ嬢に御挨拶申し上げます。この度の寛大な処置お礼申し上げます」
「とんでもございません。我が国の価値観で大変な目に遭わせてしまいましたわ。これでよろしいのです。きっとアクア王子殿下もこれを教訓に良い王になられるでしょう」
イリアン子爵(ハル皇子)は、リリーシャが差し入れてくれた水筒を受けとる。
水を一口含んで口元をぬぐい無邪気にたずねた。
「ところで、先ほど私がわからない単語をおっしゃっていましたが、どういう意味ですか?」
「え……っと、何か言ったかしら?」
リリーシャは、ラランカの花の騒動の時、友香が全て発言したので、あまり覚えていなかった。
「『アイドル』とか『愛嬌』とか……」
リリーシャは突如緊張し始めた。
「あ、はい。私もあまり詳しくは……今度聞いておきますわ」
イリアン子爵(ハル皇子)が、すかさず問いかける。
「誰にですか?」
リリーシャは顔が青ざめた。
他人から見れば、自分自身が発言し、その意味がわからないという構図になっている。
「わ、私もあの場面では、切迫してしまって何を口走ったか曖昧なのでございます。ご期待に添えず、申し訳ございません。」
「いえ、軽く疑問に思ったまでです。お気になさらないように」
イリアン子爵(ハル皇子)は、早々にこの話題を終わらせた。リリーシャは胸をなでおろす。
しばらくの間、他の話題でリリーシャ、イリアン子爵(ハル皇子)、ビチリヤ宰相、ナリア伯爵、他護衛達で和やかに立ち話をしていた。
イリアン子爵(ハル皇子)は、ここでまたラランカの花の話題にもどす。
「ところで、あの花は祝祭で飾られると聞きました。次は建国祭に飾られますか? 今日、ダメにしてしまったのですが……間に合いますか?」
リリーシャは、にこやかに返答する。
「ええ、リアンナ王国は先月の5日が建国日だったので、あとほぼ一年あります。それまでには間に合うでしょう。デリケートな花なので手はかかりますが」
イリアン子爵(ハル皇子)は、不思議そうな表情をした。
「リアンナ王国は、来月5月17日が建国記念日ではなかったですか?」
リリーシャはその日にちを聞いて、目を見開き口元を覆い、イリアン子爵(ハル皇子)を凝視する。
「な、なぜ……その日を……」
「違ったなら幸いです。来月だと間に合いませんから」
彼女は表情が曇り、青白くなった。
呼吸も荒い。
ビチリヤ宰相が、大丈夫ですか、とたずねた。
「少し体調が優れませんので、もう失礼いたします」
リリーシャは護衛を引き連れて、客室の方向に歩き出した。
「どうしたのでしょうか? 突然……」
ナリア伯爵は、リリーシャの体調を気遣った。
「きっと先程の事件もあり気を張っておられたのでしょう。お若いからすぐ良くなりますよ」
ビチリア宰相はナリア伯爵にそう言葉をかける。
そして、彼は話題を変えた。
「ところで、今回かなりの数の護衛をお連れですな。いつも外交にはこのくらいの数を帯同されるのですか? アクア殿下が感嘆していましよ。さすが大帝国は規模が違いますな」
ナリア伯爵は、その指摘に一瞬ひるんでしまった。
すかさずイリアン子爵(ハル皇子)は返答する。
「恐れながら、貴国は2年前クーデター事件がありましたので。皇帝陛下にもご配慮いただき、皇室騎士団からも数多くの騎士を派遣していただいたのですよ」
ビチリア宰相は、護衛の数が多いのはクーデター事件が一因だと言及され、ぐうの音も出なかった。
(鋭いな。アクア王子は他方面に目を配っている。ちゃんとした指導者が付けば、良い統治者になれるはず)
イリアン子爵(ハル皇子)は、アクア王子の潜在能力が高いことを痛感した。
※ ※ ※
『どうしたの? リリーシャさん! 泣いてるの?』
彼女は自分の部屋に慌てて入って、扉を乱暴に閉め、そのまま扉を背にして力なくズルズルとしゃがみこんでいる。
リリーシャは、頭の中で友香が泣いているのかとたずねてきて、自分が涙を流していることに気づいた。
唇が無意識に震える。
息が苦しい。
『だ、大丈夫? か、体、代わってあげる!』
友香は慌てて、リリーシャの意識と体を入れ替わった。とりあえず、友香と入れ替わったことで、肉体は呼吸も整い、涙も止まった。しばらくして、友香はリリーシャに語りかけた。
『大丈夫? 何があったの?』
リリーシャは、しばらくしたら落ち着いて、ちゃんと脳内で話すことができるようになった。
『……イリアン子爵は……ご存知かもしれません』
『何を?』
『彼は、リアンナ王国の建国記念日を5月17日とおっしゃったのです!』
『……それがどうしたの?』
『その日はリアンナ王国の敗戦日ですわ! つまり、滅んだ日でございます!』
それを聞いて、友香はしばらく混乱した。
ーーどういうこと? イリアン子爵さんはリリーシャさんと同じように過去に戻ったというの? それともただの偶然? そんなことある? ーー




