12.オタクによる懲罰
「リリーシャ、これは国家間の問題だ! 口を挟むな!」
アクア王子はもう愛しいリリーシャの声も届かないようだった。 イリアン子爵(ハル皇子)は、リリーシャが狙いどおりに登場したので、興味深く状況を見守った。
(さあ、お手並み拝見しますよ、次期王太子妃殿下。御者をかばったように私の窮地を救って下さい)
「私に剣を」
リリーシャの中の友香が、自分の護衛に声をかけ右手を出した。
「はい? いや、しかし……」
騎士は思わず躊躇する。
「早く!」
騎士は言われるがまま剣を渡した。
アクア王子はそれを見て、思わず駆け寄った。
「リリーシャ、何を?!」
彼女は花壇の中に入り両手で剣を握り振り回した。切り裂く音を立てながら、残りの花を次々に地面に落としていく。
イリアン子爵(ハル皇子)は目を見開いた。
その場にいた全員言葉を失い凍りつく。
アクア王子は、力なく自らの剣を離して目を覆いながら叫んだ。
「やめろ! やめてくれ!!」
護衛騎士が倒れて踏みつけた花は、せいぜい三本くらいだが、彼女は数十本はある花全て切り捨てた。
花びらや葉が宙を舞う。
一呼吸おいて、彼女はゆっくり口を開いた。
「……アクア君はラランカの花と婚約するんですか?」
彼女は肩で息をして、下を向きながら問いかける。
「私は花を全てダメにしました。これで6日後、私と婚約できないのですか?」
「……リリーシャ」
王子は返答できずにいた。
「これが国家間の問題ならば、私は大きな罪を犯しました。到底、アクア君と婚約できません」
「ダ、ダメだ! それだけは!」
「……どうかその顔で間違ったことをしないで! その声でひどい言葉を言わないで! 疾風君がかわいそう」
友香は感情的になってしまい涙がほほをつたう。
「わかった……わかったから、婚約しないとか言わないでくれ!」
アクア王子はおろおろして、リリーシャ(友香)に近づいて抱き締めた。
イリアン子爵(ハル皇子)、ナリア伯爵、ビチリヤ宰相他全員呆気にとられた。
(何を見させられてるんだろう……)
皆、心の中でぼやいていた。
「しかし、これはさすがに罰を与えなくてはなりません」
王子の腕の中で顔を覆っていた彼女は静かにつぶやいた。
「は?」
「リアンナ王国もなめられてはいけませんよ! 私が罰を考えました!」
「……リリーシャ、わかってくれたか!」
アクア王子は、小国だろうが国家としての威厳を示さなければならないと常に口にしていた。
次期王太子妃はそれを理解してくれたと喜ぶ。
『友香様、おやめくださいませ! 私はアクアに強制だったとはいえ、使用人に罰を与えて、後世に「悪の王妃」とか不名誉な呼び方されてるのでございます! しかも、相手は大帝国の騎士ですのよ! 』
友香の頭の中では、本物のリリーシャが懲罰をやめるよう叫んでいた。
イリアン子爵(ハル皇子)は、ようやく立ち上がってリリーシャ(友香)に向き直る。
「リリーシャ様、どのような罰でしょう。このイリアン、潔く甘受いたします」
彼は跪いて、わくわくしながら彼女の言葉を待った。
「アイドルの『罰ゲーム』というのは、大体二種類です」
彼女は指でピースサインをして二種類を表した。
「『体力勝負』か『愛嬌の強要』です!」
その場にいる皆がリリーシャ(友香)の発言は、理解できない部分も多いが、結論としてどんな「罰」を口にするのか固唾をのんで見守る。
「今回、護衛騎士様は足元がふらついて花壇に倒れたと聞きました。騎士がこれではいけません。罰は足腰強化といたしましょう。城内の鍛練場外周30周して鍛える。これが罰ゲームです!」
イリアン子爵(ハル皇子)、ナリア伯爵、ビチリヤ宰相は、時間が止まったように微動だにしなかった。
「返事は?」
リリーシャ(友香)は大きな声を出して、イリアン子爵(ハル皇子)に返事を要求した。
「承りました! 寛大な懲罰、一生忘れません!」
「では、早速、楽な服装に着替えてランニング頑張ってください。伯爵様達も見守って上げて下さいね。私は飲料水を持っていきます」
「は、はい! では、行って参ります!」
イリアン子爵(ハル皇子)は笑顔になって駆け出した。
ナリア伯爵他、大帝国の面々も後に続いた。
「はー、一件落着したわ」
リリーシャ(友香)は胸をなでおろした。
ただ、アクア王子は辛そうに地面に散らばったラランカの花を見つめていた。
彼女はその様子を見て王子に近づく。
「アクア君、ごめんなさい」
「いや、きっと……いろいろと古い考えが僕の中に残ってるんだ。ラランカの花以外の花で婚約パーティーの会場を飾ろう」
「私が花を用意します! 私もラランカの花をダメにしちゃいました。花屋を回って、リリーシャオリジナルの花束で飾ります。私達だけの特別仕様の婚約パーティーにしましょう!」
「……オリジナルか……それもいいかもしれない」
アクア王子は、リリーシャ(友香)の目を見つめて真剣な声色で話し出した。
「……リリーシャ、一つ頼みがある」
「何でしょう?」
アクア王子は、リリーシャ(友香)の両手を握りしめた。
「頼むから、冗談でも『婚約しない』と口にしないでほしい」
「……アクア君」
「僕は、もう君しかいないと思っている。お願いだから」
握りしめる手に力が入って痛い。
痛いが、一生痛いままでいい……。
彼女は顔が一瞬で真っ赤になり、心臓が倍速で動き始めた。
ーー 疾風君の顔と声で、このシチュエーションはきつい!! 鼻血出ないでよ、マジでっっ!! 頑張れ、私の毛細血管!! ーー
それを、ビチリヤ宰相は苦々しい顔で見ながら、さっきまで目の前で繰り広げられた場面を整理していた。
ーー国家間の問題にまで発展しなかったのは幸いだが、リリーシャ嬢はあのような令嬢だったか? 完全にアクア王子をコントロールしている。そして、軽い罰を与えることで体面を保った。破天荒で、たまにわからない単語を話すが事態を上手く収拾した。14歳にして、こんな裁量があるとはーー
ビチリヤ宰相は、とりあえずオークテリシア大帝国の一行が向かった鍛練場に足を運んだ。




